京男雑記帳

洛中で生まれ育った京男が地元視点で見た日常風景や話を雑記的に掲載

東山空襲と西陣空襲・・・両方とも近くだった!?

2012年05月31日 04時30分36秒 | 風景
松葉杖になり歩くスピードが変化したお陰で、色々な風景が見える。
これが結構新鮮なんです。
こうなったら楽しむしかない。
やがて、元のスピードに戻るだろうし。



お料理屋さんの壁際にお稲荷さんを発見。
よく見ると結構立派でしょ。
壁に複数取り付けてある。
なんだろう・・・・。
単純に考えたら「立ちション防止」なんだけど。



不思議なんですが、「立ちション防止」の時の鳥居って「明神鳥居」が多い。
鳥居って、神社などにおいて神域と人間が住む俗界を区画するもの(結界)であり、神域への入口を示すもの。一種の「門」である。
だから神域に向かって「立ちション」をするのは、神罰が当たるからやめなさいという意味なんでしょうね。



それにしては、作りが立派。
屋根をつけてあったりする。
なんだろう?
不思議です。
ミニのお稲荷さんの鳥居は、別の効能(?)があるのかな・・・。
お店に入ってきくのもね・・・。



フト見上げるとガラス窓に懐かしい模様。
先の戦争(応仁の乱でなく、太平洋戦争のこと)の空爆対策がそのまま残っているのだろうか?
京都市内の空爆は、
昭和20年(1945)
 1月16日東山区馬町(東山空襲)死者41人・重軽傷56人・家屋破壊141戸
 3月19日右京区春日
 4月16日右京区太秦
 5月11日上京区京都御所
 6月26日上京区出水(西陣空襲)死者50人・重傷66人

東山空襲は、我が家の子供が通っていた元東山小学校あたりだそうです。
西陣空襲は、きっと父方の祖父母、母方の祖父母が住んでいたあたり、きっと逃げたんだろうな・・・。父親と母親は、通りを挟んだ幼なじみだった。父親は学徒出陣、母親は家事手伝いだった頃の話。もちろんまだ結婚していなかった。もり西陣空襲で母親が亡くなっていたら、京男は生まれなかったことになる。
そう考えると不思議な気持ちになりますね。



原爆投下計画というのもあった
昭和20年(1945)年5月10・11日、原子爆弾の投下予定の目標都市が選び出された。
その第一位が京都市だったそうです。
この目標は、人口100万を有する都市工業地域である。それは、日本のかつての首都であり、他の地域が破壊されて行くに連れて、多くの人々や産業が京都へ移転しつつある。心理的観点から言えば、京都は日本にとって知的中心地であり、京都住民は、この特殊装置のような兵器(原爆)の意義を正しく認識する可能性が比較的大きいという利点がある。
文化財を守るために爆撃を控えるどころか、京都が原爆投下の第一目標に選ばれていたのである。
原爆が落下していたら、京男も生まれてこなかったということか。
そう考えると不思議な気持ちになりますね。

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毘沙門天のお遣いがやってきた!?

2012年05月30日 05時00分50秒 | モノ
※ご注意
タイトルからすと社寺ネタだと思われるかもしれません。
本日の話題は社寺ネタではありません。
下の方に足の多い昆虫がでてきますので、嫌いな方はパスしてくださいね。


↑石突きとパイプ部分の隙間

先日、松葉杖の石突き部分を改造した。
歩いた結果、すこしずつゴムがずれてきた。
どうもいけません。
そこで先日大阪に行った時に、東急ハンズ心斎橋でゴム板を何種類か手に入れた。
なぜかゴム類は、8階KAWACHIに売っていた。売り場は東急ハンズなのに。
テナントの関係かな・・・。
今回はいろいろなゴム板を買った。
さて結果は?またテスト歩行します。


↑ゴムをこういう風に切ります


↑これがゴムの品番。買ったのは東急ハンズ

本来ならコーキング剤でやればいいのだけど、石突きのボムがすり減った時に捕れなくなったりすると困る。
そこで接着剤付きのゴム板を手に入れた。


↑白く見えるのがマスキングテープ

深さを測り、目印に塗装用のマスキングテープで位置を確認。
6mmに切ったゴム板を張る。
そして石突きをはめてできあがり。
これで不安定な感じが無くなりました。
メデタシメデタシ。


↑ヤスデじゃなく小さなムカデ、お嫌いな人、すみません。

足下にゴムの切りクズがあったのでとろうと手をのばす。
柔らかいけど、手の感触が違う・・・・
しかも、動いている。
足下が薄暗くてよくわからなかった。
よく見ると小さなムカデだった!!
思わずゴミ箱の角で頭を押さえ潰した。
そして記念撮影。
撮影したのがこれです。
お嫌いな方、すみません。


