よし坊のあっちこっち

神出鬼没、中年オヤジ、いや、老年オヤジの何でも有りブログだ!

焼肉とワイン

2009年04月29日 | アメリカ通信
2ヶ月に一度、焼肉をする。昔なら、焼肉にビール。しかし、あの忌まわしい痛風以来、ビールは封印して3年が過ぎ、今は焼肉にワイン。

ことさらワインを好むわけではないので、ワインの利き酒など到底出来ようもなく、又、ブランドあれこれ言うレベルでもない。が、それでも、確かに肉には赤の方が口の中が心地良いと思う。

このワイン、昔、日本のバラエティー番組で、所謂、舌の肥えたゲイノウジンで、自称ワイン通の面々が1000円の安いワインと高価なブランド物の利き酒(どちらが高いワインかを当てる)をやらされて、自称ワイン通の殆どが、大恥を掻いていたから、ワインの利き酒ほど当てにならぬものは無いと思ったものだ。

さて、我が家の焼肉だが、牛7割豚3割。豚が殊のほか美味く、よし坊が美味しそうに脂身を頬張るのを、「よくもまあ、こんなに脂ぎった肉をこの歳で」と傍らでワイフが呆れ顔だ。ワインはと言うと、漸く2年位前にジョージアにも進出して来た、カリフォルニア発のスーパー「Trader Joe's」のワインだ。一本2ドル50セントだから、安い。250円といったところだ。よし坊の口には、肉と肉汁をチョッとだけ引き立ててくれれば良いので、このクラスで十分なのである。

サッカーボールのこと

2009年04月24日 | サッカー
久しぶりにサッカーの話。と言ってもゲームの話ではない。ボールの話である。

世界的にサッカーは未だアディダスが仕切っているから、ヨーロッパの主流はアディダスブランドのボールが使われている。これがアメリカだとナイキとなる。両社ともスポーツの横綱だから当然と言えば当然だが、この世界にも、小さいが、老舗として頑張っている会社がある。今回スタートしたアメリカ女子のWPSはどのボールを使っているか分からぬが、前身のWUSAでは、デンマークブランドのセレクトが使われていた。そしてメキシコ。

ジョージアのような南部にいると、メキシコ人が多いから、テレビ番組も二つ観れる。メキシコではサッカーは国技みたいなもの(その割りに強くない)だから、毎週試合がある。3グループ24チームでチャンピオンカップ目指して頑張っているが、最近のナショナルチームは今一の力だ。大砲が居ない。日本代表と似ていて、足技に酔っているところがある。日本代表とちょっとだけ違うのは、劣勢と見ると突然なりふりかまわず、ボールをバックからフロントへポンポン蹴り出し、一発勝負を狙う、荒っぽいことをやる。これは、おとなしい日本代表には見られない。

さて、ボールの話だが、メキシコリーグの多くは、ボイト(Voit)を使用している。懐かしい名前だ。今のゴムボール仕様を開発したアメリカ発祥の先駆者だが、現在はメキシコベースの会社となっており、その為にボイトが使われているわけだ。昔、未だカリフォルニアにボイトがあった時、その紹介でメキシコはグワダラハラの工場を訪問したことがある。ボイトの名前は未だ生きている。うれしいことに、ボイトのサッカーボールには、いまだによし坊が嘗て売り歩いた人工皮革が使われているようだ。

アディダス等の巨人の後ろで、セレクトやボイトが、おっとどっこい、生きている。

映画三昧 -何故アメリカのドラマが面白いか

2009年04月21日 | 映画
テレビ創世記、我々団塊世代はアメリカのドラマで育ったようなものだ。当時は日本のテレビ局もドラマをやるにはやったが、主流派アメリカのドラマで、「パパ大好き」のホームドラマから、「コンバット」のような戦争物まで、アメリカのお世話になっていたと言うわけだ。

毎クール、日本のドラマは殆ど見ているが、10本前後の放映の中で面白かったと思えるのは毎回3本くらいで、後は「可もなく不可もなく」以下である。

人気のあるドラマは日本もアメリカも同じようで、警察がらみの事件物が幅を利かしている。この事件物、アメリカのドラマが断然面白い。何故か。

物的設定が限りなく本物に近いことだ。最も人気の高い「CSI]というドラマ。最近は日本でもケーブルTVの普及で見ることが出来るらしいが、確か、スタート当初の2001年、巷でやけに新番組の視聴率が高い番組が出てきたと言うので、よし坊も、どんなものかと観て見たら、最初から圧倒され今だにファンである。死んだ人の状況だとか、死亡原因のメカニズムの説明等を実にリアルに見せる。この傾向は他のドラマでも同様だ。

