釜石市の復興現状

 釜石市東部地区の復興現状をお知らせします。東部地区復興の主工事となるイオン、市営駐車場工事が急ピッチで進められています。朝7時から夜7時まで雨の日も風の日も日曜日以外は休むこと無く進められ、イオンは建物の形が出来てきました。

    <イオン>

     <西から見たイオン>

     <市営駐車場>

      <新築店舗>
 大渡地区には新築店舗の建設が行われ、ことじ屋用品店、と喜久舎食堂を始め向かいには東北銀行、アパート、たこ焼き屋、業種は分からない店舗などの建設が行われています。来年の3月開店を目指してるそうでこれに合わせて店舗の建設が増えて行くのでは期待をしてます。

 もうひとつの目玉である一階を店舗とする復興住宅の建設であるが大部具体的になってきた。移転拒否をしてる現在唐揚げ屋に貸している和田氏の店舗が残り、そのため裏の中川さんの家(前は1階は料理屋で二階は会計事務所の貸店舗、三階が住宅)が残り隣の震災後に建て直した須貝さん(バアチャン一人暮らし)が残り唐揚げ屋の隣に道路向かいの山崎さん(バアチャンの一人暮らし)が家を建てる、その裏の延長線の清原宅が残り隣接する田代さん、夏屋さん宅跡も合わせて清原さんが買取店舗と住宅を建設することになりそうだ。

 佐々木さんの保険会社と三階から上はワンルームマンションは現在入居してる十数人の移転先が見つからないからそのまま残す、岩手銀行から青葉通りに接するドコモ跡まで取り壊して復興住宅を建てる、その後私たちの移転が終わって裏通りに接してもう一棟建設するそうで、拒否してる人のは残すそうで、水戸屋ビル(1,2階は飲食店、3,4階はワンルームマンション)と裏の藤清駐車場もそのまま残るなか。

 最初に打ち出した市の案から見ると大部後退した計画になりそうで売り渡しに調印してない人には態度を変える人も出るかもしれない。
     
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釜石の復興現状は


      <イオン建設工事>
 6月7日にイオン建設工事の起工式が行われやっと工事が始まった、来年三月の完成予定なそうで遅れていた復興が見えてきた。


       <市営駐車場建設工事>
 市営駐車場も盛り土工事が行われている、この状態で暫く置かれていたのでこの規模の駐車場かと思っていたら今日又土が運ばれ始まった。
 市街地再開発の目玉イオンと市営駐車場の建設は復興への大きな弾みになる。大渡地区では銀行、店舗の建設が始まり天神町では民家の建設が始まっている。
 メインの大町地区は市民会館建設予定地、復興住宅、テナントの復興商店街予定地の取り壊しがまだ始まっていない。我が家を含めた住宅と商店の復興ビル予定地の現状は、土地買収に応じない和田氏などの問題、代替え地が準備出来ない為に引っ越せない私たちののような問題がある。

 私たちは出来るだけ早く代替えの家に住みたい、もう直ぐ引っ越すかと思うと無駄になる金を使いたくないから今の家に手を入れることが出来ない、庭にも地植えの花や木を植えることも出来ない。年を取るので安住の家に早く入れることを願うが、移転予定地の市民会館の撤去工事が国の許可が降りないとまだ始まっていない。他所に家を建てることは土地代が高くて出来ない。今、釜石では何処に行っても30万円以下の土地はない、今住んでる我が家の買取価格は13万5千円で代替え地の市民会館跡地で15万円で買い取らなければならないが坪1万5千円なら苦しいがどうにかなる金額である。
 現在のこの地区の買取価格で一番高い所で18万円らしい、この街が復興したら土地価格は倍以上になるだろ。代替え地を必要としない人は売却を拒否しようかと言ってる人もある。市では買取価格の変更はしないと言ってるが代替え地を必要としない人は和田氏みたいに坪70万円とか80万円とべらぼうな金額は言わないと思うが課題である。


      <鹿>
 6月21日我が家の裏に現れた鹿である、目の前でイオンの建設工事が行われてるし一応は街のど真ん中で日中鹿が遊んでいるのは驚きだ、丁度孫が熱を出して我が家に来ていたので大喜びしてたが写真で分かるように雑草が生い茂っていて周りに人家があまりなく鹿も遊びに来たらしい、人家が無いので見通しが良い、道路の角でも遠くまで見通せる夜などはもっとである。車を運転してる人は見通しが良いので徐行しても完全に一時停止をしないで走ってしまう。パトカーは狙い目である、新聞などで取締のための取締が取り上げられてサイレンの音があまりしなくなったが、鹿の遊び場になったり取締場所になったりと空き地ばかりの市街地である。
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釜石市の復興計画は?


