家の近くまで帰って来た雪が空を見上げると、空はまだ明るい街の明かりを反射し、鈍く光っていた。
そんな空を眺めながら、雪は思う。
今までスムーズに運んでいたことが、ある日突然行き詰まることもある
「あれ?」
視線の先に、見覚えのある人影があった。
フードを目深に被ったその人は、一人その場に佇んでいる。
少し離れているので、その表情は窺えない。よく見ると彼は、
カフェを経営する雪の叔父と、向い合って何やら会話をしている。
雪はその場に突っ立ったまま、彼の姿を見ていた。
ここ最近の彼とのぎこちなさから、すぐには声を掛けられない。
叔父は心配そうな顔をしながら、彼に何か声を掛けていた。
それを聞く彼は、あまり目立ったリアクション無く、ただ雪の叔父の言葉に頷いている。
暫くすると会話も終わったのか、二人はそれぞれの方向へと踏み出した。
叔父はカフェに戻り、彼は雪の居る方向へと歩みを進める。
するとこちらへ向かってくる彼と、目が合った。
雪は「あ‥」と言葉に詰まりながら、じっと彼のことを見つめている。
河村亮は雪から視線を外さず、それでも歩調を緩めはせず、ただこちらに向かってくる。
二人の間の距離が縮み、亮の視線は雪を見ている為下を向く。
雪はそんな亮のことを、ぽかんと口を開けながら見つめていた。
大きな切れ長の目が、亮の色素の薄い瞳を追って上を向く。
そしてすれ違うその時、雪と亮は同時に口を開いた。
「あの、河村氏ー‥」
「よぉ!」
亮はバッと手を上げて雪に応えると、そのまま立ち止まらずに歩いて行った。
雪は思わず呼び止める。
「えっ?いやあの!ちょっと‥!」
振り返った雪の目に映ったのは、
まるでガッツポーズのような格好をした亮の姿だった。
「”いやあの!ちょっとぉ~!”」
亮は雪の口調を真似すると、その後は鼻歌をハミングしながら歩いて行った。
あんぐりと口を開けた雪の目には、彼の背中しか入ってこない。
思わず首を捻った。
どうして河村氏は、最近ずっとこうなのだろう。
対処の仕方が分からないー‥。
「へ?はぁ‥?」
「知らないの?アイツが夜ここに来て、練習してること」
叔父は水筒いっぱいのコーヒーを差し出しながら、意外そうな顔をしてそう言った。
雪はそれを受け取りながら、「本当?」と初耳のその話を聞き返す。
「あぁ。コンクールに出るからって。ヘッドフォンして練習してるから出来はよく分からないけど、
指が踊ってるみたいに動いてたよ」 「あ‥」
リハビリの成果は着実に出ているようだ。
雪は宙を眺めながらこう思う。
すごく回復してるみたい‥
以前ここのガレージで「Maybe」を弾いてもらった時は、指がつっかえて演奏が止まった。
あれから時が過ぎ、彼の左手はきっと快方に向かっているのだ。
雪が思いを馳せていると、叔父が心配そうな顔をしながら口を開いた。
「何にしたって気掛かりだよ。口は悪いが、情に厚い良いヤツじゃないか。
だろう?」
「上手くいくといいけど‥」
彼の行く末を心配しているのは、雪だけではない。
それでも以前は気兼ねなくその関係性を形作っていた彼と、
今自分はどうしてこんなにぎくしゃくしているんだろう。
花火が打ち上がり消えるように、急に冷め切ってしまう日がある。
ではこんな日はどうやって、
どんな方法で対処すれば、賢明なのだろうか。
自分自身が思う”賢明な対処”を、他人が織りなす予測不能な出来事に対して行う。
考えれば考える程、とてつもなく難しいことだと思い知らされる。
彼らは自分とは違う人間で、誰しもが、違う生き方や異なる考えを持っているのだ‥。
帰宅した雪は自室にて、クローゼットを開けて服の選別をしていた。
引っ張り出してきた去年の服を、今年も着られるかどうかチェックしている最中だ。
