礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

ケルロイター教授、政治指導と軍事指導の一致を説く

2015-08-02 07:28:02 | コラムと名言

◎ケルロイター教授、政治指導と軍事指導の一致を説く

 昨日の続きである。『法律時報』第一三号第六号(一九四一年六月)から、五十嵐豊作の「ケルロイター教授の『現代日本国家体制』」という記事を紹介している。本日は、その三回目(最後)。昨日、引用した部分に続き、次のようにある。

  ◇
 さてケルロイタ一教授によればわが国の政治指導の問題は政党内閣が発展したら解決しえたかもしれない(S.12)、しかし日本の政党は国家体制の中ではつねに「異物【フレムドケルペル】」として存在してゐた。政党はその成立を西欧の影響に負ふてゐるが、世界観政党として発展することができず、大資本と結んで利益政党と化してゐた。最近においてはまつたくその勢力を失ひ、新政党樹立の努力も再三挫折して、いはゆる政党国家の危機が日本にも現はれてゐた。しかしヨーロッパ大戦によつて新政党の樹立だけでは充分でなく、新しい国家体制必要であることを認識せしめ、一九四〇年にその前提として政党はすべて解消するに至つた。ここに政党国家は終りをつげて、日本的形態における二十世紀的国家体制への道が開けた。新体制のための新しい運動がはじまつたのである(S.15/16)。かようにケルロイタ一教授はのべて八月二十四日の近衛声明を引用して「日本はこんにち十九世紀的国家を完全に克服したが、しかし新体制は古来の日本の国家的伝統を顧慮してのみ樹立されるのである(S.19)。ところで教授によればかような新体制によつてのみ日本の政治指導の問題は解決さるべきものである。なぜなら新体制が国民の支持をうけることによつて、内閣もまたその存在を新しい基礎の上におくであらうから。従来の内閣形成力(kabinettbildende Kräfte)―元老その他は後景にしりぞき、新しい力がかはるであらう。従来の政党内閣と官僚内閣の間の動揺はやんでしまふだらう。かくて首相の地位ば最近すでに強化をみたとはいへ、新体制の発展によつてさらに決定的な強化をみるであらう(S.19/20)。
 ついでケルロイタ一教授はいはゆる政治推進力としての軍部をみてゐる。教授によれば日本の軍部は統帥権の独立によつてその独自の地位を確保してゐるが、さらに軍部大臣の現役制によつて「両大臣は参謀本部あるひは軍令部と密接な接触をたもつて、最高軍事指導の政治事象への強力な影響を可能にしうるのである」(S.21)。ここにいはゆる推進力たりうる根元があるといへよう。ところで近衛〔文麿〕公が新艦織によつて政治指導の問題を解決しやうとしたのは軍部との協力によつてであつた。そして前記の近衛声明もいつてゐるやうに新体制は政治指導と軍事指導の調和をも目的としてゐる。かくてケルロイタ一教授によれぱ「この政治指導と軍事指導の一致が新しい政治的・憲法的発展のもつとも重要な結果であると思はれる」(S.22)。
  ◇
 以上にわたくしは本書の要旨を紹介したが、ケルロイタ一教授の論点はわれわれにとつては格別新しいものではない。しかし教授がドイツの学者であるといふことを考慮すれば、同教授がよくわが国を理解したことに敬意を表せざるをえぬ。ことに新体制のもつ意義を政治指導の確立といふ点にみたことには同感である。もつとも細い〈コマカイ〉点においては到底承服しえないやうな記述もあるが、しかしさうした瑕疵〈カシ〉は教授の将来の研究によつて訂正されることと思ふ。われわれはケルロター教授がますますわが政治に深い理解をもたれて、ひいては日独の政治的提携のために寄与せられんことを祈つてやまない。

 文章の最後で、五十嵐豊作は、ケルロイター教授が「日独の政治的提携のために寄与せられんこと」を祈っている。基本的に、日独は、政治的あるいは法制的な環境において、政党政治の崩壊などの共通性があり、ケルロター教授のようなナチス公法学者に期待しうるものがあるという認識だったのであろう。

*国家鮟鱇さんにお答えします

 ぶしつけな質問に対し、ご回答いただき、ありがとうございました。
 ご回答の中に、次のようにありました。

「あなたがた」とは麻生発言を礫川さんとほぼ同じ意味で受け取っている人で、その中で麻生氏の発言をナチスを肯定しているという点で否定的に受け止めている人のことです。その「あなたがた」が麻生氏を「ナチスに近い人物」だと考えているというのは疑いのないことではないでしょうか?ナチスに近いから「ナチスの手口を見習え」と言っている(と考えているの)ではないのですか?麻生氏がナチスとは程遠い人物なのに「ナチスの手口を見習え」と言ったのだと解釈している人がどこかにいるのでしょうか?私は1人も知りませんし、そのような人がいるとも思えません。

