Don't Let Me Down

日々の雑感、引用。
言葉とイメージと音から喚起されるもの。

恐怖

2013-06-13 13:57:02 | 日記

★ 予期しなかったのは、ジェフリー・リュイス・ムーアが隠れ場所から出て、銃を手に近づいてきたことだ。銃は怖くなかった。わたしは防弾チョッキを着ていたし、切羽詰った状況で発砲した場合、10フィート以内の標的をしとめられる確率はせいぜい17パーセントだ。わたしが恐れたのは、彼がもう一方の手に握っているナイフだった。それこそ、“でかい”ナイフだった。が、たとえポケットナイフだったとしても、わたしは震えあがっただろう。

★ 銃は身体に穴をあけるが、撃たれても死ぬとは限らない。だがナイフは傷をつけ、肉を切り裂く。切り刻んで、切り開いて、深々と突き刺さる。内臓や血管を切断し、長い苦痛をもたらし、大量の出血をまねく。ジョニーの知っているニューオーリンズの警官は、自分は撃たれたら絶対に死ぬと確信していた。実際に撃たれたとき、被弾箇所は腕のつけ根だったにもかかわらず、彼は死んだ。「致命傷ではなかったんだ、ケイティ。わかるかい?」ジョニーは言った。「彼は自分が死ぬと思い込んでいたから死んだんだ」
情けないことに、わたしもナイフに対して彼と同じだった。

★ 「止まれ!」わたしは数回叫んだ。ハチドリのように震え、身体を出入りするすべての空気が口を通った。けれども、彼は奇妙な薄笑を浮かべて進み続けた。あの場面は今でも夢に見る。わたしは彼に向かって自分の声とは思えないかすれ声で叫び、止まれ、さもないと発砲する、と警告した。決定的瞬間だ。彼かわたしか。銃はナイフと同じくらい脅威になった。そして彼がわたしに襲いかかれる距離に迫り、恐怖の匂いを放ち、目が硬い茶色の石から光を反射する深い淵に変わったとき、彼が下卑た声で「やってみろよ」とささやいたとき、わたしは発砲した。

★ 内部調査局はわたしを潔白と判断した。全員一致で、わたしの発砲は正当防衛だったと結論づけた。

★ それでも、時々自宅の廊下に一人で坐っていると、ジェフリー・リュイス・ムーアがわたしの身体の表面や内側でちらちらうごめく。頭蓋骨の奥で脳みそにくるまれ、彼がわたしの中に存在する。彼のかけらが今もここに残り、わたしは彼を追い出せずにいる。カーペットを敷いていない長い廊下に、ジェフリー・リュイス・ムーアと二人きりで坐っていると、耳元で彼の声がする。「やってみろよ」彼がささやく。「やってみろよ」わたしは耳を澄まして彼の次の言葉を待つが、あたりはしんとしている。わたしは一人取り残され、二人は死者のごとく静かだ。

<ローリー・リン・ドラモンド『あなたに不利な証拠として』(ハヤカワ・ミステリ2006)>