京男雑記帳

洛中で生まれ育った京男が地元視点で見た日常風景や話を雑記的に掲載

こういう空間もいいな・・・東陽坊

2009年08月31日 04時46分06秒 | 社寺

↑真っ暗だったので撮った画像が粗いな

この話題も建仁寺。
この茶席は建仁寺にある「東陽坊(とうようぼう)」
パンフレットの説明の引き写しをします。



草庵式二帖台目席。天正十五年(1587)に豊臣秀吉が催した北野大茶会で、利休の高弟・真如堂東陽坊長盛が担当した副席と伝えられています。二帖台目席で最も規範的な茶室とされ、茶室の西側には当時名物「建仁寺垣」が設けられています。





そうなんだ。
こういう空間が家にあったらいいな。
密談をするにはぴったりだし。(笑)

建仁寺の開山は栄西禅師。このひとが中国から茶種を持ち帰って日本で栽培することを奨励しやはった。そして喫茶の法も普及したことから「茶祖」と呼ばれている。
そういえば、この栄西禅師の弟子に明恵上人が、京都の栂尾高山寺の庭に茶の種を蒔いて、その時にお茶の効用を十箇条にまとめはった「茶十徳」というのがあります。
1.諸天加護
お茶は強く根をはり、一年中緑を保ちます。その生命力があなたを守ります。
2.無病息災
お茶は養生の仏薬ともいわれ、毎日を元気に暮らすことができます。
3.父母孝養
お茶の深い味わいは素直な心を芽生えさせ、父母への感謝の心を育てます。
4.朋友和合
一服のお茶が楽しい語らいを生み、家族の団らんや友愛の場をかもします。
5.悪魔降伏
お茶の香気は疲労を解消し、心の迷いまでも払拭します。
6.正心修身
「茶道」として生きている風習は、精神修養の効果があります。
7.睡眠自除
お茶は、神経を活発にさせ、頭脳と血液の循環を増進します。
8.煩悩消滅
お茶の深い味わいは、わずらわしい世事の疲れを忘れさせます。
9.五臓調和
お茶に含まれるたくさんの保健成分が体全体のバランス維持に役立ちます。
10.臨終不乱
お茶は、心の平静を保ち、天寿を全うできます。



なんか茶業界の宣伝文句っぽいですね。
明恵さん、ちょっと無理してつくらハッタ感じやね。
茶十徳を知っている茶業界がペットボトル入りのお茶とかだしているのがとても不思議。
大体濁らないお茶なんてどうも気持ちが悪い。
昔から宵越しのお茶はカラダによくないといっていなかったっけ。
「茶十徳」に外れているように思うな。
そうかペットボトルのお茶をお茶だと思うからそう思うんだ。
あれは、お茶フレーバーの別の飲物なのかも。



それから、ペットボトルをラッパ飲みをする上品なご婦人をよく見かけます。
あれはやめてほしいものです。
教育上よろしくない。
マイカップを持参願えないでしょうか。
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大哉心乎

2009年08月30日 05時10分21秒 | 社寺


大(おお)いなる哉(かな)、心(しん)や。
天の高きは極むべからず、しかるに心は天の上に出づ。
地の厚きは測るべからず、しかるに心は地の下に出づ。
日月の光はこゆべからず、しかるに心は、日月光明の表に出づ。
大千沙界(だいせんしゃかい)は窮むべからず、しかるに心は大千沙界の外に出づ。
それ太虚か、それ元気か、心はすなはち太虚を包んで、元気を孕(はら)むものなり。
天地は我れを待って覆載(ふうさい)し、日月は我れを待って運行し、四時は我れを待って変化し、万物は我れを待って発生(ほっしょう)す。
大なる哉、心や。             
『興禅護国論』の序、栄西禅師



太虚(たいきょ)/宇宙のこと。そこに満ちる気によって万物が生成消滅する。
元気/宇宙の元の気ということ。生命が満ちあふれた状態を元気という。すべての存在の源。
覆載/天が万物をおおい、地が万物をのせること。
大千沙界/沙界とは、ガンジス河の砂ほどもある無数の世界。大千は、それが千もあるという意味。



