よし坊のあっちこっち

神出鬼没、中年オヤジ、いや、老年オヤジの何でも有りブログだ!

大きなツケが回ってきた

2013年10月15日 | サッカー
サムライブルー・ニッポンに大きなツケが回ってきたといわざるを得ない。同格のセルビアと格下のべラルースにいずれも敗れ去った。攻撃に精彩がなく、ディフェンスの脆弱さも相変わらず露呈し、このままでは来年のワールドカップは予選ラウンドで敗退するのではないかとさえ思う勢いの無さである。

今まで、格下中心に対戦相手を選び、勝って強くなったつもりでいたのだろうが、本気で他流試合をしてこなかったツケが今になって回ってきた感じである。井の中の蛙、といった状態だろう。

今日、既に出場権をものにしたアメリカはCONCACAF最終戦をパナマと対戦した。パナマは勝たないと最後の望みのプレーオフに出場できないから、必死だ。そして1点先行して後半に入った。アメリカが同点に追いついたが、終了まで10分を切ったところで再びパナマが点を入れて、これで終わりかと思ったのだが、ここからドラマが始まる。ロスタイムでなんとアメリカが2点入れ、パナマの最後の望みを断ち切ってしまった。

こういうドラマはサムライブルーからは出てこない。底力の違いをまざまざと見せ付けられた。クリンズマンのアメリカは高みを目指しているのが感じられる。

だんだん、日本の試合が面白くなくなってきた。協会が悪いのか、監督が悪いのか、はたまた、両方悪いのか。今からブラジル後をにらみ、よくよく考えねばならない。

Lovebug 何やら興味をそそる名前だが

2013年10月09日 | アメリカ通信
この前フロリダに釣りに行った時のこと。ジョージアからフロリダに入ってしばらくしたら、雨も降っていないのに、何やらフロントガラスがパチパチ。なんだろうと思っているうちにみるみるガラスが汚れていくではないか。長距離を乗っていると飛んでいる虫が結構あたって黄色い体液で汚れてしまうのだが、今回の汚れは半端ではない。兎に角視界が妨げられるほどにひどいのだ。ガスステーションに寄った時よくよく見ると、大分以前にルイジアナのタバスコ・アイランド(正式にはアベリー・アイランドと言うのだが、我が家ではタバスコ・アイランドと呼んでいる。有名なタバスコの本家生産地なのだが)に行った時にケッタイな虫がとんでいるなと思っていた、あの虫だ。それが今回大量に出現した。普段はガスステーションでフロントガラスや車体の汚れを取らないアメリカ人もさすがにゴシゴシと汗を掻いていた。

よく見ると、虫がつがいで飛んでいる。交尾をしながら飛んでいるのだ。なるほど、だからラブ・バッグ愛の虫というわけだ。名前は興味をそそるが、実物を見るとなんとも気味が悪い。とても”愛の・・・”などとはいかぬ。辞書で調べたらケバエ科に属し、メキシコ湾岸で発生とある。

それにしても、今までもこの時期にフロリダへ行ったけど、これほどの大量発生は初めてだ。やはり、今年の異常気象のせいだろうと思う。何せ、今年のフロリダはハリケーン上陸がゼロである。つい先日のカレンも最後は普通の熱帯低気圧で終わっってしまった。逆にこれほど雨の多いフロリダも近年無かったのではないか。気象の歯車は狂いっぱなしだ。

顔と無口で損する日本人ー発信力を高めよ

2013年10月04日 | ビジネス横丁こぼれ話
最近、TVのTALKというトーク番組で興味深いエピソードを観た。映画やテレビと同様に、ある意味で顔が商売のニュースキャスターやアナウンサー達。TALKのメンバー、Julie Chenがニュースメディアの世界でキャリアを続ける為に、悩み悩んで25歳くらいの時に目の整形をしたという。発端は、上司から、「君は中国人だから目が小さい。今後キャリアアップをしたいのなら目を整形して大きくしろ、さもなくば、これ以上のキャリアアップは無理だ」と言われたことによる。上司によると、中国人(=アジア人と考えてよい)は目が小さく、腫れぼったい一重瞼が多い。だから表情が冷淡(disinterested)でウンザリした(bored)様に見える。もっとキビキビして(alert)、表情豊か(expressive)に見えないとだめだ、と言う。要するにテレビ映りが悪いと言うのだ。

