水持先生の顧問日誌

我が部の顧問、水持先生による日誌です。

小説演習

2014年02月27日 | 国語のお勉強

 最後の演習の時間でセンターの小説を解いた。小説は他の三問(評論、古文、漢文)に比べて圧倒的に易しかったのだが、いかんせん本文が長い。
 短編小説をカットせずにそのまま使おうという意思が働いて選ばれた問題文だと思う。その思想は悪くない。でも、その思想だけがすべてに優先されるべきでもない。
 作品の一部を用いた問題であっても、国語の力を測ることができる設問がつくれて、答えがそこにある本文だけを根拠に整合的に導かれればいいだけのことだ。
 今年のみたく、全文載せていても、設問にそれをいかしてないなら紙の無駄ではないか。
 たとえば、そんなに長くなくても、いい問題があるので、中学生のみなさんは力だめししてみましょう。


 次の文章を読み、後の問いに答えよ。

  旅はひさしぶりだった。緑が多いというのが、九月の京都から千波が受けた印象だが、もしかするとそれは単に、街なかから山が見えるというだけのせいかもしれない。天気に恵まれた分暑く、空気がむっとして埃くさかった。それにセミの声と自転車。ここは自転車の多い街だと千波は思う。
 幾つかの寺を巡り、合い間に和紙専門店とか湯葉専門店とか、珍しい店をのぞいた。自身の祖父母――千波にとっては曾祖父母にあたるわけだが、千波が生れたときにはどちらももう亡くなっていた――が京都に住んでいたという母親は、ここを憶えているとかいないとか、ときどき口にしてなつかしがった。
「川のそばに洋食屋があるらしいぞ」
 ガイドブック持参の父親が言い、
「すこし歩くけれど、あっちにうどん屋もある」
 と、A〈 漠然と 〉北を指さしながら続ける。
「いいですね、おうどん」
 母親が言った。
 二日目のきょうは、午前中に三十分近く電車に乗って、山のなかの美術館に行った。元は誰か偉い人の邸宅だったというそこは、展示品というより建物自体が美術品のようで、磨かれア〈 た 〉床も家具も、ステンドグラスのはまった窓も歴史を感じさせイ〈 た 〉が、母親に言わせるといちばん素晴らしいのは庭だそうで、館内よりずっとながい時間をかけて、その広い庭園を歩きまわっウ〈 た 〉。植物に関心のない父親がよくつきあったものだと思うが、市内に戻っエ〈 た 〉ときには一時半をまわっていた。千波は空腹だった。歩いたB〈 せい 〉なのか早起きをしたせいなのかわからないが、きちんと朝食をC〈 ト 〉ったにもかかわらず、奇妙なほど空腹で、空腹な状態というのはそうでない状態に較べてD〈 随分と爽快だなと 〉感じた。
 うどん屋の前には長い行列ができていた。観光客らしい若いカップルが多いが、静かに本を読んでいたり、折りたたみ式の椅子を持参していたり、耳にイヤフォンをつけて音楽――ではなく語学学習テープかもしれないが――を聴いていたりする、一人きりの客もいる。小さい子供を連れた家族もところどころにまざっていて、きょうが日曜日であることを千波に思いださせた。
「どうする?」
 両親の、どちらにともなく訊く。
「動物園が近いからかしら」
 1〈 母親が、返事にもならないことを呟いた 〉。たしかに、家族づれはみんな動物園の名前のついた袋を持っていたり、大きな風船を持っていたりする。父親は言葉もないようだった。驚くというより、いっそ怒った顔をしている。ならぶでもなく立ち去るでもなく、その場にただ立っている両親が、千波はふいに気の毒になった。
2〈 「いいよ。もう行こう」 〉
 それで、そう言った。
 ひさしぶりに家族で旅行に行こうと誘われたとき、率直に言って、千波は気乗りがしなかった。結婚がとりやめになったのみならず、失恋までしてしまった娘を憐んで、そんなイヴェントが提案されたに決っているし、旅行で気が晴れるはずもなく、同情されればされるだけ惨めになることはわかりきっていたからだ。
 けれど実際に来てみると、惨めにはならなかった。たのしくてたまらないわけではないが、すくなくとも惨めではない。3〈 なぜ惨めに思う必要がある? 〉
 4〈 たしかに、ほんとうならいまごろギリシャにいるはずだった。 〉学生時代に一度その国を旅したことのある加藤くんは、いつか千波をそこに連れて行きたいと、婚約する前から言ってくれていた。だから新婚旅行は、他の候補地を考えるまでもなくそこに決り、具体的な旅の手配は加藤くんにすっかり任せて、千波は準備として買った写真集を、ただ眺めていればよかった。まるで青と白だけでできているかのような、その国の風景を千波はくり返し眺めた。ふんだんな日ざし、やたらとたくさんいるらしい猫。美しいけれど単調なその色彩を補うのは、ピーマンとかトマトとか、オレンジとかレモンとか、色鮮やかなものがたくさん写り込んだ料理写真だった。加藤くんから聞いた思い出話と写真集で、千波のギリシャは構成されていた。海がきれいで、人々は友好的で、料理はおいしく、物価は安い。適度に田舎で、適度に都会、そのような場所として。