自分のなかの奥深くに宇宙と同等のものがある。我々人間も宇宙の分身のようなもの。
「自分の内的宇宙」が「外の宇宙」と「即」つまりまったく同等で差別がないと心が認識する時、
臨済禅師の言うところの「赤肉団上(しゃくにくだんじょう)に一無位(いちむい)の真人有り、常に汝等諸人の面前より出入す、未だ証拠せざるものは、看よ、看よ」の「一無位の真人」が顕れる。簡単にいったら「真我」ということかな。
それを栄西さんは、言いたかったのかな。
間違っていたらすんません。私はそう感じたのです。
私が四文字を書くとしたら「大哉真乎」となるかも。



赤肉団上とは肉体ということ。その肉体に心があり、さらにその奥に本当の自分が存在する。
そのためには、心というものを理解し、コントロールする必要がある。
心は「ココロ、コロコロ」というように放っておくとドンドン動いて真理から振れて離れていくものなんです。でもその心があるからこそ、この世に生きる素晴らしさ、存在することが尊いと感じられる。
それを実際に肉体をもって体験するために、この世に人は生まれてくるのかも。
その真理を自覚するためには、本当の自分(真我)にアクセスして、なおかつ現世で楽々生きることが大切なんだろうな。「あるがままに生きる」というのはそういうことだろうな。
そのことが誤解をおそれずにいうと「悟り」ということかもしれませんね。
現世で生きていながらにして、佛になること。「即身成仏」ってのはそのことかな。





建仁寺の玄関の衝立で「大哉心乎」の文字をみて庭で寝ころびながら考えたメモしたことです。
まあ、素人の白昼夢です。
こんなのも、たまにはいいか・・・。
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久しぶりかも「タコライス」

2009年08月29日 04時50分01秒 | 


久しぶりに『efish』(エフィッシュ)に行きました。
京女から「この頃、鴨川がドブ臭いよ」と脅されていたから、どうなるかと思った。
ガラス戸が閉まっていたので、その心配はなかった。



外はいい天気。
見えている橋は五条大橋。
もう少し鴨川をきれいに整備したらいいのに。
パリのセーヌ川は、いまきれいにしていて鮭が帰ってきたらしい。
鴨川には、なんぼなんでも鮭はのぼってこないだろうな。



この日は、打ち合わせでした。
生ライムジュースと生リンゴジュース。
生ライムジュースは美味しかった。





しゃべっている内にお昼になってしまった。
タコライスを食べる。
なんか久しぶり。
ホットソースがあるともっといいかも。



相手の方は、カレー。
カレーも魅力的だった。



これは、この間の日曜日の話。
いつもの大阪での定例の会合。
立食パーティーで、色んな方とお話ししていたのはいいのですが、
ほとんど何も食べられなかった。
ほんとはティーハウス・ムジカに行きたかったけど休みだった。
仕方なくANAクラウンプラザホテル大阪の喫茶でクラブハウスサンドとスープを食べる。
衝立の向こうのパン食べ放題風バイキングが気になった。



サンドイッチの付け合わせのフライドポテトがハードな量でした。
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夏惜しむ

2009年08月28日 04時55分53秒 | 和菓子


まだ昼間は暑い。
でも空気が秋のように感じるようになってきた。
空も少し高くなってきたかな。
夏らしい夏が極めて少ない年でしたね。
ちょっと残念ですね。
個人的には、秋冬が来るのがうれしい。


長久堂「夏惜しむ」

夏物関係の会社やお店は頭を抱えているだろうな。
しかも秋は、新型インフルエンザが流行の兆しがある。
秋の観光シーズンはどうなるだろう・・・。
まあ、心配しても仕方ないけどね。
上生菓子は、そろそろ華やかになってきました。
実際の季節より確実に秋をたのしめそう。


なにを表現しているんだろう・・・涼しげだけど


琥珀、備中白こしあん


亀屋良長「青柿」


煉切、黒柿あん
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甘酸っぱいものが食べたい・・・

2009年08月27日 04時38分19秒 | 


まだ建仁寺の記事は続くのですが、
自分で記事を書いていて、ちょっとお寺ばっかりは飽きてきますね。
そこで気分転換。
珍しく京男&京女&次男という組み合わせで食事。
私が夏バテ気味で食欲がないので、ミンミンへ中華を食べに行く。
(このあたりがちょっと変わっているな・・・普通はそういう時は中華に行かないかも)
「酢豚に入っているキュウリとたけのこが食べたい!」と思った。
原因は、不明。ただそうカラダが欲するのです。
いまもまだその傾向があるかも。


