隣のお父さんの、見たこと、聞いたこと、感じたこと

季節を教えてくれる小鉢のミドリ、自然の風景、私の興味をそそる鬼瓦、コレクションの煙草の包装紙、文化etc‥‥、

冬の使者!!

2010-11-28 06:09:01 | 自然 景色 風景 **
11月下旬の京都、加茂川の流れの中に、冬の使者ユリカモメが羽を休めていました。関東の方では都鳥と云はれているようです。いまは先着の一群ですが、真冬になると、川面いちめんにユリカモメが乱舞し、朝にはねぐらとしている琵琶湖から京え、夕方には京から琵琶湖え、東山の山なみを越えて、帯のように連なって、移動する姿がみられます。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

阿吽の鬼瓦

2010-11-27 06:15:19 | 楽しい鬼がわら
鬼瓦と言えば目口鼻といったご面相をたのしんでいましたが、天台宗修験道総本山管領所の山門の左右に座っている鬼瓦の口元が狛犬のように阿吽の形、開いた口と閉じられた口元になっていました。多くの狛犬は拝殿に向って右側が阿の形とみていましたが、ここでは反対で吽の形が右になっていました。この写真は境内から見たもので通常は吽の閉じたものがくるのですが?
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

赤い糸

2010-11-24 05:48:22 | その他 気のむくままに
縁結びの神さん、京、丹波一之宮の出雲大神宮です。この神社の境内に御神石としての夫婦岩が祀られています。岩に掛けられている注連縄には、良縁を願われる参詣者の赤い糸が数おおく結ばれていました。黄色い注連縄が赤い注連縄になっていました。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

亀山城 跡

2010-11-21 06:16:43 | 歴史の道しるべ
丹波亀山城跡。現在は地名変更で京都の亀岡市になります。明智光秀が城主をしていました。天正10年(1582)6月1日この城に1万3千人の兵を集めて謀反をおこし、織田信長の京本能寺に攻め入った出城のところです。明治に入って治安維持の名目で廃城となり、石垣まで破壊されました。後日、宗教法人の大本がこの地を買い取られ、破壊された石垣を新たに積みあげられました。最上部は宗教の聖域とされていますので立ち入りできませんが、石垣まではみることが出来ます。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

御所 鬼門の猿

2010-11-20 04:53:22 | その他 気のむくままに
京都御所、猿ヶ辻の築地塀の鬼門、屋根裏の金網の中に、御幣を担いだ木彫りの猿が見られます。御所の裏鬼門をまもる日吉山王神社の使者ですが、いたずらが過ぎるので、金網の中に入れられました。又、京洛北、日吉神社と縁のある赤山禅院には皇城(御所)の表鬼門を守る猿が、こちらわ屋根上の金網の中に入れられて、裏と表を守る魔よけの猿としてお互いに対面しています。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

幕末の薩摩人… ここに

2010-11-17 05:54:22 | 歴史の道しるべ
人気の大河ドラマ竜馬伝。竜馬がかかわったとされる薩長同盟で、幕府軍と戦った薩摩隼人の碑石です。京都御所蛤御門での甲子の役、又、鳥羽伏見の戦での犠牲者72名がここに祭られています。京都御所の北側、現在の同志社大学今出川校舎のキャンバスに薩摩藩の藩邸がありました。その北側にの相国寺の境外墓地にこの碑があります。同盟の相手、長州藩の犠牲者の碑は相国寺の境内にあります。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

四季ざくら

2010-11-14 06:15:30 | 自然 景色 風景 **
京、修学院離宮、近辺の神社の境内でみかけました。樹の枝に十ヶ所ぐらい花を咲かせていました。近年この櫻樹をよくみうけますが、大抵のところが一本の樹のようです。もっとも桜花と言えば春満開に群生した桜であり、このうすら寒い時期に、四季桜の並木見物?があったとすれば寒々しい感じがするのではないでしょうか?しっくりした感じには、ほど遠く思います。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

ツタ 紅葉から落葉…

2010-11-13 05:43:10 | ベランダ 小鉢に見る四季
10月下旬に色ずきはじめた蔦の盆樹の紅葉は半月ほどにわたって、その紅色を楽しませてくれました。残念ですが一枚二枚と散りはじめる時期になりました。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

黄葉 見ごろの私の欅

2010-11-10 05:33:13 | ベランダ 小鉢に見る四季
朝夕に寒さを感じるようになりまして、盆樹のケヤキも黄葉がすすみ、落葉もチラホラと始まりました。樹の姿は自然まかせですが、種を蒔いて鉢で育てて37年になります。、幹元は手の親指ぐらいになっています。又、来年の芽だしを待つことになります。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

昔の ポンプ製作所

2010-11-07 05:35:09 | その他 気のむくままに
京都の洛北にある寺院の軒下に、大八車の上にのせられた、明治?のものと思われる古い手押しのポンプがありました。製作が、滋賀県長浜町、斉藤四海堂と旧漢字で記されています。口偏に筒と書かれた文字もあり、これはポンプのことだと思います。いまでは長浜にに斉藤四海堂と云はれる業者は現存していないと思われます。それにしても当時としては精巧なポンプが、地方の長浜で造られて,古い都の京都にあったのも、不思議に思いました。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加