座敷ネズミの吉祥寺だより

吉祥寺って、ラッキーでハッピーなお寺ってこと?
中瀬の吉祥寺のあれこれをおしゃべり。

やなせたかしさんの訃報

2013-10-22 | 読みました
台風の影響による雨が上がった 強風の朝、
新聞の一面を見て アッと思いました。

やなせたかしさんが 94歳で亡くなりました。

今年の初夏の頃には コンサートに出演なさっていたので
まだまだ大丈夫? と思っていました。

「やなせたかしとアンパンマンコンサート」 2013年5月5日、三越劇場

そして ちょうど やなせたかしさんについて
記事にしようと思っていたところだったのです。

→→→ウィキペディア「やなせたかし」



               
               やなせたかしコンサート開催!in三越劇場


肝臓や膀胱の癌との闘病。

ご病気さえなければ 
もっと面白い事を 世の中に仕掛けてくださったのではないか、
などと考えてしまいますが。

ご冥福をお祈りします。






新聞にもありましたが、
やなせたかしさんの仕事の陰には、
「徴兵され 中国で 薄いおかゆだけの日々に苦しみ、
 特攻隊員に志願した弟も亡くした戦争体験」
があったそうです。

「一方的な<正義>への疑問から、
 <最も単純な正義は 生活が安定して 飢えないこと>
 と考えた」
そうです。

そうして生まれたのが、自分の顔を犠牲にして
お腹がすいた人を助ける、アンパンマン。



確かに、人は お腹がすいていると 怒りっぽくなりますね。

世界の平和のためには
飢えない事が 一番大事なのではないかな? と思います。






私は 若い頃に 「詩とメルヘン」という雑誌が大好きでした。

絵も 詩も 紙質も、素晴らしい、上質なものでした。

『詩とメルヘン』に触れてから、
やなせたかしさんを 尊敬するようになっていました。



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最近読んだのは、『オイドル絵ッセイ 人生、90歳からおもしろい!』という文庫本です。

平成24年9月1日に発行されています。(新潮文庫、550円)

挿絵もたくさん収録。

ファンには嬉しい文庫本です!



「ぼくは 老いてますます盛ん という頑健老人ではない。

 座業生活五十年、持病の腰痛 プラス加齢による 各種の病気。

 たてばヨロヨロ 座ればバタン。

 心だけが思春期で チグハグなのが奇怪である。

 奇々怪々!」(p41)



なるほどなぁ。

そんな感じの人だったよなぁ。




「人生というのは 後半の方がおもしろい。

 年取ってから解ることが多い。

 童話も 年とってから読むとおもしろいよ。

 そうだったのかと解る。

 グリムでも アンデルセンでも 日本昔話でも みんな奥が深い。


 若い時 夢中になって読んだ小説が
 青くさくて幼稚み見えてくることもある。」(p54)


だから、自殺なんかしては駄目だ、とおっしゃっています。

人生は 後半の方がおもしろいのだから、もったいない事だ、と。



「ぼくは 基本的には 含羞の人である。

 極端な恥ずかしがり屋で、人前にでるのを好まない。

 ところが、加齢するにつれて だんだん軽薄になり、
 紅顔の少年は 厚顔無恥の爺さんになったのだから、
 人生は恐ろしい。

 予測できない、
 ま、そこがおもしろいといえばおもしろいところなんですけども。」(p62)


老人学という学問がありますが、
この人に学べば、間違いナシ! と思いませんか?






