京男雑記帳

洛中で生まれ育った京男が地元視点で見た日常風景や話を雑記的に掲載

京男が中華そばとは珍しい

2012年05月21日 05時05分15秒 | 
ここは、三条京阪にある昭和的お店「篠田屋」。
お店の左側がだん王の三条門ね。
だん王の川端門の撮影云々といいながら目的は、ここの中華そばと動機が不純やね。
最近、遠出とかできない状態だからお許しください。



お店に入ると空気が昭和になります。
これは、実際に行ってみないとわからないかもね。



今回は、中華そばと決めておりました。
それも並サイズを注文。
大盛りでは、丼鉢が雰囲気じゃないのですよ。(笑)



来ました。
昭和の中華そばでしょ。
このお店じゃなかったけど、高校のクラブの帰りおうどん屋さんに入ってみんなで食べた時の中華そばの味なんです。
あの時、1年で3年に焼き豚をとられたのをおぼえている。
食い物のことになるとものすごく記憶している。
1年の時の担任の先生の名前も顔も忘れているのに・・・。
2年になった時、部費の予算を二重帳簿にして、その部費で中華そばを食べたっけ。
昔から、そういうことだけはできていた京男でした。



ここお中華そばは、麺が固めなんです。
後からきた老婦人は「麺を柔らかめ」とリクエストしたはりました。



スープも私好みの味。
正直言うとラーメン屋さんのラーメンは、好みでないんです。
原因はスープなんだと思います。
料理を習っている時、スープはグラグラ煮立たせてはいけない、臭みがでるからときつく言われたのが原因だと思う。
ここのスープならこうやって最後まで飲みます。
ドクターなら「スープを残しなさい」というだろうな。
「うるさいたけのこ医者!飲まんと帰って去年みたいに発作を起こして死んだら、喰い残すやないか!」
※たけのこ医者/まだ藪にもなっていない医者のことをいう。



お店をでたら高山さんの像があります。
コンモリした緑がよもぎ餅に見えた・・・。

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いまぐらいの時期のよもぎ餅がいい

2012年05月20日 05時08分21秒 | 和菓子
檀王法林寺から出て、三条大橋を渡る。
擬宝珠(ぎぼし、ぎぼうしゅ)を見ているとなんだかよもぎ餅が食べたくなった。
なんだろう?
もう少し高尚なことが浮かばないのかな・・・。



いまの時期のよもぎの新芽の成分のが欲しいのかな。
よもぎは、香りの主成分はシネオール、ツヨン、β-カリオフィレン、ボルネオール、カンファー、脂肪油のパルミチン酸、オレイン酸、リノール酸、ビタミンA、ビタミンB1、ビタミンB2などである。
そういえばお灸に使いますよね。
灸に使うもぐさ(艾)は、葉を乾燥させ、裏側の綿毛を採取したものである。葉は、艾葉(がいよう)という生薬で止血作用がある(なお、艾、艾葉には、ヨモギの他にヤマヨモギ(学名A. montana)も使われる)。
よもぎを使ったスチームサウナが好きだった時期があります。


↑味工房志野「よもぎ餅」



他によもぎの若い芽や、育ち始めた若い株は、干しておいたのちに煎じて飲むと、健胃、腹痛、下痢、貧血、冷え性などに効果がある。また、もう少し育ったものは、これも干しておき、風呂に入れると良い。腰痛を始め、痔にとてもいいそうです。



きっと旬のものは、身体にいいのかもしれませんね。
さて実山椒を用意してあるのですが、いま指先が主夫湿疹になっていて荒れているので作業ができあにのです。
もうすこしだけ回復を待って作業です。
今年は、軽く佃煮にして見たいな。

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こちらが正面玄関みたい・・・

2012年05月19日 07時09分39秒 | 社寺
昨日の続きです。
三条門だけだと思っていたんです。
だからこちらの派手な方を撮影していませんでした。
京都市指定の重要文化財なんだそうです。


↑川端門

お寺の説明を引用して起きます。
有栖川音仁親王一族は主夜神尊へのご信仰あつく、明和3年(1766)本堂再建の際、主夜神堂のためこの門を寄進なされた。そのため屋根に菊紋の獅子口の瓦が置かれるとされる。


