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お葬式とご法事 その5

さて、この遺体の埋葬
で遺体を飾っていたのはなぜか?



一緒に遊び、猟をし、
寝て、起きて、
喜び合い、けんかして暮らしてきた仲間が、

動かなくなった、
話しかけても返事をしてくれなくなった、
息をしなくなった。



先ほどお話した、
死ぬという事の発見です。



愛しい仲間が死んでしまった。

かわいそう、
寂しい、
悲しい、
そんな気持ちは 遺体を放っておけなかった。

きれいなで飾ってあげたんですねぇ。

お葬式の始まりは を飾る事だったんです。

今でも お葬式の時、
柩の中にを入れて送り出してあげますよねぇ。



大切な人にをささげる、

宗教を問わず 祭壇にはが飾られる、

仏教の散

それから結婚式の時だって 新郎新婦にを投げてあげますよね。






そして もうひとつの理由。

死体を放っておくと 
すぐ他の動物が来て それを食べてしまう。

だから、愛しい仲間の死体は 隠さなくっちゃ。

土の中に埋めて、で覆って。

いずれにしても、
残された人の 死んでしまった人への愛情、
優しい優しい気持ち
がなくちゃ
そんな事はしません。






人間に一番近いと言われているチンパンジー。

皆さんは テレビで見た事がありませんか?

死んでしまった赤ちゃんチンパンジーに
お母さんチンパンジーが 一生懸命 おっぱいをあげようとしている。

いつもしっかり抱きかかえながら 赤ちゃんを守ろうとしている。

でも 赤ちゃんは 死んでしまっているんです。

涙を誘う映像です。



でも、やがてお母さんは 赤ちゃんが死んでしまっている事に気づく。

そして 赤ちゃんの死体は 放っておかれることになる。

この赤ちゃんを守るお母さんチンパンジーの行為は
本能がそうさせている。

感情じゃないんですねぇ。

だから もちろん お葬式はしません。



象は 死期が近づくと 象の谷 という決まった場所に行って
静に身を横たえると言われています。

猫も自分の死体は 飼い主に見せないよう、
死ぬ時は どこかへ行って
ひとりで死ぬものだと
子供の頃 教わりました。

でも、象も 猫も 仲間のお葬式は しません。



お葬式をするのは 人間だけです。



原人であるネアンデルタール人は お葬式をしていました。

現代社会に生きる人間で、
お葬式をしない人種・民族は いません。

国・地域は ありません。


人間だけが、猿人から人間になった時から 
ずっと お葬式をしてきているんです。



なぜ?



お葬式は 
人間の知恵と 人を思う優しい気持ち、感情が
集約されたものだと思います。


お葬式をするという事は、
人の人としての品格の表れだと思います


お葬式無用論を言う人は・・・

はっきり言います・・・

人じゃありません。

原人に及ばないからです。






今日は、ここまで!

まだまだ続きます!


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平成28年 大施餓鬼会のご案内

「お葬式とご法事」の連載中ですが、
先月 お施餓鬼のご案内をお出ししましたので、
今日はそちらを掲載します。



     平成28年大施餓鬼会のご案内

合掌 天高気清の候、
貴家ご一同様に於かれましては 愈々御清栄の事と拝察申し上げます。

さて。当座恒例の大施餓鬼会 並びに 檀徒各家先祖代々諸精霊総回向
本年は 下記のとおり 執行致します。

尚、本年の法話は、浮津千愛先生に アルトサックスの演奏をお願いしました。

洋楽のみならず、演歌やフォークソングなども 演奏曲目に入っているそうです。

皆様 お誘いあわせの上、是非 ご参詣下さい。
                                  再拝

               

     1、日時     11月19日(土曜日) 午後1時参集

     2、回向市納金  卒塔婆一本につき 基準 5,000円




☆平成22年に告知させていただきましたが、諸般の事情により、
 昨年より 施餓鬼回向市納金を 御塔婆1本に付き5、000(基準)
 とさせていただきます。

 何卒 ご了承ください。
 

☆同封の郵便局「払込取扱票」が そのまま申込書になっていますので、
 必要事項をご記入の上、郵便局で志納金の払い込みをお願いします。

 (直接 吉祥寺へお持ちいただいても受け付けさせていただきます。)


