座敷ネズミの吉祥寺だより

吉祥寺って、ラッキーでハッピーなお寺ってこと?
中瀬の吉祥寺のあれこれをおしゃべり。

河田菜風翁碑(現代語訳 1)

2018-03-24 | 菜風さん
   河 田 菜 風 翁 碑



菜風君が逝去した。 

二年経過して 

嘉謀は 菜風の行った事実を 永遠に伝えたいと願い、

多くの友人や 門人と 企画した。



刻文は 友人の荒木孝繁に依頼した。 



孝繁は嘆いて言った。

「君は私より9才も若い。

 死は 私より後にあるべきであったが

 不幸にも先に逝った。

 この後の役目は 私の任に耐えられない。

 しかし、私と君の深い友情は 周知の事である。

 人の道を辞退する訳にはいかない」



遂に刻文を記す。





* 嘉謀(カボウ) : 長男河田正策、号は東邨

* 荒木孝繁    : 新戒の荒木翠軒、号は天外  孝繁は諱

* 「この後」、「役目」・・・死後、依頼された事   


この注釈も 漢文を読んで下さった先生のものです。





菜風さんは明治13年に60歳で、

菜風さんのお母様は 明治14年に90歳で、
長男 正策さんは 昭和になってから87歳で亡くなっています。

確かにお戒名に「東邨」が入っています。

移籍しています。

これらの年齢は数え歳だと思います。



荒木さんは、やっぱり、新戒の方でしたか。

地元では有名な方でしょうね?



      
コメント

河田菜風翁碑(書き下し文 4)

2018-03-23 | 菜風さん
河田菜風翁碑(4)の部分の書き下しです。



此の如きこと 數年、
罹疾に會ひ、終に起たず。

人 惋惜せざるはなし。

時に 明治十三年一月三日 得年六十。



島田氏を娶る。

三男あり。


即ち 嘉謀(カボウ)、次は 嘉猷(カユウ)、次は、夭す。

女 一人 已に嫁す。



君の在るや、人 知らざるは無し。

而して 亡ずるや、人 惜しまざるは無し。

惟(オモ)ふに 其れ 然り。

顧みるに、能く果然たる者 誰ぞや。





   至れるかな 業や。   

   翰墨の良、翩々たる姿態、優に晉唐に入る。 

   田野に隱ると謂へども、何ぞ大方を遜れんや。

   斯に貞珉(テイビン)を勒して、永く遺芳を傳へん。





      明治二十三年六月  友人   天外  荒木 孝繁 撰

                東京       伊東 南堂 篆額

                友人   藍香  尾高 惇忠 書

                         田野 祐修 鐫(セン)






以上です。

次は、現代語訳に挑戦したものがありますので、
こちらも 対応した形で 区切って書いていきます。



昨日は寒かったですね!

寒い、と思っていたら雪でした。

写真を撮ったのですが、パソコンに取り込めません。

なんでだ!?


コメント

永代供養墓

2018-03-22 | 永代供養墓
昨日 終活について書いたので、ついでに。

お墓のこれからについて不安がある人は多いです。

そういった方々に 
合葬墓【涅槃の塔】がある事をお教えする事ができるようになって、
本当にホッとしています。

そして、合奏墓【涅槃の塔】の他に 
《永代供養墓》というのがある、と知っていただきたいのです。



《永代供養墓》のパンフレットはありません、

【涅槃の塔】のパンフレットの中に記述があります。

が、《永代供養墓》の写真は その中にもありません。

今、画像を取り込む事ができなくなってしまっているので、
後で張り付けたいと思います。






《永代供養墓》は、小さな五輪塔の形をしています。

モルタルの台の上に、45cm × 45cm の台石、

その上に 27cm × 27cm の石、

そして 高さ 約56cmの五輪塔。

壷で1体から2体を収める事ができる大きさです。

五輪塔の前には 右に線香立て、左に花立て。

50年経ったら 合葬墓【涅槃の塔】に合葬します。





台石には、「〇〇家」と刻まれています。

遺族や親戚が 花やお線香を持って
お墓参りに来てくれたり
御塔婆を建ててくれたりします。

独身だった方もいます。

夫が先に入り、妻が後から入った石塔もあります。



人生は人さまざま。

お墓のあり方もさまざまです。

面積は小さいのですが、祈る人の気持ちは 同じです。

あなたの心に 一番かなう形は どういうものですか?


コメント

河田菜風翁碑(書き下し文 3)

2018-03-21 | 菜風さん
河田菜風翁碑(3)の部分の書き下しです。



考 老ゆ。 家を承け、事を専らにす。



書を讀み、黽勉(ビンベン)して倦まず。

旁ら 詩文を善くす。

最も書に長ず。

遂に𦾔習を變じ、一に古法を以って旨と為す。

君に就きて學者 端(マサ)に 楷法有り。



性 倹素にして、粉華を好まず。

野人と處(オ)る。

客 到らば 劇談すること竟日(キョウジツ)、

人 皆 愛重す。



或るは 四方を漫遊し、雅人を訪ふ。

至る所 重んぜらる。

晩に一室を構ふ。

多く書籍を集め、几に倚り、

且つ讀み、且つ詠ず。

或るは 翰(フデ)を揮(フル)い 請に應ズず。

請ふ者 日に衆(オオ)し。




          
コメント

終活

2018-03-21 | おしゃべり
「終活」とは、死にゆく準備の事、
という理解で良いのでしょうか?