こんなふうに、この本は  軽妙なエッセイとイラストに
ユーモアと 語呂合わせと ダジャレと 照れ隠し、
そんなものを まぶして できています。



けれど、この本の199ページからの「回天」、ここだけは違いました。

横山秀夫原作、市川海老蔵主演の映画「出口のない海」を
ご覧になった時のお話です。

映画のテーマは、もちろん、特殊潜航艇「回天」。

感想を依頼されて ご覧になった。

原作は読んでないし、依頼されなければ この映画を見る事は
決してなかったはずだ、と 書いてあります。

試写室へ行くのがおっくうだ、眼も耳も老化している、
そして、「戦争映画そのものが嫌いなのである」。

「自分が戦争を体験してからは 心の底から戦争が大嫌いになった。」

気が進まないまま見始めた「出口のない海」。

「だが 背骨に熱い戦慄が走って たちまち映画の中に引き込まれた。」

やなせさんは 戦争で 弟さんを失っていらっしゃいます。







「亡弟の千尋(ちひろ)が この映画を ぼくに見せていると思った。

 こんなことを言うと 笑われるかもしれないが、
 心霊が呼ぶということは あるような気がする。」

「ぼくは既に 人生の晩年に達したが、
 最近しきりに亡弟千尋のことが偲ばれる。

 あいつが生きていればと 残念でたまらない。

 そこへ この映画である。

 海軍の秘密兵器であった人間魚雷「回天」の秘話なのだ。

 そして 弟は まさにこの回天に乗っていたのだ。」



「しかし 回天とは どんな兵器か、
 この映画を見るまで ぼくは知らなかった。 

 また 知るための努力もしなかった。

 戦争のことは すべて忘れてしまいたかった。」



「兄貴、俺が訓練をうけて乗っていたのはこれだぜ、よく見てくれ。

 弟の声が聞こえた気がした。」






昨日の10月21日は 学徒出陣から70年だったそうです。

(戦争が 泥沼化していった頃だと思います。)

ならば、こうして今頃 私が 戦争に関してブログを綴る事にも
少しは 意味があるのでしょうか?



やなせたかしさんが 終生 忘れる事のできなかった心の痛みには
弟さんの死も 関係していました。

その心が 自らを犠牲にして 飢えた人を救ってくれる
アンパンマンに昇華していったのです。

そして 弟さんの死には 人間魚雷「回天」が関わっていました。



私達は 回天に関わった方を 少なくとも おひとり、知っています。

亡くなりましたが。

直接 お声を聞く事はできなくなりましたが、
だから忘れていい、とは言えません。

いえ、忘れてはいけないから、
こうして度々(パプアニューギニアの87歳の男性など)
「回天」アンテナに 引っかかってくるのだと思います。



戦争関連の報道の多くは 夏の暑い時期になされますが
秋にも 思いださせていただきました。






やなせたかしさんの絵ッセイには 
たくさんの含蓄のある言葉がちりばめられています。

人間が生きていく上で 忘れてはならない事が たくさん書いてあります。

そして やなせたかしさんの優しさが
数々の苦しみや悲しみと共に 深く身に沁みてきたものだったのかと
私は 想像しています。



もう少し 回天に関する事を 考え続けてみたいと思います。


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10月の仏遊会

2013-10-17 | 仏遊会
10月の仏遊会は、19日(土曜日)の 午後7時30分からです。

テーマは「ほとけさまのかたち」です。

持ってきていただくものは 特にありません。



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仏遊会には どなたでも 参加していただけます。
どなたでも、どうぞ お越しください。

午後7時30分までに 客殿の大玄関からお入りください。
まず 本堂で座禅をしていただき、
その後 客殿でお茶を飲みながら、
いろんなおしゃべりをします。 
お待ちしています。



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マルキュー

2013-10-17 | 行って来ました
こちらは、マルキューこと、渋谷の 109 。
                   



今日 ご紹介するのは、中瀬のマルキューです。

               
               
               藍色のれんに染め抜かれた、丸に「久」の文字。マル久です。






店主のおじいさんが 昔 延命地で商いをしていらしたので、
そのお名前の一文字を頂戴して つけた店名なのだそうです。

                             
             
中瀬のマルキューは、ネギフライ と やきそば のお店です。






お昼過ぎの、空いてそうな時間に伺いました。

お腹、ペコペコでした!(笑)



         
          存外広い店内。 新しくて清潔!