これはまだイケる‥これはダメだ
お財布の中身が空の今、頼れるのは今持っている物だけである。
最大限去年の服で持ちこたえてみよう‥
どうにかなるハズ‥。にしても、安物は全部ダメだ‥
とりあえず選別は終わった。
が、部屋の中がグチャグチャだ。
あぁ‥こんなことしてる場合じゃないのに‥
溜息を吐きながら、雪は今やるべきことを考えて気を引き締める。
課題と‥期末テストと‥
すると傍らに積み上げてあった本に肩が触れ、
その山を崩してしまった。
「うわっ?!」
部屋の中はもう、何がなんだか‥。
「‥‥‥‥」
雪は天井を見上げながら、ぽつりと独りごちる。
「あーあ‥全部片付けて‥勉強して寝なきゃ‥」
散らかった部屋は、なんとなく雪の人生を象徴しているかのように混沌としていた。
一つ片付けたら一つまた散らかって、やるべきことは常にその後ろに控えている。
空には半月が浮かんでいた。
薄曇りの空に、鈴虫の鳴く声が響いている。
皆既に寝静まった夜更けに、虫の音を聞きながら、雪はまたふと一人思う。
絶えずゴタゴタがあって、
絶えず賢明な対処が要求される日々。
23歳の初冬。
人々の間で曖昧に揺れていた夏から半年、色々なことを経験した。
そしておそらくこれからも、様々なことに直面し、乗り越えて行くんだろう。
自分の判断は”賢明な対処”だっただろうかと、いつだって自身に問いかけながら。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<賢明な対処>でした。
真面目な雪ちゃんらしい、真面目なモノローグを挟む回でしたね~^^
そして叔父さんはまたしても、水筒いっぱいのコーヒーを提供してあげてるんですね。
雪ちゃんの胃が荒れそうですが‥
次回は<淡い期待>です。
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そんな空を眺めながら、雪は思う。
今までスムーズに運んでいたことが、ある日突然行き詰まることもある
「あれ?」
視線の先に、見覚えのある人影があった。
フードを目深に被ったその人は、一人その場に佇んでいる。
少し離れているので、その表情は窺えない。よく見ると彼は、
カフェを経営する雪の叔父と、向い合って何やら会話をしている。
雪はその場に突っ立ったまま、彼の姿を見ていた。
ここ最近の彼とのぎこちなさから、すぐには声を掛けられない。
叔父は心配そうな顔をしながら、彼に何か声を掛けていた。
それを聞く彼は、あまり目立ったリアクション無く、ただ雪の叔父の言葉に頷いている。
暫くすると会話も終わったのか、二人はそれぞれの方向へと踏み出した。
叔父はカフェに戻り、彼は雪の居る方向へと歩みを進める。
するとこちらへ向かってくる彼と、目が合った。
雪は「あ‥」と言葉に詰まりながら、じっと彼のことを見つめている。
河村亮は雪から視線を外さず、それでも歩調を緩めはせず、ただこちらに向かってくる。
二人の間の距離が縮み、亮の視線は雪を見ている為下を向く。
雪はそんな亮のことを、ぽかんと口を開けながら見つめていた。
大きな切れ長の目が、亮の色素の薄い瞳を追って上を向く。
そしてすれ違うその時、雪と亮は同時に口を開いた。
「あの、河村氏ー‥」
「よぉ!」
亮はバッと手を上げて雪に応えると、そのまま立ち止まらずに歩いて行った。
雪は思わず呼び止める。
「えっ?いやあの!ちょっと‥!」
振り返った雪の目に映ったのは、
まるでガッツポーズのような格好をした亮の姿だった。
「”いやあの!ちょっとぉ~!”」
亮は雪の口調を真似すると、その後は鼻歌をハミングしながら歩いて行った。
あんぐりと口を開けた雪の目には、彼の背中しか入ってこない。
