今月から配信がスタートした、Netflix制作の映画「キング」。
配信前より一部の劇場で公開され 、題材的にも大きなスクリーンで見たかったので、
映画館まで足を運びました。
シェイクスピアの史劇「ヘンリーIV世 第一部」「ヘンリーIV世 第二部」「ヘンリーV世」を
ベースにしていますが、私自身は、戯曲、舞台、過去の映像化作品のいずれも未読・未見のため、
ざっくりした話の筋しか知らない状態での鑑賞です。
▼▽▼ 以下、ネタバレあり ▽▼▽
時代は15世紀初頭。
終わらぬ戦乱により荒廃し、疲弊するイングランド。
先の国王リチャードII世を廃位に追い込み、王位を簒奪したヘンリーIV世の統治は、
諸侯が相次いで反乱を起こし、ウェールズの豪族やスコットランド貴族との戦いに明け暮れ、
更には、正統に就いた玉座とは言い難い後ろ暗さも相俟って、リチャードII世の追放に尽力した
パーシー家の一族とも対立、遂にはノーサンバランド伯の息子で、勇猛な戦士として評価の高い
'ホットスパー' ヘンリー・パーシーに反旗を翻されます ── 。
シェイクスピアの第2史劇四部作 'ヘンリアド' では、唯一、
1作目の 「リチャードII世」を以前にRSCライブで見ている こともあり、そこから繋がる因果応報が
たっぷり描かれるであろう「ヘンリーIV世 第一部」にこそ、個人的には興味を覚えるのですが、
映画「キング」の主人公は、ヘンリーIV世の放蕩息子ハル王子(後のヘンリーV世)です。
そのため、ハルがホットスパーと一騎討ちで勝負をつける
シュルーズベリーの戦いまでが描かれる「ヘンリーIV世 第一部」は、寧ろ序章であり、
続く「ヘンリーIV世 第二部」で語られる、ヘンリーIV世の病没とハル王子の即位を経て、
「ヘンリーV世」のエピソードである、フランスへの遠征とアジャンクールの戦い、
フランス王女カトリーヌとの結婚が、本作の構成ではメインに据えられているのですが、
まぁ、これは仕方が無いですね。
映画「キング」は、以下の2点が印象に残るように作られていると思いました。
1つ目は、戦に勝利した側の高揚感が見られないこと。
冒頭のシーン、戦いの終結した野を歩くホットスパーが、死にきれずに苦しむスコットランドの
敗残兵に止めを刺してやる様子にはじまり、そのホットスパーを討ち破った際のハルも、
そして、即位後に国王ヘンリーV世として軍を率いて渡仏して以降も、包囲戦で敵を追い詰め
降伏させても、不利な軍勢ながら戦術を駆使してアジャンクールで大勝しても、
前面に打ち出されるのは空虚さばかり。
2つ目は、ハルに '事の本質を見極める' 旨の助言をするのが、年若い王女たちであること。
1人はハルの妹で、デンマーク王家に嫁がされた、イングランド王女フィリッパ。
もう1人は、フランス国王シャルル6世の娘で、ハルことヘンリーV世の妃になったカトリーヌ。
歴史の中で、政略結婚の駒や戦利品の褒賞という、政治の道具的立場に追いやられた女性たちを、
鋭い洞察力を持ち、話すべき相手とタイミングとを心得た、賢さを備えたキャラクターとして
登場させたのは、大変好印象でした。
戯曲「ヘンリーV世」に基づく他作品に触れたことが無いため、この戯曲のスタンダードな解釈が
わからないのですが、無意味な争いを厭い、戦いを回避しようとする、映画「キング」の 'ハル像' は
主流派なのか否か ・・ 何となく、史実と違う諸々 に鑑みても、後者のような気はしておりますが。
本作のハルは、周囲の反応から窺う限り、国王の放蕩息子というポジションにいることは明白ですが、
宮廷から距離を置いた理由の一つに、戦つづきの父ヘンリーIV世の政策に対する嫌悪もあったのでは? と
感じさせる節があります。この点は、'国のために始めたはずの戦いが、今では国土を戦火にさらし続けている' と
国王を激しく非難したホットスパーに重なるようでもあり、その二人が最終的に敵として対峙する件りは、
ハルと我々観客に対して、十分に不条理なインパクトを与えます。
即位後も、映画「キング」のヘンリーV世は、父ヘンリーIV世とは違うやり方で国政に挑もうとするものの、
