礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

コフカ『発達心理学入門』の戦後版

2014-12-13 05:44:09 | コラムと名言

◎コフカ『発達心理学入門』の戦後版

 気になることがあって、昨日、国立国会図書館におもむいた。国会図書館のデータによれば、クルト・コフカ著、平野直人・八田眞穂訳『発達心理学入門』には、一九四六年(昭和二一)に出た「再版」があるという。これが気になったのである。
 さっそく閲覧してみた。閲覧といっても現物は出てこない。モニターの画面上で見るだけだが、たしかに同書には、戦後に出た「再版」が存在した。「昭和二十一年五月二十日再版発行」、発行所は前田出版社である。
 となると、妙なことだが、同書には、ふたつの「再版」が存在することになる。一九四三年一〇月二〇日に発行された再版、および一九四六年五月二〇日に発行に発行された再版である。
 当然、両者の間には、相違がある。この相違を整理してみよう。

・戦中の再版には、本扉の前に、「本書を、大東亜戦争の真の功労者である/日本の母へ/捧ぐ 著者」という献辞があるが、戦後の再版には、これがない。
・戦中の再版には、本扉をめくったところに、著者・コフカの肖像があり、その裏には、訳者の平野直人、および八田眞穂の肖像があるが、戦後の再版には、これらがない。
・戦中の再版には、刊末に「後記」五ページ分があるが、戦後の再版には、これがない。
・戦中の再版には、「後記」のあとに、「参考文献」二ページ分があるが、戦後の再版には、これがない。
・戦中の再版の発行所は、前田書房(東京市小石川区柳町二二)、戦後の再版の発行所は前田出版社(東京都神田区神保町一ノ五三)。ただし、発行者は、どちらも前田豊秀。
・戦中の再版の定価は、三円五〇銭。特別行為税相当額一〇銭を合わせ、三円六〇銭。戦後の再版の定価は、二五円(税共)。
・戦中の再版は、奥付のあと、白ページが三ページあるが、戦後の再版は、奥付のあと、新刊広告のページが三ページ続く。

 戦後になって、『発達心理学入門』を「再版」しようとしたのは、誰の発案だったのだろうか。同書が翻訳書として一定の水準に達しており、また、読者からの需要もあるということであれば、増刷を躊躇する理由はない。ただし、これを三版とせずに、再版としたのは、何か理由があったのだろうか。なぜ正直に、「三版」としなかったのだろうか。
 また、一言の断りもなく、「後記」を削ったのは、いかがなものか。敗戦後の状況において、公表できるような内容のものでなかったことはわかる。それにしても、何か一言、釈明なり反省なりがあってしかるべきだったのではないか。ちなみに、昨日、国会図書館で確認したが、この「後記」は、初版の段階から付されていたものであった。
 平野直人、あるいは八田眞穂という人がどういう人だったのか知らない。しかし、国立国会図書館のデータで見るかぎり、この『発達心理学入門』という翻訳書以外に、著書・論文等はないようだ。あるいは、この「後記」が災いし、学者としての道を断念せざるをえなくなったのか。このあたりの事情について、情報をお持ちの方のご教示を俟つ。
「後記」の最後のほうに、「原書をお貸し下さつた松村康平氏に御礼を申上げねばならぬ」とある。この「松村康平氏」というのは、おそらく、東京帝大の心理学科を出て、お茶の水大学教授などを歴任した、教育学者の松村康平(一九九七~二〇〇三)のことであろう。もし、平野直人、八田眞穂の二人が、この翻訳書を出さなかったとしたら、あるいはその翻訳書に、過激な「後記」を付さなかったとしたら、この二人は、戦後、松村康平のように、学者としての道を歩み、多くの学問的業績を残した可能性があったと思う。
「後記」については、なお、コメントしたいこと、コメントしておくべきことがあるが、明日は話題を変える。

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コメント (1)
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