数寄屋丸と呼ばれる、建物も土台である石垣が崩れ無残な姿。
能や茶会、歌会の場所となり、接客の場として使われていた建物だという。
数寄屋丸をほぼ真横から見ます。
石垣がすべて崩れ落ちなかったのは奇跡でしょう。軒が無残に波打っている。
天守閣が見えてきました。
手前の建築物の白壁も落ちたままです。石垣の新しい色は修復した跡でしょうか。
ピントの甘い一枚になってしまいましたが、天守閣を見ます。
天守閣は、西南の役で焼け落ちてしまった。
その後、昭和35年に鉄筋コンクリートで再現されたという。
一見豪壮で立派な城ですが、上層階のガラス窓は近代建築ですね。
皆さんが同じ考えで、天守閣を背景にして写真を撮るカップルが多かった。
(続く)