↑龍がいてはります

この門は赤門、開運門とも呼ばれ、京都市指定の重要文化財になっている。昭和49年(1974)に修復が行われた。


↑龍神堂


↑新しい感じの石版

龍神堂の説明も引用して起きます。
龍神堂に奉られる加茂川龍神は、自在な神通力を持ち、晴雨を司る神様としてわれわれや仏法をひでりや水難から守る神様である。
晴天、雨請(あまごい)等の天候を祈願するお堂として古くから信仰を集め、加茂川龍神立像が安置されていたが、現在像は本堂に移されている。現在のこの堂は昭和61年に再建された。


↑念仏万霊塔

この念仏万霊塔は、延宝6年(1678)、八世東暉(とうき)上人による「不断念仏会」の百余名の結縁を記して建てられた。
以下引用します。
東暉上人は開山袋中上人の最後の直弟子で袋中の念仏信仰、曼陀羅信仰を受け継ぎ、盛んに念仏会や曼陀羅講を開いた。
この時の念仏会は継承され、元禄17年の一万日回向、宝暦6年の三万日回向の基準となっている。
書いて見たけどもう一つよくわかりません。


↑消えていてよくわかりません


↑石仏



色んな人が寄進されたんだろうな。
いまとなっては誰がどのような気持ちで納めたのかもうわからないかも。
もの足りない説明ですんません。
今日の写真は、昨日再びここに行って撮影してきました。(笑)

こうやって見ていると面白いですね。
まだまだ知らないお寺や神社がいっぱいあります。
というか知っているところが少ないかも。

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ひょっとして入るのは初めてかも・・・だん王

2012年05月18日 05時54分41秒 | 社寺

↑三条門


↑奥で子供たちの声が聞こえて来ます

ここは、三条京阪の高山彦九郎像の北向にあります。
浄土宗のお寺です。
「だん王」は通称で、正式なお名前は、「朝陽山 栴檀王院 無上法林寺(ちょうようざん せんだんのういん むじょうほうりんじ)」こんな名前だったら覚えられないですよね。
電話がかかってきたら「はい、こちら朝陽山 栴檀王院 無上法林寺です」というのはちっと苦しい。
そういえば京男がお付き合いいただいているリースの会社名「三井住友トラスト・パナソニックファイナンス株式会社」というのも凄いと思う。
いっぺん電話してやろうと思うのですが、用事がないからしていない。
電話に出た受付の女性は「ハイ、三井住友トラスト・パナソニックファイナンス株式会社です」っていわはるんやろか。興味あるな。
落語に出てくる長い名前にはまけるけど、それでも電話で答え難いだろうな。


↑真ん中の「鳥之供養塔」というのは何か?鳥インフルエンザの時のかな?それにしては古い雰囲気だし・・・昭和31年の京都食鳥組合の寄贈みたいです。

ここは、文永9年(1272)創建なんだそうです。
当然、この三条あたりのお寺ですから、何回も天災人災で何度も火事になり、その度に建て直された。


↑本堂



境内に保育園があり、小さなお子さんの声が聞こえているイメージしかないのです。
それもあってか入ったことがない。
京都市にお住まいの人、そうじゃないですか?
由来とかありそうな雰囲気があまりしないもの。
有名でもないし。
少なくとも京男は知らなかった。


↑楼門


↑こんな風に「四天王立像」が並んでいます。二十二世譲誉玄亮(じょうよげんりょう)上人が明治21年(1888)の楼門新築に伴い購入したもので、大阪和泉の興善寺旧蔵ものと伝えられている。そんなこともあるんだ。貴重なものだと思うけど、風雨に晒されていていいのだろうか?

