座敷ネズミの吉祥寺だより

吉祥寺って、ラッキーでハッピーなお寺ってこと?
中瀬の吉祥寺のあれこれをおしゃべり。

「いつかは」のための

2022-09-09 | おしゃべり

お近くの豊里公民館で、

おなじみの佐藤医師の講演があります。

 

 

 

「いつかは」のための「いつでも」の備え

 ~ ACP について知ろう ~ 

 

というポスターを 

深谷寄居在宅医療連携室でいただいて来ました。

 

 

客殿に掲示してあります。

 

豊里公民館の大会議室での講演です。

 

10月5日(水) 午後2時~3時

 (受付 午後1時30分~)

 

講師は 内ケ島にある佐藤外科胃腸科内科医院の

佐藤栄一先生です。

 

内容は 

① ACPについての講演・質疑応答

 

② 「私の意思表示ノート」の説明等(深谷寄居在宅医療連携室より)

 

申し込み締め切りは 10月4日(火)の12時まで。

 

申し込み・問い合わせは 電話 または サイトから

深谷市長寿福祉課 介護保険係 まで。

 

電話番号:048-574-8544(直通) です。

 

 

 

ACP は 「人生会議」と訳されていますが、

いざという時に直面する前に

自分の最期を想定して 

いろいろと 後悔のないように決めておきましょう、

という話だと思老います。

 

それは 住職がお寺で伝えたいと思っている内容とは

少し違って、

介護や医療に関するものになってくると思いますが、

どちらも必要な事と思います。

 

 

 

ポスターにかかれている言葉を そのままここにあげておきます。

 

 

「自らが希望する医療やケアを受けるために、

 大切にしていることや望んでいること、

 どこでどのような医療やケアを望むかを 

 自分自身で 前もって考え、

 周囲の信頼する人たちと共有すること(ACP)が重要です。

 

 身近な医師からの話を聞きながら、

 よりよく豊かにいききるために なにができるか、

 考えてみませんか。」

 

 

 

こんな感じで お役に立てるかな? よっこらしょ。

 


クビアカツヤカミキリ

2022-08-15 | おしゃべり

クビアカツヤカミキリというのは、外来種のカミキリムシです。

 

その名の通り、首の部分が赤くてツヤのあるカミキリムシで、

住職がつまみ上げようとしたら 滑って 掴みにくかったそうです。

 

(私は 触った事がありません。)

 

 

 

 

写真は 埼玉県環境科学国際センター発行の

『サクラの外来害虫“クビアカツヤカミキリ”被害防止の手引き』

の表紙から。

 

 

 

桜や 梅、桃を枯らすため、

2017年度に 特定外来生物として指定されて

飼育・運搬を禁じられています。

 

特に ソメイヨシノの古木の被害がひどくて、

館林市では ソメイヨシノが全滅したとか、

深谷のあるお寺さんでは 桜を全部 伐採してしまったとか

聞いています。

 

成虫になると 交尾して ソメイヨシノの古木などに産卵し、

2~3年かけて幼虫が樹を食べながら成長して枯らします。

 

6中旬~8月上旬に 蛹が成虫になって外に出てくる、を繰り返します。

 

メス一頭あたり1000個近くの卵を産むそうです。

 

 

 

行田市の さきたま古墳公園でも 駆除活動が行われているそうです

(7月29日 毎日新聞埼玉版)。

 

行田市では 成虫の死骸10匹を 500円分の買い物券と引き換える 

報奨金制度を導入しているそうです。

 

 

 

吉祥寺でも ソメイヨシノに 3、4年前から被害の前兆があり

(それが何であるのか わかりませんでした)、

今年は成虫を何度も見ました。

 

去年から 樹の幹にネットを巻いたり 薬剤を注入したり

桜を救うべく あれこれ手を尽くしてきました。

 

それでも 桜の枝は だんだんと元気がなくなり、

この夏には葉を落として枯れ木となり、

強い雨や風で 枝が落ちるのではないかと心配になりました。

 

お盆を前に 植木屋さんに 枝を払ってもらう事にしました。

 

お盆迎えに来て

すっかり空が広くなってしまった吉祥寺に

驚いた方もいらっしゃったかと思います。

 

これで桜が生き返ってくれると良いのですが。

 

 

 

 

  

 

 

 

立秋が過ぎ、日が暮れるのもだいぶ早くなりました。

 

たまにツクツク法師や ミンミン蝉が鳴いていますが、

桜の木は 枝ぶりが更新されて 

ある意味新鮮な お盆の 中瀬の吉祥寺です。

 