もう一つ違う点は、アクションシーン。これは、映画でもそうだが、要するに金が掛かっている。半端じゃない。日本映画では到底見れない大掛かりなシーンだ。これがテレビドラマでも同じなのである。
1~2年前にあった「Bloody Monday]というテロリストを扱ったドラマがあった。筋書きの設定は少し変えていたが、オペレーションルームだとか、話の進め方が、人気ドラマ「24」からの借り物だと直ぐ分かってしまう。「24」を観た人には全く物足りない。

日本のテレビ業界も視聴率戦争で厳しいのだろうが、アメリカも相当厳しい。昨年だったか、映画俳優のレイ・リオッタが主演するアクションがスタートしたが、3作で打ち切りとなった。レイ・リオッタ、なかなかの役者である、その彼が出ても駄目なものは打ち切りだ。日本では到底考えられない。特に一部の芸プロに牛耳られている日本のテレビ界では彼らの顔色を伺いながら作るしかあるまい。

日本の真骨頂は、人情ドラマの類と時代劇なのだと思う。その時代劇も時代狭小やら衣装の保存で相当金がかかると聞いているが、これだけは団塊爺婆世代の楽しみだから続いて欲しいものだ。
因みに今よし坊夫婦は何を観てるかって? 「桃太郎侍」と「切り捨て御免」の二つ。1970年代の時代劇なのだ。インターネット様様の今日この頃。

セント・サイモン島

2009年04月13日 | 旅行
予てより行きたいと思っていたSt. Simons Islandへ一泊旅行で行った。理由は簡単。ジョージアで唯一、海(大西洋)に面している大都市サバンナとフロリダの間にある海のリゾート地であることから、魚釣りが出来る。

実は、この島、2004年にG8サミットが開催された所でもある。ワイフとよし坊の興味は、さぞかしのリゾート地であろうという期待があったのだが。

この島及びこの地域のジョージアにおける歴史的位置付けは高い。英国からの入植者にして、ファウンダーとも言える英国のオグレソープ将軍がこの地にフロリダを拠点とするスペインの攻撃を防ぐ為の要塞を築き、その名を上げた。それがフォート・フレデリカである。ここを見るには、入場料3ドル必要だが、写真のようなSpanish Mossが随所に繁殖していて壮観だ。この地で見るべき最大のハイライトだろう。

Spanish Mossは名前はコケと言う名がついているが、実際はその様なものではなく、糸状の細い植物がオーク等の枝に寄生するかのように纏わりついている。オークに限らずミカンの木にもフサフサと纏わりついていた。この、一種異様なまでの姿はこの地域の特徴で、南部を舞台にした映画にも良く出てくる。

もう一つの目玉とも思えるG8開催場はリゾートホテルのクロイスターだが、ゲストしか入れないので、ゲートでUターンせざるを得なかった。

さて、最大の眼目である、釣。残念ながら4時間の釣果は小型の鯵一尾である。周りも見ても殆ど釣れてない。兎に角、アタリというのが全く無いのだ。ここには魚など住んでいないのだと言い切っても過言ではない、そんな感じだ。大西洋はこんなもんなのか、それとも別の? フロリダでも坊主の日はある。そう思ってあきらめた。釣はやはり、フロリダ。それでキマリとしたい。

映画三昧ーイレーネ・パパス

2009年04月09日 | 映画
彼女が突然現れた。歳老いたとは言え、彼女に間違いない。念のため配役紹介を確かめた。スクリーン上で観る何十年ぶりのイレーネ・パパスであった。

ギリシャ映画とか、ギリシャが舞台になった映画は一般的にあまり馴染みがないもので、目に触れる機会は少ない。ギリシャを舞台にした、「ナバロンの要塞」という戦争映画もあった。アンソニー・クインの「その男ゾルバ」もいい。しかし、ギリシャ映画の真髄は、やはりギリシャ神話に題材をとった作品なのではないだろうか。ギリシャ神話を読破したわけではないので、大きいことは言えないが、テーマは重く、エディプス王だとか、アガメムノン王などが出てきて、戦争を通しての親子家族の愛憎劇が続く。エディプス・コンプレックスだとか、エレクトラ・コンプレックスとかの言葉はこの辺りから出てきたと聞かされて納得することになる。

恐らく高校生の時だったろうと思うが、アートシアターで「エレクトラ」を観て、彫りの深い、逞しそうなイレーネ・パパスに初めて出会った。実際には、その前に「ナバロンの要塞」で女レジスタンス役で出ていたのを観ているのだが、その時はノーマーク。

王女エレクトラは、例のアガメムノン王の娘として生まれるが、母親が父親を殺したことを知り、その復習で母親を殺すギリシャ悲劇である。ギリシャ悲劇は、親殺しや、親と関係を持つなどの重いテーマが多いが、この映画では、彼女の凛とした姿が印象的だった。