☆準備の都合がございますので、お申し込み(郵便局払込取扱票)と
 回向市納金納入は 10月31日までにお願います。


☆回向料の領収証は、郵便局「払込取扱票」を以て代えさせていただきます。

 (6ケ月間 保管しておいて下さい。)

 別途領収証が必要な方は 取扱票通信欄に その旨お申し出ください。


☆卒塔婆を申し込まれて当日欠席された場合は、当山にて後日建てておきます。
 
 墓地が遠方の方は 卒塔婆を郵送させていただきますので お申し出下さい。


☆深谷市中瀬地区内のご親類を通してお申し込みになる方は、
 お申し込みと納金が 重複しないように よく連絡を取り合って下さい。








*ペットのお墓が完成しました

 ・ペットの種類は問いません
 ・火葬された遺骨である事が埋葬の条件です
  (深丘園などの火葬場で有料で火葬してくれます)
 ・合葬します
 ・志納金は、埋葬、葬儀、法事、戒名、墓誌揮毫 等、
  各1万円が基準です。
 ・常時お申し込みを受け付けています


*先祖代々の墓地、合奏墓(涅槃の塔)、永代供養墓 を分譲しています。

 後継者でお悩みの方は、檀徒で有る無しに関わらず、吉祥寺宛にご相談下さい。


*当山寺庭婦人が 「心理カウンセラー」として 心の悩み相談を受け付けています。

 お気軽にお問合せ下さい。





今日は、ここまで!


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お葬式とご法事 その4

さて、具体的な進化のお話です。

中学校や高校の、
おそらく世界史かなんかの教科書に
原人の事が載っているんじゃないかと思います。

思い出してください。

その原人の中に ネアンデルタール人という原人の名が
必ず記されているはずです。

この原人、
30万年前から3万5千年前まで続いたと言われている
旧型原人で、
ヨーロッパを中心に その遺跡が発掘されているらしんですが、
なんと お墓を作っていたんです。






地球の生物の歴史は 38億年と言われていますから、
30万年前って言っても
そんなに大昔じゃないとも言えますけど、
やっぱり大昔ですよねぇ。

原人ですから 人は人ですけど、
現代に生きる我々より かなり遅れた文明だったはずですよねぇ。

だけど お墓を作ってた。






「ネアンデルタール」は ドイツのそういう場所の名前ですが、
そこで発掘された原人だけでなく、
当時のそれら地域の原人を総称して
ネアンデルタール人と呼んでいるそうです。

ネアンデルタール人の家は、ワンルームではなく、
排泄場所であるトイレと、
食品貯蔵庫なのか調理場なのかわかりませんが、いわゆる台所が 
生活空間と別にあったそうです。

文明が 結構進んでいたようですねぇ。






そして、墓地があって、
そこには 遺体が屈葬されていた。

屈葬って言うのは、
ひざを折り曲げた状態で埋葬する方法です。

しかも、その遺体の周りには、
色とりどりのが ちりばめられていたそうです。

現代は 科学の力で 
遺跡の遺体の周りの土に含まれている花粉から、
花の色までわかっちゃうんですねぇ。






今日は、ここまで!

まだまだ続きます!


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お葬式と ご法事 その3

さて、神と悪魔のお話に戻りますが、

人は自然界の様々な現象を 
神と悪魔の仕業にしたわけですが、

では 人自身は あの世で何になるのか?

