ぼやかせていただいております。

インチキにきまっている!!

2007年09月30日 20時27分07秒 | Weblog
25歳女性殺害 同居の英国籍の男を逮捕
 横浜市のアパートで27日、25歳の女性が首を絞められて殺害された事件で、警察は29日、女性と同居していた男を逮捕した。 殺人の疑いで逮捕されたのは、イギリス国籍の無職、シミン・ポール容疑者(34)。シミン容疑者は27日、横浜市瀬谷区のアパートで、同居していた川野辺晶子さんの首を絞めて殺害した疑いが持たれている。 シミン容疑者は調べに対し、「やっていない」などと容疑を否認している。しかし、警察は川野辺さんの体からシミン容疑者のDNAが検出され、また、犯行に第三者が介在する余地がないことなどから、シミン容疑者による犯行と断定し、動機の解明を急いでいる。Yahoo news/NNN

横浜市のアパートで27日、同居していた川野辺晶子さん(25)を殺害したとして29日に逮捕されたイギリス国籍のシミン・ポール容疑者(34)が30日朝、身柄を横浜地検に送られた。 その後の調べで、シミン容疑者は、犯行後に髪型を変えていたことが新たにわかった。警察は、シミン容疑者が犯行後、家を出るところを目撃されたために変装しようとした可能性があるとみて、追及しているYahoo news/NNN

デビト氏風にいえば、きっとこれも日本の警察のインチキ捜査で、人種差別のなせる業なんだと思う。けしからんなあ。

いずれにせよ、一橋容疑者のときにイギリスのマスコミが乱痴気騒ぎしたようなことは日本でやってほしくないね。

ああ、そういえば、英会話学校の先生の殺害した一橋容疑者について、デビト氏の投稿はこれだけ書いておられる。
ザ、タイムスのロイド氏は騒ぎを修正するような文章を書いてくれたけどね。ありがたいな。

 で、英語の得意なデビト氏はイギリスのメディアの乱痴気騒ぎにはなぜか沈黙しておられた。典型的な日本人なのかもね。




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ビルマ民主化の竪琴

2007年09月30日 19時11分23秒 | Weblog
 ビルマの状況について、毎日新聞によれば、

 【アジア総局】ミャンマー軍事政権が国営紙で事実上の制圧宣言をしたヤンゴンでは29日、市民の間にあきらめの空気が広がり始めている。

 AP通信によると、多くの死傷者が出た27日のデモに恋人と参加したという若い女性は「私たちが勝つ希望はないと思う」と語った。恋人はデモで離れ離れになって以来、行方がわからない。

 また、市内のホテル従業員は「ガンバリ(特別顧問)が来ても何も変わらない。私たちが解決策を考えなければいけない」と話した。市内では散発的にデモが行われているが、ほぼ完全に当局に抑えられているという。

毎日新聞 2007年9月29日

といった具合で芳しくない。やっぱ、ある種の政治状況では、民主化を叫ぶ声はあっても、独自の民主化はむずかしいのかな。
 で、外からの援助も現状の国際状況ではむずかしそうだ。同じく毎日新聞。
中露には国連が内政に関与することにも強い警戒感がある。中国は台湾やチベット、ロシアはチェチェンなどそれぞれ不安定要因を抱えている。米国が1月、安保理に提出したミャンマーへの人権非難決議案を、中露が拒否権を使ってまで否決したのも、国連が「国内問題」に関与することを嫌ったためだ。毎日新聞 2007年9月30日 6時43分

 国連ってこんなもの。
 台湾のように民主化の声を大国が封殺する。中国ロシアのせいとばかりいえない。
 で、日本の対応の悪さについては 天木氏が極めて正道を述べておられる。
 民主化の竪琴の音がうち消されるなんとも悲しい限りである。
 
 
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うつのあとはボケ、おいおい、

2007年09月29日 18時02分20秒 | Weblog
「政治とカネ」の問題が出てきた閣僚の処遇について、「故意なのか、うっかりなのか。ルールが明確でない部分もあるから」などと言い、ムニャムニャ。「説明できなければ去ってもらう」と言い切った安倍の方が“マシ”に見えるほどだった。北朝鮮の拉致問題も総裁選で「解決したい」と言っていたので具体案を聞かれたが、「解決したいという意欲を申し上げただけ。細かい話は知らない」などと言うのである。
 インド洋の海自給油問題でも「(民主党に)丁寧に説明し賛同を得る努力を今までよりしていく」と言うだけ。要するに具体的な政権構想も国会運営の秘策もゼロだということが露呈したのだ。
「心配になったのは、麻生幹事長を麻生大臣と何度も言い間違えたり、言葉が出てこなくて、“そういうことをそうして”など代名詞が異様に多かったこと週刊現代魚拓



