京男雑記帳

洛中で生まれ育った京男が地元視点で見た日常風景や話を雑記的に掲載

東山空襲と西陣空襲・・・両方とも近くだった!?

2012年05月31日 04時30分36秒 | 風景
松葉杖になり歩くスピードが変化したお陰で、色々な風景が見える。
これが結構新鮮なんです。
こうなったら楽しむしかない。
やがて、元のスピードに戻るだろうし。



お料理屋さんの壁際にお稲荷さんを発見。
よく見ると結構立派でしょ。
壁に複数取り付けてある。
なんだろう・・・・。
単純に考えたら「立ちション防止」なんだけど。



不思議なんですが、「立ちション防止」の時の鳥居って「明神鳥居」が多い。
鳥居って、神社などにおいて神域と人間が住む俗界を区画するもの(結界)であり、神域への入口を示すもの。一種の「門」である。
だから神域に向かって「立ちション」をするのは、神罰が当たるからやめなさいという意味なんでしょうね。



それにしては、作りが立派。
屋根をつけてあったりする。
なんだろう?
不思議です。
ミニのお稲荷さんの鳥居は、別の効能(?)があるのかな・・・。
お店に入ってきくのもね・・・。



フト見上げるとガラス窓に懐かしい模様。
先の戦争(応仁の乱でなく、太平洋戦争のこと)の空爆対策がそのまま残っているのだろうか?
京都市内の空爆は、
昭和20年(1945)
 1月16日東山区馬町(東山空襲)死者41人・重軽傷56人・家屋破壊141戸
 3月19日右京区春日
 4月16日右京区太秦
 5月11日上京区京都御所
 6月26日上京区出水(西陣空襲)死者50人・重傷66人

東山空襲は、我が家の子供が通っていた元東山小学校あたりだそうです。
西陣空襲は、きっと父方の祖父母、母方の祖父母が住んでいたあたり、きっと逃げたんだろうな・・・。父親と母親は、通りを挟んだ幼なじみだった。父親は学徒出陣、母親は家事手伝いだった頃の話。もちろんまだ結婚していなかった。もり西陣空襲で母親が亡くなっていたら、京男は生まれなかったことになる。
そう考えると不思議な気持ちになりますね。



原爆投下計画というのもあった
昭和20年(1945)年5月10・11日、原子爆弾の投下予定の目標都市が選び出された。
その第一位が京都市だったそうです。
この目標は、人口100万を有する都市工業地域である。それは、日本のかつての首都であり、他の地域が破壊されて行くに連れて、多くの人々や産業が京都へ移転しつつある。心理的観点から言えば、京都は日本にとって知的中心地であり、京都住民は、この特殊装置のような兵器(原爆)の意義を正しく認識する可能性が比較的大きいという利点がある。
文化財を守るために爆撃を控えるどころか、京都が原爆投下の第一目標に選ばれていたのである。
原爆が落下していたら、京男も生まれてこなかったということか。
そう考えると不思議な気持ちになりますね。

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あんみつ・銭湯・目刺し

2012年05月24日 06時10分26秒 | 風景
京都は、暑くなってきました。
今日は、28度ぐらいになるんだろうな・・・。
でもいろいろな治療先の先生方から「身体を冷やすのはいけないよ」ときつう言われる。
こまったな・・・。
せっかく、新しい半ズボンを用意したのに。
実は入院で2インチも細くなった。
それはいいことなんですが、ズボンを新しくしなければいけない。
そろえたのに・・・。


↑この間、新・都ホテルのロビーラウンジ(いつもの席)でこんなものを食べてしまった。歩くとエネルギーが必要になるのですよ。

新しいサンダルだって揃えたのに。
足首と脚を冷やしてはいけないらしい。
確かにクーラーの時期はキツイかもね。
困ったものです。


正面湯

ここは、正面湯。
銭湯です。
双子君たちが小さい時、よく行きました。
ここの面白いのは、1階が脱衣場なんです。
裸になってエレベーターに乗り2階、3階のお風呂にいきます。
2階と3階の間は、階段もあります。
裸でエレベーターに乗るって不思議な感覚になりますよ。
階段も。
露天風呂もありました。
松葉杖生活では、行くことのできない場所になりました。



