永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(584)

2009年12月08日 | Weblog
09.12/8   584回

三十八帖 【鈴虫(すずむし)の巻】 その(14)

 秋好中宮から出家の望みをお聞きになった源氏は、

「(……)定めなき世と言ひながらも、さしていとはしき事なき人の、さわやかに背き離るるも有難う、心安かるべき程につけてだに、自づから思ひかかづらふほだしのみ侍るを、などかその人真似にきほふ御道心は、かへりてひがひがしう、おしはかり聞こえさする人もこそ侍れ。かけてもいとあるまじき御事になむ」
――(冷泉院が、帝で宮中にいらした頃より、確かに外出もままならぬ御身とはお察しいたします)無情の世とは言いましても、あなたのように特別世を厭う訳もない人が、
きっぱりと出家なさるのは難しいでしょう。身軽な身分の人でも何かとしがらみがあって、なかなか決心がつきませんのに、あなたのような方が、人を真似て競うように御道心など起こされますと、返ってひがみのように思う方も出てきますよ。冗談にもあるまじき事です――

 中宮は、源氏のお言葉に、

「深うも汲みはかり給はぬなめりかし」
――私の心を深くも汲みとってくださらないようで――

 と、お辛いのでした。中宮はお心の中で、

「御息所の、御身の苦しうなり給ふらむ有様、いかなる煙の中に惑ひ給ふらむ、亡きにても、人にうとまれ奉り給ふ御名のりなどの、出で来ける事、かの院にはいみじう隠し給ひけるを、自づから人の口さがなくて、伝へ聞し召しける後、いと悲しういみじくて、なべての世のいとはしく思しなりて、かりにても、かの宣ひけむ有様の委しう聞かまほしきを、まほにはえうち出で聞こえ給はで」
――亡き母上の六条御息所が、あの世で苦しみを受けておられるご様子の、一体どのような業火の煙の中にさ迷っておいでなのでしょう。死後までも人から嫌われる物の怪となって名乗り出たことを、源氏がひた隠しに隠していらしても、自然に人の口から洩れ聞いてからというもの、ひどく悲しく辛いので、この世のすべてが疎ましくなってきました。何かのついでにでも、母上の亡霊が口にされたことを委しく源氏にお聞きしたい気がしますが、まともにその事を申し上げる訳にもいきませんし――

◆秋好中宮の立場:冷泉帝が譲位されて冷泉院となられたので、中宮もご一緒に内裏の一隅の院邸に移られた。冷泉院の御兄の朱雀院は山寺に、次兄の源氏は六条院(実は父君)に。

◆院号=法名・戒名につける称号。

ではまた。