座敷ネズミの吉祥寺だより

吉祥寺って、ラッキーでハッピーなお寺ってこと?
中瀬の吉祥寺のあれこれをおしゃべり。

2008-09-28 | おしゃべり
私たちも









花です。               








忘れないでね。



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彫物師 政五良

2008-09-26 | 山門
9月7日の記事の 3番目の画像、



この一番左側に 近隣の地区前「S」と共に
「彫物師 政五良」とあります。

Iさんのお話では、
I地区の G兵衛さんのご先祖の奥さまのご実家がS地区で、
そちらの家系に彫物師の方がいた、とのことです。

こちらは特定できませんが 貴重な情報だと思い、記事にしました。






お彼岸に 彼岸花咲く。 なんの不思議なけれど。


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山門の棟札の棟梁

2008-09-25 | 山門
さて、昨日ご登場いただいた、H地区のIさん、
この方が 棟札を見ていてが気付いて下さったのですが、
棟梁がわかりました。

観音寺は H地区の人たちの菩提寺だったそうで、
棟梁も 地元の方だったのです。







これです、この、河田弥傳次さん、
H地区の 河田H左衛門さん宅のご先祖だったのです。

「あすこんちの先祖に 大工がいたって話だ。」

過去帳で探してみると、確かにいらっしゃいます、弥傳次さん。

おお! Iさん、貴重なその記憶の数々、大事になさってくださいね!



大工の棟梁、河田弥傳次、弘化4年(1847)に亡くなってます。

弘化4年(1847)は 天保2年(1831)の16年後。

山門の仕事は 脂の乗った時期だったのかも?!

残念ながら 過去帳では
お生まれはいつか、何歳で亡くなったのか、まではわかりませんでした。





ということで、山門を造った棟梁が判明しました!

すごいなー。



Iさん関連の記事は もうひとつ続きます。


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お彼岸のお客さま

2008-09-24 | おしゃべり
お彼岸で いろいろなお客さまがいらっしゃいます。

H地区のIさんがいらっしゃいました。

郷土史がお好きで ずいぶん調べてらっしゃる方です。

川の河川改修が大正6年だった、と教えてくださったのもIさんです。

土地改良、用水路の整備に 市町村合併、これは昭和48年だったそうです。

私はまだ高校生ですね(笑)。




Iさんによると、観音寺の本堂は
先日の 菜園すの亭主さまのコメントにあったとおり、
K市K地区のR寺に移築され、その後 新築されたそうですが
その折に拝見した棟札には 大正年間の内容のみが記載されていたとのことです。

それ以前の、内容が知りたかったのにね。。




それから、今の観音堂ですが、
これは吉祥寺の薬師堂だったそうです。

そこに 観音寺のご本尊さまを安置したそうですので、
以前に私が書いた内容は間違っています。

ですから、こっそり、書き直しておきます(恥)。


Iさんから仕入れた情報は 次に続きます!


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白い花

2008-09-22 | おしゃべり
土手に こんな白い花が咲きます。



花の大きさは 手のひらほどもあって、なかなか華やかです。







こちらは、つぼみ。



葉は 少し白っぽい緑です。

この花、だんだんに土手から減っているような気がします。

どなたかが 株ごと持ち帰って 庭で咲かせてくださるのでしょうか。











これが山道ならば いったい、誰が、盗掘を!?
と憤りを覚えるところですが、なにしろ、場所が 土手。

放って置けば、いずれ 刈り取られてしまいます。

どちらが 花にとって幸福なのか わかりません。


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9月の仏遊会 その2

2008-09-15 | 仏遊会
一昨日には 予定通り 仏遊会がありました。

テキストの素読、なかなか興味深い文章が多く、ベンキョウになりました。

いろいろと考えるのですが 考えがまとまって 文章になって出てくるまでには
まだまだ修行が足りないらしく、
「ううむ・・・。」 
と唸って それっきり、です(汗)。

上の写真は 今月の掛け軸ですが、上の文字が読めません。。(涙)。





さて、今月は もう一度 仏遊会があります。

7、8月に 通常の仏遊会がなかったためでもあります。

テーマは「善貴加行遂行報告会」とさせていただきました。

来週の土曜日、20日の 午後7時半からです。



↓ 善貴が 加行中に履いた下駄です。 
  割れずに勤めを果たしてくれました。







どんな話が聞けるのか、楽しみ(不安)です。。

面白くなかったら、野次を飛ばしてしまいましょうか(笑)。

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9月の仏遊会

2008-09-12 | 仏遊会
今月の仏遊会は、今週の土曜日! あ、明日ですね。。。(汗)