それが霊魂です。



あの世に行った先祖である霊魂は、
私たちの幸せを あの世から願い、運んでくれる。

ただし、私たちが霊魂を供養すれば・・・。






この世でひどい目に遭ったあの世の霊魂は
この世の私たちに たたりをもたらす。

例えば 菅原道真の霊魂は、飢饉やら疫病やら、
この世で大暴れします。

だから この世に残された人々は 
菅原道真を 天神さまという神様にして
祀っちゃった。

神様は たたりじゃなく 幸福を私たちに授けてくれる。

天神様をお詣りしたら、
目指す大学に受かっちゃった。

よかった、よかった、チョンチョンです。






最初、たたる霊魂は 
道真さんのように 特定の個人だったんですが、

やがて 人に限らず、先祖を粗末にすれば 
あっちこっちから いろんな霊がやってきてたたるぞ、
大切にすれば 福徳がやってくるぞ、 

となって行きました。



先祖を大切にするっていうのは、
何も 盛大なお葬式をやれとか、
家族や周りの人を犠牲にしても必ず法事をやれとか、
そういう事じゃなくて、

先祖に恥ずかしくない生き方をすること
先祖がが今の自分を見て
「よしよし」と言ってくれるるような人生を送る事
です。

これが供養の原点でしょうか。






今日は、ここまで!

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お葬式と ご法事 その2

或る時 二足歩行になった人は考えました。

どうして 太陽は昇ってくるんだろう、沈んでいくんだろう?

どうして 明るい昼と 暗い夜があるんだろう?

どうして 晴れの日があって 曇りの日があって 雨の日があるんだろう?



きっとこれは、目に見えない不思議な力があるに違いない!

その力を神と呼ぼう。



でも、神は 良い事ばかりをしてくれるわけではない。

悪い事をする神は 悪神、悪魔だ。



自然現象を 神のなせる事として 納得します。






あれっ、昨日まで一緒にいた父が、母が、或は仲間が動かない。

様子が変だ。

どうしたんだろう?

死だ。



生き物は死ぬという事を発見します。






どうして死んじゃったんだよぅ という怒り、

寂しいよ・悲しいよ という感情、

この心の動きは なぜ起こるのか?



人が優しい生き物だから起こる感覚です。



ちょっと待てよ、俺もいつか死んじゃうのかなぁ。

いやだよ、怖いよ、という恐怖が、この世に対するあの世

つまり 死後の世界を作り出します。



死んだら 今よりもっと良い世界に生まれたい。

そして 天国が出来ます。



今 生きていても やがて死が来る絶望的生者の世界に対して
死者の世界、あの世、神の世界がある という事は、

最初期の人間にとっては 救いであり 希望の世界だったんです。



えぇ~、
あいつは俺の食べ物を横取りしたから、
あいつが死んだら俺と同じ世界には 生まれて欲しくない。

地獄ができます。



実は、地獄という発想は 天国という発想より 先にできた
という学者もいます。

だから 人間の社会から戦争がなくならないんでしょうか?






じゃあ、どうしたら 死んだら天国、神の国に生まれ変われるんだろう?

あぁ そうか、 
今 こうして生きている時に、いい事をすれば
神様が天国へ連れて行ってくれるはずだね!

こうして 宗教が生まれます。



ただし、ここでいう宗教というのは、
今謂う やれ仏教だ、やれキリスト教だ、やれ神道だ、
やれイスラム教だ、 やれブードゥー教だ、
なんていう ちんまい話ではなくて、

宗っていうのは 「むね」、
物事の核となる部分、本質っていう意味ですから
人が生きているための本質的、基本的教えっていう事です。



明治時代までは 宗教という言葉は そんなふうに解釈されていたんですが、
近代的学問とかが西欧から来て、
言葉の意味が歪められてしまったんですね。

今の人は「俺は無宗教だ」「自分のお葬式は無宗教で」
なんて平気で言いますが、
無宗教人間は 生きている核というか、骨というか、筋というか、根っこというか、
そんな大事なものを持っていない、
何も考えていない、
本能だけで生きている、
既に人と呼べない生き物だ
って事ですよね。

人である限り 無宗教なんてありえない。

無宗教教 という宗教はるかもしれないけど。

閑話休題。





今日は、ここまで!

まだまだ続きます!


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