War and Ethics: A New Just War Theory
例の如く、紀伊国屋につんであった。サラッと読む。まあ、おもしろい。そして、わかりやすい。要約がネットにあった。Fotion, Nicholas (2007). War & Ethics: A New Just War Theory.
Continuum International:(PDF)
平和主義者は、西欧圏ではまれだといわれる。
日本ではいかなる形態の戦争にも反対の平和主義者が多い。右翼の街宣車の報道はあっても、こうしたことは英語圏であまり報道されない。
憲法9条改正や、自衛隊の平和維持部隊への反対が非常に困難であるのもこの手の、知識人から草の根、あるいは、政治に無関心な一般人までの平和主義者の根強い存在があるからである。
日本での議論でよくあるのは、自衛隊に関して、例えば、
1)他国やテロなどの日本への侵略はない
2)あっても警察力で防御する。
というものだが、しかし、1)は現実的でないばかりでなく、無責任である。
2)警察力がそうした目的を達成するのに合理的・相当か疑わしい。
一般に平和主義者に対して以下のような批判がされている。Pacifism(wiki)参考
○ 大量虐殺が行われているのに、防御しない、助けに行かないのは非現実的であるばかりでなく、無責任である。
○ 平和主義者は逆説的である。
人には防御する権利がある、から、他の人はその人を攻撃しない責任がある。
平和主義者は防御する権利を放棄。したがって、他の人はその人を攻撃しない責任はないって????。
日本の場合、なんやかやいってアメリカの軍事力の傘のもと、また、自衛隊の防衛力のおかげで、まがりなりにも平和を保ってきた、世界平和をうたいながら、殺戮は見殺しにして、お弁当と絆創膏を配給すればいい、という無責任が許容されてきたことが、日本的なこうした平和主義者が生き残れた理由の一つではなかろうか?
で、この正義の戦争の理論は古い伝統のあるものだが、最近はちょっと廃れてきた、という評価もあるらしい。
著者のいう伝統的な理論によれば、
1大義
自己防衛
あ)攻撃された
い)攻撃されている
う)攻撃されそう
他者防衛
あ)攻撃された
い)攻撃されている
う)大量虐殺されている、大混乱にある。
2最終手段
3利益衡量
ーー勝ったとして、味方だけでなく、敵、第3者などのすべての損害も考慮
4勝ち目
5善意
6指導者の正統性
戦争中
1 比例原則
必要で相当な損害を与えるのみ
2 非戦闘員との区別
この理論は戦争の事前・事後の評価に使われる。過去の戦争に当てはめて評価してているのだが、これがまあ、面白い。第2次大戦の日本の評価などもしているが、いろいろ照らして、正義の戦争とは程遠い。もっとも著者、連合軍の無差別爆撃など、多くの論者は不当と評価をしている、と紹介している。アメリカ人らしく祖国の同情的な評価をしつつも、正義であったかどうか、疑わしいとする。*1
で、理論にいろんな問題をはらむものの、戦争に懐疑的な人々、あるいは、特定の戦争を批難する人々もわりにこの枠組みを使っている、と。要件を広くあるいは狭くとることによって、評価が分かれることもあるが、しかし、それは理論として、どんな理論にもつきまとう宿命である。
もっとも、現代になって従来の通りの国家と国家の戦争ではなくなってきた。また、内乱などにもこの理論はうまく適用できない。そこで、国家間の戦争ではなく、いわゆる紛争に対しても適応できるように理論修正しいく。
日本の場合、理論的に漠然とした武力反対論だけが跋扈・先行し、その陰で、リアリスト的な倫理を無視した発想が潜伏する。そのギャップを埋めるのにもうすこし紹介されてよい理論ではないか、と思う。
*参考記事
その他、有益なリンク
Ethics FAQ: War and Morality
Just War
例の如く、紀伊国屋につんであった。サラッと読む。まあ、おもしろい。そして、わかりやすい。要約がネットにあった。Fotion, Nicholas (2007). War & Ethics: A New Just War Theory.
