よし坊のあっちこっち

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セクハラに揺れるアメリカー全米体操協会のスキャンダルはいかに暴かれたか

2018年01月29日 | アメリカ通信
先週、全米を揺るがした注目の裁判に判決が下った。ミシガン州立大及び全米体操協会の専属医師ラリー・ナッサーに対し、175年の刑が言い渡された。いわば無期懲役である。この判決にあたり、裁判官は事件暴露と解決の立役者として、インディアナポリスにあるローカル新聞社Indy Starによる特集記事とミシガン出身で現在ケンタッキーで弁護士をしている元体操選手の勇気ある告発がなかったならば、事件は闇に埋もれ続けていたであろうと褒めたたえた。

この事件はおよそ20年にも渡る陰湿な事件である。被害者はかつてのオリンピックで金銀銅を取った有名なメダリスト達を含む156名の体操選手である。事件の一端が明るみに出るや次から次へと名乗りを挙げ、156人というとんでもない数になった。加えて、かつて全米を歓喜の渦に引き込んだオリンピックメダリスト達が続々と名乗り出たから、一挙に全国的大事件に発展したのである。

発端は、インディアナにある地方紙Indy Starが長年燻っていた女子体操界のセクハラ疑惑を正面から取り上げようと2016年の春から調査を始めたことによる。当初のセクハラ疑惑のターゲットはコーチ達であった。全米体操協会の傘下で、コーチによるセクハラの訴えが報告されたにもかかわらず、協会側がまともに取り上げなかったり、「見て見ぬふり」で握りつぶしていたのが実態だった。Indy Star紙はこの実態をつぶさに調査し、いくつかの具体的なケースを検証、証拠を集めて2016年夏に紙面の掲載に漕ぎつけた。

この記事を隣のケンタッキーに住む弁護士レイチェル・デンホランダーが読んでいた。読みながら、漸く時期が到来したと確信した。かつて自身が体操選手として15歳の時に遭遇してした忌まわしい出来事をいつの日か告発したいと心の奥にしまい続けていたのである。過去、個人単位での告発がことごとく闇に葬られてきたことを知る彼女は、体操協会のコーチ達の不埒な行いに対し真正面から取り組んだIndy Starなら、全米体操協会の専任メディカル・ドクターの地位を利用して前途有望なティーンエージャー達を毒牙にかけ続けているであろうラリー・ナッサーに対する告発に力をかしてくれるだろうと確信しメールを送信した。

デンホランダーからのメールはIndy Starにとって青天の霹靂だった。特集を組んだコーチ達の悪行ではなく、約20年も君臨してきた全米体操協会のメディカル・ドクターに対する告発内容で、とんでもない鼠が出てきた心境だったという。早速Indy Starは3人の専属チームを編成しデンホランダーと接触、記事にはデンホランダーの実名を公表することの同意を得て、調査に動き出した。

調査を始めて間もなく、シドニー五輪のメダリスト、ジェイミー・ダンチャーのインタビューで、デンホランダーと同様の被害に遭っていることを突き止め、ラリー・ナッサーの悪行を確信、その年の9月にナッサーの悪行暴露と被害の訴えを握りつぶしていたミシガン州立大、全米体操協会への告発記事を掲載した。同時にデンホランダーは司法当局に告訴状を提出した。これを機に全米から続々と被害届がなされ、ついに11月にナッサーは逮捕となったのである。今回の判決で第一ラウンドは終わったが、ミシガン州立大及び全米体操協会への追及が続くことになる。

一連のセクハラ・スキャンダルを通してみると、”強い女性”の象徴のようなアメリカ女性でもセクハラ被害を公表することが如何に苦痛かがよくわかる。やはり長年トラウマを抱えて生きてきている。もう一つ言えるのは、事件を明るみにするUnsung Hero影の立役者が現れる、ということだ。このあたりが、アメリカの女性の”強さ”ではないだろうか。

メディアの報道に関して言えば、アメリカのジャーナリズムは綿々と生きている。かつてはウォーターゲート事件を暴いたワシントン・ポストの二人の記者、カトリック教会神父のセクハラを暴いたボストン・グローブ(Spotlightとして映画化)、ベトナム戦争の闇ペンタゴン・ペーパーを暴いたワシントン・ポスト(The Postとして映画化)等。そして今回のIndy Starの快挙である。アメリカはUSA TODAY紙を除き全て地方紙であり、質の高い記事を載せないと生き抜けない。全国区におんぶしている日本の大新聞社は質、ジャーナリズム精神において、彼らの足元にも及ばないだろう。

セクハラはあらゆる組織に蔓延している。今や、法の番人である裁判官が告発を受け、裁判官が裁判官を裁く、という皮肉な現実に直面している”揺れるアメリカ”がある。






誇張広告から”自然”へ

2018年01月15日 | アメリカ通信
今日、化粧品業界で大きなニュースが流れた。薬やメイクアップ化粧品等を扱う、全米最大のチェーンストア、CVS(日本で言えばマツモトキヨシのような業態)が、業界で主流、いや、当たり前になっている消費者向け宣伝ポスターに関し、オリジナルな写真にデジタル等で修正した写真を禁止する、というもの。

