礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

「失礼しちゃうワ」は昭和初期の流行語

2013-12-09 05:44:53 | 日記

◎「失礼しちゃうワ」は昭和初期の流行語

 南霞濃著『チヨーフグレ』(文献研究会、一九三〇)の冒頭には、著者の隠語観を披露した「隠語の意義」という文章がおかれている。いわば隠語入門あるいは隠語概説である。
 そこに、明治末から昭和初期の「新語、流行語」についてし述べた一節がある。本日は、これを紹介してみよう。

 新語、流行語
 かつて明治三十一年頃新橋、柳橋、芳町〈ヨシチョウ〉などの花柳界から起つたヤー詞〈ヤーコトバ〉の「貴君ヤー」「彼をヨー」「斯して〈ソシテ〉ヨー」などと語尾を引張る言葉が流行したことがある。これは芸者の中に所謂名古屋種〈ナゴヤシュ〉が多くなつて彼の〈カノ〉「オキヤーセ言葉」が混る〈マザル〉に及んで遂に斯く〈カク〉『ヤー詞』として変化するに至つたものではあるまいか。それから明治の末から東京の女学生間に流行し出した『テヨダワ言葉』の「好つて〈ヨクッテ〉ヨ」「嫌だワ」と、それから猶〈ナオ〉語尾を省略する「よくつて(いゝか)」「そう(そうであるか)」等の類は全くの『流行語』で彼の「素敵々々」といふ言葉が大した由来を持つたものでもないらしいのに明治四十年頃(日露戦争後)素晴らしい流行をしたのは多くの人の知るところで、又大正の始め頃(欧洲大戦当時)から「成金」〈ナリキン〉と云ふ一言葉が一時流行し出して、称賛の辞となり、風刺の語となり、迎合の具となり、軽蔑の言となつたり、「ハイカラ」「間がいゝ」「随分ネ」と云ふやうなものも皆所謂『流行語』であつて、適切な意味の解釈を下し難い種々の言葉もあるが、何れも単なる流行としてまだ隠語の域には達して居ないのである。
 更に最近使用されてゐるものでは「失礼しちやうワ(失礼される方から云ふ)」「やぢやありませんか」「断然(故らに〈コトサラニ〉使用するもの)」「タツチングガール」「ステツキガール」「スピーキングガール」「マネキンガール」「円タクガール」「イツト(性的魅力)」「第九芸術」「第六感」「第十一指」等の『新語』として中には立派な隠語もあるが、やがては普通の流行語となるであらうと思はれる。(新語に付いては昭和四年九月一日発行のサンデー毎日第八巻四十一号に可成〈カナリ〉載つて居る)
 以上に於て大体いろいろな場合の言葉を説明した次第であるが、斯く列挙した所以のものは即ち隠語とは如何なるものであるか、そして如何なる関係にあるものかを示す為に外ならなかつたのである。勿論隠語と雖も〈イエドモ〉之等〈コレラ〉の中に其の語原を持ち、或は其の侭で使用されて居るかも知れないから現在称へ〈トナエ〉られてゐる之れらの言葉の中から隠語として拾ひ出す場合には、全く想像以上の困難を生ずるものである。例へば其の発生当初に於てば確かに一種の隠語に違いなかつた「ストリートガール」や「タツチングガール」「ステツキガール」の呼称も今では普通の新語として誰でも知る所となつたし、或は又「第十一指」「十一番」などの新語では、その使用される場合が極めて少い為に今なほ隠語として用ひられるが如く何の〈ドノ〉程度までを隠語として至当であるかは何人も判別に苦しむところであらうと信するのであるから、用語又は術語の如く、単に便宜の為とか適切な言葉として選ばれたのではなく、又通語〈ツウゴ〉、忌詞〈イミコトバ〉の如く善悪の意味で只露骨に云ひ表はさぬ為のもの、外来語、新語、流行語の中で単に流行的のもの、又は異名〈イミョウ〉程度のものは此れを隠語とは云ひ得ないと思ふ。従つて隠語とは仲同志の特殊の言葉であつて、故更に〈コトサラニ〉秘密を目的とする為の言葉を云ふのである。

 文中、「名古屋種」という言葉が出てくるが、今日、この言葉は、「名古屋コーチン」とほぼ同義のようである。ただし、当時、名古屋出身の芸者をニワトリの品種になぞらえるということがあったのか否かは不詳。

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