 

 


ACP(アドバンス・ケア・プランニング)

2022-07-04 | おしゃべり

アドバンス・ケア・プランニング と、長々しくかたかなで書くのも

どうかと思うんだけど、

これを「人生会議」と訳すのも、ちょっとなぁ(笑)。

 

ACP の事です。

自分の近い未来の介護や医療をどうするか、

どのような最期を迎えるか、の

《心の準備》をしておきましょう、とう話のようです。

 

 

          

 

 

大寄公民館に 初めて行って来ました。

 

立派な建物です。

 

ACP(アドバンス・ケア・プランニング)普及啓発教室が

開催される、と ネットで見て

電話で申し込んだのでした。

 

暑い日でした。

 

 

 

 

 

「在宅医療連携室」というのがあるそうで、

そこの室長さんが

「私と家族のハッピィエンドのために

   ~もしばなゲームを通して考えてみよう~ 」

というテーマで お話してくれました。

 

 

 

人は 人生の終わりに近づいたら 

自分の最期を 自分で判断したり決定したりができなくなるので、

その前に考えておきましょう、

その考えを 家族と共有しておきましょう、

それを かかりつけ医などの医療者や 介護者にも

分かっていてもらいましょう、というお話です。

 

 

 

医療難民が増えるかもしれないこれから先の日本。

 

家族に 重大な決定を迫る必要がないようにしたい。

 

人は死亡率100%。

 

身近に感じてこなかった “死” を

怖いものと思って避けていないで。

 

「救命」や「延命」の措置の選択を 

或る程度 自分で決めておきませんか?

 

どう死ぬか は、 どう生きるか。

 

自分の人生の着地を 家族のためにも 

ある程度 想定しておくのは 必要なのではないですか?

 

 

 

私はこれまで 人生の振り返りなどを学んできました。

 

これからの未来を考えるのは、ちょっと新鮮!

 

 

 

 

 

お話の後には カードを使って 4人ひと組になり、

「もしばなゲーム」というのをやりました。

 

ゲームの前提は 「余命半年」と言われたら? です。

 

余命半年と言われたら、

あなたは

自分らしく生きるために、

自分らしく死ぬために、

なにを望みますか?

 

いろいろな事が 一枚一枚のカードに書いてあります。

 

自分が望む事は その中の何なのか、

最後に残るのは どんなカードなのか?

 

これは グループの中の ひとりひとり違います。

 

個性が垣間見られます。

 

 

自分が捨てた(要らないと判断した)カードを

他の人が拾う事もあります。

 

他の人が捨てたカードを 私が拾ったりもしました。

 

その後 年代も 置かれた立場も違う4人で 

自分の考え方を 話したりしました。

 

楽しかったです!

 

これを家族でやるのもアリだなー、と。

 

ふざけないで 真面目に そう遠くない未来の話として

話しておくのは 悪くないなー、と思いました。

 

 

 

 

 

いろいろな冊子をいただいてきました。

 

意思表示ノートには

「私の意思表示」というページが 何枚もあります。

 

心臓マッサージは希望するか?

 

気管内挿管は希望するか? 

 

人工呼吸器は希望するか?

 

などなど。

 

人は考えが変わるものですから、

変わったら その都度 書き換えられるようになっているのですね。

 

国済寺の深谷寄居医師会でいただけるそうです。

 

 

 

 

エンディングノートには

病気の時は病名・余命を告知してほしいか?

 

可能な限り延命利用を受けたいか?

 

介護してもらう場所は 

なるべく自宅か? 病院・施設か? お任せするか?

 

喪主を任せたい人は?

 

葬儀の形式は?

 

など、盛りだくさん!

 

こちらは 深谷市の発行で、

市役所の長寿福祉課に行けば いただけるそうです。

 

(各支所や 公民館にも あるかもしれません。)

 

 

 

まだまだ死ぬつもりのない私は この辺になってくると

深刻にならずに考えられそうです。

 

けれど、確かに、必要になってくる事ばかりです。

 

残された人が 判断する時に 参考になるのなら

書いておくのも良いと思います。

 

そして これらのノートの置き場所を 伝えておかなくちゃね。

 

 

こういった意志決定の過程が大切だそうですので、

やってみようかな、と思ったら

ぼちぼち始めてみるのも悪くありません。

 

 

 

 

楽しく学ぶ貴重な機会でした。

 

 

 


十三仏

2022-05-16 | おしゃべり

昨日の仏遊会で 十三仏のお話をしました。

 

吉祥寺にある、十三仏の元・掛け軸を引っ張り出して。

 