この一件は、間違いなく人種差別に属するのは間違いないが、彼女にとっては、そんなことよりも、自分でも気がつかなかったテレビ映りという点が問題だった。早速自分の過去のレポーター画面を検証してみたところ、例えば彼女がインタビューしている相手の顔の動きを見ると、一様に彼女の顔、というより目を一生懸命見ている場面が圧倒的に多かったそうである。その理由にはいろいろあるはずだが、そのひとつは、間違いなく相手が彼女の目と表情から一生懸命何かを読み取ろうとしていたのではないか、ということである。逆に言えば、このレポーター(Julie Chen)は何を考えているかよく分からない表情をしていることになる。対面している相手がそう思うならば、テレビの画面を通じて彼女を見ている不特定多数の観客も同じ思いを抱くに違いない。彼女は目の整形を決断した。

日本の諺にもある。目は口ほどに物を言い。顔の表情は目で出来上がる。顔の表情、即ち目が無言の情報を発信しているのである。とすれば、海外で暮らす一重瞼のアジア人は、その故に表情が単調であり、顔から情報を発信し難いことになる。そう考えると、ハタと思いつくことがある。「日本人は何を考えているかよく分からない」。嘗て、アメリカの現地オフィスなり現地法人で雇用されたアメリカ人の間でよく言われたことである(恐らく今でもそれはあまり変わらないだろうが)。何を考えているか分からないから、気味が悪い、と言うのだ。英語が不得手だからとコミュニケーションを積極的に取らず、顔(=目)の表情からも得たいの知れぬ気味の悪さしか伝わらない日本人。何と損な役回りを演じているのだろうかと、いささか残念である。その点、同じような顔の造作を持った中国人や韓国人は、喋りにおいては日本人を遥かに凌ぐ力を持ち合わせているから、その分得をしているのは間違いない。
国際舞台に立った時、発信力をどう高めるか。日本人の大きな課題だろう。

東京五輪 そこで考えた

2013年10月01日 | いろいろ
一生でオリンピックのようなビッグイベントを二回も味わえ(そう)な事は中々ないのだろう。それにしても、今回東京に呼び込んだ日本のプレゼンは大変興味深く観た。オリンピックは都市のイベントではあるが、国のイベントでもある。国のバックアップと世論の盛り上がりが無ければ呼び込みは難しい。その意味では、政権が自民党に戻って良かったの一言に尽きる。今も民主党政権が続いていたら・・・。何も起こらなかったであろう。プレゼンターも含め招致に尽力した人たちは皆功労者に違いないが、最大の功労者は、やはり石原慎太郎だろう。前回は逆境の中で招致出来なかったが、沈下しっ放しの日本経済の浮揚策のひとつとして、彼が花火を打ち上げた意義は大きかったと言うべきだろう。政治家とは何を考え何をしなければいけないか。日本の中心東京が活況を呈すれば、必然的に地方へ波及する。それが分かっていて何も手を打たない政治家は不要である。

1964年の東京五輪。今でも鮮明に覚えているのが二つある。マラソンと棒高跳び。マラソンは独走のアベベと競技場での円谷とヒートリーのデッドヒート。目に焼きつく光景だった。棒高跳びはなかなか勝負がつかず、夜遅くまで続いた。オリンピック開催以来金メダルを取り続けるアメリカが敗れ去るか否か。そして、死闘を制したのはアメリカのフレッド・ハンセン。アメリカの金を守ったのである。

よし坊はラッキーだ。1995年、会社命令でジョージア・アトランタに赴任した。翌年はアトランタオリンピックの年であった。地元ということで、ワイフとよし坊はサッカー決勝のチケットを手に入れ、会場であるUGAキャンパスで、アルゼンチン対ナイジェリア戦を観る事になった。シートがナイジェリア側ということもあって、ナイジェリアの小旗を手に応援。3-2で強豪アルゼンチンを破る快挙であった。そしてマラソン。家族4人で有森への応援だ。ジョージアが、そしてアトランタが最も輝いた年だ。

7年後が東京五輪。帰れば競技場に行かなくても、日本と言う意味での地元開催の臨場感は味わえる。まだ歳もいける。それまでにはワールドカップもある。まず、来年のブラジルW杯。さすがにアメリカからでも遠いのと、既に懸念のニュースとなっている宿泊不足問題。これはテレビで観た方がよさそうである。2016年のオリンピックもしかり。

2015年はカナダで女子ワールドカップがある。これは行かなくてはなるまい。行くなら車がよい。その頃まだ娘がNJに居れば、そこを拠点に動ける。早々とそんなことを考えている。そして、次なる期待は、女子ワールドカップをなんとしても日本でやってほしいのだ、2019年に。ナデシコが優勝した意味は重い。ゆめゆめ日本開催が日韓共同なんてことにはならないよう願いたい。