↑羊肉飯(ヤンロウファン)/ジンギスカン丼→次男


↑天津飯(テンジンファン)/かに玉丼→京女

東洋医学の「五味」「五臓」でいうと、
酸っぱい味は「肝」、苦い味は「心」、甘い味は「脾」、辛い味は「肺」、塩辛い味は「腎」
甘酸っぱいものが食べたいということは、「肝」と「脾」の機能が弱まっているということか。
脾は、胃腸と考えてもいいから、消化器系と肝臓がよわっているのかな。


↑稀飯(シイファン)/ぞうすい→京男

京男は、ぞうすいに酢とラー油をいっぱい入れていただきました。
もちろん、キュウリとたけのこも。


↑炸茄子(ザアチェズ)/なすの唐揚
 これは、美味しかった。衣にちょっと味がついていた。
 レモンと花椒塩(かおしょうえん、ハアジャオエン)で食べます。
 家でもつくれそうです。
 花椒塩/炒った塩と同量の花椒の粉末を混ぜたもの。
 中国の花椒は、日本の山椒より香りが強い。麻婆豆腐には欠かせない調味料。
 炒めると柑橘系の香りが爽やか。しっかりしびれますが。

写真をみたらわかりますが、餃子を頼んでいない!
これはちょっと珍しい。
三人ともちょっと弱っていたのかな。


↑古滷肉(クウルウロウ)/スブタ、この表現は、広東料理らしい。
 普通は、北京料理の糖醋肉(タンツーロウ)が多いかな。
 見てたらまた食べたくなってきた。
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出でよ龍!!お願い叶えてオクレヤス!

2009年08月26日 04時59分06秒 | 社寺


ポスター的な写真でちょっと恥ずかしい。
ここは、昨日の建仁寺の続き。
法堂(はっとう)の天井画。



三門(さんもん)「望闕楼(ぼうけつろう)」
大正12年、静岡県浜名郡雄踏町山崎の安寧時から移建したもの。
空門、無相門、無作門の三解脱門。
「御所を望む楼閣」という意味で「望闕楼」と名付けられた。



三門の向こうがこの法堂(はっとう)。
この中に双龍図があります。
明和2年(1765)上棟(じょうとう/建物の棟上げ)。
仏殿兼用の「拈華堂(ねんげどう)」。



五間四間・一重・裳階付の堂々とした禅宗様仏殿建築。
正面須弥壇(しゅみだん)には本尊釈迦如来座像と脇侍迦葉尊者(かしょうそんじゃ/お釈迦さんの一番弟子)、阿難尊者(あなんそんじゃ/釈迦の従弟、弟子中の一番のイケメンらしい)が祀られている。



この天井画は平成14年(2002)創建800年を記念して小泉淳画伯によって描かれた。
使われなくなった学校の講堂を借りて描いたハッタのがテレビでやっていた。
小さく見えるけど、近くでみたら大きい。



天井画で龍が多いのは、法の雨(仏法の教え)を降らすとか、
龍神が水を司る神であるため、火災から護るという意味もある。
指に注目してみてください。
この龍は五本の爪やね。普通日本では三本が多い。
韓国は、四本が多いそうです。
中国は、五本。昔の中国では五本爪の龍は皇帝専用の図柄なんだそうです。



ところでこの双龍は夫婦モンなんかな・・・。
狛犬といっしょで口をあけているのが「阿(あ)」で陽。
口を閉じているのが「吽」で陰なんかな。
どちらがお父さんなんかな?
決まってますやん。玉を持っている方やん。
それとも、オカンに玉を抜かれてしもて、「うーん(吽)」というたハル方かも。

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建仁寺○△□乃庭

2009年08月25日 05時00分03秒 | 社寺


昨日ぐらいから、朝が涼しくなってきた。
昼間は暑いけど結構サラッとした暑さ。
もう夏も終わり。



ここは建仁寺。
京都の寺社では一番いく回数が多いお寺かも。
季節感が薄いからどうしても後回しになっています。
結構写真が溜まってしまいました。



ここは「○△□乃庭」
このテーブルで打ち合わせをしたり、庭をボーッとみたりします。




↑植木のところが○、井戸が□

この○△□の名前って不思議でしょ。
説明によると、
「単純な三つの図形は宇宙の根源的形態を示し、
 禅宗の四大思想(地水火風)を
 地(□)水(○)火(△)で象徴したものと言われる」
とあります。
風がないやん!
まあ、この場所は確かに風がよく通るからそれでいいのか。