↑勝林寺は毘沙門堂があります。上のマークがお遣いのムカデがマークになっています。パッと見たら藤の花かな・・・と思ったりしませんか。

我が家は、年に何回かでてきます。
この部屋にでるのは珍しい。
いつもは、次女の机か、長女のベッド!!
いまその長女のベッドに寝ている・・・・。
どうやら洗濯物について屋内に潜入するらしい。
小さいムカデの方が噛まれるとキツイらしいので注意なんです。
ムカデは、生命力が強いですよ。
殺虫剤はなかなかききません。
しかも毒があり、噛まれるとやっかい。
小さい個体でも寝ている時に副鼻腔に入り込んでえらいことになるらしい。
ムカデ避けをベッドの側に設置しておこうかな。
小さな靴をいっぱい置いて置くといいですよ。
ムカデが履くのを億劫がって、逃げていくという仕掛けです。
皆さんもお試しください。

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消防士試験ならこの神社かも・・・火除天満宮

2012年05月29日 05時16分26秒 | 社寺
さて昨日の続き。
この神社の前はよく通ります。
高島屋からタベルトへ行く時にね。
※「タベルト」って、藤井大丸の地下にある食品スーパー。明治屋産業のフードマーケットなんです。





タベルトといっても京都市在住の人、しかも近所の人でないとわからへんやろな。
このタベルトのことを京男の独断と偏見で「京の台所」と思っている。
野菜は、高島屋がいい場合もあるけど。
「京の台所」と言えば「錦市場じゃないの?」といわれそうやけど、あそこは最近どうも観光化がすすみ、地元の人間が買いにくい。
逆に元電気の街の寺町から高島屋の駐車場に入る時、かならずこの神社の南を通ります。でも入った人は少ないかも。





神社の由来は、ホーページから引用させていただきます。
「天満宮」という名前がついているとおり菅原道真さんと関係あります。
創建は、天正7年(1579)己卯、一人の老神官が九州筑紫国(福岡県)大宰府から菅原道真公の尊像を背負い、天正5年ころから同地で多発した兵乱を逃れて入洛、始めに六条街に鎮座されたといわれます。
ただこの六条というのは、いまの六条通あがりなのかどうかは不明なんです。





天正10年(1582)織田信長、信忠父子が本能寺の変で非業の死を遂げ、天正15年丁亥、正親町天皇の勅命により、当時洛中で学徳兼備の評判の高かった貞安上人が現在の烏丸御池の西北、竜池の付近に信長父子の菩提を弔うため大雲院が開創されるに及び、どのような経緯からかその鎮守社として鎮座されました。
※場所は、多分龍池小学校あたりだったと思います。その龍池小学校は、いま京都国際マンガミュージアムになっています。


↑お約束の牛さん

天正18年(1590)庚寅、豊臣秀吉は、天正14年以来の聚楽第、方広寺大仏殿等の造営、大規模な御所の修築などに続いて「町割り」といわれる京都の街区の再編成を強行しました。京都の景観にとっては「平安京」時代以来の大きい変化といわれますが、このとき大雲院も寺町四条下るの地に移り、当神社も同時にこの地に遷座、慶長2(1597)年丁酉、一社建立成り遷座の御祭儀修行と記録されています。


↑真ん中の窓が社務所

明治の少し前、元治元年(1864)、御所の蛤御門の変で長州軍と会津・薩摩軍の幕府連合軍との戦いが起こり、この京都の街は大火事になったそうです。
その火が寺町四条下ルのこのあたりの直前で鎮火したらしい。
だから「火除天満宮(ひよけてんまんぐう)」という名前になっているそうです。
現在、本体の大雲院は、八坂神社の南側に引っ越ししました。
理由は、「こんな繁華街では落ち着いて布教活動ができないから」なんだろうす。
だからこの火除天満宮だけがこの場所に残ったということです。
なんかすごい歴史があるんですね。


↑高島屋の駐車場に入る時は必ず見えます

だからタイトルのように「消防士試験」には、かなり有効かもしれませんよ。
お心当たりの方は、ここにお参りされるといいですよ。

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カレー丼と火除天満宮

2012年05月28日 05時18分56秒 | 

↑カレー丼

もう夏ですね。
昨日、午後には、気温が30度ぐらいになりました。
場所によってはもうすこし気温があったかも。
昨日の服装は、完全夏仕様だった。
それでちょうどいい状態だった。
本格的にクーラーが起動する前だから余計薄着になるのかも。
巷では「節電、節電」という話しだから、暑い夏になりそう。
古都京都は、日本で最高クラスの蒸し暑さ。
どうなるのだろう・・・。
なんて考えていても仕方ない。
庶民は庶民でなんとか身を守らないとね。
京男のような家族思いが、家族に向かって寒い寒いギャクを連発するという状態ならいいのですが。
そういう能力のない人間はどうしたらいいのでしょうね。