 礫川は、麻生太郎氏の、「ナチスの手口を見習え」発言を問題視しましたが、麻生氏が「ナチスに近い人物」だと考えているわけではなく、ブログなどにおいて、そのように断定したこともありません。麻生氏の思想信条の如何を問わず、その公的な地位を鑑みれば、「ナチスの手口を見習え」発言は問題だということを言ってきたわけです。
 ナチスの思想は、国家社会主義の一種であり、ナチス党は労働者の党です。日本にナチスのような政権が成立したら、真っ先に排撃されるのは、麻生氏のような大資産家です。その麻生氏が、「ナチスに近い人物」であるとは考えにくいわけですし、私もそうは考えていません。したがって、「あなたがた」=「麻生氏の発言をナチスを肯定しているという点で否定的に受け止めている人」という括りの一員としては、礫川は、必ずしもふさわしくありません。
 麻生氏の発言の真意について、国家鮟鱇さんの解釈を伺いましたが、申し訳ありませんが、納得していません。そういう礫川は、国家鮟鱇さんからすれば、やはり「あなたがた」の一員にはいるのでしょう。なお、「このような誤解のもとでナチスを否定することは決して良いことではない。正しく否定すべきだと考えているわけであります」という国家鮟鱇さんのメッセージは、私なりに受けとめさせていただきました。
 国家鮟鱇さんからのご質問に対しては、順次、お答えしたいと思いますが、全部、答えおわるまでには、かなりの日数を要するかと思いますので、その点、ご了承ください。
 礫川の文章、――明日は、いわゆる「ナチス憲法」について、すなわち、全権委任法(授権法)によって、ワイマール憲法が空文化された当時の、ナチス・ドイツにおける憲法状況について、紹介したいと思う。――に関して、――全権委任法によってワイマール憲法が空文化した状態を麻生氏が「ナチス憲法」と呼んでいるとの認識であろうと思われますが、それが「誰も気づかないで変わった」のだとの認識をお持ちなのでしょうか?全権委任法が制定されたことをドイツ国民が知らなかったとは到底思えません。――という質問をいただいています。本日(本日以降)は、これについてお答えします。
 まず、扱う問題を整理します。ご質問の趣旨は、「ある日気づいたら、ワイマール憲法が変わって、ナチス憲法に変わっていた。誰も気づかないで変わった」という麻生氏の認識を、礫川が肯定するのか否かということだったと思います。礫川としては、この問題を、麻生氏の当該発言が、「史実」に即しているかどうかという視点で検討したいと思います。発言に盛られた氏の歴史認識、発言の意図、発言に対する解釈といった問題は、ひとまず措きます。
 次に、議論の前提について確認します。「ナチス憲法」の意味ですが、「ワイマール憲法が空文化した状態」を指すというのは、あくまでも礫川の理解です。麻生氏が「ナチス憲法」という言葉を、そのような意味で理解されているかどうかは、ご本人に聞いてみないとわかりません。また、麻生氏は、「誰も気づかないで変わった」としましたが、これにしても、その本当の意味は、ご本人に聞いてみないとわかりません。
 続いて、国家鮟鱇さんの「全権委任法が制定されたことをドイツ国民が知らなかったとは到底思えません。」というご指摘に対し、当方の見解を述べます。これは私も、一応、その通りだと思います。「一応」と留保をつけたのは、激しく流動する敗戦国ドイツの政治状況の中で、ドイツ国民が、全権委任法制定の持つ意味の重大性について、十分な認識を持ちえなかった可能性があるからです。この点は、あとで補足します。
 さて、「ある日気づいたら、ワイマール憲法が変わって、ナチス憲法に変わっていた。誰も気づかないで変わった」という麻生氏の認識が、史実に即しているかどうかですが、大筋で史実に即しており、リアリティのある認識だと私は思っています。そう思う理由については、引き続き、次回以降のブログでも述べますが、手短に言えば、ワイマール共和国自体が、さまざまな内部矛盾をかかえた脆弱な国家であり、ワイマール憲法を高々と掲げる民主国家という理想とは、ほど遠い現実があったということです(林健太郎『ワイマル共和国』中公新書、一九六三)。また、ワイマール憲法のなかに、憲法体制そのものを崩壊させかねない条文(たとえば、大統領の緊急権を定めた第四八条)が含まれていた、などの事実もあります。
 というわけで、ワイマール憲法は、ある日突然、「ナチス憲法」に変わったわけではないということは、たしかにその通りです。その通りですが、だとしても、全権委任法(授権法)の公布・施行が、近代憲法史の上で、特筆すべき大事件だった事実に変わりはないと考えています。なにしろ、同法には、はっきりと、ワイマール憲法の最高法規性を否定する条文が含まれていましたから。

 というわけで、明日のテーマは、「ワイマール憲法の崩壊」。

*このブログの人気記事 2015・8・2(8位にやや珍しいものがはいっています)

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1 コメント

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Unknown (国家鮟鱇)
2015-08-02 15:59:19
礫川全次氏の答えへの答え
http://d.hatena.ne.jp/tonmanaangler/20150802/1438498567
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