もしもの時 人は自分で自分に対処する事ができません。

私たちは 自分の死に際して 周囲の人を巻き込む必要があります。

たとえそれが嫌だとしても、必要なのです。

時間をかければ 人は骨になるようですが、
それでは時間がかかり過ぎ。

少なくとも、誰かに火葬場に持って行ってもらい、
火葬場の職員に 荼毘に付してもらうしかなさそうです。

ならば、始めから そういうものだという事で
周囲の人に 了解しておいてもらう方が良いのではないでしょうか。

ならば、縁者には 前もって
「よろしくね」と言っておくべきではないですか?

「了解」には 「暗黙の了解」というのもありますが、
後に残される人のためには、
ある程度の<覚悟>は 持っていてもらった方が
縁者にとっての心の負担は 軽くなるのではないでしょうか?



なぁんて、深く考えもせずに重い事を書いたのは、
お彼岸だからかもしれません。

お盆やお彼岸が近づくと、
お墓だとか 終活だとかの話題が増えます。

「迷惑をかけたくない」という話を聞くと、そのたびに、
「迷惑、かけたっていいにのなぁ」と思う座敷ネズミです。





お彼岸に入る前、16日の読売新聞の夕刊に
垣谷 美雨(かきや・みう)という小説家のお話が出ていました。

その中で、柿谷さんは

「健康のために スポーツジムにも通っています。

 難しいかもしれないけど、死ぬまで元気に仕事をして、

 たまに旅行を楽しんで、

 ころっと亡くなるのが理想ですね。」



そこを読んだ時の、私の感想。

ああ!!!!! その通りだ!(笑)



もっとも、私は「コロリ」と死ぬのは周囲の迷惑だから、
少しは寝付いてからにして、
と思っているのですが(笑)、

死ぬまでは なるべく元氣でいたい。

そして 何かしら 仕事をしていたい。

いえ、仕事といっても、何でもいいんです。

庭の草取りだとか、食事作りだとか、お掃除だとか、窓拭きだとか。

あら、今と同じねぇ。



そして、たまには旅行を楽しむ。 いいねぇ。

あ、ジムに通ってもいいですか?(笑)






お彼岸の入りの日の朝刊には、
前川清さんのお話が載っていました。

「痛いのは嫌だから、苦痛を和らげる薬は使ってほしい。

 でも それ以上のことはしなくていい。

 直前まで仕事をして、人と関わっていたい。」

この方の仕事は、歌手です。

「歌手という仕事さえもできない状態になった時は、
 人生が終わる時」

とおっしゃっています。



<仕事>というのは、<収入>とは別に考えても、
人が生きるための<糧>であるように思います。

そこに自分自身の<価値>や <自分らしさ>や <生きる張り合い>
を見出す事ができるからです。

そして そこに <人との関わり>が生まれるからです。

前川さんがおっしゃった<人と関わる>という事は、
キーポイントのひとつですね。

人は人を支え、人に支えられて、
初めて 人であり続けることができます。

「生きるって、人と関わることなんだと 僕は感じました。」

「外とのつながりが何にもなくなってしまったら、
 その状態で何年も生きたいとは思わないだろうな。」



そうですね。

そう思います。

私、<人が好き>ですから。

人と関わって 生きていきたいですから。






QOL【quality of life】(人生の質、生活の質)
という言葉があります。

お彼岸ですので、QOD【Quality of Dying and Death】、 
死生観についても ちょっと書いてみました。

前川清さんの記事と同じページに
社会学者の言葉として、
QODについて、

「死の瞬間だけでなく、死を意識するようになってからの生き方や
 悲しみからの遺族の立ち直りまでも含めた一連の死のプロセス」
の質を高めることが大切、

とあります。



死生観も人それぞれ。

とりあえず私は 終活の第一歩として 
身の周りの整理整頓に取り掛からなければならないのですが。。。。。。



         

雨が降って肌寒いお中日です。

青い空の去年の画像を置いときます。


コメント

3月の仏遊会

2018-03-17 | 仏遊会
3月の仏遊会は、17日(土曜日)の午後7時半からです。

『天台宗勤行儀』を読みます。

お持ちでしたら、去年お配りした『天台宗勤行儀』をお持ちください。

お持ちでない方には 差し上げますので、お申し出ください。



***********************************

仏遊会には どなたでも 参加していただけます。
どなたでも、どうぞ お越しください。

午後7時30分までに 客殿の大玄関からお入りください。
お待ちしています。



3月17日 追記:本日は 住職の都合により
『天台宗勤行儀』の講義? お話? を先にします。


コメント

河田菜風翁碑(書き下し文 2)