 新内閣についてはまだ本格始動したと言えないのでなんとも言えないが、いやな予感はするんだよな。週刊現代だからっていえばそれまでだけど。で、仮に民主党の小沢氏を背景とする政権ができたとしても、国連中心主義じゃなああ。あの民主党支持者でアメリカ人の日本政治評論をされているトビアス氏でさえ、国連中心主義なぞとったら、戦略がないも同然といっているしなああ。

 どうなるのかね。ほんまに。
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韓国についての英語圏のブログ

2007年09月29日 12時30分28秒 | Weblog
 更新
いやあ、やっぱりコメント欄炎上
#
Knightwraith your flag
Posted September 29, 2007 at 5:43 pm | Permalink

Peter Pan,

You’re still pathetic. Like that’s what you translated. Not even fool. Pathetic.

Don’t even compare yourself to Tomojiro, you DA! You freakin have no credibility fool, your pathetic attempts to hide behind everyone and their mothers is about as moronic as pissing against the wind. Tomojiro has merit, you, shit,… literally.

You were better off just shutting the hell up but you are obviously to dumb to do that.

You bore me.

- “You have been judged and found wanting”

Get a life, some cojones, a job, a girlfriend, a rubber doll or a laundry machine, I don’t care. Just get lost cuz you are certainly not worth saving in the gene pool. Better yet, go eat some fugu liver, then maybe you can grow some cojones.

ひどいですねええ。マーモットというブログでは、ブロガーがルールを決めて討論しているにもかかわらずこんな感じなんです。

フォーリンディスパッチスさんのところでも
So you're an idiot or maybe you just don't know youtube.


日本のよいこのみなさんは決して真似しないようにしましょうね。


。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


 マーモットホールズって以前紹介しましたが、ここで、キムチ嫌いのアメリカの女性のビデオについて紹介しています。他愛もないビデオです。在日の韓国人はキムチたべるんだけど、私は大嫌い!、で、日本にはきれいな場所でも怪獣みたいなゴキブリがいるのよ。そしたら、韓国の民族主義者がかみついた。で、大手の新聞社までかみつく始末。まあ、これが、韓国の巨大な民族主義の現実です。で、マーモットのコメント欄をみるとこれも炎上しているようなもの。韓国系の欧米人が怒る、怒る、ーーーといってもこの女性に対してではなく、こうした韓国の民族主義を愚弄するようなコメントに怒っているのです。
 イキサイティングワールドですね。
 で、日本のナショナリストはどうか、というと当たり前のことながら、無反応。「日本のゴキブリだとおおお!!!、嫌なら日本来るな」なんていう馬鹿はいない。日本は退屈であります。
フォリンディスパッチスさんがこれを題材に韓国のナショナリズムについてとりあげている。また、他の例もとりあげている。あるアフリカ系の少年がビデオで「D-warって全然面白くない、予告で期待したけど、全然だめ」なる趣旨のことをいったらーーー、Dーwarって韓国の映画だそうですーーーおい、真っ暗で全然みえないぞ、声だけ聞こえるだけだ!!ーーーなどというコメントが書き込まれている、ということです。

 日本人にも馬鹿はいますから、こうした人種差別的発言を平気でする奴もいるかもしれませんが、こうしたことをみて、そんなことは日本の恥になるだけだ、って、自省してくださいね。
 
 まあ、とにかく、キムチ嫌いっていう少女が言ったら、大手新聞まで取り上げるってのもすごいでしょ。

 しかしね、日本の新聞社がこうした、すごい、ナショナリズムが韓国に渦巻いているんだ、っていうことに眼をつむってきた。これも問題ありですね。

 憎しみを煽る必要は全くない。韓国だって、固有の立派な文化と先進的技術をもった立派な国である。だからこそ、対等な立場で、こうした、危険なナショナリズムを批判してあげればいいじゃないですか?日本の幽霊みたいなナショナリズムよりよほど危険じゃないですか?韓国のナショナリズムを叩いたからといって日本の民族主義になるわけではないーーーそんな馬鹿なことないでしょう。日本のナショナリストを叩くのと同様、あるいは、それ以上にーーーというのは、国家ぐるみのな強靭なナショナリムだからですーーー叩けないのなぜなのでしょうか?これもやはり偏向した報道でしょ。そうした偏向が日本の若者の一部にナショナリズムの火をともした、という面も多いにある。

 やはり、他をみて自己を反省する。そして言うべきことは言う。これからの日本に求められているものではないでしょうか?

