< ストーリー >
家族にまつわるモノを集める収集癖がある、
少々内向的な、ユダヤ系アメリカ人青年ジョナサン ( E・ウッド ) は、
第二次世界大戦中に、彼の祖父がともに過ごした女性アウグスチーネの
消息をたずねるため、ウクライナへと向かいます。
戸惑い気味にウクライナに降り立った、ジョナサンを迎えたのは、
アメリカ文化に対してちょっとズレた憧れを抱き、
素っ頓狂な英語で通訳をする地元ッ子のアレックス ( E・ハッツ ) と、
運転手ながら、何故か目が見えないと言い張るアレックスの祖父 ( B・レスキン ) 、
そして、盲導犬? のサミー・デイビス・Jr・Jr 。
オンボロ車に乗りながらの、3人と1匹の “ 難い人探しの旅 ” は、
向日葵の咲き乱れる1軒の家にたどりついた時、
彼ら3人の意外な繋がりを明らかにして、結末を迎えます。
*~*~*~*~*~*~*~*~*
原作は、しばらく前に読みました。
小説では、アウグスチーネをたずねる旅が終ってから後、
ジョナサンとアレックスの間で手紙がやりとりされ、
A. ジョナサンの執筆する、トラキムブロドを舞台にした小説原稿
B. Aに対するアレックスの感想や、近況が記された手紙文
C. アレックスが書く、アウグスチーネ探しの旅の回想録
という、3つのパートが交錯しながら話が進んでいきましたが、
映画ではさすがに、“ アウグスチーネ探しの旅 ” だけに絞って、
物語をスッキリと構築しなおしてありました。
映画は、良かったです。
ただ、原作の結末がしっかり記憶に残っていたので、
ある登場人物の表情や、仕草を見るにつけ、
これが、ラストへの伏線なんだよな ・・ と思った途端に、
居たたまれなくなってしまい、中盤以降は泣きながらの鑑賞だった為、
冷静な判断力が、相当に欠けていた状態だった気もしますけれど ^ ^ ;
そうした意味では、原作を知らない観客を、
どれだけ物語の中に引き込める力を持った作品なのかが、
残念ながら、私には判らないんですよね。。
ただ、実際、上手く作ってあったなぁとは思います。
この作品、物語進行の構成だけでなく、
ちょこちょこ、あちこちの設定を原作から変えてあるんですが、
映画を観ている間は、その辺りが全然気にならなかったんですよね。
ここ、原作と違っているなぁーと思っても、
次の瞬間には、すっと、スクリーンに集中してしまっている。。
もっと言ってしまうと、改変されてしまったことで、
本来は伏線だったはずの描写が、受け皿となるエピソードを削られてしまい、
全く意味を為さないシーンとなっていたり、
いくつかの設定同士が、矛盾した関係に陥っているなど、
原作既読の有無に関わらず、ストーリーの展開を追っていくうちに、
「 あれっ? 」 と引っ掛かってしまうような部分が、実は何ヶ所かあったのに、
結局、そうした点に気づいたのは、映画を鑑賞した翌日になってからでした。
これは、やっぱり、役者たちの演技と、
彼らをどう見せていくかという撮り方や演出が、上手かったからなんでしょうね。
お蔭で、鑑賞中は余計なことに気を取られずに済みました。
役者陣ではアレックスと、彼の祖父が、特にイイ味を出していました。
この作品、主演はイライジャとなっていますが、
彼が演じるジョナサンの役割は、実質的には狂言回しであり、
物語上の主役は、アレックスの祖父と、孫のアレックスになるので、
見せるべきところを、手堅く見せてきたという訳ですね。
( だから、ジョナサンに焦点をあわせてしまっている邦題には不満があります )
アレックスは、原作にあった “ 可笑しさ ” と “ 面白み ” である、
インチキ英語を使う外見とは裏腹に、本当は、ものすごくイイ奴なんだよね
というギャップが、薄れてしまっていたのも事実なんですが、
( 彼の英語をきちんと聴き取れたら、その限りではないのかも
しれませんけれど、字幕での表現にはやはり限界がありました ・・ )
本業はミュージシャンで、映画出演が初めてだったとは思えないくらいに、
ユージンの演じたアレックスには存在感があり、魅力的でした。
偏屈で不器用な、アレックスのお祖父ちゃんも、
彼の抱え込んでいる苦悩が、画面から滲み出てくるようで、
思いっ切り、感情移入させられてしまいました。
彼の過去設定を、原作とは違う内容にしてしまったことは、
正直、賛否両論あるような気もしますが、
作品として伝えるべきポイントは外していなかったと、私は思います。
とても柔らかな色彩でつくられていた、映画でした。
明るい光のなかで、穏やかに語られるからこそ、
哀しみと深みが増す、物語もあります。
時間をつくって、また観に行きたいと思います。
*~*~*~*~*~*~*~*~*
家族にまつわるモノを集める収集癖がある、
少々内向的な、ユダヤ系アメリカ人青年ジョナサン ( E・ウッド ) は、
