永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(337)

2009年03月26日 | Weblog
09.3/26   337回

三十一帖【真木柱(まきばしら)の巻】 その(8)

 髭黒大将の愛妾のような形で仕えている木工の君(もくのきみ)や、中将の御許(ちゅうじょうのおもと)でさえ、それなりに玉鬘の事を不満に思ってお恨み申しておりますが、この時の北の方は正気でいらっしゃったので、ただただしおらしく、泣いてばかりいらっしゃいます。それでも、

「自らを、呆けたりひがひがしと宣ひはぢしむるは道理なる事になむ。宮の御事さへ取りまぜ宣ふぞ、洩り聞き給はむはいとほしう、憂き身のゆかり軽々しきやうなる。耳なれにて侍れば、今はじめていかにも物を思ひ侍らず」
――私を呆けているの、ひがんでいるのと辱められますのはもっともでございます。でも父宮のことまで引き合いに出しておっしゃるのは、もしお聞きつけられましたなら、お気の毒です。私のような不運な娘をお持ちになったばかりに、軽々しく人の噂にのぼることでしょうと。私はもう聞き慣れておりますから今更何とも思いはいたしませんが――

 と、お顔を背けていらっしゃるご様子は、やはりいじらしく痛々しい。

 北の方は小柄な上に、日頃のご病気の為に痩せ衰えて弱々しく、かつては御髪も美しく長かったのですが、いまでは大分抜け落ちてしまって、そのうえ櫛梳ることもなさいませんので、その髪が涙に濡れて固まっております。もともと照り映えるようなお美しさはなかったものの、父宮に似て上品なご容姿でしたのに、今はご衣裳もきちんと召されないので、どこにも華やかさが見られないのでした。

 大将が、

「宮の御事を軽くは如何聞こゆる。恐ろしう、人聞きかたはにな宣ひましそ」
――私がどうして父宮のことを軽んじて申しましょう。恐ろしい。人聞きの悪いことをおっしゃいますな――

 と、なだめられて、

「かの通ひ侍る所のいと眩き玉の台(たまのうてな)に、うひうひしうきすぐなる様に出で入る程も、方々に一目たつらむと、かたはらいたければ、心やすくうつろはしてむと思ひ侍るなり。(……)なだらかにて、御中よくて、語らひてものし給へ。(……)」
――あの通い先の至極立派な御殿に、私のように物慣れず、生真面目な様子で出入りします折も、何かと人目に立つかと気が引けますので、こちらへでも気軽にお移りいただこうかと思うのです。(ご立派な六条院のお暮らしの所に、こちらの嫉妬沙汰などの噂が聞こえては、畏れ多いでしょう)とにかく玉鬘と穏やかに仲良くしてください。(実家に御帰りになるなどとは人聞きも悪く、私のためにも困ります。お互いに今まで通りの状態を保つのですよ。)――

◆ひがひがし=避が避がし=ひねくれている、素直でない

◆かたはにな宣ひましそ=片端=見苦しいことをおっしゃいますな

◆うひうひしうきすぐなる様=初々しき直ぐなるさま=うぶで実直なありさま

ではまた。