<鷹の月>
★ そしてアメリカ人がやってきた。はじめはせせらぎ、つづいて怒涛のように。徴兵逃れ、犯罪者、すさんだ都会からのはぐれ者。ちんけなポルノ雑誌が村を回覧し、総天然色刷りのコックとプッシーとオッパイとケツ。ドラッグが潮風のようにしみわたり、ロックン・ロールが森にうなり、轟き、チェイン・ソーを圧倒する。(略)黒とクロームの怪物バイクが、材木切り出しの泥道を削りとる。チョッパーとホグ(ハーレー)の大暴走が漁村に爆音をとどろかす。納屋と教会の壁に貼られたローリング・ストーンズのポスター。入れ墨が田舎娘の体の、とんでもないところに彫られる。カナダの騎馬警官が呼ばれても、とても手に負えない。カナダのガキとアメリカのガキを、見分けることなどできはしない。ファッキン、サッキン、スモーキン、シューティン、ダンシン、みんな大ぴらにやりまくる。そして遥か彼方からアメリカがメリメリと裂け、海のなかへと崩れ落ちる音が聞える。
<サム・シェパード“Back in the 1970’s”-『鷹の月』>
★ そっと女を、冷たいバスタブに下す。ほとんどの札はまだ、女の肌に張り付いている。ガソリンの缶を開け、女の脚に少しふりかける。次に腰に、胸に、頭に、髪に。それからゆっくりとかがみこみ、唇にキスする。口のなかに広がるガソリンの味が、車を走らせたい気分にさせる。マッチをすり、死体に投げる。(略)炎を通して、女の目が彼には見える。炎が収まり、煙がかすかに小さな渦を巻いて上っていくようになるまで、彼はしばらく冷ややかに、そしてぼんやりと立っていた。それからシャワーの栓をひねり、灰がクルクル吸い込まれていくのを見つめる。(略)「シスター・モルフィン」に針を落とし、ドアをいっぱいに開けたまま外へ出る。エレベータがおりていく間中、歌が聞える。ロビーに直行してキーをディスクに放り投げ、外に出てタクシーを呼ぶ。大型のイエロー・チェッカーが停った。彼は拍車をじゃらつかせながら飛び乗り、言った、「モンタナまで」
<“Montana”-『鷹の月』>
<ブリキの太鼓>
★ グレフは若い連中が好きなのであった。少女たちより少年たちのほうが好きだった。そもそも彼は少女というものが好きではなく、少年たちだけが好きだった。いっしょに歌を歌うくらいでは自分の気持をあらわせないほど好きになることもしばしばなのだ。それはあのグレフ夫人のせいかもしれない、いつも垢じみたブラジャーと穴だらけのズロースをはいただらしのない女のせいで、彼は身ぎれいで屈強な男の子たちのあいだに、愛のより清潔な尺度を求めようという気になったのかもしれない。しかし、グレフ夫人のきたならしい肌着が、四季を通じて枝に花咲いているあの樹木のもう一つ別の根も掘り起こすことはできたのだ。思うに、グレフ夫人がだらしなくなってしまったわけは、八百屋の防空監視人が妻のむとんじゃくでいささか白痴じみた豊満さを、十分に鑑賞する眼をもっていなかったためなのであった。
★ グレフは、引き緊ったもの、筋骨逞しいもの、鍛えあげられたものが好きだった。彼が自然というとき、同時に苦行を意味していた。彼が苦行というとき、一種独特な体育を意味した。グレフは自分の肉体のことによく通じていた。自分の肉体を入念に訓練し、肉体に熱を加えたり、特別の工夫をこらして寒気にさらしたりした。オスカルが、ガラスを、近くにあるのも遠くにあるのも、歌の威力で粉々にし、ときには窓ガラスの氷の花を溶かしたり、氷柱をとろかして落下させたりしたのに対し、八百屋は手道具を用いて氷を攻撃する男だった。
<ギュンター・グラス“その無気力をグレフ夫人のもとへ運ぶ”-『ブリキの太鼓』>
<モーテル・クロニクルズ>