昨日、この部屋からお寺の保育園が見えます。
元気な子供たちの声が聞こえます。
法事のお経もね。
まだ、こいのぼりが泳いでいます。
でも竿が水平なんです。



それをボーッと見ていて、目刺しが食べたくなりました。
暑いのせいかな・・・。

早く暑い気温に身体を慣らさないとね。

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守・破・離

2012年05月11日 06時04分38秒 | 風景
「守・破・離(しゅはり)」とは、武道や芸事などでいわれる言葉。
就職した次男ように書きました。
よかったらお読みください。



武術や芸事なんかの世界では、「守・破・離」ということを言われる。
君の場合は、「守(しゅ)」の段階。
多くの諸先輩から教えを守り、それを身体が覚えるまで繰り返すこと。
何事も基本が肝心。
基本の段階で変なクセをつけるとずっとそのままになるから要注意。
ボーッと見ているだけじゃだめだよ。
動きの裏の意味をしっかり把握すること。
まあ、二十歳代はそれだけ必死になること。



次の段階が「破(は)」。
「守」で身につけた基本をベースにしながら「自分なりの工夫」をして、徐々に基本を破り進展する段階。
相手の立場に立つと案外「工夫」が見える場合が多いよ。
「自分の立場」「相手の立場」この二つの立場を自由に行き来するのがコツ。



次の段階が「離(り)」。
型や教えから離れて、独創的なオリジナルの個性を発揮する段階だ。
ここからが本当に面白い段階。
武道で言えば本当の実戦段階。
型や自分の工夫だけでは、実戦で勝てない。
また自分より力の勝っているものに勝てない。
相手が技をかけて来る前に対処するための直観も必要。
そのためには、「自分」が「天」と繋がらないといけない。
いま自分がやっていることが「天命」であることに気づく段階。
身体や心がまったくリラックスしているけど、だらけていない状態。
自然体という状態がこれである。



いま、社会にでて戸惑うことが多いと思う。
学生時代と違うからね。
対処は「素直」であること。
「素直」とは、言われたことに盲目的に従うことではない。
自分が受けた言葉や教えを「自分の感情」をまじえずに心に落とし込むことを言う。
「感情」をともなうと「エゴ(我欲)」で反応する。
これがとかくトラブルの元であるのだ。



「素直」に心に入れ、冷静に観るというのが「素直」ということだ。
不合理で間違った内容なら「間違っています」と言えばいい。
その通りなら「すみません。わざわざ指摘いただきありがとうございました」と感謝をすること。
人は、嫌なことを言われると感情的になり、拒絶するものなんだ。
上級者は、「自分の立場」「相手の立場」「天の立場」の三者から判断する。
そうすれば、自分のまわりに「敵」は存在しないということに気づく。
一番の敵は、自分のエゴなのだ。

最後に「守・破・離」は、一方通行じゃない「守・破・離・守・破・離・守・破・離」とスパイラル状に上昇していく。
気がついたら、自分の専門外でも達人になっていたりする。
そこまで行くと面白いよ。

まあ、二十代は死ぬほど働きなさい。
ごきげんよう!
※きっと京男自信の顕在意識に言って聞かせているのだろうな・・・。

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このおじさんなにを見ているのかな?

2012年05月07日 07時25分24秒 | 風景
タイトルのように小さい時から見ていた。
ここは、三条大橋の側の三条京阪駅にある「高山彦九郎像」。
このあたりも京阪電車が地下に潜り随分風景がかわった。
以前は、路面電車が入っていたのです。
京阪電車は大阪の淀屋橋から三条京阪で終点。
三条京阪から滋賀県の大津へ電車が入っていた。
もちろんすべて路面を走っていた。



この京阪が路上に走っているから国道一号線や三条通が車で混んでいると言われていました。
地下に潜っても結局同じ。
原因は他にあった。
路面電車の方が観光都市的にはよかったのに。



この「高山彦九郎像」は、昔から集合場所の目印だった。
「土下座の所で○○時に集まろう!」とね。
たくさんのカップルがここで待ち合わせていた。



この高山彦九郎さんがどうぞうになっている意味がよくわからなかった。
いまもはっきりわからないのです。
これは、あまり学校の歴史の時間に教えないことかも。
日本の歴史教育って変ですよね。
現代から順番に過去に遡っていったらいいのに。
平成から江戸時代ぐらいまでがとても大事なのに。
それと近代と諸外国との関係もしっかり子供たちに教えておく必要がある。
それも変な色を付けずに。