↑この台形部分が△

五輪の塔というのも同じような発想かな。
下から方形=地輪(ちりん)、円形=水輪(すいりん)、三角形=火輪(かりん)、半円形=風輪(ふうりん)、宝珠形=空輪(くうりん)といった具合にです。

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お地蔵さん、しっかり子供たち(元子供も含)を守ってね

2009年08月24日 05時30分43秒 | 風景・和菓子


この間の土日は、京都市内の古い町内は地蔵盆をしたハッタと思います。
毎月24日が地蔵菩薩の縁日。特に旧暦7月24日にするところが多い。
でも旧暦でいうと今年なら9月12日になってしまう。
子供が夏休みということで新暦で昔からやっているように思います。



町内にあるお地蔵さんで行われる。お地蔵さんは、子供たちを守ってくれます。
昔は、子供が親より先に亡くなるということはとても多かった。
親より先に亡くなる子供は、「親に先立つ不孝者」ということで、あの世の賽の河原※で成仏できずに苦しみます。賽の河原で、「ひとつ積んでは父のため、二つ積んでは母のため・・・」と親の供養のため積み石による塔(これが後年墓石となる)を完成しよいうとする。少し積んだ時、鬼が出てきて崩してしまう。また一から積みます。それの繰り返し。いわゆる「報われない努力」「徒労」の意でも使用される。
そういう哀れな状況の子供たちを救うのが地蔵菩薩なんです。
だからこの世でも子供を守ってくれるということで各町内にお地蔵さんがあるのです。
最近は、子供が少くのうなって、かなり古い時に子供だった方々を守ってくれたはります。
※賽の河原/三途の川の河原のこと。京都の鴨川と桂川の合流する地点にある佐比の河原に由来し、地蔵の小仏や小石塔が立てられていた。昔、庶民は亡骸を墓地に埋葬するということはなかった。鴨川の河原とかに風葬として捨てていた。鴨川ってそういう歴史があるんですよ。いまでこそカップルの憩いの場になっていますが。




鶴屋吉信「宵待草」焼皮、粒あん

地蔵盆の当日は、お寺さんをよんで読経をしてもららいます。
朝「数珠回し」をやる町内もあります。直径2~3メートルの大きな数珠を車座に座って読経にあわせて順々にまわすというものです。
子供たちのためにお菓子を配ったり、抽選会をしたりします。
抽選は、「ふごおろし」ということをしました。
家の二階から紐で一階に抽選でひいた景品を下ろします。
こういうのを現在やっている町内は極めて少ない。
大体市内の古い町内に子供がいない。
ずっと前に子供やった人ばかり。
なんとか文化財として残してもいいように思いますね。




総本家駿河屋「さざ波」錦玉、道明寺入、白こしあん

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こっちの方が好きかな・・・

2009年08月23日 06時05分06秒 | 
金曜日、京女がいつも行っているバレーボールのサークルが中止になった。
いつもの中学で新型インフルエンザが発生したかららしい。
来週から学校がはじまるというのに、どうするんだろう?
学校も頭を抱えているんじゃないかな。
秋冬がひどいことにならないといいんだけど。
政治もなんか空白状態だしね。



これも先週の話。
次男といっしょにバイクで皮膚科に行った。
次男は学校のプールで泳いだのはいいのですが、ひどい汗疹と日焼け。
皮膚が弱いので皮膚科へ行く。
私の手荒れもあったし。季節の変わり目に指先が荒れるんです。
キーボードを打つのでとても辛いんです。



ランチタイムに近くなったので、柳園に行く。
次男ははじめて。
ここは、タクシーの運転手さんご用達の食堂。
写真の餃子は、当然ニンニクの匂いがしないタイプ。



次男は日替り定食。
この日は、鶏天ぷらの味噌炒め。



鶏天ぷらを名古屋の味噌カツ風のタレでからめてある。
これはマネする価値ありですよ。



私は、麻婆豆腐。
丼鉢に入ってきます。
昨日までの菜根譚もいいけど、京男はこっちが好きかも。
当然あまり辛くないけど、美味しくいただきました。
柳園地図
↑まだ地図が直っていない。場所は東側にあります。