なんて考えながら、カレー丼を食べていました。(無理矢理、話題を変えた)
このカレー丼は、京男家族御用達のうどん屋「永正亭」のもの。
この日は、うどんでも冷たいそばでもない。カレー丼。
カレー丼は、丼でカレーライスを食べるのではない。
出汁(当然うどんの出汁)にカレー粉をいれ、片栗粉かコーンスターチでトロミを付け、ご飯の上にかける。
つまり、油脂を使わないタイプなんです。
だから、とてもヘルシーな食べものかも。
京男は、七味で辛さを調整します。
七味の風味がとてもあいますね。
丼のおこうこう(御香香=たくわんのこと、京都語かな)との相性もいい。
永正亭のは、かしわ(鶏肉=これも京都的な表現かな)です。



食べ終わってお店を出て、高島屋の駐車場から高島屋に入ろうとする。
四条通沿いを歩くと雑踏だから、京男はちょっと困るのです。





歩くと突然、「火除天満宮」という石柱が目に入った。
別に京都の目に入ったという訳ではない。
そんなことになったら大変だし・・・。



いままで見えていたのに、観ていなかった。
不思議です。
以前からあったのは気づいていましたが。
面白いですね。
これも御縁と入ってみました。
記事が長くなりそうなので明日に続きます。

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いい汗かかせてもらいました

2012年05月27日 07時15分36秒 | 

↑ランチEセット/カレー(卵、チキン)、サラダ、ネパール漬け物、タンドリーチキン、ダールスープ、ナン、デザート・・・京女オーダー

これは、先々週の土曜に、京女と二人で私の実家に差し入れに行く。
その前にランチとなりました。
うどんかこことどちらがいい?
こちらになりました。
これだけお店があるのに、どうして入りたいお店がないんだろう・・・。


↑トゥッパ(ネパールのラーメン)・・・京男オーダー、二人でわける

驚いたのは、京男が食べて汗をかいたのです。
これには驚いた。
大抵の辛い食べ物であまり汗はかかない。
馴れもありますが。


↑汗の原因2、辛子と大蒜のペースト状のもの、結構パンチのある辛さ。


↑このラーメンにいれると病みつきになるかも。でも大汗状態になるかも。



でも辛ければいいというものではない。
美味しくないといけません。
ただ辛いだけなら、青い唐辛子でも使えばいいのですから。
美味しく辛いというのは、難しいのです。


↑チキンチリ(激辛)、これが大汗原因1。食べると甘いのです。一呼吸遅れて辛さがきます。

そして、その辛さは喉に来てはいけません。
口の中だけで辛いのがいい。
辛さを強調するために、甘味を入れるというものありますね。


↑おひとついかが?スーさんに食べさせてあげたいな。

個人的には、京男の作る麻婆豆腐やカレーがベストかな。
最近なかなか作れない。
タマネギを炒めるのに二時間はかかるし。
ビィヤントタイプの辛さも好きだな・・・。


↑アイスクリームとチャを飲む頃には辛さは止まります。

ヤク&イェティで、爽やかな汗をかかせてもらいました。(笑)
料理は、観たらわかりませうよね。
説明を細かくしなくてすみません。

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日本の風呂敷包みはやっぱりいい

2012年05月26日 05時30分30秒 | モノ
本日は、大切な大先生のお誕生日。
年配のしかも男性の場合は、プレゼントするモノ選びが難しい。
お酒がお好きだからお酒とか、おつまみがいいのだけど、そんなものは、他の方が贈られるだろう。
また高額なものは、他の方が贈られるだろう。



そんな条件の中ネットで探し、自分できれいに包む自信がないことと面白くないので、モノを持って永楽屋細辻伊兵衛商店祇園店に行き、風呂敷を選び包んでもらいました。
こうすると贈るものの表情が変わるから面白い。
包んだ生身は・・・企業秘密じゃなかった、自由業秘密。(笑)



風呂敷って万能だと思う。
包装紙だとリサイクルできないしね。
これならまた本なんか包んであげてもいいし。
万能だと思う。
これからの時代、ライフスタイルを根本的に見直さないといけない。
お金をかけなくても、伝えることはできると思う。
創意工夫でね。



◆「初心忘るべからず」の意味
「初」は「衤(ころもへん)」に「刀(かたな)」と書きます。
長年、着ていた着物を仕立て直す時、鋏をいれます。
たとえどんなによい着物でも

