「お早よう」 1959年 日本
監督 小津安二郎
出演 佐田啓二 久我美子 笠智衆 三宅邦子 杉村春子 設楽幸嗣
島津雅彦 泉京子 高橋とよ 沢村貞子 東野英治郎 長岡輝子
三好栄子 田中春男 大泉滉 須賀不二夫 殿山泰司 佐竹明夫
諸角啓二郎 桜むつ子
ストーリー
東京の郊外--小住宅の並んでいる一角。
組長の原田家は、辰造(田中春男)、きく江(杉村春子)の夫婦に中学一年の子・幸造(白田肇)、それにお婆ちゃんのみつ江(三好栄子)の四人暮し。
原田家の左隣がガス会社に勤務の大久保善之助(竹田法一)の家で、妻のしげ(高橋とよ)、中学一年の善一(藤木満寿夫)の三人。
大久保家の向い林啓太郎(笠智衆)の家は妻の民子(三宅邦子)と、これも中学一年の実(設楽幸嗣)、次男の勇(島津雅彦)、それに民子の妹有田節子(久我美子)の五人暮し。
林家の左隣・老サラリーマンの富沢汎(東野英治郎)は妻とよ子(長岡輝子)と二人暮し。
右隣は界隈で唯一軒テレビをもっている丸山家で、明(大泉滉)・みどり(泉京子)の若い夫婦は万事派手好みで近所のヒンシュクを買っている。
そして、この小住宅地から少し離れた所に、子供たちが英語を習いに行っている福井平一郎(佐田啓二)が、その姉で自動車のセールスをしている加代子(沢村貞子)と住んでいる。
向う三軒両隣、日頃ちいさな紛争はあるが和かにやっている。
相撲が始まると子供たちが近所のヒンシュクの的・丸山家のテレビにかじりついて勉強をしないのである。
民子が子どもの実と勇を叱ると、子供たちは、そんならテレビを買ってくれと云う。
啓太郎が、子供の癖に余計なことを言うな、と怒鳴ると子供たちは反撃に出て沈黙戦術が始まった…。
寸評
最後の方で「はっちょうなわて」という駅が出てくるから、場所は川崎市の鶴見川あたりの土手下と思われる。
市営住宅が立ち並んでいるが、この頃にはこのような市営住宅が日本のあちこちにあった。
同じような家が立ち並び、玄関を開けると通りを挟んで向かいの家があり、お互いの台所が丸見えだ。
隣近所が非常に近く、住人たちは特に主婦たちと子供たちはお互いの家を行き来している。
そんな環境の中での人情喜劇といった感じで、話自体はたわいのないもので大したことも起きず、ただただご近所の日常を描いているに過ぎない。
奥さん連中は婦人会の会費をめぐってちょっとしたいざこざを起こしている。
ちょっとした物の貸し借りでもうわさが飛び交う始末である。
当事者たちはある人とはうわさ話をし、ある人とは険悪になったりするが、すぐにまた打ち解け合う。
子供たちはオナラ遊びに興じているが、オナラをこんなに描いた映画は古今東西この作品だけだろう。
近所の子供たちはテレビを持っている丸山家に夕刻から入り浸っている。
相撲中継を見せてもらうためで、あの頃はテレビを持っている家は珍しく、僕もテレビのある家に見に行っていた記憶がある。
1959年(昭和34年)4月10日の皇太子と美智子様とのご成婚パレードも隣の家で見せてもらった。
相撲中継では初代若乃花の名前が何度も出てくるし、わずかに若秩父の名前も聞こえる。
若秩父はほとんどの地位が前頭だったような気がするが愛嬌のあるお相撲さんで懐かしい。
林家の子供たちはテレビを買ってほしいとせがむが、「余計なことを言うんじゃない、静かにしていろ」と言われ、それを契機に口を利かないと言う抵抗をみせる。
この時、笠智衆が言った余計なことというのが後半の大きなテーマになっていく。
大人たちは題名となっている「お早よう」の挨拶や、「どちらへ?」「ちょっとそこまで」といった余計な会話をしているが、それは世の中の潤滑油で無駄と思われる行為も必要なのだという。
無駄なことは言うが、肝心なことはなかなか言わないのも大人の世界なのだが、それを佐田啓二と久我美子の恋愛感情に反映させている。
明確なテーゼとして描くのではなく、日常スケッチの様な感じで描き続けているので、ちょっとした笑いが起こるホームドラマで罪がない。
夜の商売についているらしい丸山夫婦は近所の自分たちに対するうわさ話に耐えられず引っ越していく。
直接的なシーンは描かれていないが、親たちはこの家に出入りするのを快く思っていないようだ。
ちょっとお上品な三宅邦子も引っ越したいと言うが、妹の久我美子に山奥にでも行かない限りどこに行っても隣近所はあると言われる。
隣近所はここに描かれたような交流があると煩わしいものではあるが、一方でお互いに思いやることもあっていい面もある。
徐々に失われつつある昭和の人付き合いでもあるし、啓太郎は富沢の再就職への協力としてテレビを購入してやる義理人情を持ち合わせている。
この作品で描かれたような軽妙さは、その多少はあるものの小津作品の底流を流れているものなのだろうと思う。
小津安二郎先生は、蒲田撮影所で、『生まれてはみたけれど』の舞台は、蒲田の目蒲線のあたりです。
泉京子が普通の映画に出ている数少ない作品です。泉京子は、松竹の「海女映画のヒロイン」でした。山田太一や篠田昌浩は、この海女映画の助監督で、彼女たちの下半身に向けたカメラに指示を与えていたそうです。
後に、『いれずみ無残』に出た荒井千鶴子も、松竹の大部屋女優で、でかいだけの大根でしたね。ここから、日活ロマンポルノへはすぐそばでした。
申し訳ありませんと言う気持ちです。