↑向こうの方に御所があります

この彦九郎さんはいっているかも。
尊皇論っていったいなんだ?
覇道と王道ってなんだ?
なぜ権力が江戸と京都にあるのか?
教えてもらった記憶がない。



京都人としては、勤王の志士(きんのうのしし)をひそかに応援していたんだろうな。
だから、あれだけ新撰組が人気があった時でも、時代祭の行列にいれなかった。
実際に曾おじいさんの時代に勤王の志士をかくまったとか。
新撰組に酒代を踏み倒されたとか、店を無茶苦茶にされたとか実際に聞いたことがあります。
京都ってすごいでしょ。
小さい時、あこがれは、鞍馬天狗(大佛次郎小説の架空の人物)、月形半平太(これも新国劇のヒーロー)、桂小五郎(実在木戸孝允)。
狭い京都市内で色んな事件がたくさんあった。
よくよく見るといろんな碑がのこっています。



京都人(いまの若い子はどうかしらんけど)DNAの奥には、勤王派なんだろうな。
江戸の佐幕には、いまだに反感を持っているかも。
天皇さんは、東京へ行ったはるけど、きっといつか京都に帰ってきやはると思っているのですよ。



この「高山彦九郎像」もう少し高いところに上げて御所が見えるようにしてあげたいな・・・。

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菜種梅雨というには激し過ぎる

2012年04月23日 05時17分07秒 | 風景


今年の春は、激しい風雨ですね。
菜種台風という表現がもうすぐ出てくるかも。
申告劇じゃなかった新国劇の月形半平太の台詞「春雨じゃ、濡れて参ろう」とはいきませんね。
全地球的に見て変ですね。
それともいままでの地球が静かすぎたのかな。
地球は寒冷化に向かっているという説が有力になってきましたね。
この異常な天候はその前触れなのかな。
寒冷化なら大変だ。
まだ温暖化の方がましだと思う。
全地球的に食料が足りなくなる。しかも砂漠化が進む。
数年後には、寒冷化対策のため「温室効果ガスをいっぱい出しましょう!」となるかも。学者もハッキリしてほしい。
温室効果ガス云々は、原発プラントを売りたい人たちが言い出したという話しもあります。原発事故で世界的に反原発運動がでてきて、地球寒冷化説も浮上してくるのかも。世の中は奇々怪々ですね。





ほとんどの桜の花が終わり、新緑のシーズンになりました。
いつも思うのだけど、桜の花が散った後の若葉が異常に早くでてきますよね。
この時期の緑は「萌黄色」と表現されます。



平安時代を通して若者向けの色として愛されたそうです。
『今昔物語』には浮気者の舎人に腹を立てた妻が萌黄や紅の衣装を着て若い令嬢を装い夫を騙す話がありますね。奥さん、若作りしてもバレマッセ。



『平家物語』には十八歳の貴公子平敦盛が萌黄縅の鎧を着て戦地に赴くくだりがある。
きっとこの平敦盛さん、草鞋も萌黄だったに違いない。
着物の裾をあげるときっと萌黄の足袋を履いていたに違いない。
もちろん褌も萌黄ねっ!しかも眉なし、ヤクザ風やし。

回りの人(1)「ビックリした!アスパラガスが歩いてきたんかとオモタ!」
回りの人(2)「敦盛ハンなんでそんな萌黄ばっかりデンネン」
敦盛「コーディネートヤガナ!」
と言ったとか、言わなかったとか。
この記述をみてピーンときた人は、吉本新喜劇通やね。(笑)
敦盛のイメージが木っ端微塵になってしまったでしょ。
敦盛が中條健一(ちゅうじょう けんいち)のイメージになるから不思議。
ただし関西地区限定やけどね。



なんかいい加減な記事でした。
おやかまっさんでした〜。

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ご近所桜・・・女坂から智積院

2012年04月16日 05時17分37秒 | 風景
東山のソメイヨシノはソロソロ終わりです。
寂しい・・・でも半年も咲いていたらちょっとムッとしますよね。
惜しまれて散るから貴重なんだよな。



さて昨日の豊国廟から東大路通に降りてゆくみます。
まずこの石段を降りなければ・・・以前はなんでもなかったのに。
手摺りがないから慎重に。



京都市内がこんな風に見えます。
結構、山でしょ。
工事している建物は東本願寺。
妙に近くに見える。





途中で花びらの吹きだまりを発見。
きれいでしょ。
でもこういう場所は松葉杖がすべるから要注意だ。



女子大のあたりの桜もそろそろお終い。



ここは女坂を降りる途中で智積院の北門から入る。
いつものコース。
智積院は多くないけど桜があります。
ここの桜は、若い樹が多いから元気そう。







こうやって見るといろんなところで桜に出会えますね。
明日もご近所桜が続きます。


↑2012年4月16日午前7時。本日は一日曇りみたいです。気温は快適な18度。京都のソメイヨシノはもうお終い。後は御室のお多福桜や原谷の枝垂れ桜が見頃になっていくのかな。