第二次世界大戦中に、彼の祖父がともに過ごした女性アウグスチーネの
消息をたずねるため、ウクライナへと向かいます。
戸惑い気味にウクライナに降り立った、ジョナサンを迎えたのは、
アメリカ文化に対してちょっとズレた憧れを抱き、
素っ頓狂な英語で通訳をする地元ッ子のアレックス ( E・ハッツ ) と、
運転手ながら、何故か目が見えないと言い張るアレックスの祖父 ( B・レスキン ) 、
そして、盲導犬? のサミー・デイビス・Jr・Jr 。
オンボロ車に乗りながらの、3人と1匹の “ 難い人探しの旅 ” は、
向日葵の咲き乱れる1軒の家にたどりついた時、
彼ら3人の意外な繋がりを明らかにして、結末を迎えます。
*~*~*~*~*~*~*~*~*
原作は、しばらく前に読みました。
小説では、アウグスチーネをたずねる旅が終ってから後、
ジョナサンとアレックスの間で手紙がやりとりされ、
A. ジョナサンの執筆する、トラキムブロドを舞台にした小説原稿
B. Aに対するアレックスの感想や、近況が記された手紙文
C. アレックスが書く、アウグスチーネ探しの旅の回想録
という、3つのパートが交錯しながら話が進んでいきましたが、
映画ではさすがに、“ アウグスチーネ探しの旅 ” だけに絞って、
物語をスッキリと構築しなおしてありました。
映画は、良かったです。
ただ、原作の結末がしっかり記憶に残っていたので、
ある登場人物の表情や、仕草を見るにつけ、
これが、ラストへの伏線なんだよな ・・ と思った途端に、
居たたまれなくなってしまい、中盤以降は泣きながらの鑑賞だった為、
冷静な判断力が、相当に欠けていた状態だった気もしますけれど ^ ^ ;
そうした意味では、原作を知らない観客を、
どれだけ物語の中に引き込める力を持った作品なのかが、
残念ながら、私には判らないんですよね。。
ただ、実際、上手く作ってあったなぁとは思います。
この作品、物語進行の構成だけでなく、
ちょこちょこ、あちこちの設定を原作から変えてあるんですが、
映画を観ている間は、その辺りが全然気にならなかったんですよね。
ここ、原作と違っているなぁーと思っても、
次の瞬間には、すっと、スクリーンに集中してしまっている。。
もっと言ってしまうと、改変されてしまったことで、
本来は伏線だったはずの描写が、受け皿となるエピソードを削られてしまい、
全く意味を為さないシーンとなっていたり、
いくつかの設定同士が、矛盾した関係に陥っているなど、
原作既読の有無に関わらず、ストーリーの展開を追っていくうちに、
「 あれっ? 」 と引っ掛かってしまうような部分が、実は何ヶ所かあったのに、
結局、そうした点に気づいたのは、映画を鑑賞した翌日になってからでした。
これは、やっぱり、役者たちの演技と、
彼らをどう見せていくかという撮り方や演出が、上手かったからなんでしょうね。
お蔭で、鑑賞中は余計なことに気を取られずに済みました。
役者陣ではアレックスと、彼の祖父が、特にイイ味を出していました。
この作品、主演はイライジャとなっていますが、
彼が演じるジョナサンの役割は、実質的には狂言回しであり、
物語上の主役は、アレックスの祖父と、孫のアレックスになるので、
見せるべきところを、手堅く見せてきたという訳ですね。
( だから、ジョナサンに焦点をあわせてしまっている邦題には不満があります )
アレックスは、原作にあった “ 可笑しさ ” と “ 面白み ” である、
インチキ英語を使う外見とは裏腹に、本当は、ものすごくイイ奴なんだよね
というギャップが、薄れてしまっていたのも事実なんですが、
( 彼の英語をきちんと聴き取れたら、その限りではないのかも
しれませんけれど、字幕での表現にはやはり限界がありました ・・ )
本業はミュージシャンで、映画出演が初めてだったとは思えないくらいに、
ユージンの演じたアレックスには存在感があり、魅力的でした。
偏屈で不器用な、アレックスのお祖父ちゃんも、
彼の抱え込んでいる苦悩が、画面から滲み出てくるようで、
思いっ切り、感情移入させられてしまいました。
彼の過去設定を、原作とは違う内容にしてしまったことは、
正直、賛否両論あるような気もしますが、
作品として伝えるべきポイントは外していなかったと、私は思います。
とても柔らかな色彩でつくられていた、映画でした。
明るい光のなかで、穏やかに語られるからこそ、
哀しみと深みが増す、物語もあります。
時間をつくって、また観に行きたいと思います。
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映画 『 僕の大事なコレクション 』 ◇原題:Everything Is Illuminated ◇関連サイト:公式サイト (日本版) (US版) IMDb (関連ページ) ◇鑑賞日:2006. 5. 2. 映画館にて |