おじさんの映画三昧

旧作を含めほぼ毎日映画を見ております。
それらの映画評(ほとんど感想文ですが)を掲載していきます。

いつか読書する日

2019-01-18 11:17:57 | 映画
「いつか読書する日」 2004年 日本


監督 緒方明
出演 田中裕子 岸部一徳 仁科亜季子
   渡辺美佐子 上田耕一 香川照之
   杉本哲太 鈴木砂羽 左右田一平

ストーリー
幼い頃に父と死別し青春時代に母も失った大場美奈子(田中裕子)は、未婚のまま故郷の町で50歳を迎え早朝は牛乳配達、昼間はスーパーのレジ係をしている。
彼女には親の友人皆川敏子(渡辺美佐子)がいるが、彼女の夫(上田耕一)は認知症の初期にあった。
一方、彼女と交際していた同級生の高梨槐多(岸部一徳)は、役所の児童課に勤務し親の虐待を受けている児童の保護にあたっている。
彼には余命いくばくもない病床の妻の高梨容子(仁科亜季子)がおり献身的に介護をしている。
二人にはかつて中学時代、親同士の不倫が発覚し疎遠になってしまったが暗い過去があった。
美奈子の母親(鈴木砂羽)と高梨の父親(杉本哲太)が不慮の事故死をとげ不倫関係が世間の明るみとなり、以降は互いの恋愛感情を封印するのが最善と考え相手を無視しつつ別々の人生を歩んで来たのだが、美奈子はその想いをラジオへ密かに投稿してしまう。
それを偶然耳にした槐多の妻で末期癌に侵された容子に全てを悟られてしまう。
ある日、高梨宅への配達時に牛乳箱で自分宛の容子からの至急会いたいというメモを見つける。
不信に思いつつ訪問する美奈子へ、「夫は今でもあなたを慕っているので私が死んだら夫と一緒になってほしい。それが最期の願い」と告げられ、唐突な内容と頼みに激しく動転する美奈子。
だが、容子は死期を迎えることになった。
葬儀も終え一段落し高梨を誘い、お互いの親の事故現場を訪れた二人は今までの積年の想いを伝える。
そして初めて結ばれた…。
彼女を心配する亡母の友人の敏子に今後のことを問われ、「これから本でも読みます」と答えた。

寸評
若い人がこの映画を見ると、何故と疑問を呈することが多くて、登場する人々の気持ちがわからないのではないか?
提起される問題はどれもこれも深刻だ。
幸いにして、私の子供は児童虐待などをしていないが、いつ自分が認知症に襲われるかもしれないし、いづれは妻かあるいは私がそれぞれの伴侶の介護をする日がやってくる。
そのような状況が身に迫っているだけに、それらを背景に起きる出来事は、私にはさして違和感のないもので理解出来てしまうのだ。

岸部一徳の槐多は劇的な死を遂げた父のせいで「絶対に平凡に生きてやる、必死になってそうしてきた」と言う。
必死に平凡たろうとしてきたのは、平凡ではない思いを抱いているからだが、そこから踏み出すことはできない。
平穏そうに見える生活を維持しようとひたすら生きてきたように見える。
その平穏と対極にあるのが、児童虐待や認知症といった問題で、槐多と美奈子の平凡さを浮き立たせるためにそれらのエピソードが挿入される。
彼らの長年にわたる平凡さで、後半の感情の爆発を誘引させる描きかたに感動する。

槐多が美奈子の配達した牛乳を一口飲んで捨てるというシーンなどは、美奈子とつながっていたいという口には出せない感情による行為として実によくわかるのだ。
わけあって別れた女性を、普通の結婚生活を送りながら何十年も思い続けている気持ちも理解できる。
それは健全な家庭生活を築き上げることと矛盾しないのではないか。
この思い続けることをモチーフにした映画として篠原哲雄監督の「はつ恋」を思い出すが、あちらは再会した二人は結ばれなかったが、こちらの二人は結ばれる。
どちらもいいんだなあ…。どちらも好きな映画だなあ…。

自分が容子の立場だったらどうしただろう?
精神的浮気をし続けた裏切り者として弾劾するだろうか、それとも病身の自分を献身的に看病してくれた夫として感謝するだろうか。
おそらく自分は後者で、それが自分のプライドでもあるとして、「世話になった、有難う、好きな人と一緒になって欲しい」と言うのではないかと思うのだ。
美奈子と槐多が結ばれるシーンはリアリティがあり、この場面の田中裕子は色っぽさと、堰が切って落とされたような感情を見事なまでに表現していた。
ついに美奈子が「カイタ!」と名前で呼びかける瞬間のスリルは思わずゾクッとしてしまう瞬間だ。

もしも妻が先立ち自分ひとりになった時、話相手のいない私は収集したDVDを見て過ごすか、蔵書を再び読み返すかするのではないか。
取り残された寂しさを乗り越えて、いつか映画を見る日、いつか読書する日がやってくるのだと思う。
でも、やはり、自分が先だろうな…。
渋い、大人の純愛映画だった。


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