「ここは?」
 行列のできていたうどん屋からほんの数分のところに、行列のないうどん屋があり、千波は言った。東京にも出店のある、言ってみれば珍しくない名前の店だったが、二時を過ぎたいまも営業中で、すいている。
「そうね。いいんじゃない? ここで」
 母親が、父親をふり返って言った。
 がらり戸をあけると、なかは思いのほか広く、幾つもの半個室的ブースがあった。そのうちの一つに案内され、坐るとすぐにおしぼりがでた。
「よかった」
 誰にともなく母親が言う。
「ほっとするわね、どこであれ、屋根の下に腰を落着けると」
 母親が握りしめているハンカチに、ふいに目をひかれた。
 F〈 何の変哲もない 〉、白地に水色の水玉模様の散ったハンカチ。
「それ、昔から持ってるね」
 千波が言うと、母親は不思議そうな顔をした。
「これ? 気に入ったんならあげるわよ」
 千波はつい眉をひそめる。
5〈 「いや、べつに、いらないけど」 〉
 ハンカチだけではなかった。母親の服も、装身具も、鞄も、それを言うなら父親の着ている麻のシャツも、履いているハッシュパピーも、随分昔から千波の目にしているものだった。そのことの何かが千波を驚かせ、けれどその何かが何なのかわからなかった。両親の物持ちがいいこと? それとも、見慣れているはずのものが、見知らぬ場所で見ると違うふうに見えることだろうか。
 ビールが運ばれ、板わさと鴨焼き、だしまき玉子をつまんだあとで、父親は天ざるうどんを、母親と千波はきつねうどんを、それぞれたべた。
 今回の旅行が決って以来、千波が恐れていたのは何かを言われることだった。何か、たとえば励ましのようなことを。それは、ほとんど不可避だと思われた。励ましではないとしても、加藤くんや結婚や、ようやく見つけたマンションの話題が、でない方が不自然だろうと思っていた。
 あのマンション――。思いだすと胸がきしんだ。二人で探し、二人で決めた。家具や家電は二人で買って、食器や雑貨は千波が買った。前者は買い取ってもらったが、後者はみんな置いてきた。「あげる」と言って。他にどうすればよかったというのだろう。フリーマーケットで売る? 返してもらって、いつか誰かと、ほんとうに結婚するまでとっておく? どちらも耐えられない。
 両親は、でもいまのところどちらも、結婚や加藤くんには言及せずにいてくれている。6〈 千波には、それがありがたかった。 〉
「このあとは、どうします?」
 母親が父親に訊いた。父親のガイドブックには、ポストイットが幾つも貼りつけられている。
「清水寺だろう、やっぱり」
 なぜやっぱりなのかはわからないが父親が言い、父親が言ったということは、それで決りだった。
 おもてにでると、日ざしがわずかに弱まっていた。弱まってはいたが、そこらじゅうに在った。塀の上にも路地にも植込みにもどぶ板にもとどまっていた。ふりそそぐのではなくとどまっているその感じを、千波はなつかしいと思った。そして、でも、そんな日ざしは、なにも京都でなくても見られるはずで、なぜいまことさら珍しいものを見たかのように――ちょうど、母親のハンカチや父親の靴を見たときのように――、感じるのかはわからなかった。
 別れたい、と言ったとき、加藤くんはかなしそうな顔をした。かなしそうな顔はしたが、驚いてはいなかった。自分たちが、ほんとうにもうだめなのかもしれないと、千波が思ったのはあのとき――加藤くんが驚かなかった瞬間――だった。
7〈 「本気?」 〉
 というのが加藤くんが口にした言葉で、そのとき千波の目の前にいたのは、すでに知らない男性だった。千波の知っている加藤くんなら驚いたはずだ。いやだ、と言ってくれたはずだ。信じられなかった。何があろうと千波を離さない、と、あんなに何度も言ってくれたのに。
 別れたい、といったときには私はまだ本気ではなかったのかもしれない。埃っぽい道を両親とならんで歩きながら千波は思う。けれどいまは、婚約していたことの方が、嘘のように思えた。
                                                  (江國香織「ヤモリ、カエル、シジミチョウ」)