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NOVAの没落

2007年09月29日 09時20分15秒 | Weblog
 先の投稿で、デビト氏など活動に対して批判的なことなど書きましたが、しかし、彼の活動については評価すべきことも沢山ある。そのひとつにNOVAについての投稿があります。ノバって、あの面白いコマーシャルのノバです。あれが無責任な経営方針により経営困難に陥っている。で、英会話の先生の給料も払えていない。困るのは、海外からノバを頼りに日本に渡航してきた先生たちです。海外でお金の入る目当てがなくなっちゃった、その国の言葉もろくにしゃべれない、となればその不安は計りしれないものがあるでしょう。
 ある意味では、日本でよくある無責任経営による従業員の被害なのです。で、こんなとき、日本ならどうするか、Japan Probeが、ノバの件を直接対象にしたものではないですが、その方策などに触れています。労働法やその現実の運用についてよくしらないので、なんともいえませんが、全般にバランスのとれた投稿をされています。この時期にこうした投稿をしたその底意にブロガーの優しさも感じる。
 同じ言葉を母国語としている人たちを同胞と呼べるならば、困ったときに同胞に手をさしのべる。しかも、日本にいる期間の長い、その事情に詳しいひとが手をさしのべる、しかも、こうした被害にもかかわらず、日本の事情を説明して日本に対する偏見を助長しないようにする、ということまでしている方もおられる。Japan probe然り、TPR然りであります。
 ある企業が経営困難に陥りました、従業員のサラリーも払えません、困り果てた従業員がいます、といわれても、それが、社会全体の失業率の上昇をともなうといったことがなければ、その困りはてた従業員に注目するということもないでしょう。
 しかし、こうして困っている人たちがいて、日本との架け橋になって、それに手をさしのべようとする人がいる、これは大変ありがたいことではありませんか?
 日本のジャーナリストもあるいは近くに英会話の先生で困っている人がいたら、やはり、何らかのおてづだいができたらいいですね。

 
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日本の社会問題のとられかた。

2007年09月28日 19時03分35秒 | Weblog
同じ社会問題に対するとらえ方というのは随分違うものです。英語圏でも同じです。
ちょっと比べてみましょうか。沖縄集団自決に関する教科書問題です。
はじめにデビト氏が紹介する文章。
Protest Sept 29 re Monkashou’s Okinawa History Revisionism, Okinawa Convention Center・Debito
Perhaps Japanese are complacent when it comes to MEXT rewriting the history textbooks about Comfort Women and the Nanking Massacre during WWII, but what about here at home? It seems that there is no rest for the revisionists. Earlier this year (1) the GOJ through MEXT ordered all references to military-encouraged mass suicides in Okinawa to be expunged and replaced with less controversial and damning phrasing like “many people committed suicide.”
文部省が慰安婦や南京虐殺についてかきかえるということであれば、日本人はとても満足するだろうが、しかし、自国についてはどうだろうか。改訂にはひっきりなしのようだ。今年初め政府は、沖縄集団自決が軍の命令であったという記述を多くの人が自決した、といったより穏当な表現に改訂するよう政府は文部省を通じて通達した


 最初の部分に関しては何をいっているのか全然わからない。まず、慰安婦問題、南京問題についてまさに日本人の間で議論があるのです。仮に間違っていたら書き換えるのは当然ですね。そして、教科書もいろいろな教科書がある。要するにこれは、アメリカを悪意に満ちた眼でみる日本人が、例えば、「アメリカ人は黒人がリンチされてうれしいだろう」といっている類の文書と同じなのです。日本人や日本社会に対して大きな偏見、それも悪意に近いともいえる偏見でもって書かれていると言わざる得ない。

 で、次ぎに、沖縄関係の人々の記事が載せられている。で、反対側の記事はない。沖縄集団自決というのは、軍から命令があったわけではない、あったわけではないが、あった、とする記事が戦後でた。しかし、その記事も根拠がないことがわかった。そこで、問題が起きている。
 あの時代の雰囲気として、それを命令がなかった、といってしまってよいものか、どうか、そこら辺に問題がある。
 にも関わらず、そんな事実関係なんてどうでもいい。自分の味方したいひとのいっていることをこうした日本の悪い傾向と共にいってやれ、といった感じがしませんか・


さて、同じ問題をあつかった次の英語ブログOfficials seek to homogenize Japan by sanitizing Okinawa history
 これは要するに、議論があるなら議論があることを教科書にしるせ、学生はそのくらいの判断力はあるだろう、というものです。私はこちらに賛成です。

 事実関係をチェックすること、事実の認定というのはかなりむずかしいのだから、それならば、対立する見解を載せること、これが重要だと思うのです。歴史問題でも現代の社会問題でも同じです。
 
