長い坂道を下った所にその家はあった。
昔は毎日のようにそこへ通った。まるで自分の家であるかのように。
河村亮は、自信に満ちた表情を浮かべてそこに立つ。
目の前には青田会長が座っており、二人は向かい合っていた。
しかし会長は亮と目を合わせようとはしない。
長い沈黙の後、ペンを走らせながら会長が口を開いた。
「今更何の用だ?」
その冷徹な問いを前にして、亮はニッコリと微笑んだ。
まるで想定内だと言わんばかりに。
「はい!ちょっと頼み事がてら〜」「頼み事?」
「ここを離れる前に、一度ご挨拶をと思いましてね」
会長は仕事を続けながらそれに返答した。まだ亮の方を見ようとはしない。
「もう私の手は借りないんじゃなかったのか。今度は何の頼み事なんだね」
「ご存知でしょ?社長の吉川って奴のこと」
亮が口にしたその名を聞いた時、ようやく会長の手が止まった。
会長は顔を上げ、話を続ける亮を見つめる。
「知らないはずないですよね。
会長ならスポンサーになっていたヤツのその後の生活も把握してるはずです。
今まで黙って見ていたのはアイツを利用するかしないか、迷ってたんでしょう?」
「んなことしてないで、さっさと片付けちゃって下さいよ」
会長はペンを机の上に置いた。
そして厳しい眼差しで亮のことを見据える。
亮は笑みを崩さぬまま、持っていた封筒を差し向けた。
「ここに、吉川が今までしてきた悪事の全てが入ってます。
証人だって一人居る」
「このくらい朝飯前、ですよね?」
亮はそう言ってニヤリと笑う。
会長は眉間に皺を寄せながら、深く息を吐いた。
そんな会長を見て、亮は居直り話を続ける。
「厚かましいかもしれませんが、許して下さいよ。
自分のことはいいですけど、静香が心配で。
真面目に生きていこうとしてんのに、あの男が障害になってんだからしょうがないでしょ。
放っといたら静香に危害を加えかねないし」
「会長も静香のことは気掛かりでしょ?」
会長は亮の言葉を聞きながら、机に置かれた封筒に目を遣った。
暫しの間の後、「頼み事はそれだけか」と亮に聞く。
すると亮は臆面もなくその要求を口に出した。
「あ、出て行く前に金もちょっと工面して下さい。借金返したんで一文無しなんすよ、今」
堂々と金の無心をした亮に、思わず会長はじっとりとした視線を投げ掛けた。
会長は亮から目を逸し、呆れたように口を開く。
「結局最後まで変わらないのか。お前は結局こんな生き方しか出来ないのか?」
「さぁ‥」
亮は両手をポケットに突っ込むと、微かに首を傾げてこう言った。
「けど自分の息子を変える為に他人の子を連れて来て利用したんですから、
このくらいのことはしてもらわないと」
亮が口にしたその発言に、会長の目が見開かれる。
呆然とする彼を前に、亮はハッキリと言葉を続けた。
「金銭的にはとても良くして頂いて、それは本当に感謝してます。
けど最初から汚い意図を持ってオレらを引き取ったのは事実でしょう?」
「幼かったオレらを常に監視して、甘い言葉で操って。
けどオレらが問題を起こしたらお払い箱にしようと画策したこと、知らなかったとでも?」
「静香は最初からそのことを分かってましたけど、
オレはそれなりに傷ついたんです」
「そして淳もね」
淡々と語られる亮の告白に、会長は終始目を見張っていた。
亮はその元凶を真っ直ぐ見据えながら、自分達に掛けられた呪いを紐解いて行く。
「アンタがオレらを連れて来たことの意図を、自分の息子を変人扱いしてたことを、
誰よりも先に気付いていたのは淳だ。まさか知らなかったとか?」
会長はぐっと拳を握ると、亮に向かって反撃する。
「くだらん戯言ばかり達者だな。金欲しさに作り話か?」
「お前のようなヤツが‥」
まるで虫でも見るようなその目つきを、亮は俯瞰するように眺めていた。
亮はその口元を自虐で緩めながら、独り言のようにこう呟く。
「ほらな、オレ一人が悪者だ‥」
亮は再びニッと笑うと、その自虐を利用するように明るくこう続けた。
「いやいや、オレにそんな話作る頭があると思います?
オレは自分の人生の為に、図々しくも要求してるんですよ。
けどその反応を見ると、聞き入れて貰えそうですね」
「それじゃ、ここらでオレは失礼します。必要な金額と口座番号はメールで送りますから」
亮は口を開いたまま、会長に背を向け出入り口の方へと進んだ。
ドアに手を掛け、そこでふと立ち止まる。
胸の中に、様々な思いが一瞬駆け巡った。
その思いを胸に仕舞いつつ、亮はけじめの言葉を口にする。
「もうここに来ることもないでしょう」
「それでは、どうぞお達者で」
深々と頭を下げた後、亮は立ち去った。
会長の顔を見ることなく。
机の上に残された封筒を前にして、暫し会長は亮の背中の残像を追っていた。
もう物音は聞こえない。
長い長い坂道を、亮はまるで背負った重荷を全て下ろしたかのように軽い身体でゆっくりと上った。
怯えていた孤独の影は、もう亮の後を付いては来ないだろう。
正門を抜けたその先へ、亮は一人で歩いて行く‥。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<その先へ>でした。
亮さん‥!強くなったね‥!うおーん!
前回の青田家訪問<正門の先>では逃げるようにその門をくぐった亮さんですが、
今回の清々しそうな後ろ姿といったら!
前回と今回と良い対比になってますよね。
亮さんの未来に幸あれ‥!!
次回は<カラクリ>です。
☆ご注意☆
コメント欄は、><←これを使った顔文字は文章が途中で切れ、
半角記号、ハングルなどは化けてしまうので、極力使われないようお願いします!