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続・京町家で中国料理をいただく

2009年08月22日 06時06分56秒 | 

↑冬瓜と干し貝柱の香り蒸し

昨日の続き。
こういうお座敷で料理が運ばれてくるのはワクワクしますね。
熱いものは熱いまま運ばれる。
タイミングは早くなく、遅くなく。


↑冬瓜と干し貝柱はいい組み合わせね。
 冬瓜は、東洋医学でいうと「陰」。カラダを冷やしてくれます。




↑名物えび韮菜饅頭
 これは、ここの名物なんだそうです。確かにえびのプリプリした感じがよい。


↑鶏ムネ肉の山椒炒め
 中国の花椒は、料理の時炒めると柑橘系のような香りがでてくるんです。
 日本の山椒と同じ仲間なのにかなり違う印象がする。
 それを使って炒めるのですから不味い訳がない。


↑大海老熱油揚げ甘辛炒め
 赤黒い塊が四川あたりで使うコロンとした唐辛子。
 「これは食べないでください」とお店の人。
 でも食べるんですよね。京男は。好物なんです。


↑殻つきなんですが、殻も食べれました。
 フォークとナイフの持つところにソースがついていて、
 触った手で撮影してカメラにソースがついてしまった。ちょっとヒヤッとしました。


↑ふかひれ土鍋ごはん
 これはちょっと味が濃すぎた。パッと食べると美味しいんだけど。
 ダンダンつらくなった。


↑まあ量が多くないからいいけど。


↑杏仁豆腐
 上にのっているのはクコの実ね。
 珍しく固い感じの杏仁豆腐。


菜根譚地図

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京町家で中国料理をいただく

2009年08月21日 04時33分17秒 | 

↑おくどさん(お曲突さん)、かまどのこと。
 商家だからこのぐらい必要だったのね。父方はこういう感じだった。

ここは、柳馬場通蛸薬師上ルにある「菜根譚(さいこんたん)」
町家をできるだけそのまま活かして料理屋にしている。
最近、こういう形式が増えてきた。


↑こういう高い天井と天窓が懐かしい


↑こういう通路もこんな感じでした

中に入るととても懐かしいんです。
西陣の父方、母方の実家の雰囲気そのまま。
小さい時は、こういう町家で遊んでいました。
父方と母方は、隣の町内なんです。
つまり幼なじみ。
オテンバの母に父が憧れたらしい。


↑奥のお座敷でいただきました


↑「龍躍鳳舞」かメデタイ感じがいいですね


↑坪庭がこうやって見えるのがいい。部屋は暗くつくってあるけど、
 手元はスポットライトで明るいんです

ここは、法事の後の会食で使ったことがあり、勝手がわかっています。
この時は来客だったので、お座敷を予約しました。
ゆっくりできるのがいい。足は伸ばせませんが。


↑コースの前菜(五福拼盤)

店名の「菜根譚」は、中国の古典『菜根譚』からとったのでしょう。
『菜根譚』は明時代末の洪自誠(洪応明、還初道人)による随筆集。
もちろん、いま読んでも充分教えられることがある。


↑カニの身の寒天寄せ(ゼラチンだったかな・・・)

「恩裡由来生害、故快意時、須早回頭、
 敗後反成功、故払心処、莫便放手」
恩裡由来(おんりゆらい)害を生ず、
故に快意(かいい)の時、すべからく早く頭(こうべ)を回(めぐ)らすべし、
敗後(はいご)あるいは反(かえ)って功を成す、
故に払心(ふっしん)の処(ところ)、すなわち手を放つことなかれ


↑野菜を炒めたもの(憶えていません。細長いのはなんだろ)

うまいことづくめのとき、えてして思わぬアクシデントに見舞われる。
だから調子の良いときこそ、いいかげんなところで手を引いた方が良い。
手も足も出ない逆境の果てに、案外、一条の道が開けることがある。
だから思いどおりにならぬからと、やけを起こして投げ出すものではない。