前王の御代から宮廷に仕え、政界に身を置き続けて権力闘争を生き抜いてきた手練手管の重臣には、
やはり敵いませんでした。終盤のシークエンスで、結局、新王は家臣の掌の上で転がされていただけだと
判明する訳ですが、その顛末描写の皮肉っぷりには唖然とさせられます。
序章を締め括ったシュルーズベリーでの決闘から、本編ラストの長官殺しへと至ることで、
為政者として清濁併呑せざるを得ない道を進むことになったハルの、通過儀礼の物語がここに完結です。
終章で映し出される若き王と王妃が手を取りあう姿は、希望を感じさせるようでもあり、
終わりのはじまりのようでもあると、私には見えました。
なお、今回のレビューでフォルスタッフに一切言及していないのは、敢えてです。
彼はシェイクスピア作品の登場人物の中でも、特に個性の強いキャラクターの1人だと思いますが、
本作だけを見て、その解釈を鵜呑みして良いとは到底思えないので。
脚本を書き、かつ、同役を演じた人の 'こうあれかし' が、だいぶ入り込んでいるようです。
*~*~*~*~*~*~*~*~*
映画館では、2回鑑賞しました。
まずは公開初日に、時々利用している都内の映画館で 1回目を。
2回目は、高画質な4Kで上映されると知って 、本厚木まで遠出しました。
Netflix作品で初めて日本の映画館で公開されたのは、アカデミー賞受賞後の「 ROMA/ローマ 」ですが、
同作の各種アワードへのノミネート資格について、海外では物議を醸しており 、
それを受けて、今年は複数のNetflix作品が賞レース前の劇場上映実績づくりのために、
アメリカをはじめとする 各国の映画館で公開することを検討 していました。
日本でも引続き、「 アイリッシュマン 」「 マリッジ・ストーリー 」「 2人のローマ教皇 」
などが、映画館での上映を予定 しています。
*~*~*~*~*~*~*~*~*
映画 『キング』
◇原題:The King
◇関連サイト:公式サイト ( 日本版 )、IMDb ( 関連ページ )
◇鑑賞日:2019.10.25. & 11.6. 映画館にて
配信前より一部の劇場で公開され 、題材的にも大きなスクリーンで見たかったので、
映画館まで足を運びました。
シェイクスピアの史劇「ヘンリーIV世 第一部」「ヘンリーIV世 第二部」「ヘンリーV世」を
ベースにしていますが、私自身は、戯曲、舞台、過去の映像化作品のいずれも未読・未見のため、
ざっくりした話の筋しか知らない状態での鑑賞です。
▼▽▼ 以下、ネタバレあり ▽▼▽
時代は15世紀初頭。
終わらぬ戦乱により荒廃し、疲弊するイングランド。
先の国王リチャードII世を廃位に追い込み、王位を簒奪したヘンリーIV世の統治は、
諸侯が相次いで反乱を起こし、ウェールズの豪族やスコットランド貴族との戦いに明け暮れ、
更には、正統に就いた玉座とは言い難い後ろ暗さも相俟って、リチャードII世の追放に尽力した
パーシー家の一族とも対立、遂にはノーサンバランド伯の息子で、勇猛な戦士として評価の高い
'ホットスパー' ヘンリー・パーシーに反旗を翻されます ── 。
シェイクスピアの第2史劇四部作 'ヘンリアド' では、唯一、
1作目の 「リチャードII世」を以前にRSCライブで見ている こともあり、そこから繋がる因果応報が
たっぷり描かれるであろう「ヘンリーIV世 第一部」にこそ、個人的には興味を覚えるのですが、
映画「キング」の主人公は、ヘンリーIV世の放蕩息子ハル王子(後のヘンリーV世)です。
そのため、ハルがホットスパーと一騎討ちで勝負をつける
シュルーズベリーの戦いまでが描かれる「ヘンリーIV世 第一部」は、寧ろ序章であり、
続く「ヘンリーIV世 第二部」で語られる、ヘンリーIV世の病没とハル王子の即位を経て、
「ヘンリーV世」のエピソードである、フランスへの遠征とアジャンクールの戦い、
フランス王女カトリーヌとの結婚が、本作の構成ではメインに据えられているのですが、
まぁ、これは仕方が無いですね。
映画「キング」は、以下の2点が印象に残るように作られていると思いました。