 はからずもデビト氏が引用する著者は文部省と同じか、あるいは、それ以下のことをしてしまっている。皮肉なことですが・・・・

 まあ、このように日本社会が英語圏での反映されかたはいろいろです。私は前者方式が多いのではないか、という印象があります。

 デビト氏は人種差別偏見に立ち向かっていると称している人権活動家です。その方がこうした偏見を助長するような文章を掲載している、けしからん、という人もいるかもしれませんが、デビト氏は日本人であり、他にもそうした日本人も多いんじゃないですか?日本に対してまた、アメリカに対してーーーー。

 まあ、他者を鏡として、自戒したいと思います。

更新 アンポンタン氏のブログで非常にバランスのとれた投稿をされております。
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雑感

2007年09月28日 14時56分56秒 | Weblog
Keeping pace in Japanというブログで、日本に滞在しているアメリカ人ブロガーに対して、アメリカ人から日本では太平洋戦争のことで、アメリカに対する敵対心とかないのか、という質問が多い、ということです。大雑把にいえば、「ないっすね」ってのブロガーの回答です。そうでしょうね。そもそも、大半の国民が憎しみを保持しつづけなんて、中国や韓国のように、いつも、いつも国家をあげてそれを扇動しているか、あるいは・かつ、国家が内外で不安定で外部に敵をつくることで、ナショナリズムを煽っているような場合でしょ。そういったことは、日本にはない。
 そういえば、このまえ、Blog on Japanというブログで紹介されていましたね、このブログ。ときどき、のぞくのですが、非常になんていうかすがすがしい、アメリカの青年であります。まあ、こういう方ははやいところ、大和撫子などみつけて日本に帰化していただいて、日本女性との修行を積みながら、日本文化に慣れ親しんでいただくというのもいいのではないでしょうか。
 
 いずれにせよ、2年や3年いて異文化を理解するというのは難しい。いろいろなことがあるだろうと思います。ずっと長くいて、「な~んだ、つまんねえなあ」と思えるようになったら、日本人の感覚に近くなってきているかもしれませんね。

 ケチな日本人に出会ったとする、すると、日本人はケチなんだ、と一般化してしまうかもしれない。逆も同じで、陽気なアメリカ人にときたまであって、アメリカ人は陽気なんだ、と一般化してしまう。あるいは、かの国ではそうするものなんだ、とその人のために尊重していた習慣が、実は単に個人的な癖だったりする。また、ときたま嫌なことがあると、その国の制度や、文化のせいにしたりする、いや、でもそうじゃないないか、などという葛藤をしながら生活しているのが異文化で暮らしをしている人々の心の姿ではないでしょうか? まあ、大変ストレスがたまる作業ですから、それをすっとばして、自分の枠組みだけからみる人の場合もある。

 まあ、異文化の人々と接するというのはそういった誤解の連続であるということを自覚しておくということはきっと重要なことなんだと思います。

 ところで、ブログオンジャパンというのは、日本についてのブログの紹介をしているところですけど、インタビューを読んで意外だな、と思ったのはアンポンタン氏のブログを読んでいるブロガーがない、ということ。氏のブログが一番日本の実情に密着したブログであろうと日本人の私としては思うんですがね。

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こうしてやくざになりました。

2007年09月28日 13時56分43秒 | Weblog


何か刺激を求めていた。40%
金がなかった27%
仕事が面白くなかった22%
家庭が面白くなかった21%
友人や仲間が欲しい20%


加入目的
格好よさにあこがれて  49%
享楽的生活ができるから  23%
特に目的はない  22%
自分のような者でも認めてくれるから  20%
当面の生活の維持のため  20%
義理人情の世界にあこがれて  16%

暴力団とあった場所
飲食店バー30%
遊技場ディスコ25%
路上13%

暴力団に入った年齢
18-19  37%
16-17  24%
20-21  20%
22-23  12%

当人の状態
失業中... 37%
家出中...11% 
怠学 怠業中....11%
拘禁中....1%

新版・現代ヤクザのウラ知識 18項が
「星野周弘最近の暴力団加入者と暴力団予備軍少年に関する研究2ーー暴力団への加入過程」から引用



人生いろいろでんな。前回の投稿に関連していうと、直接的には人種差別が原因でというのはなさそうですね。




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人種差別

2007年09月27日 18時51分14秒 | Weblog
 先にアフリカ系の人々の日本での活躍を期待する、と書いた。ブログをめぐっていたら、世の中を生暖かく見守るブログというところで、こんなのみつけた。
A Brief History of the United States of America(English)
アメリカの歴史
はじめのは英語で、次のは日本語で聞くことができる。ある側面を誇張して描いているからコメント欄も賛否両論ですね。