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ご近所桜・・・豊国廟

2012年04月15日 05時49分20秒 | 風景


今日も近所の桜です。
本日は、豊国廟。
豊臣秀吉のお墓です。
七条通りをまっすぐ東へ向かって東大路通りまで行き、ちょっと北へ上がって東へ曲がるとそこが豊国廟参道。
この参道は通称「女坂」京女の幼稚園、小学校、中学、高校、短大、大学がある。
幼稚園や小学校は共学ですが、中学以上は女性ばかり。
だから「女坂」と称します。
その坂を登りきったところにあります。



歩くと結構な坂です。
少なくとも今の京男にとっては。





行くと一人で貸し切り状態でした。
快適なお花見ができます。
でもちょっと不安になりますね。




↑この階段をあがると秀吉さんのお墓です。あがるのに50円が必要。50円だすから勘弁してください。

京男は、桜が怖いのかもしれません。
原因は、十代に読んだ坂口安吾の『桜の森の満開の下』が原因です。
クリックすると読めます。
これは、青空文庫というネット上の図書館です。
自由に読めるようです。
いまの京男は、テキストを読み上げてくれるソフトで読んでもらうのです。
寝ながら聞いたりしています。
これを読むと怖くなりますよ。



梶井基次郎の短編小説『桜の樹の下には』というのもある。
主人公が、桜の樹が美しいのは下に死体が埋まっているからであるという空想に駆られ、死体に象徴される惨劇(死?)への期待を深める物語。
これもタイトルをクリックするテキストページに移動できます。



桜は美しいけど、人を狂わせるように思う。
そういう妖艶さみたいなものを高校時代から感じておりました。
桜の樹の下で騒ぐ花見客は、桜の妖気の影響を受けているのかも。
その人間の生気を桜は養分にしているのかな。
でも最近の桜を見ていると人の毒気まで吸っているようで気の毒になる。
もしも人類が滅んでも、桜はしたたかに生き、誰もいない公園で咲いているのだろうな。そう思うとゾクッとする。



誰もいない状態で桜を観るのは、贅沢ですね。
いつもならデイサービスのお年寄りが来ているのに、最近はそういうのも許可というか有料なのかも。
しかたないのかな・・・。


↑2012年4月15日午前7時30分。今日は晴の一日になりそう。車が混むだろうな・・・。ソメイヨシノはもう終わりですね。



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近所の桜

2012年04月14日 05時17分42秒 | 風景

↑たぶん白木蓮 (はくもくれん)だと思います

京男の住んでいる東山では、そろそろ桜が散り始めています。
咲かないと「まだだ」
散り始めると「もうすこし咲いていて」
などと自分中心に考えてしまいますね。


↑子供が小さい時この場所によくお弁当をもってきて食べていました。いいでしょ。


↑風が吹くと花吹雪が飛んできます

人間の思惑など、関係なく花は咲き、そして散ります。
自分の気に入らないと文句をいう。
暑さ寒さもですね。



人間は、どうしても五官から影響を受ける。
五官から逃げようがない。
五官と感情が結びつくと、とても居心地が悪くなる。
事実をあるがままに受け取ればいいものをどうしても「情」と結びつけてしまう。
テレビなんかを観ているとその傾向が強い。
事実だけ正確に仕えていたらいいのに、
だから「悲しい」「怖い」「心配」という感情を結びつける。
それを観ている人は、その「情」に反応して、同じように追体験してしまう。
いい「情」ならいいのですが、大抵は悪い「情」に反応する。
その時、体調を崩したりしたりする。



だからテレビを観ていると余計な心配をたくさんしてしまうかも。
テレビは「情」の媒体なんだからでしょうね。
もっと「楽しい情」を流してくれたらいいのに。


↑しばらく、座ってボーッとしていました。



京都だ桜だとテレビは煽りますね。
だから桜の名所は、凄い観光の人という状態になっています。
あんな人ゴミの中で桜を観て、幸せな気分になるんだろうか・・・。



京男の場合は、近くに桜がいっぱいあるので、そういう有名なスポットに行かなくていいのです。
誰もいないでしょ。
いないとゆっくり桜を楽しめます。
十分だと思いませんか。
皆さんの近くにも桜は咲いていると思います。
ゆっくり楽しむ場所を見つけて楽しんでみたらどうでしょうか。