 

          

 

 

掛け軸だった物を 痛みが激しくて 額装にしたものです。

 

以前は この十三仏を 

弔いのある家に 貸し出していました。

 

自宅葬がほとんどだった時代、

この十三仏は 中瀬の吉祥寺のお檀家さんの家を

あちらこちらと移っていったのです。

 

 

          

 

 

ご葬儀の終わった家では 「念仏」と称して 集まった人々が 

独特の節回しで お不動さまから虚空蔵さままで、順にお名前を唱えて

故人の死を悼んでいました。

 

お念仏の時に グルグルと回した巨大なお数珠も残っています。

 

 

 

 

 

中瀬の吉祥寺には 本尊阿弥陀如来さまの他にも

たくさんの仏さまがいらっしゃいますが、

阿閦如来(あしゅくにょらい)は この額の中に見えるだけです。

 

 

 

 

阿閦如来は、こんなふうに 衣の一端を握っています。

 

 


5月の仏遊会

2022-05-07 | おしゃべり

5月の仏遊会は、15日(日曜日)の 午後2時からです。

 

テーマは

  〇 座禅

 

  〇 十三仏について

 

です。

 

 

 

          

 

          大玄関前のヤマボウシ

 

 

 

仏遊会は どなたでも参加していただけます。

 

お待ちしています。

 

 

 


さくら、さくら

2022-03-26 | おしゃべり

「残念だけど、桜には ちょっと早かったね~、

 惜しかったね~。」

 

そう言いながら出かけた先は、京都。

 

これからお目に掛けるののは、4年も前の画像です。

 

 

 

なんで私が京都に?

 

それは、住職が行く必要があって、

カバン持ち(カバン持たせ)で ついて行ったのでした。

 

やや肌寒さの残る2018年3月26日、京都へ向けて出発。

 

真っ先に向かったのは 平安神宮。

 

平安神宮という場所は やたら広くて立派だけど、

鳥居以外に何もない場所、という認識でした。

 

それが、どうやら 奥にキレイな庭があるらしい。

 

「神苑」というらしいです。

 

是非行ってみたいと思っていた所に、京都行きの話です。

 

気温はどんどん上がって、ほかほかしてきていました。

 

なにしろ、とっても良い天気!

 

 

 

 

そうしたら、なんと、桜がチラホラ、咲いてきている!

 

あら、咲いてるよ、ホラ、あっちも! と声を上げて。

 

キレイな場所でした。

 

京都でお時間があったら、オススメの場所です。

 

 

 

この頃は ちょうど卒業式シーズン。

 

平安神宮を出たら、それらしきお嬢様方が大勢。

 

 

          

 

いや、男の人もいたんでしょうけどね。

 

袴より振袖が多数派でした、四年前の春には。

 

 

 

 

 

 知恩院へもチラリと。

 

 

 

 

こんなに咲いてきたんじゃぁ、丸山公園も咲いてるんじゃないか?

 

住職の提案で 夕暮れ迫る時刻に

丸山公園に出かけて 堪能しました。

 

桜、桜、桜、です。

 

 

          

          ちょっとお目汚し

 

 

          

 

 

 

 

 

そうしたら、東寺で 夜間拝観がある、と知って。

 

もう、ここまで来たら、行かなきゃもったいない!

 

晩御飯より東寺でしょう!(笑)

 

 

          

 

うっすら匂う夜桜を堪能!!!

 

 

 

 

 

翌日は 住職は本来の目的地である妙法院へ。

 

          

 

 

 

 

 

滅多に行けない場所に行きたいと、

善峯寺(よしみねでら)という場所に出かけたのは、

その翌日だったかと思います。

 

 

          

 

ここも桜はキレイだったけど、有名なのは、松。

 

          

 

日本一の五葉松、遊龍(ゆうりゅう)の松と 桜。

最高に贅沢な気分です!

 

 

 

もう、どこもかしこも、見ごろの桜でいっぱいです。

 

桜にはまだ早いなんて、早とちりでした!

 

 

 

もう、もう、桜色と桜の匂いで お腹いっぱいになった

春の旅でした。

 

 

 

お花見も まだまだ飲食はダメとか マスク飲食とか

制限がある場所も多いのですが、

きっと 桜を堪能できる日が来ます。

 

どこの桜もキレイですから、これから少しずつ

お出かけできると良いですね。

 

 

 


開花宣言 2022

2022-03-25 | おしゃべり

今年の桜が開花しました!

