礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

外出中の兵士二名が殴り殺される

2016-07-24 03:36:14 | コラムと名言

◎外出中の兵士二名が殴り殺される

 この間、中村正吾秘書官、および黒木勇治伍長の「日誌」によって、七一年前(一九四五年)の「今ごろ」の出来事を紹介している。出典は、それぞれ、中村正吾著『永田町一番地』(ニュース社、一九四六)、および黒木雄司著『原爆投下は予告されていた』(光人社、一九九二)である。
 本日は、『原爆投下は予告されていた』から、七月二四日~七月二六日の日誌を紹介する(二二九~二三二ページ)。

 七月二十四日 (火) 晴
 今日も暑さ朝から最高で、午後になるとどんなになるかと思うくらい。昨日十時間勤務で汗を拭く手拭が一枚では足りなかったので、今日は二枚持ち込む。
 午前八時、上番する。
 午前八時五分ベル。「連隊本部から、隊長もしくは代理者を呼べ」ということで、情報室におられた上山中尉に出てもらう。電話の内容は、一昨日、麓湖【れいこ】のそばで外出より帰営中の他部隊の兵二名が酒酔いもあってか、支那人に殴り殺されたという。
 一昨日の日曜日、二名が帰らず夜半、車を出したがわからない。そこで昨日、十名ずつの調査隊を何組も出したところ、麓湖の北側白雲山の真南の林の中に全身打撲し、頭蓋骨はじめ胸骨、手、足と骨折していて通常の転倒とは考えられず、憲兵隊も通訳をともなって聞き込み調査中である。
 二人連れが二人ともで、外出に関しては十分配慮されたいと要望があり、上山中尉は、当情報室は一昨二十二日から隊長命令で外出を禁止しておりますと電話された。たまたまそこへ隊長が入って来られて、上山中尉は隊長に詳細に報告された。隊長は、
「無理もないなあ。みんな今の日本は、敗け戦さ〈イクサ〉のさなかにあるとは思ってないから、外出したら遊び回ったり、大酒を呑んだりするのが普通だろう。殺【や】られた連中を悪くはいえないよ。うちはよかったなあ、上山」
「はッ、そうであります。しかし、一般兵を集めて敗けてる、敗けてるはいえません」
「敗けてる、敗けてるはいえないが、比島が落ち、沖縄はやられ、いま日本は大変なんだ。内地の空襲も何百機という桁はずれの敵機にやられてる、くらいは、話の折々にしてやった方がよいと思う。それにしても、若い人材を惜しいことをしたもんだ」
 隊長は偉いと思った。普通だったら、自分はこう処置した、だからこうよい具合になったと自惚【うぬぼ】れるのだが、隊長にはそれが全然ない。朝からこの事件で聞き耳を立てていたが、昨日、敵機の来襲があったせいか、今日はどこからもベルは鳴らず。静かな一日である。
 午後六時十分、田原候補生が上番し勤務下番。下番後、田中君と入浴、洗濯、夕食を共にする。
「他の班の者と話をする機会はあるか」と聞くと、
「他の人と話など絶対にできません。高橋中尉殿がびしびしとやられて恐いくらいで、話ができる状態でありません。そんなとろとろしたら、敵の機関銃の餌【えさ】になるぞとやられます。自分らにはよい勉強になります」という。
 横になって、よい隊長や博学多識な上司とよい部下に恵まれている自分の今の幸福【しあわせ】が夢のように思えてくる。

 七月二十五日 (水) 晴
 午前八時上番。下番者田中候補生の報告は、
「前勤務者の田原候補生の申し送りですが、昨夜午後十時のニューディリー放送によれば、昨日(七月二十四日)、米海軍機動部隊と策応した米空軍B29約六百機は、同時に艦載機約一千機と共に二組に分かれ、大阪と名古屋の両都市を空襲し銃爆撃を加えたといっております」
 われわれは十機までの敵機としか会ってない。それが二桁多い一千機とは見当もつかないが、大変なものだろうなあとしかいいようもない。
 放送の文面通り二組とすると、それぞれにB29三百機、艦載機五百機となる。大阪、名古屋ともに過去五百機近いB29がそれぞれ二回ずつある。名古屋は五月十四日、十七日、大阪は六月七日、十六日で、今回はB29の数量を減じて小回りの効く艦載機を大量に投入、両都市ともに蟻の逃げ道もないくらいにそれぞれ合計八百機という大編隊、さぞかし両都市とも昨日は大変だったろう。名古屋では金の鯱【しやち】は大丈夫かしら、大阪の通天閣は、大阪城はとつぎつぎに心配だ。大阪城の東の陸軍工廠は狙われてるだろうなあ。朝一番の報告に、ただ唖然とするだけだ。
 今日は隊長も上山中尉もおられない。いろいろとほかに仕事も多いことだろう。こちらはいつベルが鳴ってもよいように準備万端ととのっているが、今日もあらわれない。
 正午、NHK放送のニュースでは、本日より八月十日までの期間を本土決戦に備え、松根油〈ショウコンユ〉増産割当完遂運動をするという。大阪や名古屋の爆撃のことなどなんにも放送しない。したがって、ニューディリー放送は本当かいなあと思う。
 午後も電話まったくなし。当初、基礎歩兵訓練中に空襲でもあったら大変なことになるがと思っていたが、その懸念まず心配いらぬようだ。
 午後六時五分、上下番交替の挨拶をして下番する。十時間勤務も慣れて来ると、そんなにも苦痛と思わぬようになって来た。【後略】
 さて、ここでの勤務、一体、いつまでつづくのだろう。ここよりも内地はどうなるのだろう。あるいはここで歩兵基礎訓練が役立つ時代が来るのだろうか。まったく一寸先は闇のような気がする。ただ隊長、上山中尉という二人の上司のもとなれば、何も心配することはないだろう。

 七月二十六日 (木) 晴
 午前八時、上番する。下番者田中候補生の報告によると、
「前勤務者田原候補生が聞いた情報でありますが、昨夜午後十時のニューディリー放送によりますと、昨日(七月二十五日)、米機動部隊は日本近海にあって艦載機約一千機が呉、舞鶴の海軍基地をはじめ、近畿、中国、四国地区の各都市を空襲し銃爆撃を加えたといっております。同じく昨二十五日、米海軍艦隊は串本港を艦砲射撃を致しております。以上であります。なお斑長殿から指示のありました勤務につきまして勤務表を作り、田原に渡しました」と。
 またも一千機の艦載機である。呉、舞鶴以外どこがやられたのかつまびらかでない。しかし、通り道でも見渡す限りの敵機が空に雲が浮かんだようになって、だんだんと迫って来るブルンブルンという騒音は、内地の人々にとっては恐怖のどん底に落とし込められるような気持だったろう。
 正午のNHKニュースでは、アルミニウム不足で、機体の一部に木材を使用する案が研究されてきたが、六月ごろからすでに量産化がはじまった。木材はプロベラ、翼、胴体、尾部に使われ、近日中にその第一陣が完成して初飛行が期待されているそうだ。成功を祈ってやまない。
 今日も昨日の呉、舞鶴の爆撃や一千機の空襲と串本への艦砲射撃などまったく何もいわない。ニューディリー放送は本当やろかと疑う。【後略】

*このブログの人気記事 2016・7・24(2・9・10位に珍しいものが入っています)

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