問1 二重傍線部Aの本文中における意味として最も適当なものを選べ。

 ア 落ち着かない様子で
 イ 気持ちがはやりながら
 ウ はっきりとせずおおまかに
 エ 気が抜けたようにぼんやりと

問2 波線部ア~エの「た」のうち、他の三つと文法的意味が異なるものを一つ選べ。

問3 二重傍線部Bと文法的性質が同じものを選べ。

 ア 映画〈 ほど 〉僕を興奮させるものはなかった。
 イ 本当〈 だろう 〉が嘘だろうが一向に構わない。
 ウ 〈 もし 〉実現できるなら何でもさしあげよう。
 エ 二度と彼の元に行く〈 つもり 〉はありません。

問4 二重傍線部Cと同じ漢字を含む熟語を次から選べ。

 ア  自然の〈セツリ〉に従う
 イ  〈シッピツ〉動機を尋ねる。
 ウ  獲物を〈ホカク〉する    
 エ  昆虫〈サイシュウ〉に出かける。

問5 二重傍線部Dを構成する二つの文節の関係と同じ関係で成り立っているものを選べ。

 ア 原口はふたりのために、練習メニューを〈 つくって やった 〉。
 イ けがの原因は自分にあるのは〈 よく わかっていた 〉。
 ウ 意欲はあるのに、それを発揮する〈 手立てが ない 〉。
 エ 練習を始めた時に感じた〈 戸惑いや 恐怖を 〉感じることはない。

問6 傍線部1は、母親のどのような様子を描写しているか。最も適当なものを選べ。

 ア 自分の主張した店に入れず不満げな夫に気づき、どうとりつくろっていいか考えている様子。
 イ 目指していた店に入れないことを考えていなくて、どう判断していいかわからず困っている様子。
 ウ 並んで待ってまで名物のうどんを食べようとする観光客の多さにあきれている様子。
 エ 空腹にたえられなさそうな夫や娘の気持ちを、どうやってなだめようかと思案している様子。

問7 傍線部2と千波が言ったのはなぜか。最も適当なものを選べ。

 ア 娘の気持ちを晴らそうとの思いで旅行を計画しながらも、予想外の展開に対応できず呆然としている両親をみると、結局は自分のせいでそんな思いをさせたのだという申し訳ない思いにとらわれてしまったから。
 イ 楽しいはずの家族旅行での小さな不具合にもかかわらず、自分の人生が全てうまくいかなくなっているようにも思われ、何事に対しても前向きな気持ちがわいてこない自分を感じてしまったから。
 ウ 計画が思い通りに行かずに憮然とする父親と、そんな父を前にあたふたするだけの母親の姿を目にして、自分だけでなく家族の将来に不安な気持ちを抱いてしまったから。
 エ 娘の本当の気持を深く考えず旅行に連れ出したうえに、ろくに調べもせずに立ち寄ろうとした飲食店に入ることもできず、両親の無神経さに不快感を抱いてしまったから。

問8 傍線部3の表現についての説明として最も適当なものを選べ。

 ア 反語の表現を用いることで、自分の行いを正当化しようとする千波の本心をうかびあがらせようとしている。
 イ 自問自答の形式をとることによって、自身の決断が正しかったどうか確信が持てていない千波自身の心情が表現されている。
 ウ 内面を直接語る方法をとることで、読者を千波の感情のなかに自然に入り込ませようとしている。
 エ あえてカギ括弧をつけずに表現することで、心の声か現実に発した声かをわからなくさせる効果をもつ。