 アメリカにはやはり深い差別の歴史がある。しかも、移民国家だから、多様な人種が居住している。ほんのつい最近まで、法律があからさまに差別を許していた。だからこそ、激しい闘争の歴史がある。だからこそ、人種差別に対する言動に非常に敏感である。人権意識も高い。マイノリティーの尊厳を守ろうとする人も多いし、教育もある。にも関わらず、上記ブログで紹介されているように、根深い差別意識がある。アジア人を蔑視する人も多い。人権を唱道して、親切な顔をして差別する人もいば、いかつい顔をして情け深い人もいる。
 ところで、中国系韓国系アジア人はときに、ネーティブよりも激しい民族主義者になる。(勿論全部ではないが非常に多いように思う。)彼らは自分らが住む社会で疎外され、その社会のマジョリティーに同一化できない分、何らかの同一性を欲しているのだと思う。 そこで、新しい移民のアジア系アメリカ人などが一世の祖国に同調する。そして、ネーティブとともに日本を憎むことによって幻想の同一性を得ているのではないだろうか?

 日本はどうか?明治期に欧米人による激しい人種差別を目撃した日本人のなかには差別される側ではなく、差別する側に同一化しようとした人々がいた。欧米人のように強くなって欧米人のようにアジア人を蔑視しようとした人々がいた。

 明治以降法律的にあからさまに差別することは欧米に比べて少なかったように思うが、それでも社会的な偏見や事実上の差別はあっただろう。私は、成長期に、在日や、外国人やあるいは、部落出身者と言われるひとが周りにいなかったし、現在、近くに在日の人も住んでいるが、日本人とまったく同じように暮らしているせいか、お叱りを受けるかもしれないが、文書でちょこっと読むだけで、実情はよくわからないのである。
 もっとも公共の場面ではかなり間、あまり表向きにしない二つのタブーがあったのではないか?

 事実上の差別が存在することを認めること、、
 差別される側からの主張は無条件に正しいとしなければならないこと

 矛盾したタブーであるが、その矛盾とその矛盾に対する反発が現代社会に反映されているように思う。

 差別されたとする人の主張に耳を傾けること、その主張を公平に吟味すること、要求の妥当性を公平に吟味することーーーそれが上記タブーをうち破っていく最低ラインであろう。
 
 



 

 







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ビリーブランクスもいいけど・・・・・

2007年09月27日 15時14分10秒 | Weblog
 Japan Probeがビリーブランクスと新潟の子供たちの交流のニュースを紹介している。とても微笑ましい。アフリカ系の人々が日本で生まれ育った人々と仲良く、活躍するのをみるのはうれしい。単に商業主義にすぎない、という人もいるかもしれないが、しかし、少なからぬ人々に彼の優しそうな眼はそれ以上のものを伝えているのではないだろうか?
 そういえば、この前は、携帯電話かなにかのコマーシャルで、日本人家族のお兄さん役でもアフリカ系の役者さんがでていたっけ。
 もっとも、スポーツ芸能ではアフリカ系の人はよく見かけるが、政治評論などではあまりみない。
 デーブスペクター氏くらい日本語がしゃべれて、例えば、日本人と結婚して日本で暮らしている人とか、日本の四畳半で苦学した人とかが、日本の政治について日本語で評論など書いたら、日本人のアフリカ系の人々に対するイメージもまた豊かになっていくのではないだろうか?テレビに出るには評論とともにちょこっとお笑いのセンスがあった方が現代にマッチしていると思うが・・・・

 多様な人種の社会で暮らしていない人間がある特定の人種に関してはじめは、ある種の偏見を持つのはある程度しかたがないと思う。それが人間の認知様式である。しかし、その人種の様々な人々に接触することによってその偏見が是正されていくものだ。
 また、接する機会が多いほど学ぶことも多い。
 かつて、「ここが変だよ日本人」という番組があった。あれは、変な外国人か、外国人の変な場面しか、出さないということで、外国人には不評であったようだ。しかし、私は、あの番組で、「ああ、この人たちも同じような人間なんだな」、という親しみの印象を得たものである。
 ボビーオルゴン氏もまた、アフリカ系の人々から不評だったようだ。偏見を助長するというわけだ。しかし、日本人と、あるいは、日本人のコメディアンと同じように馬鹿なことをすることが、仲間入りの儀式という側面もあったのではないかと思う。だから、私は否定的な側面ばかりだとは思わない。
 
 日本で日本語を流暢にしゃべるインド人やオースとラリア人の評論家、ユダヤ系の数学者はみたことがあるが、アフリカ系の評論家はみたことない。
 メディアが注目しないのか、それともそもそもそういう人がいないのかはわからない。しかし、そういう人がでてきてもらいたいと思うのである。
 ユダヤ系の人々が、重たい偏見がある欧米にいるより、むしろ日本でのほうが気楽さを感じることがあるように、アフリカ系の人々もそう感じられるような社会であってほしいと思う。