朝の連ドラの「カーネーション」で、着物を洋服にすくりかえるというシーンがありました。
主人公が近所のおばちゃんに、方法を教えるのですが、おばちゃんたち最初に鋏を入れられないシーンがあります。
そうなんです。とても勇気がいること。

「初心」って勇気のいることなんです。
どんなにキャリアのある人でも、その「勇気」を忘れるなという意味なんだそうです。

京男は、「勇気」と「無茶」を混同しているかもしれませんね。
深く考え込んだ一日でした。
明日になっても、明後日になっても「初心忘るべからず」ですね。

今年2012年1月10日に書いた記事で以下の文章を書きました。
大事なので再度掲載します。

 「初心忘るべからず」

  時々の初心忘るべからず

  老後の初心忘るべからず

  時々の初心とは

  少し年をとって若い頃より体が動かなくなれば

  ちゃんと動くように工夫する

  これが独奏になる

  老後の初心とは

  かなり年をとって 若い頃の動きは出来なくても

  若い頃には出てなかった奥行きの深さを出す

  これが独奏である
 
  ※「初心忘るべからず~」は世阿弥の晩年の著書「花鏡」にある言葉

ひょっとしてもう「年初の初心」が薄れているかも・・・
「時々の初心忘るべからず」
そして
「病後の初心忘るべからず」
ですね。
まあ、「病」という字はあまり好きじゃないけど。
「病気」じゃないからいいかな。

「病」と「病気」はかなり違うと京男の解釈。
「病」は、主にハードの問題。
「気」は、行き方や考え方、心の問題。
心は、どんな「病」の時でも「元気」ですからね。
でも「病」を続けていると「心」まで悪くなる人がいる。
「心」が悪くなると「病」つまりハードや状況まで悪くなる。
この理屈、わかっているけど、正すことができない。
「病気」の方がある意味で心地いいから・・・。
だから「初心=勇気」がいるのですよ。
でないと悪いサイクルから脱することができないのです。
日本の政府だってそうかもね。

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テスト歩行?

2012年05月25日 04時31分52秒 | 社寺
さて、一昨日新しい3号機のチューニングをしていた。
石突き部分を1号機のものと交換したのですが、1.5mmぐらいの隙間が空いていた。
隙間の深さが6mmぐらい深さなので、問題はないのだが少しブレル。
これは、実際に使って見ないとわからないと思います。
融着テープというのが手元にあった。
水道管とかの補修に使うテープで伸縮性があった。
テープ自体には粘着剤がなく、テープ同士がお互いにくっつき合う性質(自己融着)テープ。
ゴムみたいな感じになる。
それをつかって隙間を埋めた。



念のためのこういう用途に適したゴムをゴム専門のメーカーに問い合わせ中。
いまのところはこれで大丈夫だと思う。
昨日は、病院で視野検査というのがあり、余裕をもって出ようとした時、電話が鳴る。
調子に乗って大笑いで終わった時は、時間が検査まで30分しかなかった。
「どうしよう・・・」
とりあえず3号機のテストを兼ねて徒歩で行くことにする。
最初の時は、松葉杖で病院まで歩いて行くと約45分かかった。
でも時計は、後30分。
まあ、ちょっと遅れてもいいやとスタート。
3号機は、軽さと剛性のお陰でかなりのピッチで前に進む。
振り子歩行もかなりうまくなってきた。

病院に着いてのは、25分後だった。
これはすごい。
普通に歩いて20~25分だからだ。
一昨日背中の肩胛骨の上にある「天宗(てんそう)」というツボを鍼と温熱療法で治療してもらったお陰かも。
ぎりぎい視野検査室に跳びこめました。
でも止まった途端、汗がドット出てきてこまった。
しかも、視野検査ですよ。
かなりの精神的に集中しないと行けない作業。
以前の検査の時は、病院が小火騒ぎ集中できなかった。
焦げ臭いに追いと廊下を警察と消防が走り回っていて、小さな点が出てくるのに集中できなかった。
今回の方がまだましなはず。
さて来週の結果はいかに。
検査室を出るとき「良い結果がでたら、賞品がもらえるとかだったらもっと集中できるのに」と行ってしまった。
そうなんです。京男は何かもらえるとか、賞金が付くとがんばれるのです。
まあ、眼科の視野検査だから顔晴る必要はないのですけどね。
勝負師の血が騒ぐのですよ。(笑)



終わって京阪で祇園四条駅にでるために万寿寺の前を通った。
この時、いつもお寺の前に止めてある車がいなかった。
チャンスなので撮る。
万寿寺は、京都五山のお寺なんです。



