週刊ポストの「受動喫煙は子どもの発ガンリスクを減らす」の記事、読みました。
あやまりであったり、ミスリーディングだったり、という部分があるので、まとめておきます。
ちなみに、高岡健・岐阜大学医学部助教授の発言もおかしなところが多々あるのだけれど、こういうのは記者のまとめ方ひとつで随分印象が違ってくるので、高岡助教授本人も、こういう出方をして忸怩たる、という部分はあるのかもしれないと想像しつつ、全体として、やはり不用意な発言をされていると思います。
まず最初に、元論文は封印なんかされてません。
ここでちゃんと公開されています。
おまけに、WHO傘下のIARC(国際がん研究センター)のメタアナリスシス(2004年に発表URL分かれば記入します)にも組込まれています。つまりその「成果」も織り込んだ上で、WHOは受動喫煙の害を考えているわけです。
これは封印、とは言わないよね。普通。
さてさて、本文ではオッズ比についての誤解がいきなり出てきて、出鼻をくじかれますね。
オッズ比が統計的な尺度というのはある意味では本当(必ず統計的な処理と共にあらわれる概念なので)なのだけれど、これはタバコの煙に曝されている人が曝されていない人に対して、どれくらいリスクが高いかを示した数字であって、本文中の高岡助教授の発言は限りなく「間違い」です。
オッズ比とは、相対危険度(リスク比)の近似値だとよく表現されます。
近似だから信用ならないというのは早計で、肺がんを含めて一般にたばこ病とされるような疾病(それぼと頻度だ高くない病気の場合)ではだいたいオッズ比はリスク比と近くなると考えてよいようです。になみに、オッズ比とリスク比の関係については、別エントリ。
さらに、高岡助教授の発言で変なのは、95パーセント信頼区間がオッズ比1をまたぐことを異常に重たく見ていること。
たとえば1.16(0.93-1.44)と書いてあったら、左側の0.93は1より小さいですね。95パーセントの信頼区間で、1よりも小さくなっているということは、たしかに、その分、信頼性は低いわけです。
ただ、今、受動喫煙はせいぜいリスクの増加が1割とか2割なわけで、それをこれだけのサンプルサイズで有意な結果を出すことは不可能なんですね。
だから、統計的に有意かどうかだけを論じるのは、疫学ではよくないことだとされています。ロスマンもそう言ってます(「ロスマンの疫学」参照。第6章あたり)
人間が設けた95パーセントという水準はただの目安ですしね。
じゃあ、どうするかと、というと、複数の研究を統合してサンプル数を増やして、精度の高い数字を導きます。それが、メタアナリシスという手法。
だから、この論文自体、「衝撃データ」というわけでは決してないわけです。
「議論すべき」というのだけれど、この論文も組み込んだメタアナリシスは、2004年発表のIARCのものがあるので、もう議論も済んでいると考えてよいでしょう。
ほんと、封印なんて、されてませんって。
ちなみに、高岡助教授は、「1をまたぐということは、サンプルを増やせば1になることを意味する」という主旨のことを述べていますが、それは間違いです。
このメタアナリスで多くのサンプルを扱っても、決して1になったりはしていませんしね。
あと、子どもの受動喫煙が、肺がんリスクを下げるというのは、著者自身も「たまたまそうなっちゃった」みたいな説明を論文内でしています。それが「真」の値であるとは著者はまったく思っていないようです。当然、ほかの研究とあわせたメタアナリシスで評価されるべきことですしね。
ちなみに、中澤君が紹介してくれたJTのまとめ資料によると、受動喫煙の関する研究報告で、「受動喫煙の影響が統計的誤差をこえて認められた論文」は全体の12パーセントだけだそうです。
たぶんこれによって、いかに受動喫煙の害がなさそうであるかとを強調したいのだと思いますが、むしろこれは自然です。
1割、2割のリスク増を追究する際に、極端に有意な結果が、少ないサンプルサイズで出たら、それはむしろ疑ってかかるべきです。
ほかの要因があって、オッズ比を押し上げているのではないか、とか。
じゃあ、1割、2割、というのは大したことないので、リスクとして問題にしなくてもいいんじゃないかという意見も時々ききます。
たしかに、さらされる人が多くなくて、疾病自体も稀、でれあれば、大したことがないかもしれません(症例が少なければそもそもこれくらいのリスクは追究しようがないですしね)。
でも、受動喫煙の場合は曝されている人が多く、肺がんほか多くのたばこ関連疾病も我々にとって無視できないくらいの症例がある病気なので、1割、2割のリスク増は、我々の社会に大きな数字として跳ね返ってきます。
また、個人の一生としては、さらに大きな影響をもたらします。
だから、疫学はそのあたりがんばって因果関係を追究していくわけです。
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以下、以前のエントリでコメントくださった津田さんと中澤君のコメントをここで採録しておきます。コメント欄だと見逃す方が多いと思うので。
まず津田敏秀さん(岡山大学大学院環境学研究科・疫学)
週刊ポストの記事とその元の論文の両方を早速入手して読みました。高岡助教授は、精神科出身で疫学のトレーニングは全然受けていないようです。解説の最初「最上段のの項目にある1.16という数字は、喫煙者と同居して受動喫煙にさらされている非喫煙者の肺がん罹患率が、喫煙者と同居していない非喫煙者より1.16倍高くなるということではありません。これは『オッズ比』という統計的な尺度です。」という部分からいきなり間違っています。「…倍高くなるということです」というのが正しい表現です。基本になる指標に対する解釈から間違っています。