劇場で見逃したアメリカ映画、「コレリ大尉のマンドリン」を観ていたら、40年ぶりのイレーネ・パパスに(再会)した。


アメリカ人のカジュアルさ

2009年04月04日 | アメリカ通信
アメリカのカジュアル度は半端じゃない。キチンとし過ぎている日本から見ると、あのカジュアルさが思わず羨ましく思ってしまうが、実際、アメリカに住んでみると、それでいいのかっていう気がしてくるから面白い。

あまりカジュアル過ぎるのも考え物だ。鼻高のスノビッシュな英国人が同根のアメリカ人を下に見たくなるのも頷ける。かつて、フランス人は、金持ちのアメリカ人がパリくんだりまで来て、高級コニャックを造作も無く水割りでがぶ飲みする様を苦々しく見ていたものだ。

アメリカに住むと、兎に角、カジュアルが基本となってしまう。パンツルックは圧倒的にジーンズだ。そこまでは良い。それに輪をかけているのが短パンルック。夏と言わず春先ちょっとでも暑くなったら、男も女も途端に短パンルックの洪水となる。慣れは怖い。よし坊一家も完全短パンルックが板について、日本へ行っても、最早全く抵抗なし。恐らく周りからは浮いているのだろうが。

影が薄い日本

2009年04月03日 | アメリカ通信
ロンドン金融サミットでのニッポンの首相の存在感の無さが日本ではニュースになったらしいが、今回に限らず相変わらずではある。

昔から日本では、外国のニュース、とりわけアメリカのニュースは圧倒的であり、だからアメリカが近しい友人であると錯覚してしまう。ところが、アメリカでは日本がニュースとして報じられるのは、殆ど無いといってよい。
今回のロンドンサミットでは、オバマのエリザベス女王訪問を中心に政治的には、中国と韓国のボスとの会談模様は放映したが、日本はどこにも見えない。退潮著しい日本の姿を象徴している。

思い出すのは、いつのサミットだったか忘れたが、中曽根がいつの間にか主役の横にちゃっかりと滑り込み、主役と真ん中に納まっている写真があった。これは相当なパフォーマンスといえる。それと、サミットではないが、小泉がブッシュとテネシーのプレスリー館に行った時の、ブッシュも思わず引いた、あのパフォーマンス。こういうパフォーマンスの出来る奴が名を残せる。


映画三昧 -憂国

2009年04月01日 | 映画
丁度バイトの途中だったと思う。大学卒業前の11月だから、せっせとバイトに明け暮れていた。その時は、何やら訳のわからない封筒(政党がらみのパーティ券かも)を指定された企業の総務部に届ける仕事である(何で郵送しないで、わざわざ届けるのか、良く分からぬ世界のバイトではあったが)。

昼時なので、飯屋に入ったら、「三島が自衛隊に乱入したらしい」と事件を報じていた。仕事があるので、あわただしく飯をかきこみ、鶴見へ向かったことを覚えている。仕事を終えて帰る途中、ニュースが今度は、三島の割腹を告げていた。頭の中では、あの「憂国」の映画がグルグル回っていた。

彼が「憂国」と言う小説を書いた時点から既に1970年の帰結を明確に意識していたとう思いたくないが、「憂国」の映画上映は当時の三島の思想的動向も話題になっている時期で、映画ファンとしては注目であった。アートシアター系の封切で、新宿ATGで観たのだが、1966年封切とあるから、よし坊、浪人中。この映画では、二・二六事件の時代背景を借りて、全編殆ど割腹シーンに当て、憂国の士の最後のあるべき姿を迫真の演技というか、気迫で演じていた。その4年後に割腹のニュースを聞いた時、あー、あの映画は本音だったのかと思った。

「憂国」の後、三島は「楯の会」を結成し、約2年の準備を終えて11月25日へ突入していくが、三島が突きつけた「国防」と言う重要なテーマに誰一人反応できなかったといってよいのだろう。三島は早すぎたのか。1970年という年は重要かもしれない。60年代から1970年までは、高度成長期のエンジンが加速し始める中で、日米安保闘争や学園紛争が起こり、その思想的深浅は別として、民族的な活動も出ていたのは確か。三島は、その先は最早飽食の繁栄が際限なく続くと予見し、1970年に事を起こさなければチャンスは永遠に来ないと見たのではないか。自衛隊の決起を促したが、決起が無いだろう事は、先刻織り込み済みだったと思う。

今、北朝鮮問題を端緒として、漸く「国防」論議が出掛かってきているが、日本人の不幸は、やはり、敗戦後の平和憲法の名の下に、明らかに「去勢」されて育ってしまった事だろう。国防を論ずる時、憲法論議は避けられない。憲法論議が沸いてくるのかどうか。沸いてきても来なくても、1970年の三島事件は記憶に留めるべきだろう。

素手で平和的解決を叫んだところで、無視されるだけである。本気で自分の家を守るのには道具が必要だ。三島はあの時、「こんなことで、自分の家を守れるのか!」と叫んでいたに違いない。