↑2012年4月14日午前8時。現在弱いけど雨が降っています。遅くても午前中には止むでしょう。でもソメイヨシノはかなり散ってしまいました。それでも明日は花見の人が多いでしょうね。

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京男曰

2012年04月12日 05時15分40秒 | 風景
子曰
吾十有五而志于学
三十而立
四十而不惑
五十而知天命
六十而耳順
七十而従心所欲、不踰矩



これは、孔子の『論語』
簡単な訳は

孔子が云う
私は十五才で(学問の道に入ろうと)決めた。
三十才で(学問に対する自分なりの基礎)を確立した。
四十才で戸惑うことがなくなった。
五十才で天命を知った。
六十で何を聞いても動じなくなった。
七十になってからは、心のおもむくままに行動しても、道理に違うことがなくなった」と。

孔子さんが生きていた時代の寿命が短かったからこの年齢なんだろう。
いま、寿命的な要因で新しく書き直してみた。



孔子が云う
私は二十五才で(学問の道に入ろうと)決めた。
四十才で(学問に対する自分なりの基礎)を確立した。
五十才で戸惑うことがなくなった。
六十才で天命を知った。
七十で何を聞いても動じなくなった。
八十になってからは、心のおもむくままに行動しても、道理に違うことがなくなった」と。

これでちょっとは、現代に仕える。



先日、誕生日を迎える方に手紙を書いた。
こういう内容だった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
前文(略)
もうそろそろ「天命を知る」という段階かな?
まだ知らなかったら、ちょっと焦って「天命」を知らないといけないですよ。
また「知る」だけでもダメだよ。
「天命を悟る」という状態でないといけない。
「知る」と「悟る」では、大きな違いがあるしね。
しっかり悟ってください。



「天命を悟ったら」次は、行動しなければいけない。
行動する時は、直観を使って意志決定をすることです。
どんなに悟っても、ジッとしていたら「インポの爺さん」「テレビに出てくる馬鹿学者」と同じだよ。
「世のため、人のため」に行動すること。
特殊なことでなくてもいい。
ニコニコして縁側に座っているだけでもいい。
道のゴミを拾うことでもいいのです。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
自分のことは棚に上げて、わかったようなことを書いていますね。(笑)
そうやって自分に言い聞かしているのだと思う。
こうやってブログに書いていたら、逃げられないだろう。



「耳順」
天命を悟れば、自分の真我と直結する状態になる。
そこまでの段階に行くと、自分の外界で起こることがすべて「必要、必然、ベストのタイミングでくること」が理解できること。
その瞬間「すべての存在に感謝できる」。
そうすれば「何を聞き、見ても」動じない状態になる。
二元論から脱することができる。
さて、書くと簡単だけど、それがわかれば人生双六のゴールとなる。
輪廻から解放され、大いなる涅槃になる。
まさにこれが「即身成仏」ということになる。

さてどうやってそうなる?

本日の記事は、京男のメモみたいなものです。
読み飛ばしておいてください。


↑2012年4月12日午前7時。今日はいい天気の一日になりそう。ウグイスが気持ち良さそうに鳴いています。ベランダ桜は昨日の雨に持ちこたえ、満開状態になりました。


↑これを観ながら朝食は贅沢な時間です。

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イースターって

2012年04月07日 04時45分34秒 | 風景

↑日本聖公会聖アグネス教会聖堂

4月8日は、イースター(復活祭)なんだそうです。
日本の商人はそれをビジネスにしようとしているそうです。
なんか恥ずかしいですね。そういうのって。
この4月8日というのは、西方教会式なんだそうです。
東方教会だと4月30日になるそうです。
東方教会と西方教会ってJRみたいやね。



キリストさんが磔にされはって無くなったあと、復活しやはった日というようなことなんでしょうね。
復活してから日本にやってきて青森県戸来村(へらいむら)で死なはったのかな・・・。
いや違う、戸来村の話しでは、磔で死なはったのは、弟さん(??)で本当のキリストさんは、来日したはった。
青森に行ったら、キリストさんのお墓があるんですよ。
ぜひ言ってみてください。



イースター・エッグというのもありますね。
復活ということで卵はその象徴。
ウサギは、多産系なので子孫繁栄、ピョンピョンと跳ねるから生命の躍動を表すそうです。
京男は、ゆで卵やウサギを食べると元気になるのかなぁ・・・と思った。



