ユクレー屋の庭にあるベンチに腰掛けて、夕方になるのを待ってボケーっとしていた。梅雨が明けて空は快晴。真夏まではまだ間がある。そよ風が吹き、木陰は涼しく気持ち良い。トゥルバル(ボケーっとするという意のウチナーグチ)のに適している。
そんな中、ケダマンが珍しく動いている。手の平を太陽にかざしたりなんかしている。手の平を太陽にかざして、真っ赤に流れる血潮が無いのを見て、自分がマジムン(魔物)であることを確認しているわけでは無かろうとは思うが、何をしているかよく判らない。後で、酒飲みながらでも訊いてみることにしようと思っていたら、開店準備を終えたらしいマナが店から出てきて、ケダマンに近寄って行き、そして、訊いた。
「ケダ、何してるの?」
「手の平を返してるんだ。」
「手の平を返して、何をしてるの?」
「手の平を返して、気を出してるんだ。」
「気って、あのドラゴンボールの悟空がやってるカメハメハみたいなの?」
「そう、その気。」
「ケダも出せるの?」
「あー、いちおうな。ほんのちょっと。」
「どのくらいの威力があるの?」
「気合入れて、集中して、全力を出したら、ゴキブリくらいは追い出せる。」
「ゴキブリは死んじゃうの?」
「いや、柔らかい気に包まれて、ふにゃーと動くだけだ。」
「なーんだ、そんなものなの。ゴキブリ追い出すなら手ではたいた方が早いよ。さー、そんなくだらないことやっていないで、」とマナはケダから私の方に向きを変えて、「ゑんも、ボケーっとばかりしてないで、テーブル動かすの手伝って。」と号令する。
マナの手伝いを終えて、そのまま我々はカウンター席に腰掛けた。いつものように酔い時(良い時と書いても正解)が始まる。話題はさっきの続き、気の話。
「何でまた、急に気を出そうなんてしてたんだ。」(私)
「ユーナの空手修行に刺激を受けたんだがな、俺はこの通り手足が短いだろ、これで突きや蹴りは威力無からな、気の力が出せればと思ったのさ。しかしまあ、そう簡単なものではないみたいだ。精一杯頑張って、屁みたいな小さな気しか出ない。」(ケダ)
「ケダは人間だった頃、武道をやってなかっただろ?」(私)
「いや、ちょっとはあるぜ。まあ、齧ったってくらいだ。俺が人間だった頃は空手を習う機会は多かったんだ。本格的な修行とは言えないがな。」(ケダ)
「近所にいるオジサンから手ほどきを受けたみたいな・・・?」(私)
「まあ、そういう感じ。」(ケダ)
「その程度だと、マジムンになったからといって、そう簡単に気が発せられたり、気をコントロールするなんてことはできないんだ。」(私)
「うん、そういうことだろうな。でも、これから修行すれば何とかなるかもしれないと思ってな、ちょっとやってみたってわけさ。」(ケダ)
そこへ、マナが口を挟む。
「あんたたちさあ、ホントにカメハメハみたいなのができると思ってるの?あれは漫画の中の話じゃないの?私、現実の人間がカメハメハみたいなのを出しているところなんて見たこともないし、そんな噂だって聞いたことないよ。」(マナ)
「いや、カメハメハほどの威力では無いかもしれないけど、ガジ丸やモク魔王たちは気の技が使えるみたいだよ。」(私)
「あの二人はマジムンだからでしょ。しかも、ケダよりずっと優秀な。」(マナ)
と、その時、カランコロンと音がして店のドアが開き、ジラースーが入ってきた。今日は週に一度、ジラースーが島にやってくる日であった。
「おー、ジラースー、いいところに来た。この女が気の力を信じ・・・」とケダマンがしゃべり終わらない内に、マナがそれを遮って、
「気の力ってすごいんだよね。私も修行すればできるかしら。」などと言う。ジラースーが来たとたん、がらりと態度を変えてしまった。手の平を返すとはまさにこのことだ、と私とケダマンは顔を見合わせ、思ったのであった。
記:ゑんちゅ小僧 2007.6.29