よし坊のあっちこっち

神出鬼没、中年オヤジ、いや、老年オヤジの何でも有りブログだ!

オススメ! 「はばかりながら・・・・・」

2011年11月16日 | いろいろ
人間とは、IN、即ち物を食して体内に入れ、OUT、即ち不要になった老廃物を排出する、この基本的行為を繰り返して一生を終えるわけで、他の生き物とさして変わりは無い。この最も基本的な行為のうち、巷ではINに纏わる話はゴマンとあるが、OUTに関する話は学術的な物以外には、気楽に読める本は少ない。日常生活でも、家族の間では気楽に話せても、一歩外へ出れば、あまり触れてはいけないような、タブーのようなトピックスになってしまう。そんな「はばかる」世界の話を分かりやすく解説してくれる本がある。アメリカに来る時に持ち込み、今でも折りに触れて読み返している本で、実にタメになるのだ。

日本人にして青い目のHenry Stuart氏、日本人だからスチュアート・ヘンリと日本語序列読みで本にも書かれているが、この著名な文化人類学者の手による「はばかりながら トイレと文化考」は比較文化論の立場から、民族による様々な違いを教えてくれる。これを読むと、日本人の欧米コンプレックスなどは一挙に、いや、半分程度は吹っ飛んでしまう面白さだ。

かつて、ボットン便所が殆どだった日本に水洗トイレが普及し、これで漸く欧米に追いついたとホッと一息ついた日本人だったが、どうしてどうして、氏の研究によれば、15-6世紀、いやそれ以降でも、ヨーロッパの都市のトイレ事情は悲惨で、街にあふれるは、窓から捨てられるはで、余程日本の方が清潔だったらしいのだ。道路が汚物で汚れているからヒールの高い靴が必要だったとか、彼女を連れて街を歩く時男が道路側を歩くのは窓からの黄害をいち早く免れる為だとか、思わず頷いてしまう面白さである。欧米に追いつけ追い越せとコンプレックスを抱いていた我らを大いに勇気付けてくれるのだ。

タチションについても面白い。男の専売特許と思いきや、そうではないことが分かる。しかもついこの間の昭和の時代まで有った話のようだから決して古い話ではない。そんなエピソードの一つに、太宰治の「斜陽」の一節を引いている。中学か高校の時に確か読んだのだが、そんな一節が有ったことなどとっくに忘れているのだが、この時代でもまだそうする人が居たわけである。あの東京オリンピックの時、国立競技場に女性専用の「立」トイレが作られたそうで今でも残っているらしい。

兎に角面白いトピックス満載で、文化の違いを知るのにも秀逸の一冊だと思う。



最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。