主夜神というのがお寺の説明に出てくるのです。
主夜神は、もとの名を婆珊婆演底主夜神(ばさんばえんていしゅやじん)といい、華厳経入法界品に「恐怖諸難を取り除き、衆生を救護し、光を以って諸法を照らし、悟りの道を開かせる」と説かれる神様とある。


↑多聞天像(鎌倉〜南北朝)


↑広目天像(平安時代後期)


↑持国天像(鎌倉〜南北朝)


↑増長天像(鎌倉〜南北朝)

さらに、主夜は守夜と転じて、夜を守る神として崇められ、盗難や火災などを防いでくれる大変なご利益をもつ神様であるとされています。
この主夜神を奉る寺社は、日本ではあまり例がみられないという珍しい神様。
お寺で神様というのは不思議な感じがする。
日本的ですね。なんでも習合してしまう。

よく考えたら川端門を撮っていません。
次回は、もう少し補足的に撮影してきます。

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カレーうどんは久しぶりかも

2012年05月17日 04時47分54秒 | カレー
昨日の京都は、初夏でした。
外出は、ショートパンツと半袖シャツにしたらよかったと後悔するほどでした。
そうするときっと冷えるからダメと言われるだろうな・・・。



そんな暑い日は、カレーうどんやね。
ということで今回は、三条京阪からちょっと東へ行った北側「みや古」へいく。
ここは、久しぶりかも。



今回は「肉カレーうどん」を注文。
珍しいでしょ。普通はお揚げさんなのに。
肉の気持ちだった。



ほどなくやってきました。
京男は、味を見て七味で辛さを調整してしまいます。
結果的に七味の量が最初の三倍は入れてしまった。
ひょっとして七味がカゼをひいていたのかな。



でも美味しくいただきました。
よく考えたら辛いカレーうどんというものは、食べたことがないかも。
インド料理でもそう辛くないものね。
香辛料的な限界だと思う。
辛さの好みで言えば、家で作る麻婆豆腐が一番好きだな。
韓国系の青い唐辛子は、凄かったことがあります。
口から食道、胃に入っていくのが判るほど辛かったもの。
青い唐辛子にはちょっと要注意ですね。



さて昨日、実山椒を買いました。
掃除が大変やな・・・・。
いま指先が荒れていて、辛いかも。
ちなみに、荒れているから銀行のATMの反応があまりしない。
トラックバッドも。
結構不便。

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藤波

2012年05月16日 06時03分08秒 | 風景・和菓子


藤波(藤浪)というのは、藤の花のことなんだそうです。
そういえば近くの京都女子大のシンボルは藤だったと思う。
ちなみに藤娘みたいな人は、まだ見かけたことはない。


↑二條若狹屋「藤波」


↑上用、黒こしあん

小学校くらいの時、叔母が日本舞踊をやっていて、いやというほどみせられたものです。妹は八百屋お七をしたのをしっかり覚えている。
先斗町の歌舞練場だったな・・・。



京男の場合は、藤波と言えば「藤波辰爾」ぐらいしか思い浮かばない。
長州力率いる維新軍団との抗争は、一部の人には有名だ。(笑)


↑鶴屋吉信「藤宴」


↑上用、こしあん

近くの木の散髪を大幅にしたおかげで毎年楽しんでいた野生の藤の花をみられなくなったのが残念だ。
本来藤はつる性であるため、樹木の上部を覆って光合成の邪魔をする。しかも巻き付くことで幹を変形させるので、手入れのいい植林地では刈るのが普通なんだそうです。
最近、その野生の藤がたくさん見られるようになったのは、輸入の木材の方が価格が安いから、日本の植林は手入れしなくなったのだそうです。
蔓を加工する職人さんも少なくなったというのもあるそうです。
これはちょっと困った現象かも。

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本当の葵祭が必要かな

2012年05月15日 07時29分53秒 | 風景・和菓子


今日15日は、京都三大祭の一つ「葵祭」が行われる。
祭の起源は、いまから約1400年前の欽明天皇の567年、国内は風雨がはげしく、五穀が実らなかったので、当時賀茂の大神の崇敬者であった、伊吉の若日子に占わせたところ、賀茂の神々の祟りと出た。
だから国家をあげて賀茂の神々の祟りを鎮めるためにはじまったのだそうです。
神々が祟るというのがほうひとつ納得できないのですが・・・。
※京都三大祭/「葵祭」「祇園祭」「時代祭」「京男裸祭」もいれると四大祭になるのですが、京男の事情により今年は開催できません。