ハロウィンもそうだけど、ほうひとつ西洋にことはピンとこないですね。
日本人はたくましい、なんでも取り入れる。
ちなみに4月8日は、お釈迦さんの誕生日「灌仏会(かんぶつえ)」ですよね。
その方が京都人は、ピンと来るかも。
それもしらない人がいるのか・・・・。
日本人って何を信じているのかな?
きっと外国から見たらそう見えるでしょうね。

※写真と記事の内容がシンクロしていませんね。すんません。


↑2012年4月7日午前7時30分。今日は晴れ、気温は花冷え状態。もう少しというところが開花していかないな。見頃は来週中頃かな。

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京都御所の梅は咲いているかな?

2012年03月13日 05時33分50秒 | 風景
昨日は、歯科の予約日。
歯科は、歯を磨く作業だけ。
噛み合わせの調整は、半年様子をみてくださいとのこと。
次回は、秋の検診!
よかった。(笑)



ついでに京都御所まで梅を観に行く。
御所の西側の歩道を歩く。
写真を見るとわかるでしょ。
右側が溝で、左が柵、柵の外は車道なんです。
前から自転車が歩道を走ってきたら、どうやってすれ違えばいいの?
こんな状態では、乳母車だって難しいだろうな。
なんとかしてほしいな・・・。


↑出水口(でみずぐち)

おれって普通「○○門」という名前ですよね。
この門は確かに小振りだけど、「出水口」とはね。
通用門なんだろうか。





さて「出水口」から御所の中を上がります。
「上ル」って「北に行く」ということです。
タクシーなんか乗っていて、「その一方通行の道を上(かみ)に上(あ)がってください」と指示したりします。
逆は「その一方通行の道を下がってください」つまり「南に行ってください」といいます。
北に行くのを「上ル」、南に行くのを「下ル」と覚えておいてください。
いつも困るのが家に帰る時のタクシーには「東大路馬町を東に登ってください」と言うことです。なんかね・・・。でもなんかシャキッとしませんな。





さて、梅です。
結論から言って、かなり遅れていますね。
咲いている木もありますが、いっせいに開花というわけにはいかない。
今週、暖かくなったら一気に開花が進むかな・・・。





この御所の梅は枝振りがいいので好きなんです。
足下の土もフワフワしていて、歩くのが申し訳ないぐらいです。







桃林は、全然開花していません。
かなり遅れそう。
この分だと今年は、桜の開花も遅れるかもね。
人間の思うように咲いてくれません。
今日もタクシーの運転手さんと桜の開花のことを話していました。
「まあ、いつか咲くでしょう」「人間が花に、リズムを合わせたらいい」とね。

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冥想歩き?

2012年02月05日 05時59分19秒 | 風景
ドンツクドンドンツクツク・・・ナウマクサマンダーバーザラダンセンダーマーカロシャダーターカンマン・・・
ギャーテーギャテーハーラーギャティーボージーソワカー・・・


↑実は、豆撒きを見ていなかった。こんな風景を見ていた。

太鼓の音にあわせて唱えられる般若心経や各種真言を知らず知らず唱えている。
頭の中で宇宙が展開し始める・・・。
不思議な感じだ。
福と鬼なんてどうでもよくなってしまう感覚。
感情から解き放ち純粋に思考せよ。
そうすれば宇宙と一体になれる・・・。
宇宙から祝福されている感じがした。包み込まれている感じ。
自他渾然とした感じ。
脳出血のお陰で獲得した「共感覚」というのも悪くないな。
松葉杖とかどうでもよくなってきたし。


↑地面の模様をジット見ていた

そんな言葉じゃなくイメージが湧いてきた。
面白い!
歩きながら考えをまとめようとして、気がついたら聖護院から高島屋まで歩いていた!
途中、母方の祖父、祖母の眠るお墓のある寺を通った。
好きだった祖父に挨拶した。
この祖父は、和菓子専門だったのです。
不思議な感覚でしたね。
昨日はなんだったのか。


↑聖護院の斜向かいの須賀神社


↑懸想文を売るお兄さん

でも今日は手のひらがボロボロ。
松葉杖で歩くというんは、手のひらで体重を支えるのです。
後ろに思い切り突き出して加速するのですよ。
杖にバネが仕込んであるから。
結果的に一万歩以上も歩いてしまった。
この手の痛さのおかげで日常を思い出しました。(笑)
整形リハビリ担当からこんなことを話したら怒られるだろうな・・・。


↑人の思いがいっぱい結んであった

浮かんだイメージを文章にしなければいけない。
頼まれている原稿もあるしね。
すんません、もう少々時間がかかります。
(東に向かって最敬礼)

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あなたも国宝?!