京都五山とは、臨済宗のお寺の格付け。
京都のお寺の格付けではありません。
南禅寺(なんぜんじ)ここは、別格、
第一位天龍寺(てんりゅうじ)
第二位相国寺(しょうこくじ)
第三位建仁寺(けんにんじ)
第四位東福寺(とうふくじ)
第五位万寿寺(まんじゅじ)



この万寿寺は、現在東福寺の塔頭でしかも非公開なんです。



さて、京阪東福寺から祇園四条に向かい。
いろいろ細かい買い物をして、お昼を食べたのが4時近くなっていました。
朝からなにも食べておりませんでした。
久しぶりの永正亭で「特田舎天ぷら入り」という超豪華なお蕎麦をいただきました。
おまちゃんに「あんたどうしたんや?」と聞かれる。
語れば永い話しなんです・・・。

今日の結論。
新型の3号機はやっぱりすごい。
やろうと思えば以前のスピードで歩ける!
しかも安定した走行で。
でも本日は、外出をしなくてゆっくりします。
明日は、大阪の会合だしね。

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あんみつ・銭湯・目刺し

2012年05月24日 06時10分26秒 | 風景
京都は、暑くなってきました。
今日は、28度ぐらいになるんだろうな・・・。
でもいろいろな治療先の先生方から「身体を冷やすのはいけないよ」ときつう言われる。
こまったな・・・。
せっかく、新しい半ズボンを用意したのに。
実は入院で2インチも細くなった。
それはいいことなんですが、ズボンを新しくしなければいけない。
そろえたのに・・・。


↑この間、新・都ホテルのロビーラウンジ(いつもの席)でこんなものを食べてしまった。歩くとエネルギーが必要になるのですよ。

新しいサンダルだって揃えたのに。
足首と脚を冷やしてはいけないらしい。
確かにクーラーの時期はキツイかもね。
困ったものです。


正面湯

ここは、正面湯。
銭湯です。
双子君たちが小さい時、よく行きました。
ここの面白いのは、1階が脱衣場なんです。
裸になってエレベーターに乗り2階、3階のお風呂にいきます。
2階と3階の間は、階段もあります。
裸でエレベーターに乗るって不思議な感覚になりますよ。
階段も。
露天風呂もありました。
松葉杖生活では、行くことのできない場所になりました。



昨日、この部屋からお寺の保育園が見えます。
元気な子供たちの声が聞こえます。
法事のお経もね。
まだ、こいのぼりが泳いでいます。
でも竿が水平なんです。



それをボーッと見ていて、目刺しが食べたくなりました。
暑いのせいかな・・・。

早く暑い気温に身体を慣らさないとね。

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松葉杖フェチじゃないですよ

2012年05月23日 05時48分45秒 | モノ
新しい松葉杖を手に入れました。
改造が終わりました。
今週らいからテスト歩行しています。
京女からは、道楽だと思われているだろうな・・・。
あえて言うなら「道楽(どうらく、道を楽しむ。たしかにちょっと楽しんでいますけど)」というより「極道(ごくどう、道を極める)」かも。
でも必要なんですよ。
発端は、腱鞘炎にあります。
指がバネ指状態になってきた。
脚ならできるだけ歩かないで置いたらよいのですが、指はいけません。
キーボードが打てなくなる。


↑左/1号、中央/2号、右3号

原因は、松葉杖の重量にありました。
初号の木製松葉杖・・・1本約795グラム、木材
1号機・・・1本約1,090グラム、アルミ合金
2号機・・・1本約800グラム、アルミ合金
3号機・・・1本約480グラム、マグネシウム合金
最初、腕力に自信がある京男の場合、問題にならないと思っていた。
しかも特訓で、一日5000~10000歩こなしていたんです。
階段や坂道の道をね。
そりゃ腱鞘炎になる。
そんな簡単なことがわからなかった。
この記事は、反省とともに同じような境遇の人に対するアドバイスなんですよ。


