永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(317)

2009年03月05日 | Weblog
09.3/5   317回

【行幸(みゆき)の巻】  その(15)

 末摘花の筆跡は、若い頃からそうでしたが、今はましてひどく縮かんで、彫りつけたように固く書かれています。源氏は腹立たしい一方、可笑しさをこらえかねて、「この歌を作った時の苦心が思いやられる。今は侍従も居らず頼る者も居ないのだから、骨がおれただろう。この返事は私がしよう」とおっしゃって、

「あやしう、人の思ひ寄るまじき御心ばへこそ、あらでもありぬべきことなれ」
――妙に人の思いつきそうもないことを、お気づかいをなさいますが、そのような事はご無用なのですよ――

 と、ずけずけとお書きになって、

「からごろもまたからごろもからごろもかへすがへすもから衣なる」
――唐衣唐衣と唐衣だらけですね――

 と、お文に歌を添えられて、

「いとまめやかに、かの人の立てて好む筋なれば、ものして侍るなり」
――「唐衣」は、あの人が大真面目に、歌といえばいつも好んで使う言葉ですから、それに添って詠んだのですよ」

 と、おっしゃって玉鬘にお見せになりますと、玉鬘は大そうあでやかにお笑いになって、「まあ、お気の毒な、これではからかっておいでになるようでございますよ」とちょっとお困りのようです。

「やうなしごといと多かりや」
――つまらぬことを書き連ねました――(作者の弁)

 裳著の日

 内大臣は、裳著のことにさして気乗りがしなかったのですが、玉鬘がご自分の娘とお知りになってからは、早く逢いたいものと早々とお出でになりました。

「げにわざと御心とどめ給うけることと見給ふも、かたじけなきものから、やうかはりて思さる」
――なるほど、特別に源氏が御配慮なさったのだとお思いになり、有難いとも思われますが、どうして実の親でもない源氏が、わが娘の裳著をなさるのかと、異様な気もされるのでした――

ではまた。