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広徳山「慈受院」(じじゅいん)

2009年07月23日 09時39分42秒 | 古都逍遥「京都篇」
 織物の街、西陣の堀川寺之内に佇む慈受院は、足利四代将軍・義持の正室・日野栄子(慈受院浄賢竹庭尼大禅師)が、亡夫の遺言により、天皇家の菩提を弔うため正長元年(1428)に建立したといわれている。その後、宮家、摂関家から住持し、また伏見宮息女も入寺した由緒ある門跡寺院で、創建当時は天皇家を弔うことから「薄雲御所」または「烏丸御所」、「竹の内御所」と呼ばれていた。境内の毘沙門堂には、日本三体随一といわれる毘沙門天像が祀られている。
 現在の地へと移ったのは最近の事で、大正8年(1919)に同じく比丘尼御所の一つであった総持院を併合して、この地に再興した。

 天皇家に関係する寺院として非公開を続けていたが、源氏物語ゆかりの寺として平成20年、源氏物語千年紀を記念して4月26日から5月6日まで本邦初公開となり、拝観料800円を志納して拝観。

 狩野探幽直筆の「花鳥図金屏風」のほか、全長30メートルの及ぶ藤原鎌足の涯を描いた「大織冠(たいしょくかん)絵巻」(上下二巻)は金泥で彩色され、唐の皇帝の后(きさき)となった鎌足の娘から贈られた宝珠を、鎌足と竜王が争奪する“大スペクタクル”を描き、さすがに迫力がある。また、1200年以上にわたって伝わる聖武天皇正室・光明皇后の髪の毛を、横糸として編みこんだ光明真言髪織「経文」や羽柴秀吉の書状、源氏物語ゆかりの寺宝(明石・須磨図屏風)などがある。

 書院の前には苔に覆われる枯山水の庭がしっとりとして美しい、入寺した皇女たちがその寂しさを癒したであろうあせびの花が咲いている。樹齢千年以上といわれる楠の古木が歴史の風格を物語っている。応仁の乱、宝永の大火、蛤御門の変など幾度も大火に見舞われ伽藍は灰燼に帰しているが、不思議にもこの古木だけが残ったという。今も皇室との結びつきは深く、美智子皇后が下賜された「侘びすけ椿」が奥庭にある。

 所在地:京都市上京区寺之内通堀川東入百々町540。
 交通:京都市営地下鉄、今出川からすぐ。JR京都駅から市バス9号系統で堀川寺之内下車すぐ 。
駐車場は無い。通常非公開。
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