永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(321)

2009年03月10日 | Weblog
09.3/9   321回

【行幸(みゆき)の巻】  その(19)

 近江の君は、

「あなかま。皆聞きて侍り。尚侍になるべかなり。(……)」
――ああうるさい。何もかも聞いておりますとも。そのお方は尚侍(ないしのかみ)におなりになるそうですね。(わたしが急いでこちらに出仕しましたのは、女御さまのお世話で、尚侍にでもなれるかと思えばこそ、普通の女房さえしないようなことまで進んでお仕えしておりますのに、女御さまが冷たくていらっしゃるのです――

 と、恨めしげに言いますので、皆ちょっとお笑いになる中で、柏木が、

「尚侍あかば、なにがしこそ望まむ、と思ふを、非道にも思しかけけるかな」
――尚侍(ないしのかみ)に欠員があれば、私どもこそお願いしようと思っていましたのに、ご自分の方からお望みになるとは、あんまりです――

 近江の君は、腹立たしげに、

「めでたき御中に、数ならぬ人は交るなかりけり。中将の君ぞつらくおはする。さかしらに迎へ給ひて、軽ろめあざけり給ふ。せうせうの人はえ立てるまじき殿のうちかな。あなかしこ、あなかしこ」
――ご立派なご兄弟の中に、つまらない私など仲間入りするのではありませんでした。中将の君(柏木)がいけないのですよ。頼みもしませんのに無理やり引き取ってくださって、そして馬鹿にして笑い者にしていらっしゃる。普通の人ならとても居たたまれる御殿ではありませんわ。ないしょ、ないしょ――

 と、

「しりへ様にゐざり退きて、見おこせ給ふ。憎げもなけれど、いと腹あしげにまじりひきあげたり」
――座ったまま後ろへ下がって睨んでいらっしゃる。どことなく憎めない様子ですが、たいそうひどく意地悪そうに目じりを吊り上げていらっしゃる――

 柏木中将は、近江の君がこんな風に言いますのを聞くにつけても、連れてきたのは失敗だったと、笑うこともできず聞いておられます。

 内大臣は、近江の君が尚侍(ないしのかみ)を志望していることをお聞きになって、可笑しさに大笑いなさって、女御のご座所にいらしたついでに、

「『いづら、この近江の君、こなたに』と召せば、『を』とけざやかに聞こえて、出できたり」
――「もしもし、近江の君、こちらへ」とお呼びになりますと、近江の君は「はい」とたいそうはっきりした声で出てきました――

◆せうせうの人=なまじっか、普通の人

◆『を』=はい、当時の返事の声。

ではまた。