2012年01月16日 04時54分40秒 | 風景
最近、いろいろ考えます。
1990年ぐらいだったかな、1月10日の記事の先生とは違う先生から最長の言葉を聞いた。
以下のような言葉だった。


↑本当は比叡山延暦寺の写真がベストだけど、ありません。今日の写真はすべて建仁寺。

最澄は、
「国宝とは何物ぞ。宝とは道心なり。道心有るの人を名づけて国宝と為す。・・・一隅を照らす。此れ則ち国宝なりと・・・」
この言葉は、最澄が『山家学生式』人づくりの制度の序文に書いた言葉です。

道心(どうしん)ってなんだろう?
道を修めようとする心、つまり、一つの道を究めようとする心のこと。
自分の仕事や役割を天命と信じ、目標と理想を定め、その実現にむかってひたすら努力する。
「道心」を持つ人が多いほど国や社会は栄える。
「道心」を持つ人こそ、なくてはならない国の宝なのです。



ただ、何を自分の天命と信じるかが問題。
この世に生きていると我欲いっぱいの中で思うことが天命と錯覚してしまうのが人間。
これはものすごく難しい問題め。
いま自分は我欲で判断しているのか、そうでないのか。
自分の立場も離れて自分を観ているか?

天台宗の厳しい修行は、この我欲との闘いなのかも。
でも我欲はなくすことはできない。
なくしたらこの世で生きていけないもの。
でも我欲から離れることは可能ですが。



ひょっとしてひたすら厳しい環境で修行をする出家より、俗世間で欲にまみれた中で生きている在家の我々の方が天命を知りやすいかもしれない。
本当は自分が何をしたいのか?
わくわくして日々生きているのか?
「ずっとやっているから 」「社会的にそういうものだ」「やっぱりお金も必要でしょ」なんて、いいわけをして逃げているかもしれませんね。
人間はいずれ必ず死にます。
「死ぬ時にもっていけるものはなんだろう?」と考えています。
もっていけるものに専念している時は至福の時、幸福感を持てるんだと思う。
別に特別なことでなくてもいいように思う。
人と比べる必要なんてないのです。



こんな詩がメモしてある。

「花が咲く

 いつでもどこでも
 花が咲く

 花壇に咲くのは
 目立つけど
 花が咲かなくなったら
 植え替えられる

 花が咲く
 四季折々に花が咲く
 春にさくもの
 冬に咲くもの
 みなそれぞれ美しい」



いまの日本は、宝の箱ばっかり作って中身のお宝を作っていないように思える。
お金儲けや景気をあげるのもいいけど「何のため?」というのが希薄。
国のエリートといわれる人たちは、道心というものがないのかな?
高度な学歴が邪魔するのかな?
なんのために小さい時から死ぬほど勉強してきたのでしょう?

だいたい「勉強」という文字が嫌いなんです。
中国では「勉強」というと嫌なことを無理無理することなんだそうです。
私は「学ぶ」でいいと思う。
できれば深く深く学びたい。

今日の記事は無意識に書いてしまいました。
適当に読みとばしてください。

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雪景色

2012年01月13日 05時27分55秒 | 風景


昨日の朝は、ちょっとだけ雪景色。
気温も低かった。
もっとも昔の京都の底冷えを経験している人間にとってこんなのなんでもない。
京男の小さい時は、火箸と掘り炬燵ぐらいしかなかった。
もちろんアルミサッシなんかなかったから、すきま風がようけ、はいってきていたし。
手足はいつも霜焼け。
そんな寒い時に水遊びをして、霜焼けのひどいのになり、水ぶくれになって、潰れた後が手の甲に残っています。



昨日の朝、心配だったのは、リハビリデーで歩いて病院だった。
しかも松葉杖を病院にかえしに行かないといけない。
家には誰もいない。
背中のディバックに折りたたみ式の松葉杖とコンピュータをいれ、カメラまでいれて徒歩で行くことになっていた。
昨日は歩きたい気分だったのですよ。一昨日は家でジットしていたしね。