↑このパラコード巻で右手先がボロボロになった・・・

松葉杖の重さの他に歩き方にも問題があった。
腕力で歩いていたんですよ。
もちろん松葉杖というのは、それで正解なんですけど。


↑設置のボムもカスタマイズ、小さいのがオリジナル。それを1号に付いていたのい交換。安定感がなかり向上した。

松葉杖の体重のかけ方
1.脇に体重をかけて歩く
2.手で体重を支え歩く
3.1と2の複合で歩く
正解は、2なんです。
1は、絶対やってはいけない方法なんです。


↑パラコードを巻いたお陰で時計のバックルと松葉杖療法が傷つかなくなりました。

しかも京男は、適切な体重移動をしていなかった。
だからよけい手に体重が載るという結果になった。
その結果が、バネ指(腱鞘炎)になったということです。


↑マイクロカレント本体、これは簡易なモデル。

いま対応で色々な方法を試みています。
1.マイクロカレント療法
微弱電流を流すやり方。傷ついた組織の再生、皮膚の弾力を保ち老化の防止になるらしい。ベッカムが骨折の時に使った方法。
京男「これをつかったらベッカムみたいになれるのですか?」とO先生に質問。
O先生「回復します」
京男「ベッカムみたいになれるんじゃないのかい?」
O先生「?」
京男「顔や雰囲気がすやんか」
O先生「・・・・」
という会話をして治療、なんとなく近づいたような気がします。
気のせいかも・・・。

2.整体的方法
いつも話しに登場するT先生

3.温熱療法
Iさんからのご紹介。身体を末端から全身をあたためます。

4.N先生の金・銀メソッド
N先生やっていますよ。

5.ソマチッドレメディ
説明したら長くなるので省略。

6.気功・高次元エネルギー的方法
説明したら長くなるので省略。


↑電極を貼り、手袋でカバーして作業、日焼け防止のスリーブを使う場合もある。

西洋のドクターに頼らず自分が主役でやっています。
身体が過剰防衛反応みたいな一種の緊張状態になっているようで、筋肉が柔らかくなっていないことにやっと気づいた。
原因がわかったら後は、対応するだけです。


↑二つの電極を張ります。骨折部分でもいいのです。いまのところベッカムみたいな雰囲気にはなっていない・・・。

そうそう歩き方も、振り子走行に取り組み、なんとかマスターしてきました。
重要の軽い3号機と組み合わせて練習中。
普通の人に近いスピードになりました。
でもまだ外出した日は、疲労しているようです。

3号機のパラコード巻で右手がボロボロになりました。
でもそのおかげで時計のバックルを守ることはできた。
次はさらに軽量で実用的な松葉杖だな・・・。
マグネシウム合金は、確かに軽くていいけど、水、アルコール、各種酸と反応し耐腐蝕性が低い。経年変化はどうなんだろう?素材としてチタン、昔の乗っていたジュラルミンはどうかな。炭素繊維強化プラスチック、竹なんかもいいかな、もちろん特殊な樹脂で処理したものだけど、自然の風合いがいいしね。カーボンナノチューブなんかも将来いいかも(宇宙エレベーターを作る素材です)。

改良は続く・・・。

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いつもわからなくなる・・・花菖蒲、あやめ、杜若

2012年05月22日 05時39分29秒 | 風景・和菓子

↑花菖蒲


↑花菖蒲

ちょっと前の生菓子です。
早く記事にしておかないとどんどん時間が経ってしまう。
今年になって時間が経つのが早すぎる・・・。


↑あやめ


↑あやめ

いつも、わからなくなるのが花菖蒲・あやめ・杜若。
菖蒲湯にするのは、別だから区別が好きます。
ひょっとしてあの菖蒲の花だと思っている人はいませんよね。


↑杜若、大田神社の池の群生

ざっくりとした区別を書いておきます。
◆花菖蒲/咲く時期が一番遅い、湿地が好き、花が大きく派手。
◆あやめ/乾いている所に咲いている場合が多い。花は大きくない。花菖蒲に比べるととおとなしい。
◆杜若/一番咲く時期が早い。上賀茂神社の隣の大田神社の池で群生している。ひょっとして独りぼっちがいやなのかも。


↑紫野源水「菖蒲」


↑薯蕷製、小豆こしあん入

おわかりになりました?
ちょっと説明がざっくりすぎたかな・・・。
まあ、そんなもんということで。


↑総本家駿河屋「あやめ」


↑煉切、黒こしあん

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京男が中華そばとは珍しい

2012年05月21日 05時05分15秒 | 
ここは、三条京阪にある昭和的お店「篠田屋」。
お店の左側がだん王の三条門ね。
だん王の川端門の撮影云々といいながら目的は、ここの中華そばと動機が不純やね。
最近、遠出とかできない状態だからお許しください。



お店に入ると空気が昭和になります。
これは、実際に行ってみないとわからないかもね。



今回は、中華そばと決めておりました。
それも並サイズを注文。
大盛りでは、丼鉢が雰囲気じゃないのですよ。(笑)



来ました。
昭和の中華そばでしょ。
このお店じゃなかったけど、高校のクラブの帰りおうどん屋さんに入ってみんなで食べた時の中華そばの味なんです。
あの時、1年で3年に焼き豚をとられたのをおぼえている。
食い物のことになるとものすごく記憶している。
1年の時の担任の先生の名前も顔も忘れているのに・・・。
2年になった時、部費の予算を二重帳簿にして、その部費で中華そばを食べたっけ。
昔から、そういうことだけはできていた京男でした。



