東海道の車石 2011-08-21 05:26:23 | 歴史の道しるべ 江戸時代から交通の大動脈であった東海道の京都と滋賀大津を結ぶ逢坂山の峠を多くの牛馬車によって物資が運ばれていました。牛馬車を少しでも楽に通行させるために、溝の刻まれた石を2列に道路にならべました。これが車石です。昭和の初めまで長年にわたり使われてきました。京都、日ノ岡の国道沿い、1933年に建立された紀念碑の基石に、今は使はれなくなった車石を見ることができます。