また、この見出しの0.78という数字の解釈も論文の考察に載っています。そもそもこの人は、受動喫煙に関してどれだけの論文が出ていて、その結果はどうだったのかということに関する知識が全くないようです。また研究間で、結果の数字がばらつくことに関して、どのような扱いをするのかということも知らないようです。まあ、オッズ比の解釈(医師国家試験のレベル)も知らないわけですから無理もありません。
精神科の助教授で専門外と逃げを打っても言い訳にはならないでしょう。
一応以下のようなコメントをしておきました。
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早速、表記の記事と1998年10月7日号のJ Natl Cancer Instの論文を取り寄せて見ました。結論から言うと、岐阜大学の高岡助教授の読み間違いですね。ご本人の疫学知識はほとんどゼロに近く、よくまあ、これで疫学論文の評価をするなという感じです。ご本人も議論をするべきだとおっしゃっていますので、いつでも公開討論会をすればいいと思います。そのときは、私が出ても構いません。週刊ポストの記事もそのような趣旨ですので、週刊ポストにアレンジしてもらって立ち会ってもらうのも良いでしょう。
面倒くさいですが、日常に彩りを添えてくださったという感じです。でも記事の内容から見て、厚生労働省の動きに対応したものと思います。
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引き続き、失礼致します。高岡健助教授は、雑誌「精神医療」(批評社)の編集委員みたいです。この雑誌は精神科臨床の問題に関して、きちんと議論するのが売りみたいな雑誌ですので、この雑誌の編集委員会宛に、高岡助教授との公開討論会を申し入れるのも良いと思います。このような非科学的な見識を披露する医師は、精神科の患者の人権を踏みにじっている可能性があるので、きちんと面会して議論したいという感じでいけると思います。ご参考まで。
精神医療
http://www.hihyosya.co.jp/jun/j02.htm?121,38
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さらに中澤港さん(群馬大学医学部・人類生態学)
このエントリを読んで,つい週刊ポストを買ってしまったんですが,記事からだけでは殆ど何もわかりません。元の文献へのreferもないし。買うほどの価値はないと思います。
既に津田さんがコメントされているので,疫学的にはこの上追加することもないんですが,IARC 650 1542でgoogleでウェブ全体で検索してみたら,いろいろわかったので参考までに書きます。
この話は新事実がわかったとかそういうことでは全然なく,1998年にサンデーテレグラフ誌が取り上げて論争済みの話だったようです(週刊ポストの論調がサンデーテレグラフと同じで笑えます)。
http://www.ash.org.uk/html/passive/html/pcc.html
を見ると経緯がわかります。当時のBMJとか2000年のLancetをみると,タバコ会社に戦略的に利用された結果だったようです。
http://bmj.bmjjournals.com/cgi/reprint/316/7135/944.pdf
http://www.ash.org.uk/html/passive/pdfs/lancet080400.pdf
http://www.forces.org/evidence/files/pasmo.htm
なんかも,有意に出なかったのは人数が足りないか(その前年にBMJの315: 973-80, 980-8.に載っているメタアナリシスでは有意なので)デザインが悪いかだろ! だからBMJからリジェクトされてるんだろ! って感じで笑い飛ばしています。
ただ,実はこの話,JTもまだ宣伝に使っているようです……ていうか,週刊ポストの論調はこれそのものですね。
http://www.jti.co.jp/JTI/attention/20060302/material.pdf
でも,元論文は隠されているわけでもなんでもなく,ちゃんとフルテキスト公開されています
http://jncicancerspectrum.oxfordjournals.org/cgi/content/short/jnci;90/19/1440
で右にあるfulltextのリンクをクリックすれば開くと思います。
子供のときに曝露があった方がリスクが有意に下がっている結果(表2)は,著者自身はDiscussionの中で,相対リスク1(効果なし)あたりのsampling fluctuationだろうと言っていて,とくにメカニズムとかは何も論じていません。
case-controlなので,子供の頃曝露して若年で発病して亡くなってしまった人はこのcaseには入らないので,そこがバイアスになるということが考えられますね。
著者の文脈にそって考えても,sampling fluctuationで有意になったという文章が意味するところを素直に受け取ると,この論文の分析対象が5%未満のrare sampleだったということになりますよね。
結果全体の代表性が疑われることを著者自身認めているという,何ともトホホな論文だなあと思うのは,ぼくだけでしょうか。