師走になった。日中、陽が出ている間は暖かいが、日が暮れるとさすがに南の島も寒くなってきた。いよいよ今年も終わりが近付く。もうすぐクリスマスがやってきて、それが終わったらすぐに年末。何となく慌しい。12月はまた、マナの臨月でもある。
週末、いつものようにユクレー屋、臨月だというのにマナは今日もカウンターにいる。ただ、マナはカウンターの中で座っている。さすがに大きなお腹で立ち続けるのはきついのであろう。でも、元気は元気。にこやかに客の話し相手をしている。そして、マナの代わりにユイ姉が動いている。臨月のマナを気遣って手伝いに来たのだ。
そのユイ姉にビールを注文してから、私はカウンターのいつもの席、ケダマンの隣に腰掛けた。すると、私が座るや否や、ケダマンが口に笑いを含みつつ、
「聞いたか?ユーナは別れたんだとよ。」と言う。
「別れたって、あの彼とか、初恋の?」と私はちょっと驚いた。
「そう、一時、恋人ができたって有頂天になってた彼だ。」
「何でまた?幸せの絶頂って感じだったじゃないか。」
「まあ、初恋とはそういうものだ。マナは上手くいったらしいがな。」
「ふーん、そうかあ。傷付いているかなぁユーナは。」
「いや、別れを決めたのはユーナの方らしいぜ。」
「えっ、そうなの。なんでまた。」
「詳しくは知らないが、たぶん、彼のオネェキャラが嫌になったんじゃないか。」
「あー、そういうのユーナは慣れていないからね。そうかもしれないな。」
「それにしても青春だよなあ。しみじみ。」
「ケダには遥か遠い昔の話になるね。」
などと話をしているうちに、夜になって、いつものメンバーがやってきた。
「勝さん、新さん、太郎さんにも青春はあったんだろうな。」(ケダ)
「そりゃあ当然あっただろうね。新さんなんか背も高いし、今は剥げているけど、あれで髪の毛があったらハンサムだよ。ずいぶんモテたんじゃないか?」
「うん、だな、モテそうな雰囲気だな。訊いてみるか。」
ということで、新さんたちの席に私達は合流した。そして、早速訊いた。
「もてたかどうかは判らないが、付き合ってくれた女はいたな。」(新)
「ウハウハの人生だったんだ、若い頃は。」(ケダ)
「いや、若い頃からずっと淋しい人生だったな。帰る場所はいつも独りだったよ。」
「ふーん、付き合ってくれる女はいても、結婚はしなかったんだ。何故?」(私)
「何故かって、ここに来たいきさつも含めて、ガジ丸には話しているよ。」
「あー、聞いてるよ。何だっけ、確か、昔好きだった女を探して、放浪の旅に出たとかだったな。グズグズタイプの恋愛なんだ、新さんは。」(ガジ丸)
「へー、そうなんだ。未練がましいというわけだ。」(ケダ)
「いや、未練がましいというと、そうかもしれないけど。一途って言って貰いたいな。若い時は気付かなかった愛に、ちょっと歳取ってから気付いたんだ。」
「ふーん、俺なら昔の古い女より、若く新しい女に飛びつくがな。」(ケダ)
「いや、俺もそうはしていたんだ。ただ、上手く行っているときはあまりないんだが、振られたときには決まって彼女の顔が浮かぶんだ。母親より優しい人だった。彼女が結婚したというのを聞いて、10年近くも経ってからだ。あの人が俺にとっては大事な人だったんだと気付いたのはさ。」と新さんは懐かしそうな顔をする。
昔好きだった女性のことが忘れられなかったということだ。そして、その思い出を大事に思っているのだろう。良いことだと思う。思い出は人生の宝になる。
「良い思い出だ。」などと、男共が感想を述べ合っていると、ユイ姉が口を挟んだ。
「まったく、男ってのはしょうがないね。昔の男に突然やって来られて、好きだったなんて言われるのも悪くは無いけどさ、昔の思い出にすがっているだけの男に女の心は傾かないよ。思い出は食えないじゃない。生活が第一よ。」
さすが女、女は概ね現実的である。男は概ね女々しい。
その日は、新さんの話だけで終わった。勝さんや太郎さんの思い出話も聞きたかったのだが、それについては次回以降ということになる。
それから、後日談だが、新さんの思い出話をガジ丸が唄にした。昔好きだった女性を歳取ってからも恋しく思う唄。題は『いつかまた会えたなら』。
記:ゑんちゅ小僧 2008.12.12 →音楽(いつかまた会えたなら)