↑ベランダからの景色


↑あと3ヶ月もしたら確実にこの状態になる。なんか時間の流れが速く感じますね。

松葉杖がまだ必要と主治医の判断だった(涙)。
しかたなく購入の手配をしていたのです。
母親に「あんた、二週間に一度散髪に行くぐらいカッコを気にしているのに、なんやこのもっさい松葉杖は!」と言われて、むかっとしていた。
病院から借りているのは期限が2ヶ月だしね。
同じ手に入れるならスタイリッシュなものでないと。
他の人にも同じようなことをいわれた。
「職業的にもっさい松葉杖はいけないですよ」と。
でもおしゃれなものでも所詮松葉杖は松葉杖。
よくなったら必要なくなるんだけどな・・・。
いまは、骨がしっかりするまで雅満雅満。


↑この日はうどんじゃなく、そばが食べたくなった。にしんそばね。海苔と蒲鉾が意味不明だ。


↑なぜか大寿のお稲荷さんが好きなんです。一昨日食べたかったけど、このお店、夕方早くお店を閉めるから買ってもらえなかった。

でもかなりの重量を背負って病院まで歩くとなると雪が凍っていたら問題。
「京女と次女から凍っていたら電話をして」と頼んでおいた。
どうやら濡れてはいるけど凍っていない。
ということで女坂をくだって行きました。
智積院の石だたみは、ちょっと怖かった。
でも無事病院につきました。
めでたし、めでたし。


↑これはこの間、高速バスに乗ったときの写真。観光バスタイプのバスは松葉杖で初めての体験。スリリングな乗り降りでした。着くた先は雪景色。ドキドキしましたよ。

リハビリをすましたら1時になっていた。
歩いて帰る。
途中でいつものうどん屋さんで食事。
ちょっと変わった組み合わせだな。
やっぱりカレーうどんとお稲荷さんがいいかもね。
お土産にお稲荷さんを家に持って帰りました。


↑不思議な松葉杖。二つ折りになる。アルミ合金で中にスプリングが入っているのです。人間工学的につくってあるのです。松葉じゃないでしょ。この形なら。でも松葉杖は松葉杖。早く卒業しなうちゃね。

今日はとりとめのない内容でした。

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初心・・・忘れていたかも

2012年01月10日 04時57分23秒 | 風景
昨日は、ずっと書類をつくっていた。
新しい年度の帳簿を作成。
昨年の書類の整理。
三ヶ月分の書類が溜まっている。
早くしないとね。



いろいろ資料を探していると不意に大事な書類が出てきた。
読んでいる内に涙が止まらなくなった。
以下はその書類の一部です。
ある偉大な先生にお会いして聞いたことのメモです。
不正確かもしれません。
それでも私には十分わかった。



みなさまにおすそわけします。

◎初心忘るべからず

 時々の初心忘るべからず

 老後の初心忘るべからず

 時々の初心とは

 少し年をとって若い頃より体が動かなくなれば

 ちゃんと動くように工夫する

 これが独奏になる

 老後の初心とは

 かなり年をとって 若い頃の動きは出来なくても

 若い頃には出てなかった奥行きの深さを出す

 これが独奏である
 
 ※「初心忘るべからず〜」は世阿弥の晩年の著書「花鏡」にある言葉





◎病気で入院していても 明るくニコニコしている人は健康

 道を歩いている人でも 暗い雰囲気の人は病気

◎無名でも 一流の人がいい

◎平凡なことを毎日続けて行くのが大切

 平凡がもっとも非凡である

◎わかったことと

 わかったつもりとは違う

1

◎朝起きて 手が動く 目が見える

 これは 素晴しいこと

 これが 極楽

◎私は病気と仲良し 病気に感謝している

 病気は私の悪い所を教えてくれた

 だから医者に何を言われても 気にならない



◎進むべき 

 道はひとすじ世のために

 あせるべからず

 ごまかすべからず


↑付録/昨日(9日)の夜は、京女と二人だった。久しぶりに京男がスパゲティを作る。松葉杖が邪魔や・・・。キノコのスパゲティ。しめじ、ニンニク、唐辛子、ブラックオリーブ、黒胡椒、白ワイン、オリーブオイル、バターで作りました。二人なのに500グラムの乾麺を全部茹でてしまった。松の実がちょっと欲しかったけど、美味しいのはいうまでもない。
昨日次女が能登方面にブリを食べに行った(ブリを食べに行くだけのために行った。京男に一番近い根性だな)いしりを買ってこいと命令。あれをちょっと入れたらよかったかも。

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