問9 傍線部4とあるが、この段落で述べられるギリシャの描写は、どのような働きをもつと考えられるか。最も適当なものを選べ。

 ア 訪れたことのないギリシャへの憧れがいかに大きかったかを表すとともに、今にいたってもその気持ちを捨てられていない千波の無意識の後悔を象徴的に表している。
 イ ギリシャへの新婚旅行が婚約者まかせだったことを明らかにし、何事も他人まかせにして自分から積極的に動くことを避ける千波の性格にも問題があったのではないかとほのめかしている。
 ウ 本来はギリシャのいるはずの自分と現状の自分とがあまりにもかけ離れていると感じている千波の心情を表し、表面とは異なり不安定な精神状態であることを暗示している。
 エ 千波が行けなくなったギリシャの色鮮やかな情景と、今いる京都の古い街並みとが対比され、千波の人生がまったく違う方向に転換したことを印象づけている。

問11 傍線部5のセリフの説明として最も適当なものを選べ。

 ア 気を遣って母に声をかけてみたものの、それに気づかず真顔で対応する母の鈍感さを嫌悪する気持ちが言葉になったもの。
 イ 母が予想以上にハンカチを大切にしていたことに気づき、決して無理にもらおうとしたわけではないという思いが言葉になったもの。
 ウ 少しでも娘の気を和ませようとする母の言葉に、これ以上気を遣われたら堪えられないという思いが口をついて出た言葉。
 エ ふと気づいた自分の気持ちを口にしただけなのに、過剰に受け取る母の対応に少しいらだたしい思いが口をついて出てしまった言葉。

問12 傍線部6の心情の説明として最も適当なものを選べ。

 ア 婚約破棄を慰められたり励まされたりしたところで、かえってみじめに感じるに違いない娘を気遣って、その話題に触れようとしない両親の心遣いをうれしく感じている。
 イ 地中海よりも京都のような土地を旅したかった自分であったことに気づくと、もともと加藤君とは根本的な部分で違っていたのかもしれないと思い、それを気づかせてくれた両親の計らいに感謝している。
 ウ いずれ話題に出されるのは間違いないと思うものの、新しい生活用品をすべて相手方においてきたことに現時点で一言も文句を言おうとしない親に対してありがたいと思っている。
 エ 結婚の準備が随分と進行した後での婚約破棄は、親としても面目をつぶされたと娘を非難してもおかしくないはずなのに、一切口に出さないばかりか旅行まで計画してくれたことに感謝の念を抱いている。

問13 傍線部7の言葉を聞いた千波の心情として、最も適当なものを選べ。

 ア まるで予想もしなかったことを聞かされたかのように問い返してくる加藤君の言葉の裏側には、心変わりの原因は千波にあるという思いが見え隠れし、かすかな望みを抱いていた自分がおろかに思えた。
 イ 千波が切り出した別れ話に驚かないばかりか、本心かどうかを確かめようとするだけの加藤君の言葉は、信じたくはないものの、千波が思っていた以上に二人の心が隔たっていたことを意識せざるを得ないものだった。
 ウ 言葉の上では千波の気持ちに疑いを抱いているように装いながら、千波の方から別れ話を切り出してきたことに安堵を覚えている様子が見受けられ、以前とは全く変わってしまった加藤君に驚くしかなかった。
 エ 絶対に別れたくないという言葉まで期待していたわけではなかったが、あまりにもあっさりと千波の言葉を受け入れる言葉を聞き、二人がつきあっていたこと自体が遠い過去の出来事であるような不思議な感覚を抱いた。

問14 本文の内容と表現に関する説明として最も適当なものを選べ。

 ア 婚約の解消をきっかけに生じた両親との確執が少しずつ解消していく様子が、旅行中のちょっとしたセリフや動作の積み重ねで表現され、親子の情愛の深さがしみじみと感じられる。
 イ 当初は気乗りしなかった両親との京都旅行だったが、その過程で徐々に新しい自分を実感し始める様子が、主人公の視点で描かれる情景描写を通じて間接的に描写されている。
 ウ 時折挟み込まれる回想の場面により、主人公の苦悩の深さとその原因が伝わるようになっており、自分の気持ちに嘘をついてきたことに気づく主人公の姿が淡々とした筆致で描かれている。
 エ 小気味よいテンポでかわされる会話の羅列は、お互いを思いやりながらもその気持ちを素直に表現できない親と娘のやりとりではあるが、新しい家族のあり方が提示されているとも言える。

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする