ささやんの天邪鬼 座右の迷言

世にはばかる名言をまな板にのせて、迷言を吐くエッセイ風のブログです。

「プーチンの戦争」に対するハラリ

2022-06-04 06:34:18 | 日記


世界的なベストセラー『サピエンス全史』の著者として名高い歴史学者、ユヴァル・ノア・ハラリ氏が、ロシアによるウクライナ侵攻を受け、英紙「ガーディアン」紙に緊急寄稿した。タイトルは「プーチンは負けた――ウラジーミル・プーチンがすでにこの戦争に敗れた理由(原題:Why Vladimir Putin has already lost this war)」である。
この表題に示されているように、ハラリ氏は、プーチン大統領が今回の戦争では「すでに敗けている」と断言している。テレビのニュースなどから判断する限り、ロ−ウク戦争の戦況は一進一退を繰り返し、まだ決定的な決着は見られない。プーチン大統領がこの戦争で「すでに敗けている」と判断するハラリ氏の根拠は、一体何なのか。

この点に興味を持ち、私はこの論考を読みはじめた(ネタ元は「Web河出」に掲載の記事による)。

私が興味を持った点は、もう一つある。ハラリ氏はこの論考とは別に、クーリエ・ジャポン編集部のインタビューに答えて、次のように述べている。「この戦争すべての基本的原因は、プーチンが頭のなかで空想を作り上げたことにあります。」
プーチンをウクライナ侵攻へと駆り立てた原因が彼の「妄想」にある、とする点では、ハラリ氏は私と同じ見方に立っている。ただ、この「空想=妄想」の中身は、私の理解とは全く違っている(ネタ元は「PRESIDENT Online」掲載の記事による)。

では、ハラリ氏が理解するプーチンの「空想」とは、どういうものなのか。また、彼はどういう理由から、そう見なすのか。ーーこれが私が興味を持った第二の論点である。


まず第一の論点から見ていこう。ハラリ氏の主張によれば、「一国を征服するのは簡単でも、支配し続けるのははるかに難しい」。ウクライナの国家を今後ずっと支配し続けることができなければ、プーチンはこの戦争の勝者とはいえないとハラリ氏は言うのである。
現実はどうか。「ウクライナの人々は渾身の力を振り絞って抵抗しており、全世界の称賛を勝ち取るとともに、この戦争にも勝利しつつある。この先、長らく、暗い日々が待ち受けている。ロシアがウクライナ全土を征服することは、依然としてありうる。だが、戦争に勝つためには、ロシアはウクライナを支配下に置き続けなければならないだろう。それは、ウクライナの人々が許さないかぎり現実にはならない。そして、その可能性は日に日に小さくなっているように見える。」

さて、第二の論点であるが、プーチンをウクライナ侵攻へと駆り立てたのは、「ウクライナは現実には存在しない、ウクライナ人はロシアに吸収されたがっている、それを阻んでいるのはナチ一派だけだ」という臆断であり、妄想であるというのが、ハラリ氏の見方である。

この妄想のせいで、プーチンは「ウクライナを侵略した瞬間にゼレンスキー大統領は逃亡し、ウクライナ軍は降伏し、国民は花を持ってロシアの戦車を出迎え、ウクライナはロシアの一部に戻るはずだ」と考えた、とハラリ氏は言う。にもかかわらず、だれもが知るとおり、事実はそんなふうには展開しなかった。

ハラリ氏の理解するプーチンの「妄想」はずいぶんアグレッシブであり、楽観的なものだが、私が理解するそれは、かなり被害妄想的であり、自虐的なものであって、それだけ切羽詰まっている。

かつて私は本ブログで次のように書いた。
「ウクライナがNATO加盟の意思を表明したとき、ロシア側の頭目・プーチンの警戒心は恐怖へと変わり、この男は『NATOの東方拡大の動きを何が何でも今、ここで食い止めないと、俺たちはNATOによって呑み込まれる!』と考えたに違いない。
『このままでは俺たちは呑み込まれる!潰される!』という、断末魔にも似た悲痛な叫びーー。この悲痛な叫びがウクライナ侵攻の直接のトリガーになったと私は考えるが、いかがだろうか。」
(4月17日《ウクライナ侵攻 ロシアの言い分》)

ハラリ氏の理解が正しいのか、それとも私の理解が正しいのか、と二者択一を迫ることは、意味がない。おそらくプーチンというモンスターは、アグレッシブ・楽観的な面と、被害妄想的・悲観的な面と、その両極端を持っているのだろう。その両極端への振れ幅が、このモンスターの行動の振れ幅を形作るのだろう。

いずれにしても、ハラリ氏が言うように、プーチンがどうあってもこの戦争で「勝利」を得られないとすれば、それもこれも所詮は悪あがきに過ぎないのだが。

コメント
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