思わず首を捻った。
どうして河村氏は、最近ずっとこうなのだろう。
対処の仕方が分からないー‥。
「へ?はぁ‥?」
「知らないの?アイツが夜ここに来て、練習してること」
叔父は水筒いっぱいのコーヒーを差し出しながら、意外そうな顔をしてそう言った。
雪はそれを受け取りながら、「本当?」と初耳のその話を聞き返す。
「あぁ。コンクールに出るからって。ヘッドフォンして練習してるから出来はよく分からないけど、
指が踊ってるみたいに動いてたよ」 「あ‥」
リハビリの成果は着実に出ているようだ。
雪は宙を眺めながらこう思う。
すごく回復してるみたい‥
以前ここのガレージで「Maybe」を弾いてもらった時は、指がつっかえて演奏が止まった。
あれから時が過ぎ、彼の左手はきっと快方に向かっているのだ。
雪が思いを馳せていると、叔父が心配そうな顔をしながら口を開いた。
「何にしたって気掛かりだよ。口は悪いが、情に厚い良いヤツじゃないか。
だろう?」
「上手くいくといいけど‥」
彼の行く末を心配しているのは、雪だけではない。
それでも以前は気兼ねなくその関係性を形作っていた彼と、
今自分はどうしてこんなにぎくしゃくしているんだろう。
花火が打ち上がり消えるように、急に冷め切ってしまう日がある。
ではこんな日はどうやって、
どんな方法で対処すれば、賢明なのだろうか。
自分自身が思う”賢明な対処”を、他人が織りなす予測不能な出来事に対して行う。
考えれば考える程、とてつもなく難しいことだと思い知らされる。
彼らは自分とは違う人間で、誰しもが、違う生き方や異なる考えを持っているのだ‥。
帰宅した雪は自室にて、クローゼットを開けて服の選別をしていた。
引っ張り出してきた去年の服を、今年も着られるかどうかチェックしている最中だ。
これはまだイケる‥これはダメだ
お財布の中身が空の今、頼れるのは今持っている物だけである。
最大限去年の服で持ちこたえてみよう‥
どうにかなるハズ‥。にしても、安物は全部ダメだ‥
とりあえず選別は終わった。
が、部屋の中がグチャグチャだ。
あぁ‥こんなことしてる場合じゃないのに‥
溜息を吐きながら、雪は今やるべきことを考えて気を引き締める。
課題と‥期末テストと‥
すると傍らに積み上げてあった本に肩が触れ、
その山を崩してしまった。
「うわっ?!」
部屋の中はもう、何がなんだか‥。
「‥‥‥‥」
雪は天井を見上げながら、ぽつりと独りごちる。
「あーあ‥全部片付けて‥勉強して寝なきゃ‥」
散らかった部屋は、なんとなく雪の人生を象徴しているかのように混沌としていた。
一つ片付けたら一つまた散らかって、やるべきことは常にその後ろに控えている。
空には半月が浮かんでいた。
薄曇りの空に、鈴虫の鳴く声が響いている。
皆既に寝静まった夜更けに、虫の音を聞きながら、雪はまたふと一人思う。
絶えずゴタゴタがあって、
絶えず賢明な対処が要求される日々。
23歳の初冬。
人々の間で曖昧に揺れていた夏から半年、色々なことを経験した。
そしておそらくこれからも、様々なことに直面し、乗り越えて行くんだろう。
自分の判断は”賢明な対処”だっただろうかと、いつだって自身に問いかけながら。
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<賢明な対処>でした。
真面目な雪ちゃんらしい、真面目なモノローグを挟む回でしたね~^^
そして叔父さんはまたしても、水筒いっぱいのコーヒーを提供してあげてるんですね。
雪ちゃんの胃が荒れそうですが‥
次回は<淡い期待>です。
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