特に女性用メイクアップ用の写真となると、女優や美人モデルを被写体に写真を撮り、シワや吹き出物の類をすっかり取り除き、大きなパネルにして店や街に掲げている。より美しくなりたいという女性は多く、写真を見て「自分もこれを使えば、このレベルになれる」と思ってしまうのも無理からぬことである。これは、厳密に言えば ”詐欺”まがいとも言える。

日本でも、今から10年以上も前に、高級石鹸「茶のしずく」事件があった。きれいな女優がモデルとなり、女性たちは ”この女優も使ってるのだから大丈夫”と勝手に思い、購買に走る。被害に遭った女性達はさぞ悔しいことであろう。

このCVSの動きは、SNSによる拡散によって、今後ドラッグストアや化粧品業界だけでなく、相当広範囲に渡って異業界へと波及していくことは間違いない。面白いことに、CVSが今回の決定をした背景のひとつに、業界の小さな新興勢力が、”自然”を前面に出したマーケティング戦略で急激にシェアを伸ばしている、という事実があるようだ。

日本で、同様な動きが出るには数年かかるのではなかろうか。


何とかならんか、あのコンビニ言葉 ” xxxでよろしかったでしょうか”

2018年01月09日 | アメリカ通信
日本に行ってコンビニや他の小売店に入って、耳障りなのが会計をする際の、店員の対応言葉である。必ず”xxxでよろしかったでしょうか”とくる。これが横行しているから、ドラマでも小売りの会計シーンでは同じような場面となる。

よし坊も決して褒められた言葉遣いをしているわけではないが、それでも注意はしている。以前指摘したことがある、固有名詞、取り分け外国人の人の名前に関し、日本のメディアは無茶苦茶なのだが、それでも最近は少しづつ改善が見られるから、多少進歩したのであろう。

それにしても、”xxxでよかったでしょうか”は誰が広めたのだろうか。おそらく、コンビニのマニュアルに書いてあるのかもしれない。もし、そうだとしたら、罪作りなことである。こんな環境で子供たちが育つのだから、うんざりする。企業が”社会に貢献しよう”と声高に言うのであれば、こんなところから是正すべきだろうが、そんな言葉は出てこない。

過去の出来事に対し、”xxxでよかったでしょうか”なら納得するが、現在及び現在進行形の場面でどうして使うの?って話だ。大人はもう少し、敏感にならねばならない。

2018 我が家の正月

2018年01月03日 | アメリカ通信
今年の正月は昨年の温かさが嘘のような寒波の襲来である。と言うよりは、本来寒いはずの気候が暖かすぎたのかもしれない。今日は正月3日の昼前だが摂氏でいえば0度を切って氷点下であるから、さすがにアトランタも寒い。

例年の如く、元旦は地味ではあるが、ワイフがおせちを作る。毎年、日本の、最早狂想曲に近いおせちのニュースやコマーシャルを横目に、手に入る食材でおせちが並ぶ。因みに、今年のメニューは、ナマス、ゴボウ、栗、コウヤ豆腐、黒豆、うずら豆、だし巻き卵、椎茸。これらに今年は鰊の昆布巻き、しめ鯖、鮪を加えた。

例年だとコハダを買うのだが、日本から持ってくるから、やたら酸っぱく、昔に比べて異常に高くなって、値段と味が見合わないので没、代わりにしめ鯖にした。しめ鯖は昆布で締めてるので、外れではなかった。鮪の刺身は高くて買う気にもならないが、切り落としが少量で安かったので、これにした。二人で角切りを二つ三つ食べれば十分である。

満を持して元旦の酒はヒレ酒である。このヒレだが、実は今から22年前にアメリカに来るとき、取引先の商社の課長さんが、送別会を割烹でやってくれた折、帰り際に店に頼んでヒレを大量に持たせてくれたものである。以来、ちょびちょび楽しんできたのだが、いまだに残っており、誠に重宝している。

それにしても不思議なのは、いまだに22年前のものが食せる事実だ。そのうちカビでも生えて食べれなくなると思っていたが、気が付けば20年以上も経っているわけだ。今のところ、あと3年分くらいはありそうで、ありがたい。ヒレ酒というのは、少々飲みすぎてもヘビーにならないから、これもまた不思議のひとつだ。二日酔いになりにくい成分でも入っているのだろうか。今年の冬は、あと二回ほどヒレ酒を楽しんで、また来年の楽しみにしたいものである。

今年は春までに前庭の植え込み除去とガーデンづくり、6月は念願のイエローストーン9泊10日の車の旅を控えているから、体力維持に努めないといけない。70歳のフレッシュ・スタートで頑張るべ。