↑梅干しではありません。なんとかシュガートマトです。
 そういえば、小さいとき、トマトの生が嫌やった。わが家の次男状態ね。
 お砂糖をつけてなら食べられたな。いまはそんなことしなくても食べれますが。

これなんかは、結構有名ですね。
いま、世界は百年に一度の逆境の時らしいですね。
逆境の時は、逆にこれからよくなっていく時でもある。
奇をてらわずに、基本に忠実にして、生きることだと思う。


↑クラゲ

古典だとバカにしたものではないですよ。
今日(こんにち)にも充分通用する知恵は、学んだ方がいいですね。


↑カツオのカルパッチョ風

明日へ続く。

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ゴロ寝観光の悦楽

2009年08月20日 05時18分36秒 | 社寺


ここは建仁寺。
回数的にはよく行くのですが、年間通じて写真が同じなので、
つい季節的な記事を優先してしまう。
京都で「どこが好き?」と聞かれると「建仁寺」と答えるだろうな。
案外観光客が少なく、ゆっくりお庭を楽しめるのです。





しかもわが家からバイクで10分もかからない。
一人で考えたり、ゆっくり人と話したりするには、とてもいい。
喫茶店に行っても500円ぐらいかかるもの。
好きなお茶をポットに詰めて行くのはいいですよ。



最近は、潮音庭(ちょうおんてい)の縁側で、寝転がるのがお気に入りなんです。
クーラーは、効いてないけど自然の風が心地よい。
太陽の光が変わっていってお庭の表情がかわる。
今年は夏が遅くて雨が多かった。そのおかげで庭の苔がとてもきれい。
半日ぐらいボーッと縁側にいるのはいいですよ。
観光ができるかも。



「観光」って「光」を「観る」と書くでしょ。
なにも風光明媚な社寺仏閣、自然のすばらしい景色のところに行くことではないと思う。
「光」って自分の「仏性」みたいなものじゃないかな。
自分の中の「光=美しいもの=仏性」を素晴しい景色、つまり非日常の世界に身を置くことで、
自分と対話し、自分の中の仏性を発見することかもしれない。
そのプロセスで生気エネルギー(生きる力)を増大できる。



観光というのはとても大事なことやね。
己を知り、ふたたび日常の世界に帰っていく。
日常の世界でキッタハッタと生きていると生気エネルギーがドンドン目減りしてくる。
そうなったらまた観光すればよい。
なんてお庭や天井を観ながら、思いました。



ひとりが寝るとまわりの人も寝ていました。
こういう観光がこれからの観光になるかもね。
清水寺や金閣寺、平安神宮に行ってる団体の観光客にはわからんだろうな。
この悦楽。



日が差してとても緑がきれい。
気がつくと時間がかなり経っていた・・・。

※こういう靴を脱ぐところへ行く時、靴下や足袋をバッグに入れておきましょうね。
 裸足でぺたぺた歩くのは、大人のすることじゃないですよ。
 知りあいのお宅に訪問する時もそうです。

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これがほんとのゑびす顔

2009年08月19日 05時36分18秒 | 社寺


今日の記事は、禅居庵の斜向かいにあるゑびす神社。
日頃は、人もすくなく静か。
こういう時の方が願事をよく聞いていただけるような気がするのは私だけかな。



めでたい鯛を抱え、ふくよかに微笑むゑびすさん。
商売繁盛の神さんとしてみんなに愛されていますが、その姿からもともとは海の神。
このゑびすさんは、七福神の中で唯一国産の神。



必ず釣竿を持ったハリます。
なぜ網ではなく、1本の釣竿を持ったハルのやろ?
それには大切な意味がある。



『論語』に「釣りして網(こう)せず」という言葉がある。
「むやみに殺生しない」「一網打尽にしない」という意味で、ここに商売の原点があるといわれている。
つまり、お客様というものをひとまとめにした商売をせず、一人ひとりのお客様を大切にするということ。



ゑびすさんは網や延縄(はえなわ)でなく1本の釣竿を持って、そのような誠意ある商売の仕方を説いているんです。
いまのビジネスをゑびすさんがみたら絶対怒らハルやろな。
すばらしい考え方だと思いませんか?



