よし坊のあっちこっち

神出鬼没、中年オヤジ、いや、老年オヤジの何でも有りブログだ!

私の恩師 (2)独自技術の企業化

2018年05月28日 | いろいろ
大学を出て、関西系の大手合繊メーカーに就職したのが1971である。商社に入って海外雄飛を夢見ていたのだが、当時、日経新聞に頻繁に記事になっていた名物社長の多角経営戦略に興味を持ち、大学には募集枠が無かったので直接会社の人事課に電話して入社試験を受けさせてもらい、運よく採用してもらった。

約二か月の地方工場研修を終え、広島の工場に新入社員が集められた。配属先決定通知の日である。名前と配属先が読み上げられていく。よし坊の名前がなかなか出てこないではないか。そのうち、殆どの名前が呼ばれ、え?俺って最後か? と思っていたら名前が呼ばれた。「人工XX開発班 大阪」。聞きなれない部署であった。よし坊の後に技術系の二人の名前が同じ開発班として呼ばれた。

大阪本社の配属部署に初出社し、早速オリエンテーションのレクチャーを受け、部署の全貌が明らかになった。一時代を記した日本の合繊の殆どが海外からの技術導入によるものでオリジナルではなく、入社した会社も例外ではなかった。ただ名物社長の多角化のひとつが、配属された部署の開発製品で、しかもこの会社には珍しい独自技術によるものであった。研究段階を経て企業化の目途がついたので新規事業のプロジェクトチームが発足、よし坊入社のその年10月の販売スタートの準備最中であった。

この独自技術を開発したのが、恩師Kさんである。

私の恩師 (1)23年振りの声

2018年05月18日 | いろいろ
私には人生の恩師がいる。いや、勝手に私が恩師だと思っているだけだが、私にとっては紛れもない恩師なのである。私はこの恩師からいろいろなことを学ばせていただいた。とりわけ、その不屈の精神と分け隔てない異人種に対する平等感。言葉(外国語)は出来なくても真の国際人とはこういう人の事を指すのだな、と実感したものである。よく、外国語が出来ることによりグローバル・ビジネスマンなどと言うが、本質はそれではない。

昨年、所用で日本へ帰国し、20数年ぶりで昔の会社仲間5人と会食した折、1994年に当時の職場を去って以来ご無沙汰している恩師が私の消息を知りたがっているとの話を聞いた。アメリカに戻る直前に教えてもらった電話番号をダイヤルし、電話の向こうに懐かしい恩師の声を聞くことが出来た。齢90、まだまだお元気のご様子であった。

私のサラリーマン人生28年の内、23年間を恩師と同じ会社に在籍し、近くでそのお姿を密かに拝見、生き方の参考にさせていただいた。来年の秋に日本へ行く予定なので、是非とも広島のお宅に伺おうと思っている。

恩師、Kさんの事を書いてみたい。


新しいカーステレオを搭載した

2018年05月04日 | アメリカ通信
昨年、車のDCプレーヤーが壊れてしまった。シガレットライターからパワーを取る外付けのCDプレーヤーを試してみたが音がブレたりしてなかなかうまくいかずに、結局は外付けは諦めて残っている機能のカセットで音楽を聴こうかとも思ったが、これも面倒くさく、結局今まで音楽なしで車を走らせていた。

やはり音楽とかラジオなどの何か音がないとドライビングの今一つ面白くない。とりわけ長距離ともなれば尚更である。ということで最後の手段、新しいプレーヤーを搭載するしかない。早速下見したが、いいものは当然今頃はGPS搭載だから便利なナビが出来る。それならどこへ行こうと地図いらずである。

しかし、待てよ! 確かに便利だが、それでいいのか。何も考えずに目的地へ行けるが、それで良いのか。熟慮の挙句、最も単純なCDだけのカーステレオの搭載に決めた。パイオニアの一番シンプルなのが100ドル、取り付け料が80ドル、200ドル以下で収まった。

ナビ無しの最大の理由は、地図を見ながら運転する楽しさを奪ってはいけない、ということだ。行く前に地図をざっと頭にいれ、途中で確認しながらの旅は長距離ならではである。ナビだよりでは頭の活性化には全く寄与しないことをよくよく考えないといけない。老境の今、ますます頭の活性化が必要で、それに逆行することは出来ない、というのが結論である。

帯状疱疹が月末までに治るのかどうか。治れば予定通りイエローストーンに向けてジャズと演歌の旅をしよう。

帯状疱疹やってます

2018年05月04日 | アメリカ通信
一週間前の木曜日こと。突然腹部から左わき腹にかけ痛みが起こった。激痛ではないが、なにやらチクチクと痛む。夜眠れないほどではない。一過性かと思い二日間様子見したが一向に収まらない。こうなると内蔵の異変を疑わざるを得ない。いよいよ来たか!

土日を挟むので月曜日に唯一の日本人ドクターのクリニックで予約を取ることにして、土日も相変わらずの庭仕事に精を出した。日曜日の庭仕事でだいぶ蟻に食われ身体のあちらこちらに発疹が出来た。わき腹にも出たのだがいつものことかと思っていた。

昨日クリニックを訪問。帯状疱疹であった。ドクター曰く、痛みが出て三日後に発疹が発生、しかも二か所(他はやはり蟻だったが)で収まっているのは少ないと言ってくれた。帯状疱疹の中でもラッキーな部類だそうだ。これを聞いてワイフがホッとしていた。

この帯状疱疹、子供の頃の水疱瘡の因子が身体の神経系統に残り、中年以降になると何かの引き金で帯状疱疹として出てくるらしい。カテゴリーとしては単純ヘルペスや性器ヘルペスと同じヘルペスだという。

何はともあれだが、やはり70を超えるといろいろ出てくる、と言うことだろう。今回はlife threateningではなくて一安心だが、いよいよ75までに日本へ帰るカウントダウンをしなければなるまい。そろそろ潮時なのかもしれぬ。最期はやはり日本だろう。