 人種の問題は我々が思うよりもずっと複雑だろう。そして、これからの日本社会は、より多様な人種の人々が居住することも必至である。とすれば、少しでも人種を公平にみる眼を社会的に養っておくことが大切だと思うのである。
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格差

2007年09月27日 05時03分20秒 | Weblog
 民主党の小沢氏は都市と地方の格差を作った政策をタネに自民党を攻め込むらしい。
 しかし、これには、神門氏などの反対説がある。農家は個別保障などを求めているわけでなく、大半の農家は公共事業がなくなってうまみがなくなったことを不満にもっているものの、先進的な農家はむしろ外国人を正規の労働者として認めてもらいたがっている。
 むしろ深刻なのは都市部におけるフリーターなどと非正規労働者との格差かもしれない。この点、池田信夫氏は一連の投稿は面白い。
厚労省にはフリーターが見えないのか
丸山眞男をひっぱたけ
 正規正社員は組合などで厚く保護されている一方、フリーターなどの非組織的労働者は低賃金でまた、その保護も薄い。またそうした組合に保護された既得権益がこうしたフリーターの人々の流動化を阻害している。これらの人々の不満も大きい。

 「格差」という言葉ははマルクス主義が人々に訴えてきた古びた文句ではある。そして、日本のインテリの大半が一度はマルクス主義に陶冶されている。しかし、格差そのものに訴えることが政治勢力につながるか、どうか?
 都会の下町では、比較的低所得者がわりに幸せそうにくらしている。
 六本木の金持ちあたりに嫉妬がないと言えば嘘だろう、彼らがずっこければちょっと愉快な気にもなるのであるが、しかし、そうした成り上がりの想像を絶する生活は文字通り想像を絶しているのであって、彼らとの格差が生活の関心の的になることは薄いのでないだろうか?
 そこそこの生活ができて、病気のときや老後にそのそこそこの生活が保障されていれば、負け組の生活は勝ち組の生活より、案外楽しい。年金問題が国民の怒りを買ったのも、この最低線の生活保障ラインを冒涜するものだったからだろう。
 もっとも、組合の問題はあろう。労働者の権利を守る為の組合の既得権益が社会や他の非正規労働者の生活を圧迫しているというのは皮肉なことだ。解雇の自由化と並行した中途採用の幅の拡大化は興味ある提言である。単純に解雇の自由化などと言えば反発必至であろう。まずは、自治労の怠慢、非効率、傲慢な体質とその社会に与える弊害などを切り口に訴えていけば、国民は納得するのではないだろうか。
 格差という言葉に訴えることは、国民の嫉妬心に訴えて有効なときもあろう。また、無制限な格差が許されるというものではない。ロールズなどの、格差是正の原理は支持されても良い。その意味で非常に大きな枠のなかでは妥当な議論ではあろう。しかし、具体的に日本社会を改善する方向にもっていく概念としては具体性や現実味、生活感が欠ける議論のように思える。




 
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安倍ちゃんをまつ国会

2007年09月26日 07時57分42秒 | Weblog

両院協議会委員の選挙が行われた衆院本会議で、安倍晋三前首相の氏名標(名札)に手を乗せて談笑する小池百合子元防衛相(右)と高村正彦前防衛相(25日午後、衆院本会議場)時事


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日本人にうったえるもの

2007年09月25日 14時47分09秒 | Weblog
 リベラルジャパンが、ジャパントゥデイを引用して、日本は未だ、親による誘拐の避難所になっている、という記事を紹介しています。
 この問題は、デビト氏などもときに指摘する点で、リベラルジャパンのマット氏はコメントは控えています。
 問題は、こうです。日本では、(1)両親が離婚した場合、片方の親に積極的に面接権などが与えらていないこと、(2)与えられてももう片親が子供を確保して、もう片親との別居生活始めた場合、与えられた面接権を法的に実現する手だてがないこと、(3)これが例えば、アメリカで起きた場合、当該ケースに関係するヘーグ条約を批准していないので、片親による連れ去りがあった場合、もう片親が子供と再会し、親権を行使する機会が与えられていないことです。

 問題意識としては十分正当性のある主張だと思います。
 日本の場合、ジャパントゥデイが引用しているように、子供の福祉が最優先される。従って、裁判所がそうした点を考慮して親権、監護権、面会権などを付与する。暴力をふるう父親に面接権など与えたら、大変ですね。

