★問題提起
仕事から帰りパソコンを開けたら、突如、電光のように“下半身について”という<テーマ>が浮かんだ。
このテーマをどう展開するかは、<未知>である、数分待たれよ。
君たちは信じないかもしれないが、このぼくのブログというのはいつも、“あらかじめ書くことが決まって”書かれてはいない。
<引用>の場合は、たしかに引用個所は(ほぼ)決まっているが、それにコメントをつけるか否か、そのコメントがどう展開するかは、書いているうちにきまる。
当然、漢字や送り仮名のチェックはするが、書き直しは、ほとんどしない。
★ “下ネタ”
ぼくは“下ネタ”ということばも、その言葉で表現される内容もきらいである。
とても親の躾がきびしく、<上品>に育ったからだ(嘘)
だが(下ネタはきらいだが)、“下半身の問題”というのは好きである。
さて一般に、“下半身の問題”には二種類あるといわれている。
セックスと排泄である(どっちも同じであるという“見解”もありえる)
どちらも、ヒジョーに重要なのに、軽んじられているor話題にされることが(つまり“公共的”討議が)貧困ではないだろうか。
たとえば、寝たきりの人々の<オムツ問題>。
人間の“最後の尊厳”の具体的根拠のひとつは、自分で排泄することである。
★ まずい展開
根が真面目なので、どうもこの<下半身問題>が、ハナから、<ヘヴィー>(いま“屁ヴィー”と変換!)になってしもうた。
★ 精神分析学
精神分析学に関する本を読んでいると、やたらに<肛門期>という言葉に出会う。
みなさん、この言葉に、なんらかの“ムズムズ”をかんじませんか?!
べつに“肛門のあたり”がムズムズしなくてもいいのよ。
<人間>というものを、“シンプルに”考えれば、たしかに(人間も)、口~肛門につながる<管(くだ)>なんよ。
まあこういう“発想”に、顔をしかめるひとがいるなら、“この管に<脳>が連結している”と<定義>しよう!
★ 未知なる展開
あっという間に上記を書き終わり、いよいよ<本論>突入か?と思われる。
<肛門>の次はなんでしょう?(爆)
しかし今日は(今日も)疲れてるのよね。
今日は変な時間に(5時過ぎに)渋谷で旭川味噌ラーメン食べたよ、その後コーヒー(マンデリン)も飲んだ。
もう夕飯抜きで寝ちまうか。
この深淵かつ遠大な<テーマ>については、いずれまた。
明日から4連休(予定)なので、本を読み、<引用>ブログを書くほうが、(ご期待に添えないかもしれないが)<生産的>かも。
しかし<生産=排泄>という論理展開もありえるなぁー。