                

メニューはこれだけ。 シンプルでわかりやすい!

やきそばの特大盛りは 大盛のお値段+50円です。 オトクです!






さっそく、肉入りやきそばを注文。

         
          私はこちらのテーブル席で。



あ、お水は こちらから。 セルフサービスで。

         






   

店員は 店長さんのみ。

忙しい時は 大変そうです。

   

店長さんの人柄そのままに、優しい味付けです。







一口食べてから、あわてて撮影(苦笑)。

お肉もキャベツも たっぷり入っています♪

食べながらお話をお聞きしました。






営業時間は、昼――― 11:00~13:30

         夕――― 16:00~19:00

ただし 戸が開いて 入れる時は 
慣れてる人は 入り込んでお待ちになってるそうです。



予約注文で忙しい時にも お客さまをお待たせしてしまうので
店主は のれんを取り込んでしまうそうですが、
やっぱり 慣れてる常連さんは 店内でお待ちくださるとか。

開店して また三月と経っていませんが、
マル久さん、愛されてますね~♪



定休日は 毎週水曜日と 第3水・木曜日。 
                       



なんと、ネギフライに使われているネギは、
贅沢にも、本場・中瀬の深谷ネギです。

しかも、自家製です!!!

これは、愛されちゃいますよね~♪

ネギフライも 優しい、飽きのこないお味です♪







店主、53歳。

誠実で お優しい方です♪

お身体に気をつけて 頑張ってくださいね♪




         

もちろん、お持ち帰りもできます♪

駐車場も 適度な広さがあります♪

中瀬以外にお住まいの方、
豊里・中瀬方面にいらっしゃったら、ぜひ お立ち寄りください。

優しくて誠実な店主が お待ちしています♪

場所は 中瀬・前川原の大崎製作所の隣。

以前あったお豆腐屋さんの お向かいです♪


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講演会と「旅立ちの日に」

2013-10-16 | おしらせ
「旅立ちの日に」という歌を 
卒業式などでお聞きになった方は 多いと思います。

その作曲者、高橋浩美先生の講演会があります。

おしゃべりと ピアノ演奏をお楽しみください。

座敷ネズミも 伺いたいと思っています。






10月27日(日曜日) 午後2時~4時 (午後1時30分開場)

場所:神川町中央公民館

   神川町植竹 867-2

   0945ー77-3671



主催:埼玉岡部モラロジー事務所

後援:神川町、神川町教育委員会








「旅立ちの日に」は 
高橋浩美先生(旧姓・坂本)が 秩父市立影森中学校在任中に 
小嶋登校長の詩に合わせて作成されたものです。




現在では 卒業式の定番ソングとして 全国的に親しまれています。

我が家の子供たちも ピアノで弾いたりして 
さんざん聞かせてくれたものでした。

豊里中学校の卒業式で歌ったと思います。



You Tubeで検索すると 
沢山の動画が見られるようになっています。

(川嶋あいさんのは 違う歌です。)

初音ミクちゃんも歌ってくれていますし、
ロックバージョンもなかなかいです(笑)。



ウィキペディア「旅立ちの日に」を読んでみましたら、
まあ、そうそうたる歌手の方々が この歌をカヴァーしています!

(ウィキペディアの記事の下方に列挙されています。)↑

スマップの歌は CD発売はなく、音楽配信のみだそうです。






この日は 先生のおしゃべりとピアノ演奏を楽しむ事ができるようです。

お出かけになってみませんか?

演題は、「笑顔って素晴らしい」です。

なんと、入場は無料です!!!!!






お問い合わせは、
埼玉岡部モラロジー事務所の 飯野稔 代表まで。

TEL/FAX : 048(587)2384

または 090-2438-9826 


 → → → You Tube 合唱曲「旅立ちの日に」
               

 → → → You Tube たった4人の卒業生より・・・ 2
                               


               ↑↑↑  泣けてきますっ     

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とうへいさん その2

2013-10-15 | おしゃべり




とうへいさんのお顔は、かなりハッキリした顔だと思います。

写真屋さんが描き足した?

いいえ、とうへいさんと血縁のあった方も
銀幕のスタアになりそうな程に ハッキリとしたお顔立ちでしたので、
このお写真そのままの方だったと 想像します。






                  






とにかく、体格の良い方だった、と伺いました。

それが「六尺丈夫」という言葉になったのでしょう。





                  






また、音楽にも造詣が深い方だったそうです。

!

そこで 座敷ネズミは ひらめきました!

あのオルガン!!!





このブログでは 2010年の11月から12月に
古いオルガンを ご紹介しています。

オルガン、  思い出 その1、  思い出 その2


                   



あのオルガンの寄贈者は、とうへいさんでした!






大正7年にお生まれになった方が、
大正14年に 中瀬の吉祥寺に オルガンを寄贈くださる。

通常では 考えられない年齢です。

ただ 早くに親を失った事と 富裕な家の子であった事で
理由がわかります。

そして それだけではなく、音楽が大好きな方だった。

それで 吉祥寺にオルガンを、という話になったのでしょうか。



吉祥寺の「中瀬子供会」は いつ頃からあったものでしょうか?

(終戦特集が、まさか、中瀬子供会の歴史に繋がってしまう?)

先々代は この頃 おいくつくらいだったでしょうか?

やる気満々の年齢だったと思われます。






それから、先代との関係も想像されます。

先々代は 大正10年の生まれ。

とうへいさんは、ほんの少し、先輩になります。





聡明で。 音楽がお好きで。 視野が広くて。 思慮深くて。 お医者さまで。 

 

家も遠くないし。



先々代は とうへいさんが 
子息である先代を 力強く支えてくださる事を希望したのではないでしょうか。

そして その様子が まぶたの裏に ありありと見えていたのではないでしょうか。



だとすると、「噫呼(ああ)!」という嘆きの言葉は
そのまま 先々代の 
身をよじるような 哀しさと悔しさの入り混じった 
真実の言葉だったと感じられます。













あの戦争が なかったら。

あの人が 生きて帰ってくれていたら。

あの頃 誰もがそう思い、嘆いていました。

日本中、否、世界中に そんな哀しい“IF”が 溢れていました。





もしも とうへいさんが 生きて帰ってくれていたら。

とうへいさんの生家だけではなく、

外地から生還した先代住職の、
そして 中瀬の吉祥寺の状況も
今とは 少し、違ったものになっていたのかもしれません。






これからも 誰もが 平和を希求してくれますように。


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とうへいさん その1

2013-10-14 | おしゃべり
とうへいさんの話をします。

とうへいさん、お生まれは 大正7年。



とうへいさんの生家は 吉祥寺の近くです。

軍医さんであり、戦死なさった方です。



『蠅の帝国――軍医たちの黙示録』(帚木蓬生著、新潮社、2011.7.20)
を読んでから、

そして とうへいさんとご縁のあった方にお会いした、
という情報が寄せられて以来、

とうへいさんの事を書かなくては、という気持ちになっていました。






現在の戸主の方に とうへいさんを記事にする許可をいただいたのは、
花祭りの日でした。

今日 ようやく記事にする事ができます。

          



吉祥寺にある過去帳の記録によりますと、

「昭和十九年十月二十五日  二十七歳

 海軍大尉  比島方面ニテ戦死」

との事です。




とうへいさんの墓所は、生家の近くです。  
                     
                     写真は 4月8日撮影のものです。





     



とうへいさんの墓石には 「墓誌」が刻まれています。

読んでみたいと思います(大汗)。













   故〇〇とうへい墓



居士 諱(いみな)は とうへいと称す  

先考〇〇 母〇〇の長男として 

大正七年七月二十九日 中瀬村に生まれ

後 現父〇〇に養育せらる



天資聡明 思慮周密

夙に 県立本庄中学校の課程を卒え

進みて 東京 慈恵会医科大学に学び

昭和十八年九月 首席を以って学部を卒業



十居士 また特に 敬愛の心 篤く

父母に孝に 姉弟 相偎す

是を以って 在学中 師友の信望を収めて

常に学術研究の中心たり



而して 猶 趣味豊かに

就中 弓道に長ず

加之 文学 詩歌 音楽を好み

? ? ? 巻書

楽譜を手にするなど

その視野 甚だ廣汎 

情操 適くとして 佳ならざるはなし



同年十月 海軍々医学校に入り

見習士官に任ぜられ

翌十九年三月 軍医注意に任官す



同年四月 同学校を 首席を以って卒業し 

賞に 白鞘の短刀 一振を受く



同年 氷川丸に乗り

サイパン及び南洋諸島を徘徊し 戦艦扶桑に転勤す



而して 同年七月二十八日 突如 帰省す

滞在僅に三日 



嗚呼 思はざりき 

是ぞ 人生の永別なるべしとは



八月一日 当居を発し 呉にて扶桑に乗じ

一路南進 ボルネオ沖 艦隊基地に赴く



十月廿二日 朝 扶桑は 僚艦二十余隻と共に

出動して レイテ島の陸軍を救わんとす



然るに 命なる哉 

忽ち 敵軍の知る所となり

海軍十字の砲火を受け

我が軍は 遂に 策の施すべきなく

全艦 相次いで 沈没し

茲に 居士が運命 亦 艦と共に窮る



時に二十五日 午前四時十分なり 

洵(まこと)に 傷しき哉 



官一級を進めて 海軍大尉に任ぜらる



超えて 昭和二十年五月廿五日

戦死の公報 至り



一族 村民 愕然たり



生年 二十六年 三ヶ月



蓋し 無上の大義と謂うべし 



噫呼



天台座主 中山玄秀大僧正は 居士が訃音を享け 

厚き吊意を表して

諡して 〇〇院〇〇〇〇居士と称す



則ち銘に曰く


   六尺丈夫 学識如巖 忽殉国難 千歳痛恨

   


        養父   〇〇 〇〇 識之

        弟    〇〇  〇  建石



妙法院門跡 大僧正 三崎良泉 書    印 印













諱(いみな):貴人や死者の本名。

先考:死んだ父。亡父。

天資:生まれつきの資質。天性。天稟(てんぴん)。

周密:注意が隅々にまで行き届いていること。また、そのさま。

夙(つと)に:ずっと以前から。早くから。

偎(ワイ、エ)す:ぴったり寄り添う。寄り掛かる

就中(なかんずく):その中でも。とりわけ。

加之(しかのみならず):そればかりでなく。それに加えて。

詩歌(しいか):漢詩と和歌。 詩・和歌・俳句など韻文の総称。

適く(いく)= 行く



一部 判読できなかった部分は、後日 再調査(?)させていただき、
読めたら 書き加えるつもりです。



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パプアニューギニアに?!

2013-10-14 | おしゃべり
金曜日の夜にテレビを点けたら
お爺さんが映っていました。

ちょっと耳に入った言葉で 画面に注目しましたが
すぐに終わってしまい、
別の人の別の場所でのお話に移ってしまいました。



11日(金曜日)(夜6:53~)テレビ朝日の
「世界の村で発見! こんなところに日本人」という番組です。



新聞で確認すると、

「▽パプアニューギニア 
  太平洋戦争の激戦地で 運命背負う87歳男性・・・
  人間魚雷・特攻目前の終戦・・・
  涙「罪滅ぼし」

とあります。 



と、いう事は、このお爺さんは、あの人間魚雷「回天」の搭乗員だったのか?

と思ったら、この話題は 終わってしまい、
私には見続ける根気もなく、
テレビを消してしまいました。  



終わりの方で聞こえてきたのは、何でも、
出撃直前に 終戦になったのだとか。

「回天」搭乗員は多賀谷虎雄さんが最後で、
もういらっしゃらない、と思っていましたので、
びっくりしてしまいました!

その方も 87歳。

痩せたお爺さんになっていらっしゃいました。

もっと たくさん いろんな事を お聞かせいただきたかった、
と思いました。





お盆月が終わり、お彼岸も終わり、
10月の観音大祭も終わって、
「座敷ネズミの吉祥寺だより」では、
今、ようやく 終戦特集に入ります(苦笑)。

気持ちは はやりますが、ゆっくり行きたいと思います。

よろしくお付き合いください。

まずは、テレビをご覧になった方、
内容を教えてください!(汗)



座敷ネズミの終戦特集の 最初の登場人物は
「とうへいさん」という方です。

では、次回。


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9月の掛け軸

2013-10-13 | 古いもの
先日 住職がいない仏遊会を行いましたが、
本堂の掛け軸は 掛け替えてありました。



   西にあったのは、こちら。



平成7年とありますので、
これは「古いもの」とは言えませんね。




「宝篋印陀羅尼(ほうきょういん だらに) とありますので、
きっと 宝篋印陀羅尼が書かれているのだと思います(苦笑)。







え~~。

読めません(涙)。

世の中には 読める人もいらっしゃるらしいです。






   東側は、こちら。





シワシワのオジサマが 書を読んでいます。


              


              

                爪が長いオジサマです。





後ろに川が流れていて、ほとりに鼎(かなえ)なんか置いてあります。





角があるなあ、と思っていたら 鹿がいました。



函には 「古画仙人」とありました。



こちらは、古そうです(笑)。

何しろ、全体が黒くて、見てもよくわかりません。

こうして 写真に撮ってみて 初めてわかる部分も多いのです。

残念ながら、
書いた人の名前や時代などは 一切 書いてありませんでした。


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秋の観音大祭

2013-10-10 | 年中行事
10月の9日・10日は 秋の観音大祭です。











9日の晩は 観音経読誦、   






10日の晩は 護摩を焚きます。 






夜7時頃からのお勤めになります。

どうぞ お参りください。



あ、それから、この2日間だけ、鐘楼を解放しています。

どうぞ 鐘を撞いて下さい。

ただし、ゆっくり間をあけて 撞いて下さいね。

早鐘は 火事と間違われますので。


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『伝述一心戒文』 その2

2013-10-08 | おしゃべり
『伝述一心戒文』について、住職に聞いてみました。

『伝教大師全集』に入っているそうです。



   巻1、これに入っていました。



『伝教大師全集』は 索引を含め、全部で6冊あります。




キティちゃんをのっけたのは、向こう側にいるメガネの人です(笑)。








これが最初のページです。

伝教大師全集 巻1の、523ページです。

「天台沙門延暦寺戒壇院知事傳燈法師光定」撰、となっています。

著者、光定さんの肩書が長い!(苦笑)。








巻上、巻中とあって、巻下の28ページ目。

『伝教大師全集 巻1』の640ページに 
その言葉は 出てきました。



「道心 之・・・





中 有 衣食、





矣 衣食 之中 無 道心 矣。」






同じく、31ページ目にも あります。   
                           





道心之中・・・





有 衣食 也   衣食之中 無道心 也。





『伝述一心戒文』は 
伝教大師のお言葉を収めたものだそうですので、
光定さんは もしかしたら 直接 宗祖大師のお言葉を
お聞きになったかもしれません。



「道心(どうしん)の中に 衣食(えじき)有り。

 衣食(えじき)の中に 道心(どうしん)無し。ダゾ!」って。








   ↑↑↑

もとはと言えば、客殿に掛った、
先々代の この「直至道場」の額から始まった話でした。

難しい事、多いです。


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