礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

あの日の記憶が失われてしまう前に

2024-03-21 03:15:19 | コラムと名言

◎あの日の記憶が失われてしまう前に

 本日は、日本評論社法律編集部編『法学者・法律家たちの八月十五日』(日本評論社、2021年7月)の「はしがき」と「目次」を紹介する。
 これらに目を通していただければ、この本が、いかに貴重な本であるか、いかにユニークな本であるかが、おのずから明らかになることと思う。

   はしがき

 《昭和二十年八月十五日、正午。雑音まじりのラジオから流れてきた、あの独特の浴用をもった「玉音」を人々はどのような感慨をもって聞いたのだろうか。そしていま、あの日をどのような思いで振り返っているのだろうか。〔改行〕あれから三十年以上の年月が流れた。あまりにかまびすしい議論の日々が過ぎて、最近では語られることの少なくなった八月十五日が今年も近づいてくる。〔中略〕さまざまな法学者のさまざまな夏がここに記されている。わたしたちが、いま一度「あの日」の意味を考えてみるよすがとなれば幸いである。》

 本書は、『法学セミナー』誌上における特別企画「私の八月十五日」を再録したものである。この企画が掲載されたのは、敗戦からちょうど三十年を経た、一九七五年八月号(二四二号)のことであった。 冒頭に掲げた一節は、好評につき同じ企画の第二弾が行われるということで、一年後の一九七六年八月号(二五七号)に当時の編集部が寄せた文章から抜粋したものである。一読して格調の高い名文であるが、ここに引用したのはそのためだけではない。というのもこの一節には、戦後三十周年という節目に際してこのような特集が企画された理由の一端が語られているからである。それはすなわち、この当時、「あの日」への関心が薄れ始めていたということにほかならない。
 このことは、二〇二一年に生きる我々からするとやや意外であるようにも感じられる。「八月ジャーナリズム」の隆盛は、毎年やって来る八月十五日に「あの日」を意識しないことを、ほとんど不可能にしているからだ。けれども、敗戦から七六年が経遇した現在、「あの日」をめぐって毎年のように繰り広げられる「あまりにかまびすしい議論」は、すでに「あの日」の記憶から遠く隔たつてしまってはいないだろうか。そうであるとすれば、「あの日」の記憶が永遠に失われてしまう前に、「あの日」の記憶を記録した四五年前の企面を改めて世に問うことにも意味があるように思われる。
 本書に登場している人々は、多彩な経歴を有しているとはいえ、そのほとんどが法律家であり、しかも女性は一人もいない。その意味において、本書が「偏った」記憶の記録であることは否めないが、幸いなことに、三名の優れた歴史家にナビゲーターとしてご協力を仰ぐことができた。彼らの道案内に従うことで、この国の法律学にとってあの戦争がどのような意味を持っていたのかについて、読者諸賢には明晰な見取図が得られるであろう。その見取図を片手に、皆さんが日々の生活を営んでいるそれぞれのフィールドで「あの日」の意味を考えて頂ければ、解説者の一人としてこれに勝る喜びはない。
 最後になるが、本書の企画から刊行までの道のりを文字通りリードして下さった日本評論社の小野邦明氏に、この場を借りて厚く御礼を申し上げる。
        解説者を代表して 二〇二一年五月三日 西村裕一

 私の八月十五日  目次

 はしがき…………1
私の八月十五日 第一集
 三〇年目の八月一五日――戦争体験と法律家…………長谷川正安 2
 三十年前の八月十五日と私…………小野清一郎 13
 敗戦を喜ぶ…………横田喜三郎 19
 裁判官として…………熊谷 弘 25
 一弁護士が遭遇した民族の大時刻…………小林俊三 31
 下呂の陸軍病院にて…………沼田稲次郎 37
 ウェーバーとの出会い…………世良晃志郎 43
 敗戦の日の前後…………兒島武雄 49
 みどり児を抱えて…………浦辺 衛 55
 見届けた悪魔の正体…………正木ひろし 61
 京城の八月十五日…………鵜飼信成 68
 重圧感からの解放…………田畑茂二郎 74
 赤軍に投降して…………磯野誠一 80
 欧露の収容所にて…………福島正夫 86
 見込みのない愚かな戦争…………河村又介 92
私の八月十五日 第二集
 二〇年後への待望…………植松正 100
 〝自由のもたらす恵沢〟…………宮沢俊義 106
 安堵と不安の長い一日…………峯村光郎 113
 神州から人間の国へ…………浅井清信 119
 まさしく再生の出発点…………鈴木安蔵 125
 敗戦直後の司法修習…………村松俊夫 131
 崩壊した大学の再建…………田畑 忍 137
 生涯の重要な分岐点…………安井 郁 143
 待望と焦燥の三週間…………岡倉古志郎 150
 八月十五日のあと…………杉村章三郎 156
 終戦詔書を評して…………中村 哲 162
 科学する心をなくしていた頃…………加藤新平 68
 八月十五日の日記から…………林 修三 175
 私の八月十五日…………舟橋諄一 181
 私にとつて敗戦は虚脱からの解放であつたが、
 独立回復後の日本の法学界はふたたび私を虚脱状態に陥れた
                      …………沼 正也 187
解 説
 「統制」と「調査」
   ――内地の司法官・「外地」の法学者にとっての「八月十五日」
                   …………出口雄一 196
 台北・京城・天皇制…………西村裕一 213
 憲法学史の「語られ方」と法学方法論…………坂井大輔 230
 「世界政府論」と「中立論」のあいだ
   ――戦後国際法学のなかの日本政治外交史…………前田亮介 247

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