 

穏やかで 暖かい日。

 

でも そよそよ吹く風が少し肌寒い、

そんな今日。

 

今年も 桜が咲きました。

 

中瀬の吉祥寺、本日 桜の開花を宣言いたします。

 

 

平和な場所が どうぞ平和であり続けますように。

 

戦争や紛争のある場所に 一日も早く 平和が訪れますように。

 

 

 


フォント

2022-03-18 | おしゃべり

「フォント」というのは、知っています。

 

「同じサイズで、書体デザインの同じ活字のひとそろい」

を意味するそうです。

 

パソコンで いろいろな言葉や文章を

プリントするために打ち出す時、

どんな文字にするか?

 

住職はいろいろ工夫をしているみたいです。

 

明朝体とか ゴシック体とか 

山ほどあるフォントの どれにするかで、

印象は変わります。

 

私が見て どっちでもいいんじゃない? と思う時でも

住職は こういうのにしようか、そっちにしようか、

よく迷いながらやっています。

 

 

          

      

          涅槃の塔のパンフレットの文字は住職が書きました。

          「フォントみたい」と言われた事があります。

 

 

この「フォント」を作る人がいる、というのは

私は NHKの「サラメシ」で知りました。

 

「フォント」って、最初からできてるもの、

と思い込んでいたみたいです。

 

そんなわけ、ないですよねぇ。

 

 

ランチをのぞけば 人生が見えてくる  

働くオトナの昼ごはん それが「サラメシ」

だそうで、総合テレビで放送しています。

 

働くオトナですから、各種サラリーマンが登場します。

 

お寺で働くお坊さんも 出演した事がありますよ。

 

 

 

その番組で、フォントを作る女性が出た回がありました。

 

もちろん、周りにはたくさんのフォントを作る人達が。

 

年配の人も、男性もいました。

 

一日中 机の上のパソコンとにらめっこ、

一つの文字の あっちを短くしたり

こっちを長くしたりしていじっていきます。

 

ひとつ終われば、同じ字体の 別の文字に。

 

うわ~~~! これ、永遠に終わらないヤツじゃない?

 

だって、いじる前の字と いじった後の字って、

あんまり変わらないんですよ!?

 

そんな仕事を 毎日毎日 続ける人達がいるなんて!

 

ビックリしました!

 

 

 

そんな女性が 先輩男性(上司?)の

助言を受けたりしつつ働いて、

ランチの時間に 何を食べていたのかは忘れましたが、

そんなお仕事があるんですねー。

 

これも、【本】が出るまでにお世話になる仕事ですよね。

 

そういえば、いろんな本に、いろんな字体の活字が

使われています。

 

お世話になっています。

 

お疲れさまです。


一冊の本ができるまで

2022-03-16 | おしゃべり

1冊の本ができるまで、というか、

本を買って 自分の手元にやってくるまでには、

たくさんの人が 関わっています。

 

そういった“本”に関する仕事をする女性達を

何人もまとめて番組に仕立てて 

フジテレビの「セブンルール」で放送したのは、

もう ずうっと前の事です。

 

この日も夜更かしをしながら見ていました。

 

そして、

そんな仕事もあるのか! と思ったのでした。

 

 

 

本を出す前には 著者がいて、

編集者がいて、

校正をする人がいて、

それから 挿絵を描いたり

装丁をする人がいたり。

 

出版されてからも 

店頭で目立つようにポップを書いてくれる

書店員がいたりします。

 

 

そんな人達が それぞれに 自分の「ルール」を

自分に課していたりして

仕事に取り組んでくれています。

 

本を出す人だけじゃなく、消費する私たちも

感激・感謝してしまう回でした。

 

 

 

 

 

ところで、本を読んでいて思うのは、

後書きで

「〇〇さんがいなければ この仕事はできなかった」だの、

「〇〇さんのおかげで この本が出せた」だのと

たいてい 大袈裟な感謝の言葉が綴られているなぁ、と。

 

そして、それらの言葉は 半ば 慣習的なもので、

必要ではないのではないか、と。

 

私は よほどの事がない限り、

「はじめに」から読み始めるし、

読み終わると「おわりに」を楽しみに読みます。

 

ところが、この「おわりに」を読むといつも、

「この感謝の言葉は 実は全く要らないのではないか?」

と思ってしまうのです。

 

 

ただ、どの本だったか、

あまりに「〇〇さんがいなければ この本は 世に出なかった」

としつこく書いてあって、

もしかしたら 本当に そうだったのかも、と思った事があります。

 

もしかしたら 編集者という人達は

本があるためには 本当に必要な人達なのかもしれません。