★ はじめて学校から脱走したのは十歳のときだった。二人の年上の男の子に誘われたのだ。彼らは兄弟で、二人ともそれぞれ5回ほど少年院を出たり入ったりしていた。ちょっと休暇を取るようなものさ、と二人は言った。それでぼくも行くことにした。裏庭に置いてある自転車を3台盗み、アロイオ・セコめざして出発した。ぼくが盗んだ自転車は大き過ぎて、ぼくはついに一度もサドルに尻をつけることができなかった。ぼくは立ったままペダルをこいだ。
★ 走っていくぼくらの両脇を色々な物が通り過ぎていった。日光で色あせたショット・ガンの赤い薬莢、オポッオサムの死骸、ビールの缶、クルミの殻、キャロブの莢、アライグマと二匹の子アライグマ、ポルノ雑誌の破れたページ、ロープのかたまり、タイヤのチューブ、自転車のホイールキャップ、壜の栓、ひからびたサルビア、釘がついたままの板、切り株、根、粉々になったガラス、黄色に赤のストライプのゴルフ・ボール、ラグレンチ、女物の下着、テニス・シューズ、ごわごわになった靴下、犬の死骸、ねずみ、宙を舞うトンボ、目を飛び出させた、しなびたカエルの死骸。何マイルも走った後に、大きな長いトンネルのようになった部分の入口に来た。覗き込むと、向こう側に光は見えなかった。ぼくらは自転車から降り、トンネルの口を見詰め続けた。ぼくより年上の兄弟二人も、ぼくと同じくらいに怯えているとぼくにはわかった。そろそろ暗くなりかけていたし、このトンネルがどれほど長いのかもわからず、向こうにどんな町があるのかも知れず、トンネルの向こうまで行ったとしても、どうやって水路の外に上ればいいのかわからない―そんな状態でここに釘付けにされてしまったという不安で、ぼくらはにわかに家が恋しくなった。誰もそれを口にしなかったけれど、三人の間をそんな気持が横切っていくのをぼくははっきりと感じた。
<サム・シェパード“ホームステッド・ヴァレー、カリフォルニア80/8/13”-『モーテル・クロニクルズ』>
★ ここの人々は
いつのまにか
彼らがその振りをしている
人々になった
<“ロスアンジェリス、カリフォルニア81/7/27”>
★ そしてアメリカ人がやってきた。はじめはせせらぎ、つづいて怒涛のように。徴兵逃れ、犯罪者、すさんだ都会からのはぐれ者。ちんけなポルノ雑誌が村を回覧し、総天然色刷りのコックとプッシーとオッパイとケツ。ドラッグが潮風のようにしみわたり、ロックン・ロールが森にうなり、轟き、チェイン・ソーを圧倒する。(略)黒とクロームの怪物バイクが、材木切り出しの泥道を削りとる。チョッパーとホグ(ハーレー)の大暴走が漁村に爆音をとどろかす。納屋と教会の壁に貼られたローリング・ストーンズのポスター。入れ墨が田舎娘の体の、とんでもないところに彫られる。カナダの騎馬警官が呼ばれても、とても手に負えない。カナダのガキとアメリカのガキを、見分けることなどできはしない。ファッキン、サッキン、スモーキン、シューティン、ダンシン、みんな大ぴらにやりまくる。そして遥か彼方からアメリカがメリメリと裂け、海のなかへと崩れ落ちる音が聞える。
<サム・シェパード“Back in the 1970’s”-『鷹の月』>
★ そっと女を、冷たいバスタブに下す。ほとんどの札はまだ、女の肌に張り付いている。ガソリンの缶を開け、女の脚に少しふりかける。次に腰に、胸に、頭に、髪に。それからゆっくりとかがみこみ、唇にキスする。口のなかに広がるガソリンの味が、車を走らせたい気分にさせる。マッチをすり、死体に投げる。(略)炎を通して、女の目が彼には見える。炎が収まり、煙がかすかに小さな渦を巻いて上っていくようになるまで、彼はしばらく冷ややかに、そしてぼんやりと立っていた。それからシャワーの栓をひねり、灰がクルクル吸い込まれていくのを見つめる。(略)「シスター・モルフィン」に針を落とし、ドアをいっぱいに開けたまま外へ出る。エレベータがおりていく間中、歌が聞える。ロビーに直行してキーをディスクに放り投げ、外に出てタクシーを呼ぶ。大型のイエロー・チェッカーが停った。彼は拍車をじゃらつかせながら飛び乗り、言った、「モンタナまで」
