昨日の放課後、池袋のYAMAHAへいくついでに、「花田」というラーメン屋さんに寄った。
気持ちのなかでは、いつしかこっちが主目的になっていたのだが。
夏休みに発見して、長い間探し求めていたみそラーメンの最終形に近いかなと感じ、ぜひもういっかい行きたかったお店だ。
食券を買って、中華鍋をかけるコンロに近いカウンターに座る。
たっぷりのもやしやキャベツが投入され、さっと炒められたあと、そこにスープが注がれ、味噌が投入される。
どんぶりの中で味噌とスープが合わせられるお店も思うけど、やはりこちらの方式がいい。
めんは太めのややちぢれ。けっこう黄色いけど、いかにも札幌ラーメンですよ的なものでもない。
チャーシュー、メンマとラー油のかかった白髪ネギがそえられる。
スープはかなりクリーミーな感じで、こくがあるのに、しつこくない(グルメ番組みたくなってきてしまった)。
前回はお店の大将が調理されていたが、今回は別の方だったためか、若干野菜炒めすぎ感があった。
同じお店でも作り手によって味に差が出るのは仕方がないかもしれない。
同じバンドでも指揮者によってまったくちがう演奏になる経験をわれわれはよく知っているから。
みそらーめん、790円。
自分の中では、らーめんに払えるほぼ最高の値段だけど、でもちょっとしたお店にいくと、いま800円くらいはしょうがないのかな。
今年開発させていただいた大和田の「蛍」さん、白岡の「玄」さんも大変おいしかったが、値段も同じくらいだったと記憶する。
「幸福の黄色いハンカチ」のなかで、武田鉄矢が「上野で食べたみそらーめん、まずかったなあ、500円もとりやがってよぉ」と桃井かおりに話すシーンを突然想いだす。
たしかに、30年以上前の500円は高い。でも存在はしてたのだから、それを思うと物価は思ったほどあがっていないのか。
そうか、「黄色いハンカチ」は、高度経済成長が終わりをむかえる頃の作品だったのだ。
高倉健的なもの、倍賞智恵子的なものがこの先失われることを無意識のうちに予感しはじめた日本人の心をとらえた作品だったのかもしれない。
気持ちのなかでは、いつしかこっちが主目的になっていたのだが。
夏休みに発見して、長い間探し求めていたみそラーメンの最終形に近いかなと感じ、ぜひもういっかい行きたかったお店だ。
食券を買って、中華鍋をかけるコンロに近いカウンターに座る。
たっぷりのもやしやキャベツが投入され、さっと炒められたあと、そこにスープが注がれ、味噌が投入される。
どんぶりの中で味噌とスープが合わせられるお店も思うけど、やはりこちらの方式がいい。
めんは太めのややちぢれ。けっこう黄色いけど、いかにも札幌ラーメンですよ的なものでもない。
チャーシュー、メンマとラー油のかかった白髪ネギがそえられる。
スープはかなりクリーミーな感じで、こくがあるのに、しつこくない(グルメ番組みたくなってきてしまった)。
前回はお店の大将が調理されていたが、今回は別の方だったためか、若干野菜炒めすぎ感があった。
同じお店でも作り手によって味に差が出るのは仕方がないかもしれない。
同じバンドでも指揮者によってまったくちがう演奏になる経験をわれわれはよく知っているから。
みそらーめん、790円。
自分の中では、らーめんに払えるほぼ最高の値段だけど、でもちょっとしたお店にいくと、いま800円くらいはしょうがないのかな。
今年開発させていただいた大和田の「蛍」さん、白岡の「玄」さんも大変おいしかったが、値段も同じくらいだったと記憶する。
「幸福の黄色いハンカチ」のなかで、武田鉄矢が「上野で食べたみそらーめん、まずかったなあ、500円もとりやがってよぉ」と桃井かおりに話すシーンを突然想いだす。
たしかに、30年以上前の500円は高い。でも存在はしてたのだから、それを思うと物価は思ったほどあがっていないのか。
そうか、「黄色いハンカチ」は、高度経済成長が終わりをむかえる頃の作品だったのだ。
高倉健的なもの、倍賞智恵子的なものがこの先失われることを無意識のうちに予感しはじめた日本人の心をとらえた作品だったのかもしれない。