↑鶴屋吉信「賀茂みどり」


↑焼皮製、黒こしあん

いまの世界や日本にとって葵祭のような神々の祟りを鎮める祭が必要じゃないでしょうか。
それもセレモニーじゃなく国民が真剣に祀る必要を感じます。



葵祭は昨年、雨だったように思います。
今日も多分雨かな。
なんか不気味な感じがしてなりません。
人間は、もっと謙虚に自然に感謝しながら生きる方がいいかも。
東大話法のような口先だけで、責任逃れをしている官僚や自分の権力や票のことしか考えない政治屋さんたちもいい加減にしてほしいですね。



天皇さんが被災地を訪問されている姿を見て、申し訳ない気持ちになりました。
政治家ももっと現場にいかないといけないかも。
頭だけでは、なにも解決できないように思います。


↑鶴屋吉信「王朝花傘」


↑こなし製、白こしあん

そういえば今日、葵祭(あおいまつり)ですね。
確か昨年も雨で次の日になったような・・・。
原発危機と「東大話法」―傍観者の論理・欺瞞の言語―
安冨 歩
明石書店


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東京への土産に八つ橋・・・

2012年05月14日 05時49分23秒 | カレー
金曜日から関東方面に就職した次男が京都に帰ってきた。
会社はまだ研修中で給料もでない。
社宅に住んでの研修中。
お金もないから毎日パスタ生活らしい。
うまれてからずっと家族といっしょに食事をしてきたから、寂しいだろうな。
しかも関東方面だから関西のボケ、ツッコミも通じない。


↑サモサ(インド風揚げ野菜餃子)とヴェジタブルパコラ(インド風野菜の天ぷら)


↑向こうがケチャップ、手前がグリーンソース

ただ自己紹介をして、京都市内、しかも清水寺の側に家があると言ったら一目置かれたらしい。
本日朝一番で東京に帰るのだが、お土産に聖護院の生八つ橋を買っていた。
それが受けるらしい。
それを聞いて思わず笑ってしまった。
そうそう蓬莢の豚まんだってお土産になるらしい。
面白いな〜。
そういえば昔、京男も聖護院の生八つ橋を大学の友人にもっていったことがあるな。
当時、生八つ橋は、本店でないと買えなかったから。
いまは、普通に買えますが。しかも嫌らしい餡入りのが。


↑チキン ヴィンダルー(柔らかいチキンにスパイスをきかせたジャガイモ入りカレー)


↑ガーリックナン

新潟の友達のところに行った時、新茶のシーズンで玉露を持って行ったことがあった。一年後行ったら、床の間に飾ってあったのには参ったな。
山葵醤油で食べる生湯葉を持っていった時は、煮てだされたっけな・・・。


↑カシミリーピラウ(サフランライスにフルーツとナッツを加えたカシミリー地方のライス)。これは美味しいですよ。

東京の山手線は混んでいてこまるといっていた。
いまの京男ならどうしたらいいのだろう?
まあ、行く予定はないですけど。
次回は、買ってくる食料品のリストを渡して置かなくちゃ。


↑クルフィー(インドのアイスクリーム)


↑マサラチャイ

土曜日は、墓参りと京男、京女の実家に母の日記念の食料(花より団子です)をもって次男の就職の挨拶も兼ねていきました。
次男は、東京でパスタ生活なので、こましなものを食べさせる。
お墓の近くのインド・ベンガル料理「チャクラ」へ、三人で行く。
夜は、家で本格的焼き肉をお腹いっぱい食べさせました。
やっぱり丸い卓袱台でみんなと取り合いをして食べる食事が一番だろうな。

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母の日

2012年05月13日 08時02分55秒 | 和菓子

↑末富「花束」

京男は、昨日母の日の表示をした。
今日は、車が混むだろうしね。
私の実家と京女の実家へ。
その前に京男家のお墓参りも済ます。
参加できない母親に、お墓の掃除をして花を飾り、線香を付けた写メを送信。


↑こなし、黒こしあん

参加したのは、京男、京女、次男(関東に就職して二日ほど京都に帰ってきた)でお墓と両実家に報告でした。
お墓参りが終わってランチは、チャクラでインド料理を食べました。
それ記事はまた次の機会に。