 私の周りにも離婚した人の話が多くあります。調停を通さない離婚で、母子供が同居し、休日は父親のところに子供をあずけるという人がいました。これは当事者だけの同意で成立したケースです。母親としても子供から解放される時間ができて、その方がいい。もう一つはお孫さんのケースで、調停が入ったようですが、息子さんである、お孫さんの父親に親権が付与されたケースでした。これは、お母さんが浮気をして他の男の人のところで同居しているケースでした。離婚する家族の事情はそれぞれです。
 両親ともに健全な環境にありながら不幸にして離婚するケースもあるでしょう。その場合、親としての面接権を認めてもらいたい、ということになる。そして、それを実効性あるものにしてもらいたい、というのは当然の願いであると思います。

 ジャパントゥデイは、国内の問題と海外で起きた場合とごっちゃに論じていますーーーわざとそうしているようにもおもえますがそれは別としてーーーが、しかし、海外での場合では、また、別な問題が生じます。記憶が正しければ、政府は他の項目について、同意できない点があるため批准していなかったように思います。
 
 しかし、いずれにせよ、私は、彼らの訴えの仕方は余りうまくないものと思っています。彼らは、これを誘拐の概念で包摂し、北朝鮮による、誘拐と同視して、その不当性を訴えようとしていました。しかし、ジャパントゥデイが指摘するように、片親による、連れ去りは日本では誘拐を連想させない。片親の保護のもとにあるからです。そして、北朝鮮による国家をあげての暴力的に誘拐と同視することは無理があります。日本人が非常に敏感になっているこの北朝鮮の問題と結びつけようとすることはかえって反発をよぶのではないでしょうか?
 ジャパントゥデイの記事ではさすがに、それは控えたようです。
しかし、これを人種差別、あるいは、日米関係問題に結びつけています。
 
If the breakup occurs in Japan with custody proceedings taken to Japanese family court, foreign parents must battle what critics call a one-sided and often discriminatory system that almost never awards foreign parents custody of their children.
"An American parent in Japan may not be awarded any visitation rights at all in a divorce action," explains a U.S. government official at the U.S. Embassy in Tokyo
 離婚が日本で起きた場合、この国の差別的なシステムのもと、外国人は親権が与えられない場合が多々ある。


 外国人だから親権があたえられなかったのか、不適切な親と判断されたから与えらなかったのか読者として戸惑います。

"People like me, and especially my daughter, we're the bridge between the two countries," Braden says, "and that fact that Japan wants to make enemies of us is a very clear demonstration of their lack of foresight on this issue."
私や娘のような存在は2国間の架け橋になるのに我々を敵にまわしたいというのか? こうした事件がはらむ問題性について気づいていないのではないか?

確かに、異なる国籍の人々が結婚し、そのお子さんたちが異なる文化の架け橋になることは貴重です。これは推進・援助してよいことであります。しかし、逆に聞きたい。離婚した片親がその望む権利を付与されなかったからといって日本を敵にまわすのですか?お子さまが感受性や価値観を身につけつつある日本、そこで友人をつくり、そこで、愛するものをみつけている日本を敵にまわそうというのですか?ーーと。
 
 憤りは伝わってきます。しかし、まず、一方向の主張だけでは、日本の読者には説得力がない。例えば、この記事からだと、離婚した奥様の言い分もわからない。裁判所の具体的判断とその論拠もわからない。これでは逆に日本及び日本人配偶者に対する差別的な記事ーーー英語圏ではそうした一方的な記事がよくあるーーーの提示だというそしりをうける恐れもある。
 
 なによりも間接的な脅迫的手法、直接的な憤りでは日本人の感性に訴えるものがない。古い芸能に能があります。あれなんかみても、抑制された怒りと悲しみが観衆に訴えるものがある。沈黙という「間」がその抑制された怒りと悲しみを伝えている。これは現代でも同じでしょう。拉致被害者の会がなぜ日本人の支持を受けるかというと、それが子供を奪われた親の抑制された怒りと悲しみを混在させているからではないでしょうか? イラクで拉致された女性のお兄さんが日本政府をめちゃくちゃ非難した。怒りはわかる、しかし、大変大きな反発を受けた。(勿論それだけが理由ではないでしょうが)。やはりイラクで首を切られた少年がいた。勝手な行動をする奴だ、と日本国内では非難を浴びていた。しかし、少年が抑制された声で、「すいません」といっていたビデオが公開された。彼を非難する声はなくなった。
(ところで、日本人が怒りの表現を国際化できないところに日米観の誤解が生じる一因もあると思います。)

 こうしたことは文化的なものだと思います。米国などは怒りをあらわに正義を訴えればいいのかもしれない。しかし、日本ではやはり情がものいう。もっとも、情といっても韓国のように怒りや憎しみをあからさまにしすぎるとむしろ軽蔑さえされる。抑制された情に日本人の心にはうったえるものがあるのではないでしょうか?ーーー個人的感想ですが。
 
