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ヒマローグ

毎日の新聞記事からわが国の教育にまつわる思いを綴る。

数を競うのは教員の仕事ではない

2025-07-09 08:24:22 | 我が国の教育行政と学校の抱える問題

「今も?」6月27日
 『日本人のふりしない 在日3世 宿泊時に通名求められ ホテルを提訴「本名で生きる毎日 闘い」』という見出しの記事が掲載されました。『在日韓国人3世で大学教員の女性が、予約していた東京都新宿区のホテルを訪れた。本名を伝えると、フロントで従業員の男性から旅券か在留カードを提示するよう求められた。女性は「携帯義務がなく、持っていない」と伝えると、宿泊を断られた。その後、男性から「通名を書くならば泊まれる」と持ちかけられた。普段から本名で暮らす女性はこれを断り、ホテルを出ることになった』という事案を受け、女性がホテルを提訴したこととその背景を報じる記事です。
 記事では、女性が、差別に直面し、『悔しさと恐怖を感じると同時に、本名で生き抜くことを誓った』今までの経験が綴られています。胸が痛むような記述ですが、ここでは触れません。
 私は今回の記事で、約30年前、某区教委に勤務していたときのことを思い出しました。私が勤務していた教委では、管轄下の学校において、人権教育の取り組みが盛んでした。なかでも、同和教育とともに、障害者差別、朝鮮半島出身者に対する差別についての取り組みに力を注ぐ教員集団がいました。
 彼らは、本名通学を推奨していました。通名で区内の小中学校に通っている子供の保護者に対し、家庭訪問をして「朝鮮半島出身者としての誇りをもって生きるべき。親が通名を選択すると、子供は朝鮮半島出身ということは恥ずかしいこと、隠さなければいけないことと思い込んでしまい、自分の出自に自信をもてないくなる。それは、自信のないまま人生を送っていくということ。親として我が子のそんなみじめな人生を歩ませて良いのか」と熱く説くのです。
 保護者が、「でも、子供が差別されたり、肩身の狭い思いをしたりすると可哀想で」と躊躇いを見せると、「そんな差別はなくさなければならないのです。一緒に戦いましょう」と叱咤激励するのです。
 その通りです。名前はその人のアイデンティティそのものです。それを隠して生きることを強制される社会は間違っています。でも私は、彼らの取り組みには共感できませんでした。それは彼らが、通名使用を勧め、保護者が通名を選択すると、それで「我が事終れり」で、その後の関与をしなかったからです。一緒に戦うのではなく、後は我関せずで、保護者や子供が辛い思いをしていても、差別を容認している学校が悪い、校長が悪いと言うだけで、自分たちは何もせず、次のターゲットとなる保護者への働きかけをするだけだったからです。
 私は以前このブログで、障害のある子供の通常学級への入学や進学を勧める教員について書いたことがあります。そのときも、通常学級への進学を勧めながら、その後のフォローをせず、学校生活で生じる不都合はその学校の校長の責任というだけでした。まったく同じ構図なのです。
 障害のある子供の学びも、本名就学も、大切な取り組みです。しかしそれらは、一人一人の子供と保護者に「幸せ」をもたらすものでなければなりません。自分の主義主張、運動の成果として「数」をアピールするものであってはならないのです。一番大変なのは、実際に一人一人の子供に寄り添って、その子のために学校体制やシステムを変えていくことです。教員はそれを内側から働きかけなければならないのです。声高に叫ぶだけなら、運動家や評論家に任せておけばいいのです。
 

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