    <立ち退き拒否家屋1>
 釜石市の復興プランでは大町地区は大型スーパーイオンを核店舗とした街作りを目指しイオン入口に市営駐車場を建設し市民会館を移転、一階を店舗にその上に復興住宅を建てる、その周辺に飲食店街や店を集め賑わいのある街作りをする計画である。

 二月末に移転費用の提示が有った、その額の低さに驚きである。市の発展の為協力することにして二人だけが住むので家も小さく建てようと考えてはいたが、最近周りの空気が変わってきた。

 最初に写真手前の二階建ての家、和田氏所有の家が立ち退きを拒否し面会も拒否してるそうだ、本人に聞いてないので噂でしかない、それでその後ろの五階建てのビル、下は保険会社で三階からはワンルームマンションとその次の二階建ての銀行があの家が残るならと拒否に変わった。


     <立ち退き拒否家屋2>
 銀行の裏手に有るこのビル、3,4階はワンルームマンションで1、2階は飲み屋さんで現在は二階で一軒バーが開店してる、ワンルームマンションは6世帯中3世帯が入居してるが持ち主は大分前に花巻に移転してるがやはり拒否なそうだ。この後ろは青葉通りに面し三階建ての居酒屋を中心と飲食店ビルで移転対象から外されてる。

 このブロックでこれだけ拒否家屋があればまとまった建物が建設不可能である。


    <市営駐車場建設>
 三月から始まる予定の市営駐車場工事がやっと始まった、釜石の復興の槌音が始まったかな。これは三日前の写真で今日は盛土が大きくなった。この家も拒否なのか青葉通りに面した一階が飲食店なので対象外なのか不明


     <拒否家屋3>
 一番奥はNTTの建物で電話交換器が入っているため動かせないので対象外、その次が建設会社のビルで仕事が忙しく応じられないと拒否してる、その前が保険会社ビルで現在空家であるが壊す気配が無い。

 五階建てのビルの持ち主が話してたが市が拒否してる人を公表したり条例化して強い態度で臨まないと進まないのではないか、代替え地保障額を増やしてもらわないと代わりの建物が作れず現在入居してる人の移転先が無いと言ってた。
 私たちの代替え地候補の市民会館の取り壊し工事は国の予算が下りないためで下りたら始めて入札に入り業者が決まりそれからの工事なので何時になるか分からないそうだ。

 国会では復興に予算をドンドンつけて復興を早めると言ってるが三年目に入ったのにまだ何も見えない、遅いとしか言えない。
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震災二年目の釜石市の現在


     <復興予定地>
 釜石市の復興街作りは奥の大きな倉庫の前にスーパーイオンを中心としたイオンは製鉄所の構内に建設されその前に市営駐車場が建設され大通りに接するブロックは右側のブロックは市民会館を中心とした公益的施設左のブロックは一階を商店に上は復興住宅と隣接して鈴子地区の仮設にある飲食店街を収容するビルを建設し和あいの有る街作りをする計画だ。

 被災地では復興が見えない、遅れてると言われてます。釜石も同じだと思います、イオンの誘致が決まり11月開店と言われてるが、それに伴う街作りが進んでない。


    <取り付け道路>
 イオンは製鉄所構内に作られるが安全上構内道路は使わないと言う、そのためには街からの取り付け道路が必要でこの道路が使われることになっている。しかしまだ工事が始まってない。段差があるため取り付け工事が終わらない限り資材や工事車が入れなく工事は始まらない。


     <駐車場予定地>
 イオンの建設に合わせて市営駐車所も建設されることになっていて、残っている建物の撤去が行われている、残っているのは、NTTの旧庁舎でこれは東部地区の電話回線が入っていて動かせないのでどうしようも無いが、隣の建設関係のビルは立ち退きを拒否してるとの噂も有る、まだ期間もあるので何とも言えない。
それぃ外に手がつけられなくあれ放題の家が有る、修理するか取り壊すかと迷っていたよだがそのまま放置されていた。このような家が三軒有る、有力な情報網がある人のようで、今なら立ち退き料が支払われるのを見越してのことかと思われる、他にも修理が利く家が何軒か有ったが家族が少なくなったので大きな家は要らない無料で壊してくれるのでと取り壊した人が何人もいる。


     <立ち退き地区>
 私が住んでる地区だが一般住宅は四軒で一軒はまだ修理もせず帰ってない、それは事業をしてるが釜石で事業を再開出来ないからである。他はワンルームマンションが二棟、民宿一軒、三階ビルで二階を貸ビルで三階に住んでる人飲食店と貸店舗未修理ビル二棟、銀行、駐車場である。

 駐車場には飲食店集合ビル建設が予定され他は一階が店舗で上は復興住宅を作りたいと市の担当者が言っていた、東部地区の復興住宅への入居希望者が多く予定数の何倍も有り市民会館の上にも増設を予定してるがそれでも足りないそうだ。