ここお中華そばは、麺が固めなんです。
後からきた老婦人は「麺を柔らかめ」とリクエストしたはりました。



スープも私好みの味。
正直言うとラーメン屋さんのラーメンは、好みでないんです。
原因はスープなんだと思います。
料理を習っている時、スープはグラグラ煮立たせてはいけない、臭みがでるからときつく言われたのが原因だと思う。
ここのスープならこうやって最後まで飲みます。
ドクターなら「スープを残しなさい」というだろうな。
「うるさいたけのこ医者!飲まんと帰って去年みたいに発作を起こして死んだら、喰い残すやないか!」
※たけのこ医者/まだ藪にもなっていない医者のことをいう。



お店をでたら高山さんの像があります。
コンモリした緑がよもぎ餅に見えた・・・。

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いまぐらいの時期のよもぎ餅がいい

2012年05月20日 05時08分21秒 | 和菓子
檀王法林寺から出て、三条大橋を渡る。
擬宝珠(ぎぼし、ぎぼうしゅ)を見ているとなんだかよもぎ餅が食べたくなった。
なんだろう?
もう少し高尚なことが浮かばないのかな・・・。



いまの時期のよもぎの新芽の成分のが欲しいのかな。
よもぎは、香りの主成分はシネオール、ツヨン、β-カリオフィレン、ボルネオール、カンファー、脂肪油のパルミチン酸、オレイン酸、リノール酸、ビタミンA、ビタミンB1、ビタミンB2などである。
そういえばお灸に使いますよね。
灸に使うもぐさ(艾)は、葉を乾燥させ、裏側の綿毛を採取したものである。葉は、艾葉(がいよう)という生薬で止血作用がある(なお、艾、艾葉には、ヨモギの他にヤマヨモギ(学名A. montana)も使われる)。
よもぎを使ったスチームサウナが好きだった時期があります。


↑味工房志野「よもぎ餅」



他によもぎの若い芽や、育ち始めた若い株は、干しておいたのちに煎じて飲むと、健胃、腹痛、下痢、貧血、冷え性などに効果がある。また、もう少し育ったものは、これも干しておき、風呂に入れると良い。腰痛を始め、痔にとてもいいそうです。



きっと旬のものは、身体にいいのかもしれませんね。
さて実山椒を用意してあるのですが、いま指先が主夫湿疹になっていて荒れているので作業ができあにのです。
もうすこしだけ回復を待って作業です。
今年は、軽く佃煮にして見たいな。

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こちらが正面玄関みたい・・・

2012年05月19日 07時09分39秒 | 社寺
昨日の続きです。
三条門だけだと思っていたんです。
だからこちらの派手な方を撮影していませんでした。
京都市指定の重要文化財なんだそうです。


↑川端門

お寺の説明を引用して起きます。
有栖川音仁親王一族は主夜神尊へのご信仰あつく、明和3年(1766)本堂再建の際、主夜神堂のためこの門を寄進なされた。そのため屋根に菊紋の獅子口の瓦が置かれるとされる。


↑龍がいてはります

この門は赤門、開運門とも呼ばれ、京都市指定の重要文化財になっている。昭和49年(1974)に修復が行われた。


↑龍神堂


↑新しい感じの石版

龍神堂の説明も引用して起きます。
龍神堂に奉られる加茂川龍神は、自在な神通力を持ち、晴雨を司る神様としてわれわれや仏法をひでりや水難から守る神様である。
晴天、雨請(あまごい)等の天候を祈願するお堂として古くから信仰を集め、加茂川龍神立像が安置されていたが、現在像は本堂に移されている。現在のこの堂は昭和61年に再建された。


↑念仏万霊塔

この念仏万霊塔は、延宝6年(1678)、八世東暉(とうき)上人による「不断念仏会」の百余名の結縁を記して建てられた。
以下引用します。
東暉上人は開山袋中上人の最後の直弟子で袋中の念仏信仰、曼陀羅信仰を受け継ぎ、盛んに念仏会や曼陀羅講を開いた。
この時の念仏会は継承され、元禄17年の一万日回向、宝暦6年の三万日回向の基準となっている。
書いて見たけどもう一つよくわかりません。


↑消えていてよくわかりません


↑石仏



色んな人が寄進されたんだろうな。
いまとなっては誰がどのような気持ちで納めたのかもうわからないかも。
もの足りない説明ですんません。
今日の写真は、昨日再びここに行って撮影してきました。(笑)

