★ 地球規模での生物群の大きな入れ替わりである光合成の開始、真核生物の出現など生命進化史における重要なイベントは、すべてその当時におきた個体地球の変化およびそれに関連したグローバルな環境の激変の結果と考えられる。特に顕生代におけるマントル・プルームの活動と巨大隕石衝突、また原生代末の全球凍結事件は、生物の大量絶滅の原因とみなされている。いったん安定状態に達していた各時代の生物群は、これらの突発的な出来事によって生物圏システムが強制的に乱されると、一挙に大量絶滅を被った。その後、生き残りの生物群の中から新しい環境に適応したものたちが急激に繁栄し、次の安定状態をつくり出した。このように生物圏は個体地球の変動に対して常に受動的であり、かつ極めて敏感であった。
★ そもそも地球ができてからずっと、エネルギー、物質および情報の伝達はほとんど個体地球から生物圏へと向かう一方通行でなされてきた。地球生物圏および地球生命はいつも個体地球の変化に素早く対応して、後戻りができない方向へと進化してきたといえる。このように眺めてくると、人類の存在は進化の歴史の最初からプログラムされていたものでも何でもなくて、生物にとっては極めて偶然におきた出来事の積み重ねの結果と理解される。
★ 巨大隕石衝突の確率は、地球誕生時と比べると極端に低くなったが、数億年のスケールで活発化するマントル・プルームの間欠的活動は当分おさまりそうにない。生物が個体地球の上に住む限り、今後も同じ経験をすることは避けられない。現代の生物の未来には、次の「氷河期」、「衝突の冬」そして「プルームの冬」などの災難が待ち受けている。けっして地球は人類だけに特別やさしい惑星ではないことを我々自身が悟らねばならない時にきている。
★ いまや世界人口は65億人に達した。一方、世界中の旧石器時代の遺跡分布に基づくと、当時の世界人口は約500万人だったと推定される。人類はある時点から1000倍以上に増殖したことがわかる。(・・・)人類の異常繁殖の原因としては、人類が他の生物に対して犯した三つの大反則(農業・科学技術・医学)が挙げられる。そもそも人類史のほとんどは飢餓の歴史であった。今もアフリカの一部で続く餓えの有り様は、そういう意味で最も自然な状態に近い。
★ 21世紀前半に世界の食糧生産と人口増加のバランスが崩れるという予測がたてられて久しい。日本だけに限ってみても、その食料のほとんどは輸入されていて、既に自給能力を失ってしまっている。それにも関わらず、私たちは何も意識せずにコンビニで簡単に食物を手に入れていないだろうか。24時間いつでも食料が買えるコンビニが100年前からあの近所の曲がり角にあり、きっと100年後もそこにあるはずだという錯覚を私たちはもっていないだろうか。21世紀には難問が山積みだが、私たちはとりあえず地球と生命の歴史を理解した上で、この一瞬の豊かさにもっと感謝する必要があるだろう。
<磯崎行雄“地球は「やさしい惑星」か―生命の絶滅と進化”―『高校生のための東大授業ライブ』>