 先日市の担当者が土地と住宅の買取価格の説明に来たが、四十数年前に手に入れた価格と変わりなく、二十数年前に一部買いました価格の半値以下三分の一近い価格である、代替え地は時価で購入とのことで何処に行っても高くなるという、震災前はここら辺が釜石では一番土地の値段が高い所だったが被災地なので価格が下がっているから。

 住宅も建設時より数百万円安く土地も家も小さくしなければならない。市の発展を考えると協力しなければならないが考えさせられる。提示された最初から協力しますと意思表示はしてるが。

 問題なのが代替え地で市営駐車場と市民会館跡地が予定されてたが、市民会館は国からの補助金で建設したので国の許可を得ねばならないが許可が下りないので取り壊しがいつになるか分からないという。二月に駐車場の取り壊しが終わったが市民会館の工事が始まらないので何故と思っててがこれでは代替え地の手配が付かなく、我々の移転が何時になるか分からない。我々の移転が終わらないと街作りが始まらなくなる。

 国では被災地の早い復興をと言ってるがこんな事務的なことで遅れてるとは何事か


    <空き地>
 ガレキが撤去され空き地が目立つ、もうすぐ二年が経つというのに何も始まってない。この地区は20cmから50cmの盛り土が予定されている。がれき撤去ご相当の月日が経ったがそのままである、盛り土工事が終わらなければ次の建設は始まらない、出来る工事から始めて欲しい。復興が目に見えるようにして欲しい。
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疑問に思った被災地の交通取り締まり


      <取り締まり現場>
 ここ暫く趣味の釣りが時化やメンバーが揃わなかったり釣り行の前日に船頭が入院などで行けないでいる、イライラ、モヤモヤが溜まってくると昨年暮れに真っ暗な4時37分に信号無視で検挙されたことが思い出される。
 検挙一ヶ月以上経った1月31日に現場に行って見た。

 この写真でも分かるように家が津波で破壊され平原化してる、住んでる人は一人もなく夜間は国道45号線を走る車だけの街だ。目標物が無いので信号機を頼りに運転してる。


      <信号機>
 信号機の先には津波前は駅が有った、その前は線路で行き止まりである。いつの間にか線路に登る道路が出来てはいるが、鉄道の復旧計画が未定である。
 この街を走る車は45号線だけで特に夜間は他の道路に入る車は無い、用事も無いが危険でもある、45号線以外は走る車は無いので信号機は赤の点滅はいらない、せめて矢印で左折可にして貰いたいが、復興計画で新しい道路が計画されてるようだ。 私がこの信号機を渡るとき何で赤点滅か?一旦止まりかけたが、震災前の信号機を使っているからだなと思った、私も被災者で二階まで浸水し全壊扱いだがどうにか修理し住んでいる。
我々被災者は使えるものはなんでも間に合わせる、完全な物を求めていては復興できないと思ってやってきた。震災後早く復興を求めたのは信号機である。明かりがない真っ暗な道路を走るには信号機だけが頼りであった。

 又此処で一時停止して何を確認するのかと思った、どこまでも見通せる場所で止まらなくても安全確認は十分に出来た。パトカーに停止を言われた時は迷って徐行状態だったのでゆっくり走っていたので直ぐに停止できた。

 
       <信号機周辺>
 抗議に行った釜石警察署交通課長に聞いた話では原野の中だろうがそこに信号機があれば守るのが自分らの仕事である、「現実的に危険性が無い、取締の対象にならないのでは」と言ったが「現実はそこに信号機がある」とけんもほろろで高圧的で有った、威圧すると引き下がせるような態度に反発を感じた。
 先に対応した警官は国道で一時停止はおかしいので色々と検討がされてる、将来は復興計画の中で山側に新しく盛土して作るようだが現在はこの他にも似たようなところがあるので気をつけて運転してくださいと言っていた。


 何処で取り締まるかは警官の判断だそうで私を検挙した菊池裕二はこちらからの質問に「決まりですから」としか答えなかった。もう一人の女の警官は「直進路を暴走してくる車があるかもしれない」と言ったので「あの道路は3、40mしかないよ何処から暴走するの、「どこから来ても見通しが良いから分かるし左折だからぶつかることないよ」と言ったらその後は何も答えなかった。

 交通安全に必要な取り締まりなのか、検挙数を稼ぐためなのか、街の中を走っていると必ずと言っていいほどどこかでパトカーに捕まってる車がある。復興に向けやりくりして頑張っているが警察はどこを向いているのか。


 写真を撮りに行ってこの鵜住居町は被災家屋の撤去もされていない、盛り土して復興する予定なそうだがいつになるのか復興の気配も感じない、復興の遅れに腹ただしさをおぼえる。
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