↑末富の和菓子は昔ながらの大きさなんですよ

まあ、両実家にささやかなものを持って行きました。
母の日をなんとか父の日と統合して欲しいな。
「親の日」で6月ぐらいにしてくれたら助かるのにな。



京女も長女からお花をもらっていました。
父の日はどうなるのかな・・・。

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不思議やね

2012年05月12日 06時12分53秒 | いらんこといい
こんなニュースがインターネットで流れていた。
「千年後に日本の子どもゼロ? 東北大が人口時計を公表」
引用してみるとこんな話しでした。
千年後、5月5日のこどもの日は来ない?
東北大は10日、100秒に1人の速さで子どもが減少していく日本の少子化の状況がリアルタイムで分かる「子ども人口時計」を、経済学研究科の吉田浩教授らが制作したと発表した。インターネット上で公表している。総務省が公表している2011年4月1日と、12年4月1日時点の子どもの人口から算出した減少率がこのまま続いた場合の子どもの数が、1秒ごとに表示される仕組み。



面白いですね。
1000年先のことを心配している。
日本だけのことを考えたらそうだけど、全地球的にみたら絶対人口は増えていると思うな。いまでもそうですよ。アフリカの方とか行けばいまでも人口は増えている。
日本人がいなくなるだけじゃん。
たったそれだけのことじゃないですか。



こんなニュースもあった。
「マヤ文明最古の“天文カレンダー」
いままでのマヤ暦だと2012年12月23日で終わっている。
以後暦がない!!
だから世界は滅亡するという話しだった。
それが最近、ずっと続いている暦が発見されたらしい。
あと6000年は大丈夫!らしい。



まあ、恐怖の大王が降りてきて・・・というのも昔ありましたね。
あれといっしょだ。
そんなに都合良く人類は滅んだりしません。
人騒がせなヤツがおりますね。



ただ人類は滅んだりしないけど、人口増加で食糧難、水不足になることは本当かも。
小さい時観た映画『ソイレントグリーン』の世界がかなりの確立で実現しそうで不気味です。あの映画はベートーベンの『田園』がすごく印象的だった。
それから小学校の時に観た『渚にて』という映画が怖かったな。
あの不安感はいまでも忘れられない。
ソイレント・グリーン [DVD]
クリエーター情報なし
ワーナー・ホーム・ビデオ

渚にて [DVD]
クリエーター情報なし
20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン



そう言えば昔は教科書とかに、人類社会の未来図なんてのが載っていたけど、いまはどうなんだろう。子供たちに明るい未来を大人は与えているのだろうか・・・。
与えていないなら大人の責任だ。
子供は将来何になりたい?と聞かれたら給料の高い商売をいうものな。
総理大臣なんてのはいわなくなったし。確かに給料が低い割りに尊敬されない商売になってしまった。
そういえば、京男は小学校の時、生まれ変わったらなにになりたい?と聞かれて「ミツユビナマケモノ」と書いて先生に怒られた。
でもミツユビナマケモノって新陳代謝が遅くて水に落ちても長い時間しなない。
動きがスロー。でも生殖の時はすごく素早く動くのが感動的だった。
やるときはやるじゃん!と思って尊敬したものです。



中学の時、ゲゲゲの鬼太郎の歌の「おばけ」に憧れた。
引用してみます。
「ゲ ゲ ゲゲゲのゲー
 朝は寝床(ねどこ)で グーグーグー
 楽しいな 楽しいな
 おばけにゃ 学校も
 試験(しけん)もなんにも ない
 ゲ ゲ ゲゲゲのゲー
 みんなで歌おう ゲゲゲのゲー

 ゲ ゲ ゲゲゲのゲー
 昼はのんびり お散歩(さんぽ)だ
 楽しいな 楽しいな
 おばけにゃ 会社も
 仕事(しごと)もなんにも ない
 ゲ ゲ ゲゲゲのゲー
 みんなで歌おう ゲゲゲのゲー

 ゲ ゲ ゲゲゲのゲー
 夜は墓場(はかば)で 運動会(うんどうかい)
 楽しいな 楽しいな
 おばけは 死なない
 病気(びょうき)もなんにも ない
 ゲ ゲ ゲゲゲのゲー
 みんなで歌おう ゲゲゲのゲー
 みんなで歌おう ゲゲゲのゲー
 みんなで歌おう ゲゲゲのゲー」

いまでも理想的生活だと思っております。(笑)
ちょっと実現したかも・・・。

※今日は訳のわからない記事でした。すんませんな〜。

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