Continuum International:(PDF)
平和主義者は、西欧圏ではまれだといわれる。
Pacifism, whether adopted in a broad or narrow sense, is a relatively rare position. Although people may object to violence and war in specific circumstances, most are quite willing to allow or even to actively support its use in a wide variety of other situations. As a result, those who object to war and violence in principle and in general are regarded as highly unusual, if not highly suspect. Ethics FAQ: War and Morality
日本ではいかなる形態の戦争にも反対の平和主義者が多い。右翼の街宣車の報道はあっても、こうしたことは英語圏であまり報道されない。
憲法9条改正や、自衛隊の平和維持部隊への反対が非常に困難であるのもこの手の、知識人から草の根、あるいは、政治に無関心な一般人までの平和主義者の根強い存在があるからである。
日本での議論でよくあるのは、自衛隊に関して、例えば、
1)他国やテロなどの日本への侵略はない
2)あっても警察力で防御する。
というものだが、しかし、1)は現実的でないばかりでなく、無責任である。
2)警察力がそうした目的を達成するのに合理的・相当か疑わしい。
一般に平和主義者に対して以下のような批判がされている。Pacifism(wiki)参考
○ 大量虐殺が行われているのに、防御しない、助けに行かないのは非現実的であるばかりでなく、無責任である。
○ 平和主義者は逆説的である。
人には防御する権利がある、から、他の人はその人を攻撃しない責任がある。
平和主義者は防御する権利を放棄。したがって、他の人はその人を攻撃しない責任はないって????。
日本の場合、なんやかやいってアメリカの軍事力の傘のもと、また、自衛隊の防衛力のおかげで、まがりなりにも平和を保ってきた、世界平和をうたいながら、殺戮は見殺しにして、お弁当と絆創膏を配給すればいい、という無責任が許容されてきたことが、日本的なこうした平和主義者が生き残れた理由の一つではなかろうか?
で、この正義の戦争の理論は古い伝統のあるものだが、最近はちょっと廃れてきた、という評価もあるらしい。
著者のいう伝統的な理論によれば、
1大義
自己防衛
あ)攻撃された
い)攻撃されている
う)攻撃されそう
他者防衛
あ)攻撃された
い)攻撃されている
う)大量虐殺されている、大混乱にある。
2最終手段
3利益衡量
ーー勝ったとして、味方だけでなく、敵、第3者などのすべての損害も考慮
4勝ち目
5善意
6指導者の正統性
戦争中
1 比例原則
必要で相当な損害を与えるのみ
2 非戦闘員との区別
この理論は戦争の事前・事後の評価に使われる。過去の戦争に当てはめて評価してているのだが、これがまあ、面白い。第2次大戦の日本の評価などもしているが、いろいろ照らして、正義の戦争とは程遠い。もっとも著者、連合軍の無差別爆撃など、多くの論者は不当と評価をしている、と紹介している。アメリカ人らしく祖国の同情的な評価をしつつも、正義であったかどうか、疑わしいとする。*1
で、理論にいろんな問題をはらむものの、戦争に懐疑的な人々、あるいは、特定の戦争を批難する人々もわりにこの枠組みを使っている、と。要件を広くあるいは狭くとることによって、評価が分かれることもあるが、しかし、それは理論として、どんな理論にもつきまとう宿命である。
もっとも、現代になって従来の通りの国家と国家の戦争ではなくなってきた。また、内乱などにもこの理論はうまく適用できない。そこで、国家間の戦争ではなく、いわゆる紛争に対しても適応できるように理論修正しいく。
日本の場合、理論的に漠然とした武力反対論だけが跋扈・先行し、その陰で、リアリスト的な倫理を無視した発想が潜伏する。そのギャップを埋めるのにもうすこし紹介されてよい理論ではないか、と思う。
*参考記事
その他、有益なリンク
Ethics FAQ: War and Morality
Just War