9月13日 午後7時半からです。

今回のテーマは 「学より覚へ」です。

『中道』の215ページからです。





今、絵馬堂を工事中です。

見苦しくなっていた板壁を取り替えています。







掛けてあった絵馬を 全部はずしました。



また 結びなおします。

千羽鶴は お焚き上げになります。

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棟札  その3

2008-09-09 | 山門
今回整備する鐘楼と山門は
元は 観音寺というお寺のものだったのだそうです。

その観音寺が 後に吉祥寺に合併されてましたので
建物も吉祥寺に引越しをしてきた、というわけです。

ただし 観音寺の本堂は K市K地区のR寺さまに移築され、
本尊の観音像は 吉祥寺の薬師堂におまつりされました。

そして 南門の棟札の裏には 山門を移築した時の事が書かれていました。




観音寺 正門ヲ 合寺ニ付 吉祥寺正門 移ス

棟札 大工 石原市太郎
      
        同 兵三郎

        同 信太郎











合寺世話人

   衆議員  齋藤 安雄

   村 長  河田 文衛



建築委員

   石川 暢次郎

   川田 高三郎

   石川 政四郎






大正二年 

四月廿七日



住職

権大僧都 能円(?) 覚宥





大正2年は1913年、今から95年前ですね。

第一次世界大戦中です。

前年には夏目漱石の『こころ』、阿部次郎の『三太郎の日記』が、
この年には森鴎外の『山椒大夫』、芥川龍之介の『羅生門』が出版されています。




この頃になってくると 知った名前が出てきて、ぐっと身近になりますね。

ご先祖さまに、感謝申し上げます!


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棟札  その2

2008-09-07 | 山門



写真はあまり得意じゃありません。。

頑張って 撮影してみます。

って、これはこの前の写真ですが(苦笑)。



天保二年 七月廿日 

御棟札 大工 河田弥傳次


これは、読めますね。 嬉しいですね!(笑)






当山 無住 長勢山 住職 新井

乗円 兼務 即 明治十五年 十月五日 補裡之


これも、読めました。 やるじゃん!(笑)



これは 明治に修理した時(1882年)に書き加えたものですね。

(この年のこの月、早稲田大学が創立されています。
 伊藤博文や板垣退助が 渡欧したりしている年です。
 時の総理大臣、いや、太政大臣は、三条実美!)

この頃には 観音寺は住職が住んでいないお寺、「無住」になっていて
吉祥寺の住職が兼務して管理していたようです。

新井乗円というのは 大活躍した吉祥寺の住職ですね。

この名前、郷土史に興味がある方は 覚えておいて損はありません!








下の方には 細かい文字がいっぱい書いてあります。

多分 天保二年当時のものではないかと想像していますが・・・?







右から読んでいいのでしょうか?(汗) 

読んでみます!(大汗)

下道寺 
多嘉谷 ○弥(?)

当所 
河田 宇八

平塚
松本 兵八

○子 由次郎(?)

下手計
根○ 佐重

水戸
柴田 源吉

大戸・・・(栃木県の地名だとのI氏のお話です。)
湯(?)本 松(?)次良

矢島
福島 龍蔵

越後国 三人

下手計
彫物師 政五(?)良






中の段に行って

当所
河田惣吉

小我○
石塚丹次良

山川村
高橋 浅五良








がんばって、一番下の段に行きます。

世話人 中澤 茂重良

    石川 長次郎

    石橋 孫八 充○←これは読めないのではなく、書けない。
                あ、結局、読めないのか。。。 矢偏に巨。

    令子 粂八

    石川 房○○ 孝播

    河田 仙次郎 重尚

    石川 令七

    河田 茂右衛門 重延(?)

    川田 広(?)右衛門

    石川 吉左衛門 ○展(?)






そして 最後に 左下、

大阿闇梨 竪(?)者 法印 覚順代【花押】




・・・・・・・・・ふう(汗、タメイキ)。

ご先祖様はいらっしゃいましたか?(笑)



次回は 裏に挑戦してみたいと思います。


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棟札  その1

2008-09-05 | 山門
南門を解体する過程で 棟札が出てきました。

火事になったら灰になって 跡形もなくなってしまう運命の木材。

こうして残っていてくれて嬉しく思います。

そればかりか、文字もくっきりと読み取れて、感激です!




天保2年 7月20日の建築だった南門。

天保2年は 西暦1831年です。 (えーと。177年前?!)

時の将軍は徳川家斉、 
水戸藩では 徳川斉昭が 藩政改革をしている頃です。



大工の棟梁の名前は 河田弥傳次!   いよッ、色男!?  大棟梁!!


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