最後に禅居庵の近所でみた看板。
なんか新しいけどノスタルジックな雰囲気。
ネットで調べると人形をつくったハルみたい。

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イノシシさん、今日は嬉しそう・・・禅居庵

2009年08月18日 05時00分00秒 | 社寺


ここは、建仁寺の塔頭のひとつの禅居庵(ぜんきょあん)。
奥に見えるのが摩利支天(まりしてん)堂。
摩利支天堂は、摩利支天をお祀りしている。





摩利支天は、仏教の守護神である天部の一つ。日天の眷属である。
陽炎(かげろう)を神格化したものであるが、元々はヴェーダ神話の暁の女神ウシャスが仏教に取り入れられた姿とも言われる。陽炎は実体がないので捉えられず、焼けず、濡らせず、傷付かない。隠形の身で、常に日天の前に疾行し、自在の通力を有すとされる。これらの特性から、日本では武士の間に摩利支天信仰があった。





忍者は「隠形の術(おんぎょうのじゅつ/姿を隠し、身を守る術)」を使った。
印は、摩利支天根本印(両ひとさし指に中指を親指の方に丸くして、ひとさし指に重ねる。小指と薬指は内縛(ないばく/小指と薬指の指先が手のひらの方に入る組み方)
「オン・マリシエイ・ソワカ 
 オン・アニチヤ・マリシエイ・ソワカ」
と隠形呪を7回唱え、心臓、額、左右の肩、頭頂の5カ所を加持。
摩利支天隠形印(左手をグーににぎって、右手で覆う)を結ぶ。
こうやって気配を消していたそうです。
これは武士なんかも使っていたそうです。
摩利支天は、元来女神だったけど、男神像としても造られるようになった。
イノシシに乗る姿が多く。それで禅居庵はイノシシの狛犬(?)が多い。
京都御所の西側にある護王神社もイノシシだけど、あれは、意味合いが全然違います。





忍者って智拳印や不動剣印のイメージがあるけど、ちょっとイメージが違いました。
九字「臨(りん)・兵(ぴょう)・闘(とう)・者(しゃ)・皆(かい)・陳(じん)・列(れつ)・在(ざい)・前(ぜん)」もよく出てきますね。
刀印で九字を切るか、各々の印契をして行う。印契をするということは、各々の守護神を観想・顕現するということかな。


↑建仁寺からの入口



禅宗では摩利支天を護法善神として重視されている。
だから建仁寺の塔頭でお祀りしているのかな。





だらだらと関係のない内容になってしまいました。
しかも写真とシンクロしていないし。
でも役に立つ人もいるかもね。
いまの世の中では、隠形の術が必要かもしれませんね。

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五山送り火・・・お精霊さんまたね

2009年08月17日 04時42分19秒 | 行事

末富「京五山」懐中ぜんざい

昨晩、8時から点火されました。
・「大文字」(左京区浄土寺・大文字山。20時00分点火)
・「妙・法」(左京区松ヶ崎・西山及び東山。20時10分点火)
・「舟形」(北区西賀茂・船山。20時15分点火)
・「左大文字」(北区大北山・左大文字山。20時15分点火)
・「鳥居形」(右京区嵯峨鳥居本・曼陀羅山。20時20分点火)
以上の五山で炎が上がり、お精霊(しょらい)さんがあの世に帰えらハリます。
ちょっと寂しい瞬間なんです。


↑大文字/去年の夏の撮影

正式な名前は「大文字五山送り火」というんだそうです。
よく地方の方は「大文字焼き」と言わハリます。
京都人はその表現を嫌う。
この名称は、織田信長の比叡山の焼き討ちを連想させるからです。



この送り火を過去に中止したことがあります。
・1872年(明治5年)に文明の進歩を妨げるとして「盂蘭盆会ト称シ精霊祭等停止ノ事」を布達した。「送リ火ト号シテ無用之火ヲ流」行為として、送り火も規制の対象となる習俗に含まれていた。これにより、送り火をはじめとする盂蘭盆会と関わる行事が一時的に停止された。この処分は1883年(明治16年)に取り消されるまで続いた。
・この前の戦争(応仁の乱ではなく、太平洋戦争)の時、1943~1945年まで灯火管制などの理由で送り火が中止された。



さて、送り火も終わったし、後は地蔵盆だけ。
京都の夏は、もう終わり。



今年は、家の裏で送り火をみました。
「船形」「左大文字」「鳥居形」がみえます。
人もいないし、充分。

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