ゆこちんのトランペット

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忙中閑あり、閑中忙なし…かな?!(独り言的)

2011年01月24日 16時45分19秒 | Weblog
旦那が伴奏合わせをしにお出かけしていったよー!

私はおやすみ。今年に入って結構お休みが多い。若干焦る気持ちもあるのだけれど、いろいろ考えるときっと今こそ練習しどきに違いないと思うので、焦らずしっかりこの機会に何かを掴みたいと思っている。

ここ1カ月くらいか、なぜだか脳みそが回ってなかった気がする。もしかしたら「忙中閑あり、閑中忙なし」的な話で、休みだから頭が回らないのか?とも思ったり。

仕事的には休みなんだけれど、この仕事だからか?それとも私だからか分からないけれど、むしろいわゆる休日の方が、何だか心にゆとりがなくなる。

というのは、休みだからこそ練習しよう!という一種の強迫観念があるからかな。

と言っても、1年前なら本当に「強迫観念」だったと思うけれど、最近はちょっと違って、ある種の「やらなきゃ!」という焦りは依然あるけど、それよりも「練習して何かが掴めるぞ」という、楽しみの方が勝ってきている。練習すれば、昨日よりまた上手くなれる!というそんな楽しみ。

だから、練習したい。時間があったらあっただけ練習したくなる。

でも、同時に頭に浮かぶ言葉がある。

それは先日、知人が自分の生徒に対する教育感としてmixiに書いていたことで、「たくさん練習したという自己満足ではなく…」的な言葉。

ふとそれを読んで、ハッとしたり。自分では、たくさん練習したから…という自己満足でやってるわけじゃない、という気持ちと、では何を秩序だててやってるか明確に言えるのか?という気持ち。

ある程度の目安、目星、うーん、なんて言うんだろう…何かしら、これをやっていけばこう言う事が掴める、という方向性みたいなのは持って練習しているんだけど、では一応のゴールは何ですか?と聞かれたら、明確には答えられない。

いつまでにどうなっていようとしているのか?

それに明確に答えられない気がするのだ。


「今よりも、上手くなる」とか、「音域を確保する」とか、「この本番をしっかりやりたい」…そういう目標はある。

でも例えば生涯かけてでも「こうなりたいんじゃいッ!!」というのは何なんだろう?


んー、いや…自分としては例えばドク・セバリンセンみたいなショーができたら、超いいなーというのはあるね!
それは本当にやりたいことだな。

そしたら、そういう方向性を目指せばいいのか!



うん。

おっと話がさまよって来た…。


それと、自分は休むのがヘタクソだと思う。
時間があったら練習したいのだ。
せっかく休みなんだから、出かけたいとか、本を読みたいとか、なんかそういうのがあってもいいと思うんだけど、休みなら練習したくて、練習するのがいいのだ…。。。

まったく困ったもんだなぁ…。

だから、忙しい時の方が、いろんなことをしてるかもしれない。
ウチにいなかったりすれば、練習できない。練習できないともう決まっちゃってるんなら、仕方ない。じゃー、これをするか…となるのだ。

だからかな…休みがあればあるほど、時間がない気がするのは!!


次に続く…
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