2018-03-09 | 菜風さん
河田菜風翁碑(2) の部分の書き下しです。



叙して曰く、


中瀬村 河田氏は、其の先 新田氏の族より出づ。

農に歸し、村の著族為り。

支族 蔓衍し、君は其の一為り。



諱(イミナ)は嘉豊、字(アザナ)は公實、菜風は 其の號なり。

考は諱 嘉氏、 妣は小林氏なり。

考は、克く業を務め、家資 稍(ヨウヤク)く豊かなり。



君、幼くして吉祥寺に就学す。

其の香花為り。

地の住持 觀海 学に精(クワ)し。

書法を善くす。

適(タマタマ)職を辭して處す。

塾を開きて徒を誨(オシ)ふ。

君 之に入る。

岐嶷(ギギョク) 衆に異なる。

師 其の大成を期す。

後 果たして其の言の如し。



          


コメント

花祭り特別御開帳

2018-03-08 | おしらせ
中瀬の吉祥寺では 4月8日の 花祭りの日に 特別御開帳を企画しました。

以下、回覧でもお知らせした 特別御開帳のご案内です。





               吉祥寺 花祭り

          特別御開帳のご案内


合掌 三寒四温の季節、ご清祥にお過ごしの事と存じ上げます。

さて、本年 吉祥寺では「釈迦生誕会」を記念して、 
下記の通り 吉祥寺蔵 《秘仏 十五童子像》 の特別御開帳をいたします。

境内の桜も美しい季節、皆さまそろって御参詣ください。

                                 再拝




          記

1.御開帳 弁財天・毘沙門天・大黒天・十五童子(厨子)

      釈尊誕生仏(甘茶かけ)

      繭玉三宝(台座)


2.日時  4月8日(午前10時~午後4時)


3、場所  吉祥寺 本堂


4.その他 * 誕生仏への甘茶かけができます

      * 鐘楼堂の鐘を撞けます

      * 小学生以下の子供たちには「三角くじ」があります

      * 拝観無料 写真撮影可

      * 花祭り子供会は 諸般の事情により、休止いたします

                                 以上




なお、4月9日・10日は 観音さまの大祭です。

ぜひ お詣り下さい。


コメント

上武大橋完成記念式典

2018-03-08 | おしゃべり
回覧が回りました。

上武大橋の架け替え工事が完成しました。

(旧橋撤去工事などが続きますが。)

3月17日に開通します。



始まった頃には
「いつになったら終わるんだろう?」
と思っていました。

今 思うと、あっという間!





記念式典は午前10時から平塚公園内で。

完成記念行事は 午前11時から 上武大橋群馬県側で。

また、催し物は午前9時半から12時30分まで、
平塚公園内で行われます。



橋の、あっち側ですね。

歩くと、少し、遠いな(笑)。

駐車場は 平塚公園(群馬県伊勢崎市平塚地内)という事です。

駐車場、大事ですもんね。






血洗島の獅子舞(午前9時30分~10時)、

深谷中学校吹奏楽部による演奏(午前11時~11時30分)、

上州境雉緒子尾太鼓の演奏(正午~12時20分)

等が予定されています。



そして、なんと、ゆるキャラが
コバトン、さいたまっち、ぐまちゃん、ふっかちゃん、くわまる、もじゃろー
と、大勢来てくれます!

知らないゆるキャラもいる。。。



それに、それに!

深谷の煮ぼうとう、伊勢崎ブランド野菜の豚汁がサービスされます。

じゅる!

開通前の上武大橋を歩いて渡る・・・お天気だと良いなあ!


コメント

河田菜風翁碑(書き下し文 1)

2018-03-08 | 菜風さん
白文を読んで下さった方による、書き下し文です。

河田菜風翁碑(1)に当たる部分です。



菜風君 没す。

二年を越て、

嘉謀(カボウ) 行實(コウジツ)を不朽に傳へんと欲して、

諸友 及び 門人と 之を圖る。



銘は 即ち 其の友 荒木孝繁に嘱す。



孝繁 嘆じて曰く、

「君 吾より少(ワカ)きこと九歳、

 その死は 宜しく吾が後に在るべし。

 然るに 不幸にして 先に逝けり。

 即ち 後事の任は 吾れ 其れ 忍びんや。

 然れども 吾 君と 篤きこと 衆の知る所なり。

 義 辭し難し。」



遂に 之を 銘す。





嘉謀(カボウ)とは、「嘉猷(カユウ)」という語と同じように、、
よいはかりごと。 国を治めるための優れた計画のこと。
だそうですが、
今回は 人名です。

書き下し文が終わりましたら、現代語訳に移りますので、
その頃に 荒木孝繁氏と一緒に ㊟として書きます。


コメント