こうやって見ていると面白いですね。
まだまだ知らないお寺や神社がいっぱいあります。
というか知っているところが少ないかも。

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ひょっとして入るのは初めてかも・・・だん王

2012年05月18日 05時54分41秒 | 社寺

↑三条門


↑奥で子供たちの声が聞こえて来ます

ここは、三条京阪の高山彦九郎像の北向にあります。
浄土宗のお寺です。
「だん王」は通称で、正式なお名前は、「朝陽山 栴檀王院 無上法林寺(ちょうようざん せんだんのういん むじょうほうりんじ)」こんな名前だったら覚えられないですよね。
電話がかかってきたら「はい、こちら朝陽山 栴檀王院 無上法林寺です」というのはちっと苦しい。
そういえば京男がお付き合いいただいているリースの会社名「三井住友トラスト・パナソニックファイナンス株式会社」というのも凄いと思う。
いっぺん電話してやろうと思うのですが、用事がないからしていない。
電話に出た受付の女性は「ハイ、三井住友トラスト・パナソニックファイナンス株式会社です」っていわはるんやろか。興味あるな。
落語に出てくる長い名前にはまけるけど、それでも電話で答え難いだろうな。


↑真ん中の「鳥之供養塔」というのは何か?鳥インフルエンザの時のかな?それにしては古い雰囲気だし・・・昭和31年の京都食鳥組合の寄贈みたいです。

ここは、文永9年(1272)創建なんだそうです。
当然、この三条あたりのお寺ですから、何回も天災人災で何度も火事になり、その度に建て直された。


↑本堂



境内に保育園があり、小さなお子さんの声が聞こえているイメージしかないのです。
それもあってか入ったことがない。
京都市にお住まいの人、そうじゃないですか?
由来とかありそうな雰囲気があまりしないもの。
有名でもないし。
少なくとも京男は知らなかった。


↑楼門


↑こんな風に「四天王立像」が並んでいます。二十二世譲誉玄亮(じょうよげんりょう)上人が明治21年(1888)の楼門新築に伴い購入したもので、大阪和泉の興善寺旧蔵ものと伝えられている。そんなこともあるんだ。貴重なものだと思うけど、風雨に晒されていていいのだろうか?

主夜神というのがお寺の説明に出てくるのです。
主夜神は、もとの名を婆珊婆演底主夜神(ばさんばえんていしゅやじん)といい、華厳経入法界品に「恐怖諸難を取り除き、衆生を救護し、光を以って諸法を照らし、悟りの道を開かせる」と説かれる神様とある。


↑多聞天像(鎌倉~南北朝)


↑広目天像(平安時代後期)


↑持国天像(鎌倉~南北朝)


↑増長天像(鎌倉~南北朝)

さらに、主夜は守夜と転じて、夜を守る神として崇められ、盗難や火災などを防いでくれる大変なご利益をもつ神様であるとされています。
この主夜神を奉る寺社は、日本ではあまり例がみられないという珍しい神様。
お寺で神様というのは不思議な感じがする。
日本的ですね。なんでも習合してしまう。

よく考えたら川端門を撮っていません。
次回は、もう少し補足的に撮影してきます。

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カレーうどんは久しぶりかも

2012年05月17日 04時47分54秒 | カレー
昨日の京都は、初夏でした。
外出は、ショートパンツと半袖シャツにしたらよかったと後悔するほどでした。
そうするときっと冷えるからダメと言われるだろうな・・・。



そんな暑い日は、カレーうどんやね。
ということで今回は、三条京阪からちょっと東へ行った北側「みや古」へいく。
ここは、久しぶりかも。



今回は「肉カレーうどん」を注文。
珍しいでしょ。普通はお揚げさんなのに。
肉の気持ちだった。



ほどなくやってきました。
京男は、味を見て七味で辛さを調整してしまいます。
結果的に七味の量が最初の三倍は入れてしまった。
ひょっとして七味がカゼをひいていたのかな。



でも美味しくいただきました。
よく考えたら辛いカレーうどんというものは、食べたことがないかも。
インド料理でもそう辛くないものね。
香辛料的な限界だと思う。
辛さの好みで言えば、家で作る麻婆豆腐が一番好きだな。
韓国系の青い唐辛子は、凄かったことがあります。
口から食道、胃に入っていくのが判るほど辛かったもの。
青い唐辛子にはちょっと要注意ですね。



さて昨日、実山椒を買いました。
掃除が大変やな・・・・。
いま指先が荒れていて、辛いかも。
ちなみに、荒れているから銀行のATMの反応があまりしない。
トラックバッドも。
結構不便。

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