 で、当該ケースの場合でも、「お父さんも君に会いたい」とか、「お父さんは毎日君を思っている。君の小さかったときの写真にいつも話しかけているんだよ。君に会えなくて毎日悲しいんだ、お母さんと仲良くしているかい、お父さんだって君の幸せに参加したい、娘と一緒に架け橋になりたい」といった路線でいったほうが成功するのではないでしょうか?で、それには、ということで、共同親権の問題、ヘーグ条約批准の問題などがあとからでてくる。こうすることで、平均的な日本人の親と同じ視線にたって問題を投げかけることができる。

 はじめから日本という国をだし、まして、それと対立するような形の外圧方式では同調を得るのは難しいように思うのです。そうしたやりかたに、アジア人蔑視、日本人蔑視のにおいをかぎつける人ーーーそれが正当か否かは別にしてーーーも出てきかねないのではないでしょうか?





 

 

 








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右翼も左翼も

2007年09月25日 03時57分47秒 | Weblog

 ちょっと古いのかも知れませんが、右翼と称される小林よしのり氏と左翼的と目される萱野稔人氏が宮台真司氏と対談しているビデオです。いわゆる右翼、いわゆる左翼と世間で指称される人が、世間でイメージされる「右翼」や「左翼」と違ったものであることを示しているように思います。コメント欄では、対談の中で総称的に批判された左翼とおぼしき人々がまた批判をしています。大雑把に「右翼」あるいは「左翼」と総称されるとき、それはやはりかなり「大雑把」な概括でしかない、ということを痛感させられます。
 XはYに賛成している。
 Xは右翼だ・左翼だ。
 右翼・左翼はZだから、駄目だ。だから、
 Xは・Xの言っていることはだめだ。
という、議論は形にしてみればその推論の過ちに気づきやすいですけれでも、案外多くの言説で真面目に使われてしまっています。英語圏で日本について書かれたジャーナリズムには特に多いのではないでしょうか?

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政局評論なんてこんなもの

2007年09月24日 15時49分39秒 | Weblog
 小沢民主党を支持するとする、天木氏がテロ特措法延長問題について論述されております。
民主党は、再議決権を行使してまで強硬に法案を成立させるように自民党を追い込まなければならない。自民党にとってもこれは覚悟の要ることだ。福田自民党も強引だ、対米従属だ、という事を国民の前で見せつけることになる。選挙対策としてこれは避けたいに違いない。
 。天木直人のブログ(最終回)

 
少なくともこれまでの日米関係に関する政治家小沢一郎の言動は、決して日米軍事同盟に反対する考えに基づいたものではない。(2)

 要するに、天木氏によれば、小沢氏は日米同盟反対ではないけれでども、自民党が対米従属だ、と見せつけるために、目的特措法に反対しているだけだ。

民主党は「海上補給を継続する必要性と妥当性が認められない」と繰返すだけでよい。間違っても民主党から先に対案を出すような事をしてはいけない。(2)

 反対はするけれども、対案はださない。、相手がずっこけるのを待てばいい、というわけです。
 確かに権力奪取のゲームにはかなっているかもしれませんが、国益も政策論争もへったくれもあったもんじゃない。

 まず責めどころをきめる。あとで理屈を増やす。あとは、2ちゃんねるよろしくメディアが炎上する。

 国連決議がないからいかん、あるいは、抽象的だからいかん、という。
 仮にそうなら、それはいま始まった話しではない。それを議論する時間は民主党にもあったわけです。
 イラクにちょこっと油が行っているらしい、けしからん、と。
 これも、野党は以前に問題にすべきことであったし、また、ある艦船が二つのオペレーションに参加することもあるのは当然でしょう。(参考 週刊オブイェクト

 要するに政争の具なわけです。政争のネタがなければ、金と異性。異性問題は政治問題ではないと思うが、女性の投票行動には影響力があるらしい。金は政治問題であるが、現状の大きな問題ではない。勿論、そんなことを問題にされてしまう政治家が一番悪いが、国のあり方を決める政策ではなく、そんなことが政治の焦点になってしまうとういのも情けない。
 そして、メディアは議論の内容ではなく、個人攻撃で炎上するインターネットのフォーラムを失笑するが、当のメディアも似たりよったりだ。

 自民党は談合、民主党は反対、反対。どちらも、政策を責任もって実現する為の権力争いというより権力奪取が自己目的化してしまっている。、
 国民はこうした猿芝居には飽き飽きしてきている。
 
 政界再編を望む声がちらほらと聞こえているのも当然のことといえましょう。
 

 

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