1つ目は、戦に勝利した側の高揚感が見られないこと。
冒頭のシーン、戦いの終結した野を歩くホットスパーが、死にきれずに苦しむスコットランドの
敗残兵に止めを刺してやる様子にはじまり、そのホットスパーを討ち破った際のハルも、
そして、即位後に国王ヘンリーV世として軍を率いて渡仏して以降も、包囲戦で敵を追い詰め
降伏させても、不利な軍勢ながら戦術を駆使してアジャンクールで大勝しても、
前面に打ち出されるのは空虚さばかり。
2つ目は、ハルに '事の本質を見極める' 旨の助言をするのが、年若い王女たちであること。
1人はハルの妹で、デンマーク王家に嫁がされた、イングランド王女フィリッパ。
もう1人は、フランス国王シャルル6世の娘で、ハルことヘンリーV世の妃になったカトリーヌ。
歴史の中で、政略結婚の駒や戦利品の褒賞という、政治の道具的立場に追いやられた女性たちを、
鋭い洞察力を持ち、話すべき相手とタイミングとを心得た、賢さを備えたキャラクターとして
登場させたのは、大変好印象でした。
戯曲「ヘンリーV世」に基づく他作品に触れたことが無いため、この戯曲のスタンダードな解釈が
わからないのですが、無意味な争いを厭い、戦いを回避しようとする、映画「キング」の 'ハル像' は
主流派なのか否か ・・ 何となく、史実と違う諸々 に鑑みても、後者のような気はしておりますが。
本作のハルは、周囲の反応から窺う限り、国王の放蕩息子というポジションにいることは明白ですが、
宮廷から距離を置いた理由の一つに、戦つづきの父ヘンリーIV世の政策に対する嫌悪もあったのでは? と
感じさせる節があります。この点は、'国のために始めたはずの戦いが、今では国土を戦火にさらし続けている' と
国王を激しく非難したホットスパーに重なるようでもあり、その二人が最終的に敵として対峙する件りは、
ハルと我々観客に対して、十分に不条理なインパクトを与えます。
即位後も、映画「キング」のヘンリーV世は、父ヘンリーIV世とは違うやり方で国政に挑もうとするものの、
前王の御代から宮廷に仕え、政界に身を置き続けて権力闘争を生き抜いてきた手練手管の重臣には、
やはり敵いませんでした。終盤のシークエンスで、結局、新王は家臣の掌の上で転がされていただけだと
判明する訳ですが、その顛末描写の皮肉っぷりには唖然とさせられます。
序章を締め括ったシュルーズベリーでの決闘から、本編ラストの長官殺しへと至ることで、
為政者として清濁併呑せざるを得ない道を進むことになったハルの、通過儀礼の物語がここに完結です。
終章で映し出される若き王と王妃が手を取りあう姿は、希望を感じさせるようでもあり、
終わりのはじまりのようでもあると、私には見えました。
なお、今回のレビューでフォルスタッフに一切言及していないのは、敢えてです。
彼はシェイクスピア作品の登場人物の中でも、特に個性の強いキャラクターの1人だと思いますが、
本作だけを見て、その解釈を鵜呑みして良いとは到底思えないので。
脚本を書き、かつ、同役を演じた人の 'こうあれかし' が、だいぶ入り込んでいるようです。
*~*~*~*~*~*~*~*~*
映画館では、2回鑑賞しました。
まずは公開初日に、時々利用している都内の映画館で 1回目を。
2回目は、高画質な4Kで上映されると知って 、本厚木まで遠出しました。
Netflix作品で初めて日本の映画館で公開されたのは、アカデミー賞受賞後の「 ROMA/ローマ 」ですが、
同作の各種アワードへのノミネート資格について、海外では物議を醸しており 、
それを受けて、今年は複数のNetflix作品が賞レース前の劇場上映実績づくりのために、
アメリカをはじめとする 各国の映画館で公開することを検討 していました。
日本でも引続き、「 アイリッシュマン 」「 マリッジ・ストーリー 」「 2人のローマ教皇 」
などが、映画館での上映を予定 しています。
*~*~*~*~*~*~*~*~*
映画 『キング』
◇原題:The King
◇関連サイト:公式サイト ( 日本版 )、IMDb ( 関連ページ )
◇鑑賞日:2019.10.25. & 11.6. 映画館にて