<“Montana”-『鷹の月』>
<ブリキの太鼓>
★ グレフは若い連中が好きなのであった。少女たちより少年たちのほうが好きだった。そもそも彼は少女というものが好きではなく、少年たちだけが好きだった。いっしょに歌を歌うくらいでは自分の気持をあらわせないほど好きになることもしばしばなのだ。それはあのグレフ夫人のせいかもしれない、いつも垢じみたブラジャーと穴だらけのズロースをはいただらしのない女のせいで、彼は身ぎれいで屈強な男の子たちのあいだに、愛のより清潔な尺度を求めようという気になったのかもしれない。しかし、グレフ夫人のきたならしい肌着が、四季を通じて枝に花咲いているあの樹木のもう一つ別の根も掘り起こすことはできたのだ。思うに、グレフ夫人がだらしなくなってしまったわけは、八百屋の防空監視人が妻のむとんじゃくでいささか白痴じみた豊満さを、十分に鑑賞する眼をもっていなかったためなのであった。
★ グレフは、引き緊ったもの、筋骨逞しいもの、鍛えあげられたものが好きだった。彼が自然というとき、同時に苦行を意味していた。彼が苦行というとき、一種独特な体育を意味した。グレフは自分の肉体のことによく通じていた。自分の肉体を入念に訓練し、肉体に熱を加えたり、特別の工夫をこらして寒気にさらしたりした。オスカルが、ガラスを、近くにあるのも遠くにあるのも、歌の威力で粉々にし、ときには窓ガラスの氷の花を溶かしたり、氷柱をとろかして落下させたりしたのに対し、八百屋は手道具を用いて氷を攻撃する男だった。
<ギュンター・グラス“その無気力をグレフ夫人のもとへ運ぶ”-『ブリキの太鼓』>
<モーテル・クロニクルズ>
★ はじめて学校から脱走したのは十歳のときだった。二人の年上の男の子に誘われたのだ。彼らは兄弟で、二人ともそれぞれ5回ほど少年院を出たり入ったりしていた。ちょっと休暇を取るようなものさ、と二人は言った。それでぼくも行くことにした。裏庭に置いてある自転車を3台盗み、アロイオ・セコめざして出発した。ぼくが盗んだ自転車は大き過ぎて、ぼくはついに一度もサドルに尻をつけることができなかった。ぼくは立ったままペダルをこいだ。
★ 走っていくぼくらの両脇を色々な物が通り過ぎていった。日光で色あせたショット・ガンの赤い薬莢、オポッオサムの死骸、ビールの缶、クルミの殻、キャロブの莢、アライグマと二匹の子アライグマ、ポルノ雑誌の破れたページ、ロープのかたまり、タイヤのチューブ、自転車のホイールキャップ、壜の栓、ひからびたサルビア、釘がついたままの板、切り株、根、粉々になったガラス、黄色に赤のストライプのゴルフ・ボール、ラグレンチ、女物の下着、テニス・シューズ、ごわごわになった靴下、犬の死骸、ねずみ、宙を舞うトンボ、目を飛び出させた、しなびたカエルの死骸。何マイルも走った後に、大きな長いトンネルのようになった部分の入口に来た。覗き込むと、向こう側に光は見えなかった。ぼくらは自転車から降り、トンネルの口を見詰め続けた。ぼくより年上の兄弟二人も、ぼくと同じくらいに怯えているとぼくにはわかった。そろそろ暗くなりかけていたし、このトンネルがどれほど長いのかもわからず、向こうにどんな町があるのかも知れず、トンネルの向こうまで行ったとしても、どうやって水路の外に上ればいいのかわからない―そんな状態でここに釘付けにされてしまったという不安で、ぼくらはにわかに家が恋しくなった。誰もそれを口にしなかったけれど、三人の間をそんな気持が横切っていくのをぼくははっきりと感じた。
<サム・シェパード“ホームステッド・ヴァレー、カリフォルニア80/8/13”-『モーテル・クロニクルズ』>
★ ここの人々は
いつのまにか
彼らがその振りをしている
人々になった
<“ロスアンジェリス、カリフォルニア81/7/27”>