座敷ネズミの吉祥寺だより

吉祥寺って、ラッキーでハッピーなお寺ってこと?
中瀬の吉祥寺のあれこれをおしゃべり。

花まつりで展示したもの(2)

2022-04-19 | 古いもの

 

西の部屋には 名号を書いたものなどがズラリ!

 

 

 

 

 

これには、観音様の絵が描かれています。

 

先々代住職の三崎良泉師の遺墨には 書は多いのですが、

絵が描かれたものは とても少ないのです。

 

これは珍しい一本です。

 

サラリと 優しそうな観音様が描かれていて、

優しい人が描いたんだろうなぁ、と想像します。

 

「慈眼視衆生 福寿海無量

 

 妙法院門主良泉 なんとか」

と書いてあります(汗)。

 

 

 

 

隣には 

「南無観世音菩薩

 南台沙門良泉 なんとか」

が掛けられています。

 

南台というのは、妙法院の事のようです。

 

比叡山よりも南に位置するのだと思います。

 

 

 

その隣

「南無阿弥陀仏

 妙法院門主大僧正良泉拝書」

 

 

 

 

さらに隣

「南無阿弥陀仏

 妙法院門主良泉 なんとか」

 

 

 

さらにさらに隣

「南無阿弥陀仏

 妙法院門主大僧正良泉 拝書」

 

 

 

 

そのお隣も

「南無阿弥陀仏 

 妙法院門跡大僧正良泉」

 

 

 

そして 次は 大師殿の前に 南に向けて掛けられたもの、

その西側。

 

「無涯 

 八十翁 妙門良泉」

 

とあります。

 

「無涯」とは 限りない事、果てしない事。

 

「八十翁」とあるからには、

満八十四歳で遷化した先々代の、晩年の書ですね。

 

 

 

東側の書。

 

「無

 本来東西無し 何處東西あらん

 南台沙門良泉」

 

慣れてきて、「南無」の「無」が読めるようになってきます(笑)。

 

 

 

 

東の部屋の、南に向けて書けた軸へ移ります。

 

その西側。

 

 

 

 

左側が達磨(ダルマ)さん。

 

小さな小さな笹船に乗って 

揚子江を渡ろうとしている所、だそうです。

 

達磨さんは インドから中国に渡って嵩山の少林寺に籠り、

九年もの長い間 壁に向かって座禅を組み続けて

悟りを開いたという事です。

 

ならば、その前に船に乗り込むこのお姿は

まだ悟りを開く前という事なのでしょう。

 

手も足もあります。

 

 

 

ダルマさんの隣は 菅原道真公、

紅梅と白梅をバックに描かれたお公家さんです。

 

 

 

その部屋の東側、

 

このブログに初出演ではありません、

角大師が掛けられました。

 

疫病退散を祈って。

 

新型コロナウイルスの流行の終息を願って。

 

「終息」が無理なら、せめて「収束」を。

 

 

 

そこから真後ろに行って、北向きに掲げられたのは、

良泉師の師、杉谷義良さんの書、「宗祖伝教大師請願文」です。

 

     

          

この方は 良泉師にとって、書の師匠でもありました。

 

名文としても名高い「願文」、

こんなに長いんですね!(苦笑)

 

暗記してらっしゃるお檀家さんもいましたが、

「悠々たる三界は もっぱら苦にして安き事無く・・・・・・。」

 

勉強不足です。

 

 

 

このような掛け軸を 時折 引っ張り出して掛けてはいますが、

沢山の人に 一度にまとめてお目にかける機会はほとんどなく、

今回が初めてかと思います。

 

今後も チャンスがあれば、と思います。

 

 

 


花まつりで展示したもの(1)

2022-04-10 | 古いもの

今回の寺宝展示で公開したものを 記録しておきます。

 

 

正面の花御堂の後ろには 

「ふれ愛観音」の作者である西村公朝師の手になる

釈迦如来の絵を。

 

 

          

花まつりは、何と言っても、

お釈迦さまのお誕生日ですからね!

 

 

 

 

花御堂は もうしばらく本堂に置きますので

甘茶かけをなさりたい方、どうぞお申し出下さい。

 

ただし、正面から別の場所になり、

掛け軸はもう片付けました。

 

 

 

 

 

お焼香をして 誕生仏に甘茶をかけて

そのまま左(西)に進むと 

先々代住職、三崎良泉大僧正の胸像があります。

 

 

        

 

先々代の喜寿のお祝いの時の像だそうです。

 

そこに掛けられた書が「円通自在(えんつうじざい)」。

 

意味は。。。、

 

こだわりのない心、とでも申しましょうか。。。

 

 

 

 

 

そこで左側、つまり南側を見上げると

良泉師の「千字文」の額が掛けられています。

 

千の文字が 一度も同じ文字を使う事なく書き連ねられていて、

しかもちゃんと意味があるみたいです。

 

書道の手本として使われる千字文ですが、 

良泉師の千字文としては 

この掛け軸の他に もっと大きな文字で書かれた

折り本があります。

 

     

 

良泉大僧正らしい端正な文字で 

大きな額が埋め尽くされています。

 

最後の行には

「維時大正丙寅歳末納筆 天台後學沙門天洞書於長勢山房」

とあります。

 

大正年間の丙寅の歳は大正15年(1924)で、

その年の歳末は 大正天皇崩御の頃です。

 

良泉さんは 明治25年(1892)の生まれですから、

32歳の時の書、という事になります。

 

すごい32歳、

26歳で中瀬の吉祥寺に赴任してきて

6年ほど経った頃でした。

 

 

「天洞」というのは 良泉さんの雅号で、

先に「春洞」という書家がいらっしゃって、

良泉さんの師匠が毘沙門堂門跡の杉谷義良師、

義良さんは 書家としては「雲洞」と名乗った方でした。

 

天洞 = 良泉 です。

 

          

 

コロナ前、お正月にお屠蘇を差し上げた時に使っていた猪口の一部に

「天洞」猪口がありました。

 

この額は しばらく掛けておきますので

これからもご覧いただけます。

 

 

 

残りはまた次回!

 

 

 


花まつり 2022

2022-04-07 | 年中行事

本堂の準備は だいたい済みました。

 

明日は花まつり! 

 

こんな感じで 皆さまをお待ちしています。

 

10時から16時までです。

 

 

 

   

 

 

 

参加自由:

当山檀徒以外の方の後来山も歓迎します。

 

 

 

☆ 灌仏会(本堂)・・・甘茶かけ

 

☆ 寺宝公開(本堂)・・・当山35世三崎良泉大僧正揮毫 他の展示

 

☆ 御朱印(寺務所)・・・阿弥陀如来・聖観音・ふれ愛観音

 

☆ 三角くじ(本堂)・・・中学生までの子供たち