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昔は毎日のようにそこへ通った。まるで自分の家であるかのように。
河村亮は、自信に満ちた表情を浮かべてそこに立つ。
目の前には青田会長が座っており、二人は向かい合っていた。
しかし会長は亮と目を合わせようとはしない。
長い沈黙の後、ペンを走らせながら会長が口を開いた。
「今更何の用だ?」
その冷徹な問いを前にして、亮はニッコリと微笑んだ。
まるで想定内だと言わんばかりに。
「はい!ちょっと頼み事がてら〜」「頼み事?」
「ここを離れる前に、一度ご挨拶をと思いましてね」
会長は仕事を続けながらそれに返答した。まだ亮の方を見ようとはしない。
「もう私の手は借りないんじゃなかったのか。今度は何の頼み事なんだね」
「ご存知でしょ?社長の吉川って奴のこと」
亮が口にしたその名を聞いた時、ようやく会長の手が止まった。
会長は顔を上げ、話を続ける亮を見つめる。
「知らないはずないですよね。
会長ならスポンサーになっていたヤツのその後の生活も把握してるはずです。
今まで黙って見ていたのはアイツを利用するかしないか、迷ってたんでしょう?」
「んなことしてないで、さっさと片付けちゃって下さいよ」
会長はペンを机の上に置いた。
そして厳しい眼差しで亮のことを見据える。
亮は笑みを崩さぬまま、持っていた封筒を差し向けた。
「ここに、吉川が今までしてきた悪事の全てが入ってます。
証人だって一人居る」
「このくらい朝飯前、ですよね?」
亮はそう言ってニヤリと笑う。
会長は眉間に皺を寄せながら、深く息を吐いた。
そんな会長を見て、亮は居直り話を続ける。
「厚かましいかもしれませんが、許して下さいよ。
自分のことはいいですけど、静香が心配で。
真面目に生きていこうとしてんのに、あの男が障害になってんだからしょうがないでしょ。
放っといたら静香に危害を加えかねないし」
「会長も静香のことは気掛かりでしょ?」
会長は亮の言葉を聞きながら、机に置かれた封筒に目を遣った。
暫しの間の後、「頼み事はそれだけか」と亮に聞く。
すると亮は臆面もなくその要求を口に出した。
「あ、出て行く前に金もちょっと工面して下さい。借金返したんで一文無しなんすよ、今」
堂々と金の無心をした亮に、思わず会長はじっとりとした視線を投げ掛けた。
会長は亮から目を逸し、呆れたように口を開く。
「結局最後まで変わらないのか。お前は結局こんな生き方しか出来ないのか?」
「さぁ‥」
亮は両手をポケットに突っ込むと、微かに首を傾げてこう言った。
「けど自分の息子を変える為に他人の子を連れて来て利用したんですから、
このくらいのことはしてもらわないと」
亮が口にしたその発言に、会長の目が見開かれる。
呆然とする彼を前に、亮はハッキリと言葉を続けた。
「金銭的にはとても良くして頂いて、それは本当に感謝してます。
けど最初から汚い意図を持ってオレらを引き取ったのは事実でしょう?」
「幼かったオレらを常に監視して、甘い言葉で操って。
けどオレらが問題を起こしたらお払い箱にしようと画策したこと、知らなかったとでも?」
「静香は最初からそのことを分かってましたけど、
オレはそれなりに傷ついたんです」
「そして淳もね」
淡々と語られる亮の告白に、会長は終始目を見張っていた。
亮はその元凶を真っ直ぐ見据えながら、自分達に掛けられた呪いを紐解いて行く。
「アンタがオレらを連れて来たことの意図を、自分の息子を変人扱いしてたことを、
誰よりも先に気付いていたのは淳だ。まさか知らなかったとか?」
会長はぐっと拳を握ると、亮に向かって反撃する。
「くだらん戯言ばかり達者だな。金欲しさに作り話か?」
「お前のようなヤツが‥」
まるで虫でも見るようなその目つきを、亮は俯瞰するように眺めていた。
亮はその口元を自虐で緩めながら、独り言のようにこう呟く。
「ほらな、オレ一人が悪者だ‥」
亮は再びニッと笑うと、その自虐を利用するように明るくこう続けた。
「いやいや、オレにそんな話作る頭があると思います?
オレは自分の人生の為に、図々しくも要求してるんですよ。
けどその反応を見ると、聞き入れて貰えそうですね」
「それじゃ、ここらでオレは失礼します。必要な金額と口座番号はメールで送りますから」
亮は口を開いたまま、会長に背を向け出入り口の方へと進んだ。
ドアに手を掛け、そこでふと立ち止まる。
胸の中に、様々な思いが一瞬駆け巡った。
その思いを胸に仕舞いつつ、亮はけじめの言葉を口にする。
「もうここに来ることもないでしょう」
「それでは、どうぞお達者で」
深々と頭を下げた後、亮は立ち去った。
会長の顔を見ることなく。
机の上に残された封筒を前にして、暫し会長は亮の背中の残像を追っていた。
もう物音は聞こえない。
長い長い坂道を、亮はまるで背負った重荷を全て下ろしたかのように軽い身体でゆっくりと上った。
怯えていた孤独の影は、もう亮の後を付いては来ないだろう。
正門を抜けたその先へ、亮は一人で歩いて行く‥。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<その先へ>でした。
亮さん‥!強くなったね‥!うおーん!
前回の青田家訪問<正門の先>では逃げるようにその門をくぐった亮さんですが、
今回の清々しそうな後ろ姿といったら!
前回と今回と良い対比になってますよね。
亮さんの未来に幸あれ‥!!
次回は<カラクリ>です。
☆ご注意☆
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