ガジ丸が想う沖縄

沖縄の動物、植物、あれこれを紹介します。

水出しコーヒー

2017年01月20日 | 沖縄の飲食:飲物・酒肴・嗜好品

 粉の使い道
 
 2017年元旦、貧乏農夫(私)は正月も関係無く畑へ出勤した。畑仕事をするために出勤したのではなく、新居を楽しく暮らすための備品作りのため。
 畑小屋の前で大工仕事をしていると、こちらは私と違い全く貧乏ではない農夫、先輩農夫のNさんがやってきた。「正月早々何しにですか?」と訊くと、「最近雨が降っていないから水掛けに」とのこと。確かに雨が少ない、私の畑も乾いている。
 Nさんは自分の畑へ行く前に時々(週に1~3回)私の畑に寄って行く。私の畑小屋にはカセットコンロがあり、お湯を沸かすことができる。冬になるとNさんはドリップコーヒーを持ってくる。それを入れて、熱いのを飲みながらしばしのユンタク(おしゃべり)を楽しむ。冬であっても寒くない日(今年はそれが多い)は冷えた缶入り飲料を自分と私の分2缶をNさんは持ってきて、それを飲みながらしばしのユンタクを楽しんでいるが、その日、2017年の元旦は暖かかった。Nさんは缶飲料2缶を片手に持っていた。

 その日その時、もう一方の手にNさんは大きな袋を提げていた。
 「何ですかそれ?」
 「あんたが、粉のコーヒーを飲んでいるようだからプレゼント」と言い、袋を開けた。中には大きなプラスチックの円筒形の箱があり、英字で何やら書かれてある。英字なのですぐには何か判らない。「何ですかこれ?」と再び訊く。
 「コーヒー、友人に基地内を出入りできるのがいて、彼が基地内のスーパーで買ったもので、私にくれたもの。まだ半分以上残っているけど、あんたにやる。」
 その2日前、濡れ縁とそこで使うテーブルが完成したお祝も兼ねて、Nさんを新居に招待し、コーヒーを御馳走した。その時に、私がコーヒー豆をミルで挽いて飲んでいるということをNさんは見ていて、「粉のコーヒーを飲んでいるから」となったようだ。

 高校生の頃、異性や恋愛に対しては臆病な私であったが、食べ物や飲み物に対しては生意気な少年であった。(親のお金で買って)酒を飲みタバコを吸い、手回しのミルを(親のお金で)買い、コーヒー豆を時々(親のお金で)買い、挽いて飲んでいた。
 その後もずっとコーヒーは好きであったが、ミルを回すのが面倒になって、しばらくは粉コーヒーを購入していた。であったが、2004年に電動式コーヒーミルを(自分のお金で)購入して、それ以来ずっと豆を(自分のお金で)買って挽いて飲んでいる。

 Nさんから頂いた大箱のコーヒーは粉。Nさんが「半分以上残っている」と言っていた通り、箱の6割方は粉が入っている。粉は豆に比べると酸化するのが早い。「早く飲まなきゃならないな」と思ったが、こんだけ大量のコーヒー粉、1日10杯飲んでも1ヶ月はかかりそうだ。「さて、どうする、どう消費する?」と考えた。で、閃いた。
 「そうだ、水出しコーヒーにしよう」と。
 高校生か浪人生の頃、どこぞの喫茶店で水出しコーヒーを作る装置を見たことがある。大きなドリッパーにその上部から水が一滴一滴ゆっくり落ちて、管をグルグル回って水で抽出されたコーヒー色のコーヒーが下にある器に溜まって行くもの。友人、あるいは店主に勧められてその水出しコーヒーを飲んだことがある。美味いと思った。

 約1500ミリリットル入る広口瓶に、約1500ミリリットルの水を入れる。粉コーヒーをお茶パックに詰める。1つのパックに私が日常飲んでいる約1杯分の量の粉を入れて、それを3パック作り、1500ミリリットルの水の中に入れる。そして待つ。どれくらい待つのか?というと、どれくらい待つべきか調べていないので適当に待つ。
 1回目は1晩待った、次は1日待った。両者にたいした違いはなかった。いや、あるいは、両者の違いを私の舌が判別できなかっただけなのかもしれないが、「どちらも一緒、半日あれば十分抽出される」と判断した。どちらも美味いと私の舌は感じた。
     
     

 記:2017.1.18 ガジ丸 →沖縄の飲食目次

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